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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
14/65

時差

 解毒剤を飲み干すと、体力ゲージの上に表示されていたpoisonの文字が消え、ミリ単位でHPの緑が残っていた。


「初犯にしては、やるじゃん」


 シロが宝石のような結晶を投げてくる。


「食べたら全快。初犯祝い」


 氷みたいに冷たくて、氷砂糖のように甘い。飲み込むと、HPがグンと元に戻ったが、手の震えは収まらない。


 これで良かったんだろうか。

 自問自答していると、シロが俺の隣に座った。


「助かったよ。嫌な役目を負わせてごめん」


 フードの中から、焦茶色の丸い瞳が覗いている。

 少し掠れたアルトの声で、シロは言った。


「アイツらは日常的にこの世界でも犯罪を繰り返していた。恫喝とか、辻斬りとかね。だから気に病むことは無い」


 シロは小さく笑って、俺の頭を優しくポンと叩いた。

 どちらが歳上か分からない。


「‥それなら、良いけど」



 大木の前で座って休憩していると、ススキ高原の入口の方から、誰かがやって来た。

 肩に猫を乗せ、藍色のコートを羽織っている。小柄だが、醸し出すオーラが別格だ。先程の男達との戦闘でよく分かった。


「ツクモ!!」


 唯一、俺がロードをしていると分かっている人間だと思うと、姿を見るだけで心底ほっとした。


 シロが立ち上がり、ツクモの方へ走っていくと、ツクモを思い切り殴った。

 ツクモは殴られてもHP、動作共にビクともしないが、顔を顰めた。

 シロが拳を振り上げて怒る。


「遅すぎ!!!」

「ちょっと色々あったんだよ。痛ぇな」

「何してたの?」

「何も?」


 ツクモはとぼける。


「どうしていつも教えてくれないの」

「教えられる事が無いから」

「‥」


 シロが拳を握って俯く。

 そうしていると、小学生に見えた。

 俺も立ち上がり、二人の間に割り入った。


「そんな風に言わなくても良いだろ」

「事実だ。お前たちに教えたところで、何の解決にもならない。それより、シロ。お前は我慢するところあるよな。ちゃんと俺に相談してくれれば良かっただろ」


 シロが唇を噛み締める。

 俺は驚いて問う。


「見てたのか?」


 ツクモが無視して言った。


「移動しよう。明日はボス攻略で九時に富士山登頂に召集が掛かってる。八合目にNPCのいる山小屋があるから、そこに向かう」

「答えろよ。どうして助けてくれなかったんだ」

「助けたく無かったから。俺は人を殺したくなかったから、有難いよ」

「‥‥いつから見ていたんだ?俺は一度ロードもしたのに!」

「それは知らない。俺が来た時、なんかシロが吹雪をぶっ放していて、介入したら、俺まで怪我をしそうだから、眺めていただけだ」


 ツクモは猫の顎を指で掻いて言う。


「っていうか、アイツらは、お前を守ろうとするシロを脅して、自分が占われようとしたんだろう。お前が居なきゃ、シロはあそこまで攻撃されなかったはずだ」


 何も言えなくなる俺を、シロはちらりと見て言った。


「まぁ、助かったけどね」


 ツクモが肩を竦めて言う。


「お前がここにいると情報を流したのはおそらくヒイラギだろうな」

「ヒイラギ?どうしてヒイラギが出て来るんだよ」

「あのデバッガー達は他にも事件を起こしてる。腐ったみかんは早めに取り除いたほうが良い」

「早めに取り除く‥?殺すってことか?」


 シロがひらりと手を振って言う。


「情報を流して、デバッガー達に攻撃させて正当防衛で処分を妥当とさせるんだよ。ヒイラギは自分の立場的にも自分の手を汚したく無いから、ボクや、君を守ろうとするツクモを利用しようとしたんだ」

「処分を妥当って言ってるけど、俺たち当事者の話なんか、みんな聞いてくれないんじゃないか?」


 シロが細い人差し指を立てて言う。


「そこはヒイラギが証言するんだよ。この世界はそうやって回ってるんだ」

「‥なるほど‥‥どうしてヒイラギは俺たちの場所を知っていたんだ?」


 ツクモが親指に顎を乗せて考える仕草をする。


「そこだよな。あいつは何か特殊なスキルを持っている可能性が高い。広範囲の視覚とか、情報を掴めるスキルとか」

「同じように攻略しようとしているのに、協力出来ないのか?」


 シロが盛大にため息をついて首を振った。


「何でそういう思考になるかな。この世界じゃ協力なんて無理無理。目標が一緒でも、目的が違えば、我が強いから喧嘩になるよ」

「そういうものか?」

「うん」


 

 俺たちはススキ高原を出て、山道を登った。

 出現する敵を、ツクモがダメージを与え、フィニッシュだけ俺とシロに譲ってくれる。

 

 標高が上がるにつれ、植生が変わっていく。

 赤黒い砕けた溶岩の砂利がある道と、短い植物が点々と生えた風景に変わる。

 両側に綱が張りだし、現実の登山と何も変わらなかった。

 後ろを見ると、霧が濃くてよく見えない。


「‥まだ着かないのか?ていうか、あの悪魔の小瓶みたいなの、使えないかよ」

「あれはレアアイテムだ。俺だって、帰りは節約しようと思って歩いて来た」


 シロがぽつりと言う。


「疲れた」

 

 立ち止まり、その場にしゃがむ。


「この世界じゃ体力的な疲れって無いと思ってたけど、あるのか?」

「ステータスは大きく影響するよ。現実の身体もな。精神的な疲れは大きいし、シロはステータスもluck極振りでスタミナは0に等しい。ほら、」


 ツクモがしゃがんでシロに背を向ける。

 シロは何故か俺を睨んでから、ツクモにおぶられた。

 恥ずかしいのだろうか。

 

 しばらくすると、寝息が聞こえて、シロは目を閉じて気持ちよさそうに眠っていた。


「シロって、女の子だよな?」

「そうだ。女とバレると面倒だから、本人は男っぽくしているらしい」

「面倒って?」

「襲われたりするんだよ。犯罪者ばっかだからな」


 シロがこの世界で生きていくのはとても難しくて過酷な事なのだろう。

 それでも帰らないのは、ただ家族を養いたいという気持ち一つだけ。


 ツクモが言う。


「お前にやった屋内で使うアイテムは、そういうものを防げる。他人が部屋に入って来られないし、HPに相当する行為は自身であっても無効になる。捨てるなよ」

「分かった。これ、凄いアイテムなんだな。どこで取れるの?」

「俺が持っている」

「持ってる?」

「作れる」

「は?」


 意味が分からずツクモを見ると、ツクモは平然と言った。


「システムにアクセス出来るメタ的なアイテムだ。ちなみに、俺はプログラマーじゃないからな。あくまでも、こんな世界を運営しているプログラマーに対抗する為の手段に過ぎない」

「でも、そんなものが作れるくらい、プログラムの知識があるって事?」

「どうだろうな。俺は何も知らないし、プログラマーの足元にも及んでいないだろう。話は変わるが、何回ロードした?」


 俺はプログラマーやツクモが現実で何をしているのか、質問し続けたが、ツクモは無視を一貫し、俺が折れた。


「1回だよ。俺が男たちに無謀に刃向かって、普通に殺された」

「なるほど。俺は2時間ピッタリログアウトして、現実で過ごして来た。俺が出たのは、異世界の時刻で11時30分。ログインして、戻って来て確認した時刻は、12時13分だった」


 ツクモは二時間現実にいたのに、異世界じゃ43分しか経っていないのか?


「1時30分じゃないのか?」

「この前と同様、俺はおそらく、お前がロードした世界線へ、戻って来れる。記憶もあった。つまり、俺が現実で何時間過ごしたとて、お前がロードしまくっていたら、時が進んでいない状況が同じ様に発生する」


 なるほど。

 セーブデータ2からやり直したロード線で、43分経ったという事だろう。

 ツクモが言う。


「もし俺がお前といる時点でロードしたら、その時点での俺の記憶は無くなるし、現実世界に残して来たメモを信じる他なくなるが、ロードとログアウトのタイミングを合わせれば、俺は自分の記憶を完全に保持したままロードをする事が出来る。つまり影響を受けない」

「俺がロードをする前に、ログアウトをするって事か?」


「そういう事だ。俺は、例えばログアウトしている最中、お前が何回ロードしたかも分からない。お前が嘘をついている可能性は十二分にあるわけだ」

「は?嘘はついてない」

「だから、もしもの話だよ。今後、互いに協力しないといけない時、何かを証明したい時に、この仕組みをしっかりと利用する」


「なるほど。分かった」


 俺たちは短く視線を交わし、山を登った。


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