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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
15/65

セーブデータ3 【富士山】

 歩き続けて、日が落ちた頃、ようやく富士山八合目の山小屋に到着した。

 「おいでませ、八合目」という文字が書かれた赤いのぼりが立ち、風でぺらぺらと靡いていた。

 山小屋は木造りで、少々心許ない感じがする。

 ガラガラ、と厚い磨りガラスの扉を開けると、NPCのお爺さんとお婆さんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい」

「よく来たねぇ」


 反射的に俺は挨拶を返す。


「こんばんは」


 シロが俺を見て笑った。


「NPCに挨拶って、ヘンなの」


 ツクモが親指で俺を指して言う。


「コイツ温室育ちで珍しいんだ」

「知ったふうに言うなよ」


 木の床だが、飲食店みたいに一段高い畳の場所があり、ブーツを脱いで長いテーブルの前に、紫色の座布団を敷いて座る。

 立方体の古いテレビが置いてある。

 長いカウンターが反対側にあり、割烹着姿のお婆さんが座っている。

 ご飯を注文出来るようだ。


「カレーうどん、三つ」


 ツクモが二つ青キューブをカウンターに出し、お婆さんに尋ねた。

 

「それから、寝る場所を貸してほしい。周りに宿が無くて困っているんだ」


 俺は驚いてツクモに訊いた。


「NPCにそんな言葉伝わるのか?」

「一度下見に行った。基本、旅をするために、一定間隔で宿は用意されているんだが、ここら辺には宿のポイントが無いから、不思議に思った。試しに聞いたら、貸してくれた」


 お婆さんは、受付の方にいるお爺さんに目配せすると、目尻に皺を寄せて微笑んだ。


「物置部屋と地下室があるので良かったら使って下さいな〜」


 俺は思わず言った。


「え、いいんですか?」

「良いですよ。旅の疲れを癒して下さい」


 ツクモとシロが呆れた視線を寄越す。


「だからNPCだって言ってんだろ」

「それは分かってるけど」


 カレーうどんを食べながら、ツクモに明日の予定を聞いた。


「今ヒイラギと連絡を取ったが、明日の朝、攻略メンバーを三人ったことを含めて会議が開かれる事になった。そこでシロの占いを公開して行う‥‥構わないか?」


 シロは唇を僅かにすぼめて不服そうに言った。


「うん。そんな気を遣わないでよ。前から良いって言ってんじゃん」

「お前は我慢するし、嫌なことは嫌と言った方が良い」


 俺はたずねた。


「みんなの前で占いをするのが嫌なの?」


 ツクモとシロは無視して会話を続ける。

 この世界、みんな直ぐ無視をする。


 カレーうどんを食べ終えると、ツクモは山小屋を出て行った。


「忙しいな。本当に何してるんだろ」


 シロが言う。


「多分、誰かを助けたりしている気がする。ツクモは優しいから」


 シロは相当ツクモを信頼しているようだ。

 俺は浮かんでいた疑問を訊ねてみることにした。


「いつもツクモに助けてもらってるのに、どうして今回は言えなかったんだ?ずっと付き纏われていたんだろ?」


 シロは視線を逸らして言う。


「あんまり頼ったら、面倒って思われそうで、嫌われそうで、言えなかった」

「ツクモはそんな事思わないでしょ、今までも助けてくれたんだし」

「‥‥うん」


 シロは強気なようで、奥手で臆病なのかもしれない。生い立ちが関係しているのだろうか。

 

 追加で注文していたチャーハンが運ばれてきた。

 俺は片手剣に言う。


「チェンジ」


 剣が光になり、数字の羅列を見せた後、人型になってユメが現れる。

 ユメを見て、シロは目を見開いた。

 

「人‥」

「これが俺のマニュアルだよ」

 

 シロはそっとユメの髪に触れる。

 ユメは首を傾げる。艶やかな黒髪が微かに揺れて、シロの手の平に広がった。


「‥‥生きてる」

「やっぱり珍しいの?」

「うん。初めて見た。生物って括りなら、動物がほとんどだから」


 ユメはピッタリと俺の隣にくっついて来て、湯気の立つチャーハンを間近で覗き込む。

 

「食う?」


 ユメがコクリと頷く。

 俺がスプーンを渡すと、パクパク食べ始めた。

 ユメのようなおしとやかな外見の美少女が無心でご飯を貪る様は、ちょっとシュールだが、何だか見ていると優しい気持ちになる。

 ユメは、よっぽどお腹が空いていたらしい。

 AIに空腹の概念があるかは謎だが。

 シロがユメの食い気を見て笑った。


「口に付いてるよ」


 シロが笑ってユメの口元を指す。

 ユメはスプーンを置き、口元に指を当てる。


「違う。ここ」

「ここですか?」


 ユメは頬を触る。

 シロが無邪気に笑った。


「アハハ、違う!もっと右下!」

「ここですか?」

「ちがうよー!」


 シロは楽しそうだ。


 現実では餓死しそうだとシロは言っていたが、シロにとったら、異世界の方が楽に生きられるに違いない。



 食後、シロが桃色のピアスを弄ってメニューを開いていると思ったら、おもむろに赤キューブを三つ机に出して置いた。

 赤キューブの塊をすっと差し出して、シロはぶっきらぼうに言う。


「今日は助かった。ありがとう」


 驚いた。

 俺はキューブを押し返す。


「いや、要らないよ」

「何で?労働には対価が、報酬が必要でしょ」

「要らないよ」

「なんで?」


 シロはショートカットの白髪を無造作にかき上げて俺を見る。

 桃色のピアスが揺れて光った。

 俺は考えて、言った。


「俺が殺したいと思ったから殺した。シロのためとか、考えてない」

「それは嘘だ。あの時お前は、ボクが襲われるだの、色々言って戦った。ていうか、両親のことも知ってたし、ツクモに訊いたの?」


 そうだった、シロにセーブとロードの話はしてないんだ。

 シロが当初思っていたよりも悪い奴じゃない、というのは分かって来た。

 ちょうど良いし、ユメの能力を打ち明けよう。

 そう思い、俺は口を開こうとして‥‥開かなかった。

 俺は訳が分からず、唇に触れる。そこだけ麻酔をしたように感覚が無く、無理やりこじ開けようとしても、開かない。

 声が出ない。

 パニックに陥り、俺は顔中を触った。

 シロが怪訝な顔をする。


 どうして話せないんだ?


 ふと、別のロード線で、ススキ高原で交わした《選択肢》を思い出した。

 まさか、決めた事は変えられないのか?

 別のロード線でも、選択による制約が続くのか。


 俺は諦めた。


 幸い、ユメの能力を言わなくても、シロは俺を信じてくれている。


 違うことを思い浮かべると、口は開く。

 俺は曖昧に笑みを返して言った。


「ごめん、ちょっと疲れてたみたい。何の話だっけ」

「人の話はちゃんと聞きなよ」

「すいません‥」

「ボクを助けた理由について」


 俺は逡巡して、言った。


「君を助けたのは‥その、友達だから」


 シロが怪訝な顔をする。


「‥は?初対面なのに何言ってんの」

「いや、そうなんだけど‥袖振り合うは多少の縁と言うか、昨日の敵は今日の友というか‥」

「意味わかんない。それに、友達なんて、どうせここにいる間だけで、現実に帰ったら忘れちゃうんだから」


 少し女の子っぽい言い方に、最初の頃より心を開いてくれているのを感じる。


「シロはさ‥‥」


 シロの現実での姿を知りたかった。手伝える訳じゃないけど、知って、少しでも力になれる事があったら、と思ったが、シロが頬杖をついた時、首筋に見えた火傷の痕に、俺は口をつぐんだ。


 多分、他人が触れちゃいけないものってあるんだろうな。飼えない野良猫を拾ってはいけないように、話を聞くならそこまでの覚悟が無いとダメなんだろう。


「俺は何か見返りが欲しくて行動した訳じゃないんだ。身体が勝手に動いていたっていうかさ、だから、気にするなよ」

「じゃあ謝礼だよ。報酬じゃなくて。気持ちの問題なんでしょ?」


 シロの価値観は年頃にしてはおかしい。

 大分この世界に毒されているようだった。


 だが、それをおかしいと言えば、シロを傷つけてしまう気がして、俺は「ありがとう」と笑ってキューブを受け取るしかなかった。

 シロは満足そうに笑った。




 俺とユメは物置部屋に、シロは屋根裏部屋に分かれた。

 ツクモはまだ帰って来ない。

 フレンドの欄の名前の文字は透けていないので、ログインはしているようだ。


 物置部屋は、段ボールや木箱、棚がぎっしりと置かれていて、文字通り物置の部屋だった。

 月明かりの差し込む、窓に近い場所にポツンとベッドが置いてある。


 俺は靴を脱ぎ、レザージャケットの装備を外す。Tシャツになり、少し埃くさいような気がするベッドに横になった。

 ユメが当然のように俺を押して隣に入って来た。

 狭い。


 俺はユメにたずねた。


「この世界を、どう思う?」


 ユメがくるりと寝返りを打って、丸い猫目で俺を見る。

 顔が近くて少しビックリした。


「どう、とはどういう意味ですか?抽象的な質問は返答が難しいです」

「えーっと、たとえばさっきのやり取り、ユメは隣で見ていただろ?小学生の女の子が、あんなことを言うなんて、可哀想だ」

「そうでしょうか?」

「え?」

「恩に対しての対価、報酬は、この世界での法律です。ユメは法律と礼儀に従っただけの事で、少数意見はイチの方で間違いありません。そのため、可哀想という感想は、少し間違っているように思います」


 俺は真っ向から感想を否定され、戸惑った。


「そうじゃなくて‥現実の女の子とは違うって言うか‥」


 ユメは首を傾げた。


「イチの言っている事がよく分かりません。現実の女の子、を私は詳しく知りませんし、シロはシロであり、何者でも無いので、他者と違うのは当たり前の事だと思います」

「‥‥そっか、そうかもな」


 この世界の住人は、ユメを含め、こちらの世界が現実なのだろう。


「もう寝るか。明日ボス戦だし」


 ユメが間を開けて、「はい」と小さく応える。


「どうした?」

「現実の女の子。私は知らないと言いましたが、よく考えると、知っている気がします」

「へぇ!じゃあSFみたいに、ユメは他に記憶があるのに、消されていたりするんじゃないの?人間っぽいポンコツアンドロイドだし」


 俺が冗談で言うと、ユメはムッと頬を膨らませた。


「悪口を言わないで下さい。ひどいです」

「褒めてるよ。ポンコツって可愛いと思う。完璧よりも、少しバカな位が俺は好きだな」


 ユメは「ふーむ」と仰向けに寝返りを打ち、両手を布団の上に出した。


「人は、完璧が好きですよね?」

「人によるんじゃない?完璧なら機械で良いしさ」

「‥‥なるほど」


 ユメはふぁっと大きく欠伸をする。

 人間っぽい。

 現実にユメが居たら、きっと楽しいだろうな。

 ユメは子供のように目を擦って言う。


「おやすみなさい」

「おやすみ」

「明日、頑張りましょう。私、頑張ります」

「ああ。頑張ろうな」


 ユメがゆっくりと目を閉じる。


 温かい気分になって寝返りを打った時、世界が止まった。

 すぐに分かった。

 怖気が走った。


 嘘だろ。

 濃い木目の天井に、文字が重なるようにして、表示される。

 


 セーブデータ3 富士山八合目 山小屋



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