Esc エスケープ
朝陽の出ない内に、山小屋を出発した。
山々と霧のような雲だけが周囲に漂っている。
道は狭くなり、険しい一本道を進んでいく。
夜とさほど変わらぬ闇の濃さだったが、シロが先頭にいると、白いローブが薄ぼんやりと発光しているように見えた。
ふと、今は能力のことを話せる気がして呼び掛けた。
「シロ」
「ん?」
シロが振り返る。
俺は口を開こうとして、「んんん」と短く唸った。
くそ、やっぱり言えない。
シロが眉を顰める。
「何?」
謎の間が出来てしまう。
たまたま目に入ったのは、フードと透けるような白髪の間に揺れる、桃色のピアスだった。
「ピアスの色って、好きな色なの?」
「馬鹿にしてんの?」
「い、いや、世間話と言いますか‥」
シロは淡々と言う。
「ピアスの色は、デバッガーが選んだ自分の性質だよ。赤は勇気、青は知識、ピンクは夢。黄色は希望。心当たり、あるんじゃない?」
「あぁ!たしかに、勇気を選んだかも。シロも、最初は何も知らない状態だったの?現実から急に切り離されたみたいに」
「うん」
「どうして夢を選んだの?」
「べつに?」
教えてくれないようだ。
一体なんの夢なのだろう。
俺は考えて、せめてもの言葉を口にした。
「家族が元気に暮らしていると良いな」
「うん」
ー
白い鳥居があり、九合目に到達した。
不安定な足場で岩と砂利がゴツゴツしている。
周囲には多くの人が集まっていた。
このロード線の俺は見ていないが、かつて京都の会議で参加した時の面々が勢揃いしている。
ざっと30人くらいだろうか。
ヒイラギが前に出ると、自然とざわつきが収まる。
ヒイラギは単刀直入に言った。
「ボス攻略の前に「占い」と「連絡」を行う。まずは連絡からだ」
いっぱく置いて、ヒイラギは言う。
「昨日、攻略グループにいた、タケル、リブ、サタンの三人がEscした」
デバッガーたちは顔を見合わせる。
周囲が一斉にざわついた。
エスケープした、という言葉は初めて聞いたが、すぐに意味は理解できた。
Escキーというのがあり、PCゲームでよく使う。これを押すことでゲームをそのまま終了出来る。
ログアウトを使わないのは、二度とこの世界に来ないからだろう。
そして、「殺人」という不穏な響きを隠す為でもあるのか。
ヒイラギは続ける。
「占いを独占しようと、シロと初心者であるイチを襲ったが、イチは正当防衛でこの三人と戦闘に入り、Escさせた」
誰も言葉を発しなかった。
ヒイラギが低い声で言う。
「証言はツクモと、シロと、この私だ」
その瞬間、ヒュー、と口笛が吹いた。
みんなが口々に称賛し、俺の肩を抱いてくる。
「やるなぁ、ルーキー」
「あいつら最近調子乗ってたからな」
「どうやって殺したんだ?」
「いえ、大したことじゃなくて‥普通に」
「センスあるなぁ」
てっきり、責められると思っていた。だからホッとした。
だが、ホッとして良いのか?
今も首を突き刺して無惨に噴き上がった赤いコードが忘れられない。
倫理的にあり得ない行動をしてしまった、興奮と、罪悪感と、激しい衝撃。
やはり喜んではいけない。
これはおかしい話だ。
自分を必死で律していると、会議はシロの占いに移っていた。
シロがヒイラギの隣に出る。
「改めて、ボクのマニュアルのルールを確認します」
シロが整理して説明する。
【アクティブスキルは《未来》を占える】
【パッシブスキルは《現在の状況》を示す】
「まず、アクティブスキルについて説明します」
ーーーーーーーーーーー
・グループ(複数人)の占いは三日に一回しか出来ない
・一人は一日に一回
・占いで見られるのは《翌日の出来事まで》
・行動によって未来は変わる為、その時の占いが当たるとは限らない
ーーーーーーーーーーー
「次にもう一つのパッシブスキルについて」
ーーーーーーーーーーー
・パッシブスキルは《現在の状況》を表すだけ。未来には関係なく、未来を変えることは出来ない
・占い結果は大きな流れの一つで、アクティブスキルの様に、翌日の出来事を占う訳では無い
・同時に一人にしか使えない
・一日一回しか使えない
ーーーーーーーーーーー
俺はハッとした。
そうだ。俺は最初、シロにパッシブスキルを使われたんだ。
最初は愚者で、二回目のロード線では、魔術師に変わっていた。
それはつまり、俺の未来が変わったから。
だから現状が変わった。
パッシブスキルで良い相が出たら、これから行う行動が正しいかどうか、分かるかもしれない。
ロードに活かせるかもしれない。
シロはローブを脱ぐと、小さな顎を引き、拳を握って言った。
「そして最後に。どんな占い結果が出ても、ボクは一切の責任を負わない」
ヒイラギが挙手して言う。
「承認した者から手を挙げろ。全員挙手で占いを行う」
すぐに全員の手が上がった。
ヒイラギは黄色のピアスに触れ、ビー玉のようなアイテムを取り出す。軽く振ると、空間にプレゼンテーションソフトのような画面が表示された。
中心に【410gone】の文字、周囲に数字が配置してある。
その時、視界の左上にビックリマークの表示が表れた。
手を持ち上げてタップすると、パーティー加入の申請がある。みんな手を動かしているので、パーティー加入して闘うようだ。
誰が申請をしてくれたんだろう。
とりあえず「参加」を押すと、パーティーメンバーが32人居た。普通、最大4人だから驚いた。
この世界じゃ、グループ分けで殺し合いが起きないとも限らないから良い設定かもしれない。
パワーポインターの図には、32までの数字がボスを囲むようにズラリとあった。
「前衛の者は前へ、遠距離武器の人間は後ろへ数字を配置し、数字の順にカードを引く。410goneは、立方体だと言われている。前も後ろも分からないから、囲むようにバランス良くポジションについてくれ」
みんなが画面に近づき、数字を移動させる。
一瞬、部活のポジショニングを思い出した。
俺は片手剣だから、このまま前衛で良いだろう。
シロが両手を左右に広げて言った。
『fortune』
キラキラと金粉が舞うように、シロの周囲で光が乱反射した。
桃色の風が吹き、タロットカードがシロの周囲を取り巻く。くるくると風に吹かれるように無秩序にカードがシャッフルされる。
それは少しずつ集まり、三つのカードの山が出来る。シロが右、左、中心、の順にカードの山に触れると、それらが重なって、一つに纏まった。
シロは慣れた手つきでカードを扇状に広げると、全員に見せた。
一人ずつ、パーティーの数字の順番に、カードを引いていく。
俺は引く時にシロに聞いた。
「これ、同じってことないの?他の人と、被らなくなるんじゃないか?」
「それも含めて占いなんだ。小アルカナも混じっているから、78枚で1セット。余裕はあるよ」
俺は一枚を引き抜く。
ドキドキして裏返すことが出来ない。
どうか死相ではありませんように。
どうか無事でありますように。
そんなことを思っていると、隣でツクモの声がした。
「‥‥これ、俺死ぬかもな」
「えっ」
「死神の正位置。意味は変化、決別、終わり、諦め。美しい死亡フラグだな。ほら」
ツクモが中指と人差し指に挟んで、カードを見せてくる。
兵士が白馬に跨り、黒い旗を掲げている。
カードの下に、DEATHの文字。
衝撃が走った。全く笑えない。
ツクモが死ぬのはあり得ないと思っていた。最強だし、ヒイラギより強いのに。
ツクモが顎に手を当てる。
「とはいえ、初めて死相が出た。410は強そうだな」
「どうしたら避けられるんだ?ツクモが死んだら俺は困る」
「そりゃ俺だって御免だよ。ログアウト出来るからって、死んだらエスケープ扱いだからな。記憶を失くして俺の夢も潰える」
俺に向かって片眉を上げる。
言外に「お前のロードも確実かは分からないしな」と言われている気がした。
「‥そうなんだ‥ツクモが死ぬほど、ボスは強いのか?」
「地方の最終ボスは強いよ」
「どうしてツクモが死ぬことになるんだ?」
「さぁ?とんでもなく不意をついた、あり得ない攻撃か、誰かを庇って下手したか、どっちかだな。他のデバッガーの占い結果も見てみよう」
ヒイラギの表示した画面に重なるようにして、数字の部分に引いたカードの表示が出る。
そういうプログラムを予め組んでいたようだ。
すると、分かりやすく運勢が分かれた。
ヒイラギが言う。
「410goneを中心として、北東後衛、さらに南西前衛に死相や不運の結果が多く見られる。これらに致死性のダメージを与えられる攻撃が飛んでくる可能性が高い」
ツクモが付け足す。
「もしくは状態異常とかな」
フォーメーションを変えつつ、最終的な編成と作戦が決まる。
ツクモが前に出て言う。
「後衛は戦闘が安定して、攻撃を全て見切ったら合図をするから一気に攻撃をしてくれ。全体的な指揮は俺が取る」
京都の会議ではあれだけツクモへの不満が噴出していたが、実力は認めているようで、みんな静かに受け入れていた。
ヒイラギが言う。
「では、5分後に出立する」
回復薬のクイック登録を確認したり、色々と準備をしていると、シロがやって来た。
シロはしー、と人差し指を口元に当ててから、一枚のタロットカードを差し出す。
パッシブスキルか。
小声でたずねる。
(どうして俺に?)
(いいから)
俺は受け取り、裏返す。
子供が白馬に乗り、赤い旗を掲げている。
後ろには向日葵が咲き、背景には太陽が描かれていた。
シロが言う。
「正位置。大アルカナ、太陽。生命、若さ、成功、幸福。手の届くところに成功がある。諦めなければ、道は開かれる」
何だか勇気が湧いてくる。
「良い引きだよ」
シロがウインクした。
ー
九合目から、みんなで頂上を目指した。
前を歩くツクモに、俺は言った。
「編成だけで変わるのかよ」
「シロの占いがあってから、ほとんどエスケープは起きていない。俺は絶対に死なない」
その断言は、少し俺を安堵させた。
「そんな自信満々に‥」
「お前、セーブはどうなってる?」
「あぁ、昨日夜中にセーブした」
「そうか。おめでとう」
「‥でも、夜中だから、朝まで待たないといけない」
「そんな決まりは無いだろ。逆に言えば夜中にも行動する時間がある」
「なるほど」
黒髪の間で、青いピアスが揺れた。
俺はふと、シロに教えてもらったピアスの色についての話を思い出した。
いつも余裕をかましているツクモを揶揄う絶好のカードを突きつける。
「なぁ、ツクモって自分のこと「知識」で出来てると思ってるんだ?」
ツクモが振り返って、俺に視線を向ける。
「事実だよ。俺はそこそこ優秀なんだ。逆にそれ以外のことに自信が無かった」
「え!そうなの?どこの学校なの?」
「学歴厨かよ」
「違う!ログアウトしたら、嘘言ってないか、確かめるんだよ。よく考えたら、胡散臭い」
「ふぅん。具体的にどこが?」
「一日三回も帰るって絶対おかしいだろ。それを全員に黙ってるし。世界を攻略したいのは病気の友人のため、っていうのも怪しい。本当は自分のためで、何か企んでそうだ!」
ツクモは目を大きくして俺を見た後、肩を震わせて笑い出した。
「は?笑うこと無いだろ」
「いや、面白いと思って」
「俺には既に帰還ルートが見えているんだからな、アイテムが手に入れば、俺だって‥」
「悪魔の小瓶は超強いバグからしか取れない。俺が一日掛けるレベルだ。絶対お前には取れない」
「‥‥誰かと協力したら出来る!今に見てろよ、俺だってログアウトして現実を行き来して異世界ライフを楽しむんだから」
「は?異世界ライフ?帰りはしないのか?」
「だって、友達がいるなら少し遊びたいし」
「友達?」
「‥シロと、ユメと‥まぁお前とか」
「は?俺がいつお前の友達だと認めた?」
「‥べつに友達なんて言ってないけどさ」
「今言っただろ」
ツクモが鬱陶しそうに顔を顰めて俺を指差し、そばを歩いていたシロに言った。
「こいつほんとウザいんだけど」
シロがふふ、と笑う。
俺も笑って言う。
「シロにも馬鹿にされてるぞ」
ツクモは無視し、前を歩いて行ってしまった。
シロが、タッタッタ、と走ってツクモを追いかける。
俺はマイペースに歩くことにした。
実は緊張している。
ユメの声が聞こえてきた。
『イチ、私が付いています』
「おう」
『大丈夫です。落ち着いてやりましょう。私がサポートします』
「頼りにしてるぞ」
『任せてください!』
語尾にビックリマークが見えて、コクリと頷くユメの姿が脳裏に浮かんだ。




