《話さない》
俺は剣に向かって唱えた。
「チェンジ」
剣が数字になり、数字は渦を巻きながら人の形になって、ユメが現れた。
ユメは両手を後ろに組み、ショートカットの黒髪を揺らして小首を傾げた。
「どうしましたか?」
「今、ロードした。ツクモとシロに会うために待ち合わせ場所のススキ高原まで行ったんだけど、シロの占いの能力を求めてデバッガーが襲ってきて、俺が刃向かったら殺された」
ユメは俺をじっと見て話を聞いてくれる。
俺は思わず手を振って、思いの丈を伝えていた。
「だけど、ロードしたら、ツクモは居なくて、だから、待ち合わせ場所にシロが行くかも分からないけど、俺はシロを守りたいからススキ高原にもう一度、一人で行きたい!」
俺がいなくても、占いを強要されるなんて、可哀想だ。あんな暴力的なやり方で。
思い出すだけでも腹が立って来る。
ユメは周囲を見て、言った。
「先程までツクモが居ましたが…」
「ツクモは現実に帰ってる。ええっと、だから居ない事になっている‥のかな」
俺は少し考えた。
ゲームのセーブ、ロード画面を思い出す。
ゲームだったら《セーブまでのデータは保存》されて、変わらない。
現在から破綻が無いように、ツクモは居なくなっている、という解釈が一番しっくり来る。
「取り敢えず、ススキ高原に行く」
ユメが言う。
「ですが、道中現れる敵はイチの適正レベルよりも10以上高いです」
「大丈夫。攻略方法は抑えてるから」
ユメは機械的な無表情を変え、微かに不安を滲ませる。
ユメは普段無表情だが、たまにうっすら色が付くように、気持ちを表すことがある。
そうだよな、ユメは急にこんな事言われて、意味が分からないだろう。
それでも、俺を信じてくれている。
俺はユメの頭に手を置いた。
「チェンジ」
ユメの身体が光に包まれ、武器に変わる。
俺は赤く輝きを放つ剣を握り、走り出した。
ー
ツクモの猫の索敵能力が無いと、想像以上に敵に遭遇した。
隣の木立が揺らぎ、焦げ茶色の巨体が勢い良く飛び出して来る。
俺はそれを躱し、走って距離を取った。
distraction bear
巨大グマは真っすぐに俺を追いかけて来る。クマの膨大な重量の踏み込みによって、背後から土が飛んで来る。荒い獣特有の呼気が耳朶を震わせる。生きた心地がしない。
俺はスピードのステータスは高くない為、ほんの僅かな距離しか取る事ができない。無駄に歩数を踏めば、追い付かれて大ダメージを一気に負うだろう。
逃げ場を失わないように、開けた場所を確保しながら、集中して闘う。
俺は剣を握りしめて、振り返った。そのまま突進攻撃のタイミングに合わせ、真横に跳んで避ける。
熱い針のような風が皮膚を痺れさせた。
セオリー通り、両手で回転してすれ違い様にしっかりと斬りつける。
刃が肉を引き裂く。
赤いコードが散って、クマのHPゲージが6分の1削られる。
俺のレベルが低くて攻撃力も低下しているのが分かる。
それでも、攻撃を受けなければ戦える。
俺は道中の敵を切り抜け、ようやくススキ高原に辿り着いた。
ススキが辺り一面に広がる金色の景色は、二回目でもそこそこ美しく見えた。
中央に大木があり、俺はそこに向かった。
白いローブの人物が、木の影からすっと現れた。
顔は見えなくても、同じ服装、背丈と雰囲気から、シロだと分かった。
「シロ!」
「‥誰?」
「イチだよ!京都の会議で会った」
「‥‥」
スッとローブの下からロットが現れ、俺の前に突きつけられた。
俺は硬直し、考え‥‥我に返った。
そうだ‥‥
そうだった
俺はこの世界線‥‥京都でロードした《ロード線》では、シロに会ってない。
そもそも、会議に出ていない。
パニックになって、竹の小道を引き返し、そのあとヒイラギに襲われて、ツクモに助けられたんだ。
まずはシロの警戒を解かなければならない。
だが、セーブとロードの話を信じてもらえる気がしない。ヒイラギがあんな反応をしたのだ。
新規の俺が異世界に戸惑い、困惑しているのだと思うに違いない。
それに、この重要な能力を他人に気軽に話すのは良くない気がした。
これは直感に過ぎないが。
実際、ツクモにもユメの能力は、他言しないように言われた。
どうする?
時間は分からないけれど、ここにいたら、多分同じようにシロのマニュアルの能力を求めたデバッガーが襲って来るはずだ。
いや、待て。
どうしてピンポイントで、男達はここへ来たんだ?シロとツクモの約束を知っていたのか?
どうして知っていたんだ?
ツクモは電話をしていた。
もしかして、電話を盗み聞いたとか?
いやでも、はじまりの街のセーブは、ツクモが電話をする前だ。
つまり、電話をかけてない。
それなら‥‥このロード線では‥男達は襲ってこないのか?それとも、ほかに情報が漏れていたのか、偶然か?
「あのさ、ツクモから電話ってあった?」
「‥電話?」
「俺、ツクモとフレンドなんだ。初心者で」
俺はハッと思いつき、メニューを開いてシロの方に見せた。
「ほら!ツクモとフレンドで」
「ふっ」
フードから覗く口元が小さく釣り上がり、笑う形を作る。
「え、なんで笑うんだ?本当だよ」
「はいはい。初心者なのは本当みたいだね。他人が覗き見れる訳がない。ここにいるのは犯罪者紛いの奴らばっかなんだから。盗み見られて、情報漏れまくりになるよ」
「‥‥そうなんだ、よかった」
俺は胸を撫で下ろす。
結果的に初心者であることを説明できた。
だが、シロは俺に近づき、ワンドの先で喉に触れた。
シロはフードを脱ぐ。
白いショートカットの柔らかそうな髪と、桃色のピアスが揺れた。
冷酷に俺を睨みつける。
「それで、どうやってここまで来たの?誰が後ろに付いているの?ツクモは二時間ログアウトしているし、敵が強すぎて、初心者じゃここまで辿り着けない。手引きをしている奴がいる。ツクモの名前を利用しろと脅された。そうだよね?」
「違う!誰もいない!」
俺が両手を出し、首を振ってハッキリ訴えると、シロは眉間に皺を寄せた。
否定しても、俺は疑いを晴らす方法が無い。
どうする?
流石に殺されはしないと思うけど‥‥
否。
俺が、敵の手引きをしていたなら、殺す理由に十分なる。
このままじゃまた、俺はシロに殺されてしまうかもしれない。
その時、世界が止まった。
セーブとロードと同じような、灰色の世界。
目の前に、選択肢が現れた。
《ユメの能力を話す》
話す 話さない
ゾッとした。
俺が何度もギャルゲームで見て来たものだ。
選択肢。
この選び方で、最終的にエンディングが決まる。
ここで《話さない》を選んだら、《バッドエンド》確実だろ。
いやでも。
ツクモに能力のことは誰にも話すなと言われた。
実際、セーブとロードの能力は貴重だ。狙われたり、悪用されたりしたら、取り返しがつかない。
シロに話して、秘密が広がってしまうかもしれない。
しかも、ここでセーブとロードの話をしても、理解をしては貰えないに決まっている。
俺だって詳しく説明できない。
ツクモは俺よりずっとこの世界に詳しい。
ツクモの言うことには、従っていた方が良い気がする。
俺自身、話さない方が良さそう、という直観もある。
この選択肢の意図は分からないが、俺は考えた末に、手を伸ばして《話さない》を選択した。




