一人の夜
最終話直前でやけ酒したヴァロの話です。
何本目かの酒瓶を空にして、ヴァロはベッドに転がった。キッチンにあった飲み掛けの酒はとうに飲みきりってもうなく、数時間前に追加の酒と適当な食事を買いに出たのだが、それももう殆どない。
いくら酒に強いとはいってもこれほど飲めば流石に酔いが回ったようで、転がったベッドから見た天井は若干歪んで見えた。
「…はぁ…」
飲み始めは少し気が紛れた気がしたのだが、酔いがまわるにつれルイーゼに言われたことがヴァロの頭の中をぐるぐると回り出した。
『ヴァロくんはぁ…ナハトくんのこと好きじゃないのぉ?』
もちろん、ナハトのことは好きだ。だけどそれは友達としての好きで、女の子としてではない。エルゼルに言われた時、ナハトが女の子だと認識した時に散々考えて、そういう風にとっくに結論付けていたはずだった。
その筈なのに―――。
『でもナハトくんは処女なんだ?』
そう言われた時、頭によぎったのはナハトの首筋や細い腰だった。これではルイーゼのことを変態と言えない。ヴァロの方がよほど変態だ。
「ああーもーっ!…いてっ」
ゴロゴロと転がって、そのままベッドから落ちた。しばらくそのままでいたが、今日は一人なので声をかけてくれる人はいない。
というか、声をかけてくるとしたらナハトしかいないのだが、今いたら色々まずい。今のヴァロの状態では、ナハトのことを変に意識してまた傷つけかねないからだ。
「ルイーゼさんが変なこと言うから…」
そう、全てはルイーゼが悪い。あんな事を言われなければこんな事を考えなくて済んだ筈なのに。
「あー違う…。そもそも俺がナハトのことを言ったりしなきゃ…」
床に座り込んだまま右手を頭に当てた。焦っていたとはいえ、ヴァロが迂闊に話したことがそもそもの原因だ。ルイーゼがああいう人間だということは最初からわかっていた事だし、だからこそ気をつけなければいけなかったのだ。
だから結局のところ自分が悪いと、本日何度目かの結論に達して、ヴァロはまたため息をついた。
「はあ…くそっ…しっかりしろよ、俺。頭良くないんだから、せめてナハトの秘密くらい守れないとダメだろ…」
天井を仰ぎ見ながらそう呟けば、くらりと眩暈がしてキャビネットに頭をぶつけた。駄目だ、やはり少し飲みすぎている。
水でも飲んで落ち着かねばと、ヴァロはその場に立ち上がった。だが、正常な判断や行動ができないほど酒に溺れた脳みそは、歩こうと踏み出した足の力の配分を余裕で間違えた。かくんと膝が抜け、そのまま反対側のベッドへ倒れ込んだ。
ばふんと畳まれた布団に顔面から突っ込み、あまりの間抜けさに自己嫌悪に陥る。
(「…こけた…。もう、本当に何やってるんだろ俺…。やけ酒してふらふらになって馬鹿みたいだ…」)
そうしていじけていると、今度去来してきたのは寂しさだった。最大4人で住むことを想定されたこの借家は広く、1人だと広すぎて少し怖くすらある。ヴァロが黙れば返ってくるのは静寂だ。
「…寂しい」
誰も聞いていないのだから、そう呟いても恥ずかしくもなんともない。だが声に出すと、その言葉はのしかかってくるように重く感じた。情けないが本当にナハトとドラコがいないと駄目らしい。
大きく息を吐いて、突っ込んだままの布団を抱えて丸くなった。そうしていると、少しだけ寂しさが薄れる。さらに抱き枕のように布団を抱えると何故だかとても安心した。抱き枕が良かったのかわからないが、荒んだ心も今は落ち着いている。
その時ふと気づいた。抱えている布団から、ベッドから、少し甘くてとても優しい匂いがする。嗅いだことのある匂いだが何だっただろうか。大して働いていない脳みそは、鼻先を掠めるその匂いを求めてベッドの上を転がった。
瞬間、気がついた。
「あっ…これ、ナハトの匂いだ」
ほっとするのも当然だなぁと妙に納得しかけて―――また気付く。
いないナハトの匂いを求めてベッドに顔を突っ込むなんて、これでは本当に―――。
「変態は俺じゃないかぁあああ!!!」
これも本日何度目の気づきだろう。慌ててナハトのベッドから離れて丸くなった。とはいえこれは今日一番の恥ずかしさ、いや、人生で一番の恥ずかしさだ。”そういう本”を見られていたと知った時より恥ずかしい。というか、もうただただ申し訳ない気持ちになる。
ナハトの匂いは好きだし、ナハトのことも好きだけど、それはあくまで友達としてだ。一緒にいるのが当たり前で家族のようにも思っている。
そう考えて、ヴァロは今日最大の気づきを得た。
「あ…だからだ。家族みたいに思ってるからいないと寂しい。…そうだよ。家族ならルイーゼさんに言われたことを怒っても普通だし、心配だったら頭をよぎることもあるよね…。なんだ、それだけの事かぁ…」
納得しきったわけではないが、今日いろいろ考えた中では一番しっくりくることだった。ほっと息を吐いて拳を握る。決して下心はない―――下心はない!
安心したら、急に眠気が襲ってきた。窓の外が白み始めているが、まだひと眠りするくらいの時間はありそうだ。何よりナハトが帰ってくる前にそう気づけて良かった。ヴァロがこんな風に悩んだ事をナハトに知られたら嫌われてしまうかもしれなかった。それだけは絶対に嫌だ。
「…ちょっとだけ寝て、酔いを醒まそう…」
もう数時間経ったらナハトがダンジョンから出てくる筈だ。迎えに行くなら、それまでに酔いを覚ましていつも通りにならなければいけない。
ヴァロは置いておいた水差しの水を煽ると、ごろりとベッドへ転がった。
ナハトが帰ってくる前に片付け等は出来ましたが、結局酒が抜けきらず酒臭いと怒られました。
昨日の痴態は覚えていますが、それだけに自分の心の中にだけ仕舞っています。
家族みたいなものだからとナハトの事を認識したヴァロが4章でどうなるかは…お楽しみください。




