殺人
灰色だった世界が色付き、時が動き始める。
俺は両手を挙げて言った。
「待ってくれ。俺は本当に話しかけただけなんだ。それを説明させてほしい」
俺は剣をゆっくりと地面に置いた。
だが、シロはロッドを俺の喉元に押し付け、微動だにせず冷たく言う。
「ツクモは装備とかを配ったりするだけで、直接指導はしない。嘘をつかないで」
「俺のマニュアルの能力が少し変わっていて、それにツクモが注目しているんだ。俺は上手くマニュアルを使えないから、指導と観察をされている」
俺がさらに証拠を提示しようと、ユメを人間に変えようとした時、赤い予測線がシロの前に現れた。
俺とシロは反応して直ぐに後ろへ飛び退いて躱す。
ヒュン、と空気を切り裂く音と共に、矢が飛んできた。
ススキの間から、フードを深く被ったデバッガー達が、ラプトルの如くサッサと群れを成して走ってくる。
「早く逃げて!」
「シロはどうするんだよ」
「ボクは平気だ。狙われるのは君だ!」
あれ、ヤバい。
同じ状況だ。
ここで逃げたら、中途半端に追い詰められ、俺は殺される。
俺は踏みとどまり、振り返ってシロに駆け寄った。
シロが怒鳴った。
「お前まで守れない!殺すかもしれない!早く逃げろ!」
「一緒にいる!君はこのあと、彼らに暴力を受ける!それを放ってはおけない!」
シロが俺の肩を掴み、突き飛ばそうとする。
「お前がいなきゃ、済む話だ!」
俺は思わず言い返した。
「シロはそれで良いのか?あんなクズ達の命令を聞きたくないだろ!逃げるなよ!」
シロがビクリと身体を震わせた。
凄まじい眼光で俺を睨んだ後、シロは叩き付けるようにロッドを振った。
「あぁ、たしかにボクはあいつらが嫌いだ。でも、一々抵抗していたら面倒なんだ。それにクズでも自分の手で殺すのは嫌だ。殺すなら、お前が殺れ」
「分かった」
シロが杖を振った。
『ターンアップ』
シロの頭上にカードが表示され、それはゆっくりと裏返り、内容を見せた。
カードの絵は、不思議な柄だった。
ステンドグラス。
教会のような場所の前で、怪我をしている男が松葉杖をついている。
シロが唱える。
『小アルカナ ペンタクル5 雪』
その瞬間、シロのロッドの先から、雪を伴う凝縮された吹雪がジェット噴射された。
シロが反動で後ろへ吹き飛ぶ。
凄まじい威力。
鎌を振って飛び込んで来た男を、一瞬で凍らせた。
男のHPは五分の一程しか減っていないが、ICE、という白い追加効果のマークがHPバーの上に表示されている。
ヒイラギの時と同じような、行動を制限する状態異常だろう。
シロは強い。
戦おうと思えば‥‥勝てる。
俺はシロを頼れば良かったんだ。
俺は思いつき、駆け寄って言った。
「シロ、雪の塊を作ってくれ。身を隠しながら戦う」
シロは俺を無視する。
俺はシロの肩を掴んだ。
「頼む‥‥俺が、倒すから、アシストしてくれ」
「殺すの間違いでしょ」
その時、周囲一体に赤い範囲が発生した。
俺とシロは即座に反応し、走って範囲から離脱する。
いっぱく置き、大量の矢の雨が降ってくる。その場にいたら、こっちが殺られていた。
身を守るには、戦うしかない。
この世界じゃ、多分そうなんだ。
俺は駆け出した。
前方で凍りついて動けなくなっている男に、全力で斬りつける。
『スラッシュ』
両手で剣を握り、右上段から左下段へ、振り下ろす。
ザシュッ、というアンリアルな効果音と、刃が通る感覚。
クマとは違う、肉の薄いリアルな手応え。
赤いコードが血液を模して散る。
俺の単純な力にプラスして、スキルが発動し、ダメージが相乗される。
男のHPゲージの4分の1が削られる。
下段から、斜め右上へ振り上げ、クマの時のように、回転斬りで周囲に圧をかけながら、コンボを決める。
デバッガーは複数いる。
ふいにすすきから姿を現し、切り掛かったきたもう一人のデバッガーを、シロが雪の噴射で凍らせた。
俺はICEのゲージが消えないうちに、素早く何度も斬り付けて、HPを削っていく。
緑色のバーがゼロになる。
男の身体が透けて、010101‥‥という数字の塊に変化すると、弾けて、あっけなく消えた。
シロの作ってくれた複数の雪豪のうちの一つに隠れ、息を整える。
胸が震えるくらいに、激しい動悸がした。
長距離移動は出来るのに、どういう理屈なのか未だに分からない。
ただ、興奮しているのは間違いなかった。
シロが杖を掲げると、横殴りの激しい雪が吹き荒れる。
デバッガー達は、よく見ると、同じ銀色のチェーンをズボンのベルトに装着していた。
俺を探している大男が、金色のチェーンを付けており、リーダー格だと分かる。
あいつを狙えば敵陣は混乱するかもしれない。
さっきから、レベルが上がりまくっている。ピーンピーンピーンピーン、という効果音が止まると、ユメが言った。
『スターラッシュ』
このロード線では得られていなかったスキルだ。
身体に力が漲り、俺は剣を構えて地面を蹴った。
次の瞬間、リーダー格の男の前に飛び出した。
男が咄嗟に二本の槍を、下段中段に突き出す。自然と身体が動いていた。
スターラッシュの勢いを僅かに相殺しつつ、突き出された槍を足場に、俺は高く跳躍して、宙で前転した。そのまま男の無防備な背後に回る。
明らかなウィークポイントであろう、首に剣を思い切り突き刺すと、critical!の文字と、赤いコードが激しく撒き散った。
01010101‥という赤いコードが血液に見えて、ゾッとする。
剣を引き抜くと、男のHPがごっそりと減る。
だが、残り三分の二。
男のスピードは早く、男は振り向き、俺の横腹を槍先が掠めた。
poison
俺のHPゲージが一気に半分以上削られ、継続ダメージでじわじわと緑のバーが減っていく。
死にたくない。
心拍がヒートアップし、アドレナリンが爆発する。
俺の知らない俺自身が、暴れ出すのを感じた。
『スターラッシュ』
俺はわざと空中に向かってスキルを発生させ、宙へ跳び上がる。
身体を翻し、男の脳天を狙う。
『スラッシュ!』
男の頭上から、大上段で斬りつける。
イメージと身体の回路がリンクし、俺は斬り付けた後、前転して華麗に着地した。
直ぐに男の持っている槍の柄を片手でぐっと引き寄せる。前のめりに体勢を崩した所を、更に足払いで転倒させた。
男はうつ伏せに倒れる。
右手の剣で、首を突き刺した。
赤いコードが噴出し、黄金色の美しいススキの生える地面に流れていく。
男の頭上のHPバーがオレンジ色から赤に変わり、最終的にゼロになった。
男の体が透け、コードに変わっていく。
そして弾けるようにパッと消えた。
俺が立ち上がって周囲を見ると、みんな命の危険を感じたのか、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰って行った。
倒した男たちは記憶が消えて、現実に帰るだけ、と分かっていても、手が震えた。
ここでの時間を失わせる事は、ある意味、この世界での暮らしを奪った殺人ではあるのかもしれない。
俺は、人を殺した。のか?
こんな流用に、簡単に。
シロが近づいてきて、茶色の瓶を投げてきた。
antidote というラベルが貼ってある。
「解毒剤。あと10秒で死ぬよ」
俺は慌てて瓶の蓋を開けて、それを飲み干す。
抹茶と雑草を混ぜたような、苦い味。
舌に残って、消えない。
さっきから、ピーン、ピーン、ピーン、というレベルアップの音が絶えない。
バグだけでなく、人間も経験値になるらしい。
経験値。
殺して帰還させた三人を多いと捉えるか、少ないと捉えるか、俺はまだ分からなかった。




