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RPGデバッガー  作者: 白雪ひめ
東海地方編
1/65

異世界とは?

 カーテンの隙間から黄色い陽射しが差し込んでいる。

 身体を起こしてヘッドボードの上の目覚まし時計を見ると、もう10時過ぎだった。

 みんなは今頃、二時限目を迎えているだろう。

 俺はうつろな眼を壁に貼られた時間割に向ける。

 二限目は体育。俺の好きな授業、好きな先生。

 いいな。

 その時、トントン、と戸が叩かれた。


「リク、ご飯置いておくからね、仕事行ってくるから」


 母親が家を出て行った音を確認し、俺はふらふらと一階へ降りた。

 昨夜から何も食べていない。腹が減る事すら、煩わしく思える。

 この世界から、消えてしまいたい。

 テーブルに置いてあるサンドイッチのラップを外し、たまごサンドを齧る。

 テレビが付いたままだった。

 


 ー 昨夜未明、行方不明の5人が発見されました。発見された5人は何も覚えておらず、誘拐された原因は不明のままです。

 現在の行方不明者は200人となりましたが、犯人の足取りは依然掴めず、捜査は難航しています。



 5年前から発生している連続誘拐事件は、奇妙な事件だ。誘拐といっても、≪ほとんどの被害者は、すぐに返って来る≫。さらに被害者は記憶が無く、何も覚えていない。健康的な被害も無いという。犯人は何を目的としているのか、という議論は何度もネットやテレビで行われている。

 テレビは新たなニュースに移る。

 気候変動による、各地で発生している災害の様子だ。

 人類が絶滅するのも遠い話では無い気がした。

 世界なんて早く滅んでしまえば良い。


 俺がそう冷めた気持ちで思った時、視界がぐらり、と揺らいだ。

 俺は地震かと思い、身を固くしたが、リビングの電球やテーブルに置いてあったペットボトルの水は、全く揺れていない。


「‥何だ?」


 思わず俺が呟いた時、パズルのピースのように、視界の端から、ぱらぱらとリビングの風景が剥がれ落ちていった。


 気づけば俺は、真っ白な世界に一人、立っていた。

 目の前に文字が表示された。


         イチドウ リク 様


 俺は呆然と、その文字を見つめる。

 名前が消え、新たな文が浮き上がる。



   今カラ行ウ質問ニ正直ニ答エテ下サイ



   今ノ世界ヲ愛シテイマスカ?



       YES NO



 俺は辺りを見回すが、リビングではなく、完全に真っ白な別世界だった。

 立ち上がって何かに触れようとしても手は空を切るだけで、何も無い。走っても文字が付いてくるだけで、扉も壁も見当たらない。

 俺は頬を叩いた。

 痛い。

 現実?夢?

 どうする事も出来ない。


「‥‥答えるしか、ないのか?」


 俺は質問を考え、NO に触れる。

 すると、新たな文字が浮かび上がった。



    アナタハ何デ出来テイマスカ?


勇気 知識 希望 夢 誠実 決意 献身



 フォントに色が付いている。

 勇気は赤。知識は青。希望は黄色。夢はピンク。誠実は緑。決意はオレンジで、献身が水色。


 俺は唇を歪めて、勇気を選択した。

 ここが夢なら、多少都合が良くても良いだろう。



    一ツ選ベルナラバ何ガ欲シイデスカ


    力  運  知能  勇気  愛  命



 俺は誘われるように命に触れた。

 叶うものなら、新しい命をもらって、異世界的に転生したい。

 俺はいつの間にか質問に呑まれていた。

 いっぱく置いて、次の質問が表示される。



    好キナ武器ハ何デスカ



   剣  弓  槍  杖  銃  拳  



 俺は思わず笑った。

 何だこれ。

 RPGでもするつもりなのか。

 異世界ものを読み過ぎたかな。

 俺は「剣」を選択する。



         最後ノ質問デス


  身体オヨビ心ニダメージヲ負う覚悟ハアリマスカ?


         YES NO



「身体及び、心?ダメージ?」


 俺は正直にNOを選ぶ。

 そんな覚悟は無い。

 俺は物語の主人公のように苦労はしたくない。

 痛いのは嫌だし、辛いのも願い下げだ。

 俺は目を擦って呟いた。

「へんな夢」


     ‥‥‥‥


 その時、errorの赤い文字が、ビッーーーーーという不気味な大音量と共に空間全体に表示される。


   エラーコード 000008


 俺は驚いて後ずさる。

 

    イちドuriク ヲ


 Project of the earth of the reproduction preservation

   ノ あ新たたなdebugger トshiて 登録しマsu


     登録完了



 勝手に登録されてしまった。

 急にズン、と音がして文字が消え、俺の目の前に「片手剣」が現れる。

 その片手剣は玩具では無かった。

 銀色の刀身が爛々(らんらん)と輝き、刃の部分は白銀に光が差している。

 触れただけで血が出そうだ。

 俺は見惚れた。

 片手剣はシンプルな形状で、銀色の刃は真っ直ぐ伸び、柄の部分だけ赤い宝玉の様なものが埋め込まれていた。

 格好良い。


 俺が誘われるまま、柄の部分を握ってみたその瞬間、剣から炎が噴き上がった。


「うわっ!」


 俺は驚いて、剣から手を離そうとしたが、離れない。炎は次第に大きくなり、俺の全身を包み込んだ。

 だが、熱くない。

 温かい。

 どこかほっとするような、温もりだった。


 俺の右手は、誰かの手に握られていた。


 炎の中から黒いものが見え、信じられない事に、女の子が出てきた。

 女の子の全身が現れると同時に、炎が収まっていく。


 伏せがちな黒い目が、ゆっくりと上を向く。

 俺をじっと見る。

 桜色の唇が動いた。


「イ…チ」


 俺はリアクションを取れずに、ただ少女を見返す。

 少女は肩くらいの長さに切り揃えられたボブカットで、しっとりとした黒髪が息を呑むほど美しかった。

 黒髪の少女は無表情で言う。


「あなたを、待っていました」

「‥‥君は?」


 少女は赤いネクタイの、どこにでもある様なセーラー服を着ていた。

 少女はしなやかな指先を胸に当てて言った。


「私は、この世界の取扱説明書マニュアルです。私は、あなたを、プロのデバッガーにする為、あなたを教育します」

「‥‥誰?」

「私の名前は、ユメです。ユメ、と呼んでください」


 ユメの首には、剣と同じ赤い宝石の埋め込まれたチョークが掛けられていた。


「デバッガーって俺のこと?ここは現実?」


 ユメはいっぱく置き、頷いた。


「デバッガーとして、イチは『バグ』と戦う使命があります」

「‥イチって、俺のこと?」

「はい。あなたの名前はイチです」


 何でイチなんだろ、俺の名前は違うのに。

 あれ、俺の名前は‥‥



 停電したかのように、白い世界が急に暗くなった。

 そして落下した。

 俺は彼女と手を繋いだまま、不可思議な世界に落ちていく。



 次の瞬間、広がっていた世界に俺は呆然とした。

 視界いっぱいを占める青い大きな空。

 耳を叩くような風が吹き荒れ、ゴウ、という音しか聞こえない。

 空気が冷たくて、足の裏が変だった。

 恐る恐る足元を見て、思考停止した。

 草むら。雑草だ。

 信じられないことに、俺は素足で大地を踏みしめていた。

 隣には、ユメがいる。

 ユメがこちらを見て、首を傾げた。


「何かお困りでしょうか」

「ここはどこ?」


 ユメは言う。


「ここは将来地球となる予定の仮想の地球です」

「地球となる予定の、仮想の…地球?ちょっと意味が分からないんだけど」

「これ以上の詳細は、計画の支障となるので伝える事は出来ません」


 意味不明だ。


「……まぁいいや」


 俺は周囲に視線を動かす。

 目を凝らすと、遠くに山が見える。半分雲が掛かっていて、上の方は見えないが‥‥どこかで見た事のある形をしている。


「‥‥富士山?」


 振り返ると、後ろには鬱蒼とした森が広がっていた。

 ここは崖の手前、小さな丘の上らしい。

 俺は少し歩いて、崖の下を覗き込んだ。

 流れの速い川が飛沫を上げて流れている。川の向こう側にも山がある。

 異世界にしては、随分生々しいというか、リアリティがあるというか。

 ユメが隣に来て、俺を覗き込む。


「イチは、デバッガーです」

「‥?」

「イチは『バグ』と戦う使命があります」

「それ、さっきも聞いたけど。デバッガーってゲームとかのデバッグを処理する係でしょ?俺、プログラミングとか全然出来ないよ」

「デバッガーとプログラマーは違います」

「ふぅん」


 俺はてきとうに返事をした。

 ユメが俺の腕を引っ張り、歩き出す。


「おい!どこ行くんだよ」

「そこの草むらに、入ってみましょう」


 チュートリアル的な感じで、ユメはひょいと森の中を指さす。

 蔦が樹木に垂れるように絡みつき、濃い緑が外からの光を遮断しているせいで、とても暗い。


「樹海の間違いじゃないか?入ってどうするんだよ」

「大丈夫です。私の言う通りにして下さい」

「はぁ」


 チチチチ、と聞いた事のない鳥の声が聞こえる。 

 切り立った崖に居ても仕方ないので、俺はユメの提案に従ってみる事にした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 異世界への入り口がデジタルな雰囲気で面白いですね! 今後、ユメやバグなどが主人公とどう関わってくるのか展開が楽しみです。
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