セーブデータ3 【富士山】
歩き続けて、日が落ちた頃、ようやく富士山八合目の山小屋に到着した。
「おいでませ、八合目」という文字が書かれた赤いのぼりが立ち、風でぺらぺらと靡いていた。
山小屋は木造りで、少々心許ない感じがする。
ガラガラ、と厚い磨りガラスの扉を開けると、NPCのお爺さんとお婆さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
「よく来たねぇ」
反射的に俺は挨拶を返す。
「こんばんは」
シロが俺を見て笑った。
「NPCに挨拶って、ヘンなの」
ツクモが親指で俺を指して言う。
「コイツ温室育ちで珍しいんだ」
「知ったふうに言うなよ」
木の床だが、飲食店みたいに一段高い畳の場所があり、ブーツを脱いで長いテーブルの前に、紫色の座布団を敷いて座る。
立方体の古いテレビが置いてある。
長いカウンターが反対側にあり、割烹着姿のお婆さんが座っている。
ご飯を注文出来るようだ。
「カレーうどん、三つ」
ツクモが二つ青キューブをカウンターに出し、お婆さんに尋ねた。
「それから、寝る場所を貸してほしい。周りに宿が無くて困っているんだ」
俺は驚いてツクモに訊いた。
「NPCにそんな言葉伝わるのか?」
「一度下見に行った。基本、旅をするために、一定間隔で宿は用意されているんだが、ここら辺には宿のポイントが無いから、不思議に思った。試しに聞いたら、貸してくれた」
お婆さんは、受付の方にいるお爺さんに目配せすると、目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「物置部屋と地下室があるので良かったら使って下さいな〜」
俺は思わず言った。
「え、いいんですか?」
「良いですよ。旅の疲れを癒して下さい」
ツクモとシロが呆れた視線を寄越す。
「だからNPCだって言ってんだろ」
「それは分かってるけど」
カレーうどんを食べながら、ツクモに明日の予定を聞いた。
「今ヒイラギと連絡を取ったが、明日の朝、攻略メンバーを三人殺ったことを含めて会議が開かれる事になった。そこでシロの占いを公開して行う‥‥構わないか?」
シロは唇を僅かにすぼめて不服そうに言った。
「うん。そんな気を遣わないでよ。前から良いって言ってんじゃん」
「お前は我慢するし、嫌なことは嫌と言った方が良い」
俺はたずねた。
「みんなの前で占いをするのが嫌なの?」
ツクモとシロは無視して会話を続ける。
この世界、みんな直ぐ無視をする。
カレーうどんを食べ終えると、ツクモは山小屋を出て行った。
「忙しいな。本当に何してるんだろ」
シロが言う。
「多分、誰かを助けたりしている気がする。ツクモは優しいから」
シロは相当ツクモを信頼しているようだ。
俺は浮かんでいた疑問を訊ねてみることにした。
「いつもツクモに助けてもらってるのに、どうして今回は言えなかったんだ?ずっと付き纏われていたんだろ?」
シロは視線を逸らして言う。
「あんまり頼ったら、面倒って思われそうで、嫌われそうで、言えなかった」
「ツクモはそんな事思わないでしょ、今までも助けてくれたんだし」
「‥‥うん」
シロは強気なようで、奥手で臆病なのかもしれない。生い立ちが関係しているのだろうか。
追加で注文していたチャーハンが運ばれてきた。
俺は片手剣に言う。
「チェンジ」
剣が光になり、数字の羅列を見せた後、人型になってユメが現れる。
ユメを見て、シロは目を見開いた。
「人‥」
「これが俺のマニュアルだよ」
シロはそっとユメの髪に触れる。
ユメは首を傾げる。艶やかな黒髪が微かに揺れて、シロの手の平に広がった。
「‥‥生きてる」
「やっぱり珍しいの?」
「うん。初めて見た。生物って括りなら、動物がほとんどだから」
ユメはピッタリと俺の隣にくっついて来て、湯気の立つチャーハンを間近で覗き込む。
「食う?」
ユメがコクリと頷く。
俺がスプーンを渡すと、パクパク食べ始めた。
ユメのようなおしとやかな外見の美少女が無心でご飯を貪る様は、ちょっとシュールだが、何だか見ていると優しい気持ちになる。
ユメは、よっぽどお腹が空いていたらしい。
AIに空腹の概念があるかは謎だが。
シロがユメの食い気を見て笑った。
「口に付いてるよ」
シロが笑ってユメの口元を指す。
ユメはスプーンを置き、口元に指を当てる。
「違う。ここ」
「ここですか?」
ユメは頬を触る。
シロが無邪気に笑った。
「アハハ、違う!もっと右下!」
「ここですか?」
「ちがうよー!」
シロは楽しそうだ。
現実では餓死しそうだとシロは言っていたが、シロにとったら、異世界の方が楽に生きられるに違いない。
食後、シロが桃色のピアスを弄ってメニューを開いていると思ったら、おもむろに赤キューブを三つ机に出して置いた。
赤キューブの塊をすっと差し出して、シロはぶっきらぼうに言う。
「今日は助かった。ありがとう」
驚いた。
俺はキューブを押し返す。
「いや、要らないよ」
「何で?労働には対価が、報酬が必要でしょ」
「要らないよ」
「なんで?」
シロはショートカットの白髪を無造作にかき上げて俺を見る。
桃色のピアスが揺れて光った。
俺は考えて、言った。
「俺が殺したいと思ったから殺した。シロのためとか、考えてない」
「それは嘘だ。あの時お前は、ボクが襲われるだの、色々言って戦った。ていうか、両親のことも知ってたし、ツクモに訊いたの?」
そうだった、シロにセーブとロードの話はしてないんだ。
シロが当初思っていたよりも悪い奴じゃない、というのは分かって来た。
ちょうど良いし、ユメの能力を打ち明けよう。
そう思い、俺は口を開こうとして‥‥開かなかった。
俺は訳が分からず、唇に触れる。そこだけ麻酔をしたように感覚が無く、無理やりこじ開けようとしても、開かない。
声が出ない。
パニックに陥り、俺は顔中を触った。
シロが怪訝な顔をする。
どうして話せないんだ?
ふと、別のロード線で、ススキ高原で交わした《選択肢》を思い出した。
まさか、決めた事は変えられないのか?
別のロード線でも、選択による制約が続くのか。
俺は諦めた。
幸い、ユメの能力を言わなくても、シロは俺を信じてくれている。
違うことを思い浮かべると、口は開く。
俺は曖昧に笑みを返して言った。
「ごめん、ちょっと疲れてたみたい。何の話だっけ」
「人の話はちゃんと聞きなよ」
「すいません‥」
「ボクを助けた理由について」
俺は逡巡して、言った。
「君を助けたのは‥その、友達だから」
シロが怪訝な顔をする。
「‥は?初対面なのに何言ってんの」
「いや、そうなんだけど‥袖振り合うは多少の縁と言うか、昨日の敵は今日の友というか‥」
「意味わかんない。それに、友達なんて、どうせここにいる間だけで、現実に帰ったら忘れちゃうんだから」
少し女の子っぽい言い方に、最初の頃より心を開いてくれているのを感じる。
「シロはさ‥‥」
シロの現実での姿を知りたかった。手伝える訳じゃないけど、知って、少しでも力になれる事があったら、と思ったが、シロが頬杖をついた時、首筋に見えた火傷の痕に、俺は口をつぐんだ。
多分、他人が触れちゃいけないものってあるんだろうな。飼えない野良猫を拾ってはいけないように、話を聞くならそこまでの覚悟が無いとダメなんだろう。
「俺は何か見返りが欲しくて行動した訳じゃないんだ。身体が勝手に動いていたっていうかさ、だから、気にするなよ」
「じゃあ謝礼だよ。報酬じゃなくて。気持ちの問題なんでしょ?」
シロの価値観は年頃にしてはおかしい。
大分この世界に毒されているようだった。
だが、それをおかしいと言えば、シロを傷つけてしまう気がして、俺は「ありがとう」と笑ってキューブを受け取るしかなかった。
シロは満足そうに笑った。
俺とユメは物置部屋に、シロは屋根裏部屋に分かれた。
ツクモはまだ帰って来ない。
フレンドの欄の名前の文字は透けていないので、ログインはしているようだ。
物置部屋は、段ボールや木箱、棚がぎっしりと置かれていて、文字通り物置の部屋だった。
月明かりの差し込む、窓に近い場所にポツンとベッドが置いてある。
俺は靴を脱ぎ、レザージャケットの装備を外す。Tシャツになり、少し埃くさいような気がするベッドに横になった。
ユメが当然のように俺を押して隣に入って来た。
狭い。
俺はユメにたずねた。
「この世界を、どう思う?」
ユメがくるりと寝返りを打って、丸い猫目で俺を見る。
顔が近くて少しビックリした。
「どう、とはどういう意味ですか?抽象的な質問は返答が難しいです」
「えーっと、たとえばさっきのやり取り、ユメは隣で見ていただろ?小学生の女の子が、あんなことを言うなんて、可哀想だ」
「そうでしょうか?」
「え?」
「恩に対しての対価、報酬は、この世界での法律です。ユメは法律と礼儀に従っただけの事で、少数意見はイチの方で間違いありません。そのため、可哀想という感想は、少し間違っているように思います」
俺は真っ向から感想を否定され、戸惑った。
「そうじゃなくて‥現実の女の子とは違うって言うか‥」
ユメは首を傾げた。
「イチの言っている事がよく分かりません。現実の女の子、を私は詳しく知りませんし、シロはシロであり、何者でも無いので、他者と違うのは当たり前の事だと思います」
「‥‥そっか、そうかもな」
この世界の住人は、ユメを含め、こちらの世界が現実なのだろう。
「もう寝るか。明日ボス戦だし」
ユメが間を開けて、「はい」と小さく応える。
「どうした?」
「現実の女の子。私は知らないと言いましたが、よく考えると、知っている気がします」
「へぇ!じゃあSFみたいに、ユメは他に記憶があるのに、消されていたりするんじゃないの?人間っぽいポンコツアンドロイドだし」
俺が冗談で言うと、ユメはムッと頬を膨らませた。
「悪口を言わないで下さい。ひどいです」
「褒めてるよ。ポンコツって可愛いと思う。完璧よりも、少しバカな位が俺は好きだな」
ユメは「ふーむ」と仰向けに寝返りを打ち、両手を布団の上に出した。
「人は、完璧が好きですよね?」
「人によるんじゃない?完璧なら機械で良いしさ」
「‥‥なるほど」
ユメはふぁっと大きく欠伸をする。
人間っぽい。
現実にユメが居たら、きっと楽しいだろうな。
ユメは子供のように目を擦って言う。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「明日、頑張りましょう。私、頑張ります」
「ああ。頑張ろうな」
ユメがゆっくりと目を閉じる。
温かい気分になって寝返りを打った時、世界が止まった。
すぐに分かった。
怖気が走った。
嘘だろ。
濃い木目の天井に、文字が重なるようにして、表示される。
セーブデータ3 富士山八合目 山小屋




