第42話 魔道具の完成
ビルケとヴィントはすぐにでも他の王たちの元へ赴こうとしたが、ナハトはそれを止めた。ビルケら自身が"考えろ"と言われて大いに戸惑ったのに、それを他の王たちへ、精霊からとはいえ説明したとして受け入れられるとは思えないからだ。それを行う前に、ビルケたち自身の意識をもう少し変える必要があるだろう。
その為、まずはビルケたちだけで考えてもらうことにした。そして考えた事をナハトたちに話し、考えるという事自体に慣れてもらう必要がある。他への影響や問題点、考えた事が本当に足りているか―――自分の考えた事を否定される事にも慣れる必要がある。
「なんか、先生みたいだね」
ビルケやヴィントと話してナハトが戻ってくるとヴァロがそんな事を言いだした。どこか感心したように言われて、背中がむずむずする。
「こういうものはどうにも偉そうだから、私はあまり好きではないんだがな」
「そうなの?」
ヴァロの問いにナハトは頷いた。人に何かを教えられるほど出来た人間ではない。必要だと思っているから提案し、その内容について責任を持っているだけだ。教える事を生き甲斐にもしていないし、実はそれほど好きなわけでもない。この話し方も師父であるカルストを真似ただけであって―――。
(「…いや、師父はもっと穏やかな話し方だったな…」)
いつの間にかすっかり沁みついた喋り方は、目覚めてからのあれこれで少々荒っぽくなってしまったようだ。少し意識しなければ怖いという印象に繋がりかねない。
「…どうしたの?」
黙ったナハトを不思議に思ったのか、ヴァロが問いかけてきた。それに首を横に振る。
「いいや、なんでもない。とりあえず、ヴィントとビルケの話は君も出来る限り聞いてほしい。何かを決める時は人が少ない方がいいが、考える頭は多い方がいいからな」
「わかった。…あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
そう言ってヴァロが声を潜めた。その視線からビルケたちに聞かれたくない事なのだろうと分かって少しだけ距離を取る。そしてもう一度周囲を見回すと、ヴァロは静かにナハトへ問いかけた。
「…魔物の事だけど、今のままでいいの?」
「というと?」
「え、だって…精霊が魔物を外に誘導してるんでしょ?だから魔物はダンジョンから出て来る訳で…」
ヴァロはそう言ってまたちらりとビルケたちへ視線を向ける。相手を追求するために出した言葉をナハトがそのままにしているのがどうにも納得できないらしい。ナハトは肩の上にいるドラコを撫でながら、特に周囲を気にすることなく口を開く。
「なに、そう気にすることはあるまいよ。精霊にとって魔物化する事は問題ではあるが、魔物自体はこの精霊界を脅かすもの…という認識のようだからね。それに魔物がいなくなって困るのは、精霊ではなく私たちの方だからな」
「そ、そうなの?」
「ああ」
精霊が流れ込んだ魔力で魔物化する。その事をビルケたちは気にしていたが、魔物化した精霊についてはそもそも言及すること自体がなかった。それどころかナハトたちをつけたディネロを躊躇なく魔物の前に落とすなど、魔物を敵の処理に使おうとするあたり、魔物に対する彼らの思いが知れる。
「ダンジョンから出て来る魔物でダンジョンギルドは成り立っているだろう?魔物の素材は高価で、魔道具の材料にもなっている。その恩恵を受けているのは私たちなのだから、私たちが魔物を倒す事自体は何の問題もないのだよ」
「そっか…」
「最終的には魔物が出なくなるのが一番いいが、その為には魔力を適切に運用できるようにならなければいけない。今考えるべきはそこだし、これ以上魔力を増やさない事も重要だ。結局のところ、魔物が精霊のなれの果てだという事は変わらないからな…」
「そうだね…。魔力が増えすぎたら、ビルケたちもあんな風になっちゃうかもしれないんだもんね…」
ナハトは頷いた。最初に会った時よりも、今は大分彼らに対して情がわいている。色々言いはしたし酷い目にもあったが、彼らが魔物化するところなど見たくもないし考えたくもない。
どちらにせよすぐに魔力を減らせるようなことは無いのだ。徐々に魔力が減り、魔物が減ればダンジョンギルドの方もしかるべき方へ動くだろう。縮小するのか、それとも別ギルドとなるのかはわからないが、そちらはそちらで依存の方向を変える必要があるということだ。
その後は一度ここから離れ、ルイーゼに頼まれた素材の採取へ向かった。とはいっても必要な物はダンジョン内の水と土と空気。それと、精霊界の植物のかけらだ。採取に労力を使うような物はないので、それらはすぐに集めることが出来た。
ビルケたちのところへ戻ると、相変わらず難しい顔でビルケとヴィントが話している。
「何かいい案は考え付きましたか?」
「ええい、そう急くな」
「ふふ、これは失礼しました」
そこでさらに一日様子を見て、ヴァロのみ先に外へ出る事にした。コルピアの自生地に置いてきた荷物の事も気になるし、何よりユニコーンの素材の事も気になる。ナハトは一緒に行くこと自体が危険なので、ヴァロだけが行って回収してくる方がいい。そのついでにルイーゼへの報告と、ダンジョン内で採取したものも届けてもらうことにした。
その間ナハトはダンジョン内でビルケとヴィントの相手だ。
「もう一日彼らの様子を見たら私も出る事にするよ。君はくれぐれも気を付けて」
「うん、ありがとう」
「それと…もしルイーゼさんに渡すユニコーンの素材が見つからなかったら、何か代わりのものを用意すると言うんだ。絶対に、安請け合いするんじゃないぞ?」
「わ、わかった…。絶対しない」
そう約束して、ヴァロは先にダンジョンから外へ出た。
丁度監視に当たっていたルイーゼに後で行くことを伝え、そのまま急いで借家へ戻る。荷物を置いたら必要な物だけ持って、すぐに辻馬車へ乗り込んだ。
結論から言うと、荷物も無事でユニコーンの鬣らしき物も落ちていた。脅されたことを思い出して若干怖気が走ったが、無事に渡せそうだとほっと息を吐く。唯一鉢植えに移したコルピアだけは駄目だったので、それだけもう一度新しい花を鉢植えに移し替えて丁寧に鞄へ仕舞いノジェスへ戻った。
「ルイーゼさん、これ…約束のものです」
「わぁお♪本当にユニコーンの鬣持ってくるとは思わなかったわぁ」
布に包んだ鬣を渡すと、ルイーゼは目を輝かせながらそれを受け取って頬ずりした。鬣の数は2本だけだったが、それでも市場に出回る粗悪品と違って本物の鬣だ。約束を違えることがなくてよかったと本当に思う。
「んふふ、あたしは乙女じゃないからどうやっても手に入れられなかったのよねぇ、本当にうれしいわぁ」
「そ、そうですか…」
処女ではないとド直球に言われ、羞恥でヴァロの顔が赤くなった。わざわざ言わなくてもいいのに変態だと思っていると、ルイーゼがにやりと笑ってヴァロに言う。
「ヴァロくんはぁ…ナハトくんのこと好きじゃないのぉ?」
「…?好きですけど」
聞かれている事をそのまま返すと、ルイーゼが首を傾げて、更に笑みを深くして言う。
「でもナハトくんは処女なんだ?」
「なっ…!?」
思わずヴァロが立ち上がると、勢い余って椅子が倒れた。変態どころではない。なんて失礼な人なんだと、頭に血がのぼる。
だがそんなヴァロの様子にルイーゼはくすくす笑って口を開く。
「冗談よぉ。そんなに怒らないでぇ?ほらほら、もう用はすんだんだからぁ、早くナハトくんのところに帰ると良いわよぉ」
「…っ!ナハトは友達です!そんな事、二度と言わないでください!」
もう用はないと手を振られ、ヴァロは真っ赤な顔のままダンジョンギルドを出た。
なんて失礼な人だと憤りながら帰路を急ぐ。薄暗い通りをずんずん進み、騒がしい喧噪の中を通り過ぎ―――。
(「…ナハトが女の子だって言うんじゃなかった」)
帰りつくと、憤りは後悔へと変わった。もっとうまく説明できれば、気を付けていればナハトの秘密をばらさずにすんだはずだ。そうすればルイーゼにあんな失礼な事を言われることもなかった。
「俺…ほんと駄目だなぁ…」
そんなヴァロの呟きに返ってくるものはない。ナハトとドラコはダンジョンでもう一泊するため、今日はこの家にはヴァロだけだ。2人でも広いと感じる家は、1人だとより広く感じる。それが少し物悲しくて、ヴァロはキッチンにあったフェルグスたちと飲んだ時の残りの酒の瓶をぐっとあおった。とろみのついた液体が喉を流れて、少しだけマシな気分になった気がした。
コルピアの魔石が出来るまで、ナハトとヴァロはルイーゼの当番を代わったり、フェルグスらと鍛錬をしたり、ダンジョンへ潜ってビルケたちの話を聞いたりして過ごした。
その中でわかったのは、ビルケたち精霊があやつる術には一切魔力を使用していないという事だった。魔術より自然現象に近い為、それを操る彼らには魔術での干渉は弾かれてしまう―――という事らしい。
「なるほど…。だからナハトの魔術はビルケに効かなかったんだね」
「そういう事だ」
「んーでも、生まれる時には魔力もたくさん発生するのに、精霊自体に魔力を消費する術がないって言うのもなんだか変な話だね」
それはナハトも思わなかったわけではない。だが精霊の体がほぼ魔力で出来ている事を考えれば頷ける。完全な推測ではあるが、魔力で出来ているからこそ魔力が生まれるのだ。もし精霊が魔力を扱えたら、自分自身を構築しているものを使用している事になる。人で言うならば血肉だ。ナハトは魔力を使用するたびに出血させているが、魔力と血がイコールであったらとっくに死んでいる。もともとはどうであったかわからないが、魔力を消費しなければならない今が異常なのだ。
今日もダンジョンに潜ってビルケらと話をしていたが、魔力を運用するのに有効な案は今の所ない。
精霊はナハトを覆ったように魔力を魔力として使うことは出来るが、変化させて魔術のように使うことは出来ないらしい。それに、魔力として使えるのは己の魔力だけ。空気中の魔力を使えるわけではないし、そもそもそのように考えた事がない為どう使用したら良いのか分からないとの事だ。
「では我らがおまえが言う魔術を覚えたとしても…」
「ええ。魔術は己の魔力を使用しますから、あなた方自身を形作る魔力が削れてしまうだけだと思います」
ヴィントが出した案にそう言うと、彼は悔しそうに「そうか」と呟いた。初めの頃は否定するたびに怒り狂っていたが、このところは落ち着いて話を聞いてくれる。ビルケももう少し話を聞いてくれるようになったら、一度他の王との話をお願いしてみてもいいかも知れない。
そうナハトが考えていると、ふとヴァロが思いついたように呟いた。
「あのさ、じゃぁ空気中の魔力をビルケが吸収して集められたりは出来ないの?」
ヴァロはあまり考えてものを話すタイプではないが、たまに核心をつくような事を言う。己の魔力しか使えないならば、吸収して補充と使用を繰り返せばいいというわけだ。思いつかなかったのだろう、ヴァロに問われて、ビルケとヴィントは顔を見合わせた。
「……やってみよう」
そう言って、ビルケは左右に手を広げた。かざした掌が魔力の色に光り、ゆるゆると風が吹いて行く。そのままビルケの前に渦のようなものが出来た。それは淡く光りながら徐々に光を増していき―――しばらくすると、光と渦が消えてころりと何かが地面に落ちて転がった。
思わず拾ったナハトの手の中にあるそれは、恐ろしく透き通った美しい緑の石。
「…これは…」
「…魔石?」
「吸収した魔力を圧縮した。空気中から魔力を集められなくはない」
それは分かったが、その魔石からは物凄い魔力を感じる。魔石というか、魔力が結晶化したものだ。ナハトの手のひらに載るくらいの大きさの魔石は。これ一つあれば人間界ではかなりの魔術が使えるだろう。保有している魔力量を考えるともしこれをナハトが使えば、舞踏会でのラドローレの拘束は容易に出来た上にそれでもまだ余力があるレベルだ。魔術師何人分になるかなど数えようもないこれは、決して外へ出すべきではない。
とはいえこうして魔力の魔石化が出来るのであれば保存が容易だ。人が絶対に踏み入ることのできない場所、それこそ精霊界の中心あたりに保存すれば持ち出される危険もない。足りなくなったら使えばいいので、ある意味有用とも言える。
問題があるとすれば―――たった一つでは何かが変わった感じはしないという事だ。このやり方は有用ではありそうだが、そのかわりこれで魔力の濃度を薄くするならば、途方もない数が必要だろう。
それでも作るのが容易なのであれば、やってみる価値はある。
「ビルケ、これ1つ作るのにどれくらいの労力を使いましたか?」
「造作もないが、消耗が激しい」
そう言ったビルケはいつもと変わりないように見えるが、表情に僅かな疲労の色を感じる。今までそのような様子を見た事がなかった為、よほど疲れたと見える。
「ビルケ…それは造作もないとは言いません」
「……そうか」
結局何も解決策が見つからないまま1ヶ月が過ぎ、コルピアの魔石が出来た。
それが出来たことにより、ついにルイーゼの魔道具が完成した。
酔っぱらったヴァロのあれそれは番外編で書きます。
※説明部分が大変分かり難かったので加筆しました




