悲鳴
シロ
白髪ロングヘアー→白髪ショート
変更しました
美しいすすき野原を見ながら、独特すぎる異世界のセンスに改めて感心していると、遠くから小さな人影がやって来た。
小さな人間は、近づくと足を止める。
俺は警戒して片手剣を握ったが、相手からローブのフードを脱いだ。
「ボクはシロ。お前は誰だ?見かけない顔だな」
俺はハッとした。
そうか、この世界線の俺は、シロとは面識が無いんだ。
俺は焦って自己紹介しようとすると、シロがローブの中から小さな手を出して俺を静止した。
「ツクモから聞いてる。君がイチね」
「あ、うん。ツクモはさっき現実に戻ったみたいだよ」
フードを脱ぎ、シロが顔を出す。
殺された事でイメージが最悪になっていたが、改めて見ると、西洋人形のような顔立ちで、見た目は可愛い。
白髪のショートカットで、成長したら美人になりそうだ。
小学生の中でも、中学年くらいだろうか。
シロは桃色のピアスに触れ、メニューを表示する。
小さくため息をついて、シロは片手を腰に当てた。大人ぶっているようにも見える。
ハスキーな中性的な声で言う。
「ツクモは意外とマイペースなんだよ」
「毎回待たされてる口ぶりだな」
「その通り。本当に困る」
こうして話をしていると、彼女が普通の人のように思える。
でも俺は殺された。彼女に。
俺は試しに聞いてみた。
「俺の付けてる装備、欲しいと思う?」
「なに急に?要らない。ボクの装備は魔法系だから、物理は意味ない。防具でも、魔法攻撃力に繋がる【luck】のステが付いていないと、防御が上がっても、攻撃が弱体化しちゃうし」
「え、そうなんだ」
「知らないの?自分の装備よく見なよ」
俺はメニューから装備を開いて確認する。
でも、あの時、シロは俺の防具が欲しいと間違いなく言っていた。
「でも、売ることは出来るよな?」
「NPCの店じゃ安いし、人間間の取引も面倒。人殺してまで欲しい金じゃない。メリットよりもデメリットが大きすぎる」
「‥じゃあなんで‥」
俺は思い切ってたずねた。
「君は、人を殺した事がある?」
「は?」
「急にごめん。でも、色々あったんだ。俺自身に。だから、参考として教えて欲しい」
「人殺しはやりたくない。でも、やらないと自分が殺されるなら、ボクはやる」
あの時のシロには、やらなきゃいけない理由があったのだろうか。
シロについて興味が湧いた。
「どうして君は、この世界に居たいと思うの?」
「仕事をしなきゃいけないから。現実じゃ、ボクの歳は仕事が出来ない。妹や弟たちを養わないと餓死するし、借金もある」
餓死?今の日本でそんな事あるのだろうか。
「両親は?」
「あんた、馬鹿なの?」
憎悪の滲んだ表情で睨みつけられた。
「ごめん」
愚問だった。
餓死するほどにお金が無い。つまり、働いていないか、亡くなっているのだろう。
「ボクのmanualは、他人を占う事も出来る。他人にも使えるというのはつまり、需要があるという事。マニュアルを使って、上手くバランスをとって生きて来た。でも、不安だからって毎日占えって言ってくる人もいるようになって、執着されることもあるし、大変で、そんな時にツクモが助けてくれた。家に匿ってくれたり、安全なアイテムをくれたり、話を聞いてくれたり」
「そうだったんだ」
「うん。ツクモは恩人だよ」
その時、目の前にグサっと地面に槍が突き刺さった。
ススキが散り、土が飛ぶ。
呆然としていると、シロに腕を引っ張られた。
シロが素早くしゃがむ。
「伏せて!」
辺りを注意深く見渡した。
シロの背後に、赤く予測線が出現する。
俺は咄嗟にシロの腕を掴んで引き寄せた。シロの背面に槍が突き刺さる。
躱すことが出来た。
安堵した瞬間、シロが俺を突き飛ばした。シロは杖を頭の上で掲げ、ガードの構えをする。すぐに二本目の槍が飛んできた。杖の表面に掠れる様にぶつかり、軌道修正されて遠い場所に落下する。
更に赤い予測線が俺に向かって飛んでくる。
俺は右手の剣を振り上げて、槍を弾いた。
凄まじい衝撃。手から腕までがジンと痺れ、俺の視界左上にあるHPバーが五分の一減少する。
反動だけでここまでダメージを喰らうなんて、信じられない威力だ。
左右、前後、全ての方向からハイエナが獲物を追いつめるかのように、デバッガー達がゆっくりと歩いてくる。
「どうして急に襲ってくるんだ?」
「脅しよ。さっきも言ったでしょ、ボクは人を占える。狙われるのはアンタ!早く逃げて!」
俺は逡巡し、走り出した。
占いがあるなら、シロは殺されないはずだ。俺が逃げよう。
包囲されていない方へ逃げたつもりだったが、ススキの間からデバッガーが姿を現し、行く手を塞がれた。
人数が多い。
どうしてこんなに狙われているんだ。
デバッガー達は、一目見て、上級者だと分かった。
金色の重装備で、肩や胸、足が覆われている。その上にフード付きのマントを着ていた。特定されないようにフードで顔を隠している。
男は槍をブン、と縦に回転させながら、威圧的にがなり立てた。
「小ガッパがいるなぁぁ!そこをどけぇええ」
男は俺に矢尻を向け、意味もなく「フゥゥウウウウ」と高い声で叫んだ。
足が竦んだ。
明らかに一般人の気性ではない。狂気を感じる。
追い詰められ、気づけば俺は、シロの隣へ戻って来てしまった。
シロは他のデバッガーたちに刃を突きつけられ、脅されていた。
デバッガーが達がシロに問う。
「どうしてツクモにばかり占いを見せる?」
「‥‥ボス攻略を安全にする為です」
「杖からカードにしろ」
「…」
「しろって言ってんだろぉおおが!」
シロはビクリと肩を震わせて、武器をタロットカードに変える。
男は、シロの持っていたカードをはたいた。
「どうして奴を贔屓にする?」
タロットカードが散乱して、地面にはらはらと落ちて行く。
シロは拳を握って言った。
「一日で占える回数は決まっているし、ボクは人前で占いが出来ない」
他のデバッガーもシロを追い詰めて言う。
「今日一日死なないかどうか占ってくれよ」
「武器を強化しても良いか見てくれ」
「俺だけに使えって言ってんだよ」
男はシロに向かって拳を振り上げる。
俺は咄嗟にシロと男の間に割り込み、ちょうど男の右ストレートを顔面に受けた。
ボガッと鼻血が弾けて、赤いコードが散らばる。
HPゲージが半分までグンと減った。
緑のバーがオレンジ色に変色する。
嘘だろ。
首根っこを持ち上げられる。
視界の端で、落ちたカードを大事そうに拾い、両手でぎゅっと握りしめるシロの姿が見えた。
俺は掠れる声で言った。
「シロはお前達の吉凶を占って、結果をツクモに伝える事で、死にそうな人間を助ける協力をしている。お前達が占いたいのが自分自身だとしたら、同じ事をしているのだから、問題ないだろ」
「うるせぇな、そんな事を聞いてんじゃねーんだよ」
「マニュアルはその人にとって大事なものだ」
「お前は関係ねぇだろうが」
恐怖でブルブル身体を震わせているシロを見て、俺は心を奮い立たせて男に言い切った。
「シロは大人ばかりで恐ろしいはずだ。けれど、自分の信念を貫くために、この世界に生き残っている。こんな小さい女の子に、暴力するなよ!お前ら、恥ずかしくないのか!?」
デバッガー達はケタケタ笑い出す。
話にならない。
俺は首根っこを掴まれたまま、身体を捻って男の顎を膝で蹴り上げた。男はふらつき、俺から手を離す。
ゴリッという衝撃音が全身に響いた。
身体が動かない。
俺はゆっくりと仰向けに倒れた。
シロの悲鳴が聞こえ、同時に世界が灰色に染まる。
時が止まった。
死んだのか?
こんなあっさり死ぬなんて……本当なのか?
自分がどう死んでいるのかさえ、把握できない。
痛みも感じない。
考える間もなく、暗い青空に被さるように、目の前に文字が表示される。
ロードしますか?
Yes NO
俺は異様に軽い右手を持ち上げて、Yes を選択する。
セーブデータ2 はじまりの街 噴水広場 にロードします
世界が黒くなり、俺は死んだ。
人は死ぬ。
呆気なく、死ぬ。
俺は身をもって、それを体感した。
俺はバカだ。
俺は自身の弱さを理解しなければならなかった。自分は弱い。弱くて短絡的で、自分一人の力じゃ何も出来ない。レベルだけでなく、経験も足りない。
真正面から戦っても勝てるはずがなかったんだ。
吸引され、潰されるような不快感が襲う。
現実に帰りたい。
だが、それ以上にロードして欲しいと願っていた。
このままシロを放っておきたくない。
俺は深い自省と悔恨の念に苛まれながら、次の瞬間、はじまりの街の広場に立っていた。
朝の陽ざしが眩しい。
NPCたちが街を歩いている。
赤レンガのタイル。洋風の建物、噴水広場、場所はあの時と同じ。
だが、決定的に一つ、違うことがある。
「ツクモがいない」
どういう事だ?
セーブ地点で一緒にいたはずなのに。
次に懸念されるのは、シロの事だ。
「落ち着け」
セーブデータ2での初めてのロードに、ドクドクと心臓が鳴り始める。
俺はセーブをした時のことを思い返した。
セーブをしたのは確かツクモがシロと電話をする前の事だ。
ツクモは電話をした事になるのだろうか。
この世界線で、シロは待ち合わせ場所に向かうのだろうか。俺の事を話しておいた、とは言っていた気がするから、連絡は前日から取っているはずだが。
俺はメニューを開いて自身のステータスを確認する。
「レベルも下がってる」
時間を無駄にした喪失感と、データの消えた落胆は、驚く程、ゲームに似ていた。
そして、次の思考も同じだった。
「次はもっと上手くやれる」
俺のレベルでは、とても奴らと太刀打ち出来るとは思えない。
だが、ツクモは言っていた。
ー この世界は、現実世界じゃないけれど、ゲームでもない。ちゃんと戦法を立てれば、低レベルでも強いバグが倒せる
シロの悲鳴が耳に残っている。
不思議なほど、冷静になれた。
ある意味、昂っているのかもしれない。
俺はやり直せる。
俺は剣を強く握り、次の行動を考えた。




