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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第三章
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第41話 精霊への課題

 どう誤魔化してくれたのか、ギルドへ行くと、預けてあった身分証をルイーゼから手渡された。手続きは済ませたから行くようにと言われ、礼を言ってヴァロはダンジョンの入り口を潜った。

 すぐに横道にそれて一応ナハトを確認してみるが、ルイーゼが言っていた通りユニコーンの魔力に覆われているようで、ナハトが魔力を吸収している様子はない。とりあえずはこのまま行っても大丈夫そうだ。

 木のうろの中のような場所を抜けると、またナハトのベルトに通した魔石が光ってアッシュが飛び出してきた。嬉しそうな顔であたりを見回し、ヴァロが抱えているのがナハトだとわかって覗き込んできた。そのままなぜか不快そうに顔を背ける。


「…?アッシュ、どうしたの?」


 ヴァロの問に、アッシュはぶんぶんと顔を横に振って少し離れてついてくる。よく分からないが、何かを嫌だと感じているようだ。

 それよりも精霊だと、ヴァロは騎獣を出して跨った。いつもならすぐに来るはずのヴィントの姿が見当たらない。早く会いたいというのに、待てど暮らせどくる様子がない。


「ギュー…」

「大丈夫。こっちから行こう」


 不安そうに鳴くドラコを撫でて、ヴァロは騎獣を走らせた。ナハトと何度か行った事がある為、彼らの居場所には検討が付いている。ヴィントはいないかもしれないが、あの木が絡み合った場所に行けばビルケはいるはずだ。

 騎獣を飛ばして少しでも早くとその場所を目指した。



 騎獣から降りて蔦に覆われた入り口をくぐると、予想した通りそこにはビルケがいた。ヴィントもいたが何故か2人とも顔を顰めていて、それに少々の疑問を抱きつつも、ヴァロは揺らさないようナハトを抱えて近づいた。


「ビルケ!ヴィント!ナハトが…」

「…何故"追放された者"の魔力がそれからする?」

「…え、は?ついほう…?」


 なんだか不安な言葉が聞こえたが、ヴァロの知らない事をやはり精霊たちは知っている。それに一縷の望みがあると感じてナハトの様子がおかしい事を伝えれば、ビルケは嫌な顔をしながらもこちらへ近づいてきた。包んでいたマントを外してビルケにも見えるようにする。


「外でユニコーンに会ってからずっとこうなんだ。なんの反応もなくて…ビルケたちは、ナハトを覆ってる魔力が分かるんでしょ?治せる?」

「治す…ふむ…。それを覆っている魔力を外せばいいのか?それならば…」


 そう言ってビルケは手を振り上げた。それを見て、ヴァロは慌てて声を上げる。


「ま、待って!今すぐはマズイ!ちょっと待って!」

「…騒がしい…」

「待ってってば!ただ魔力消すだけじゃナハトがまた魔力を…」

「おまえに言われずとも分かっている」

「え…」


 ビルケは上げたままであった手を横に払った。すると、一瞬見えた緑の魔力がナハトのベルトを中心に広がり―――。


「これで良かろう」


 ビルケがそう言った次の瞬間には、ナハトは穏やかな寝息を立てていた。ただ眠っているだけという様子に、ヴァロはほっと息を吐く。ドラコも安心したのかヴァロの肩から降りてナハトに頭を擦り付け、アッシュも今度は寄ってきて頬をぺろりと舐めた。


「…よかった、本当に…。ありがとう…」


 ずっと不安だったヴァロは、やっと安心して俯いた。

 広場のようになっているこの場所の隅を使っていいとビルケに言われ、ふかふかした草の上にナハトを寝かせてヴァロも壁に寄りかかった。ドラコはそのままナハトの顔の横で寄り添いながら丸くなり、アッシュも足元に寄り添って伏せた。眠りはしないが、いつもの番をしている時の体勢である。

 すると、ヴィントが焦れた様子でヴァロの前に降りて来た。ビルケもこちらを見ていて、何か用かとヴァロは首を傾げた。


「…?」

「…答えよ」

「…えっと…何を?」


 ヴァロの反応にヴィントは一瞬顔を顰めたが、そのまま呆れたような声で口を開く。


「何故、それから”追放された者”の魔力がする?」


 そういえば、ここへ来て真っ先にそう聞かれていた事を思い出した。ナハトの様子にばかり気を取られて、安心した際に全て吹っ飛んでしまっていた。少々気まずいがヴァロは素直に謝って口を開く。


「ご、ごめん…。えっと、追放された者…って言うのが分からないんだけど、ナハトがああいう状態になったのはユニコーンのせいだよ」

「…ユニコーンとはなんだ?」

「えっと、ユニコーンは…しょ、処女を侍らせて魔力を与えてくる聖獣って言われてて、珍しい筈なんだけど、何故かナハトの前には2回も姿を現したんだ。前の時は、ナハト魔力を与えられすぎて大変な事になって…それと、そのせいでこっちにも魔力が流れて魔物がたくさんで出たって話だったから、今回は近づく前に逃げたんだけど…」


 うまく説明できないが、ヴィントが質問してくる事にも追加で答え、そうして何とかどういう状況だったかを2人に説明した。

 説明し終わると、ビルケとヴィントが難しい顔でナハトを見る。その行動に何か後ろめたいものを感じて、ヴァロは思わず問いかけた。


「…何かあるの?」

「…それが目覚めたら話そう。おまえも休むといい」


 よく分からないが、説明する気はあるらしい。ナハトが目覚めたらという事は、恐らくナハトに関わることなのだろう。

 まさかビルケたちに休む事を勧められるとは思わなかったが、時間も時間だ。ダンジョン内は空の色に変化がないため忘れがちだが、外では深夜である。安心したことでやってきた疲れと眠気に、ヴァロはお言葉に甘えてナハトと少し離れた場所に寝転んだ。ここには魔物も来ず、横になるだけのスペースが十分にある。

 植物の瑞々しい香りと感触が気持ちよく、すぐに襲ってきた睡魔に抗うことなくヴァロは目を閉じた。




 ナハトが目を覚ますと、規則正しく腹が上下に動き眠っているドラコの姿が飛び込んできた。それでここは借家のベッドの上かと一瞬思うが、そのすぐ向こうに眠るヴァロの顔が見えてゆっくりと上半身を起こした。

そうしてここはどこだと考える前に、平坦な声が降ってくる。


「目覚めたか」


 声のした方を振り返れば、無表情のビルケがそこにいた。訳が分からず、そのまま問いかける。


「え…ビルケ?」

「…いかにも」


 ビルケの傍にはヴィントの姿もある。起こしてしまったのか、肩まで登ってきて妙に甘えて来るドラコを撫でながら見回してみれば、ここは木が塊のように絡まっている場所の中だ。という事はここはダンジョンの中という事で―――。


「…私は、何故ここに?」

「……面倒だ。詳しい話はそれから聞け」


 それと指されたヴァロはまだ眠っている。よく分からないがヴァロがここにいて、そのヴァロに話を聞けという事は、恐らくナハト自身に何かあり、その為にヴァロが奔走した結果ここへ来たのだろう。

 そう考えて記憶を辿ってみるが、コルピアの種を取りに洞窟へ降りたところから記憶がない。目覚めたらここであったため、記憶が飛びすぎて少々恐ろしくはあるが―――なんにせよ、またヴァロに助けられたというのは確かだ。

 ナハトはそっとヴァロの頭を撫でながら呟いた。


「…いつもいつも、迷惑ばかりかけて…すまないな」


 ふわふわの髪を撫でていると、何を思ったのか突然ヴィントが低く呟いた。


「……間違ってもここでまぐわうな」

「…は?」


 言われたことの意味をすぐに理解できず、ナハトは思わず顔を顰めた。


「…随分と下品なことを口にするな…。私と彼はそういう関係ではない」

「それはよほどおまえが必要とみえるが……違うのか?」

「違う」


 不快感を隠さずに言うと、ヴィントは戸惑った様子で「そうか」と口にした。戸惑ったのはこちらの方なのだが。


「何故そんなことを聞いたんだ?」


 どう考えても聞かれたことの意味が理解できず問いかけると、ヴィントは少々躊躇しながらも唸るように答えた。


「…外の者は魔物と戦い、触れ合うと、まぐわって出て行く」

「あまり聞きたい事実ではなかったが…そうだったとして、あなた方に何の問題が?」

「……気色が悪い」


 ヴィントが口にする情報が簡潔すぎるが、それから予測するに恐らく魔物と戦ったり見知らぬ場所という解放感に興奮して、一部の冒険者が"そういうこと"をここでいたすのだろう。そしてそれは精霊たちには伝わると―――。

 生殖機能がないヴィントたち精霊からすれば、それは確かに気色悪いのかもしれない。だがそれを、ナハトたちに当てはめられては困る。そう言う関係ではないし、万が一ヴァロにその発言が伝われば、また彼は変に照れて使い物にならなくなるだろう。

 ナハトは殊更大きく息を吐き出すと、更に不快感を上乗せした声でヴィントへ言う。


「…あなた方が気色悪いと感じる事は理解するが、それは私たちには該当しないものだ。二度と口にしないようお願い申し上げる」

「……わかった」


 若干疑うような様子だが、分かってもらえたようで良かった。

 すると眠っていたヴァロの瞼が震え、ゆっくりと開いた。どうやら騒ぎすぎたらしい。こちらを視界に入れて目を見開いたヴァロに、ナハトは謝りながら口を開いた。


「すまない。起こしてしま…」

「ナハト!」


 がばっと音がしそうな勢いでヴァロは起き上がり、両手でナハトの肩を掴んだ。驚いて瞬くが物凄い勢いで声をかけてくる。


「俺のことわかる!?具合悪くない!?あっ、ここはダンジョンの中で、ドラコやアッシュも…!」

「落ち着けヴァロくん。私は大丈夫だ」


 肩を掴む手にナハトが自分の手を添えてそう言うと、ヴァロは一瞬止まった後大きく息を吐いて俯いた。この様子ではよほど心配させたらしい。


「よく分からないが…君にはとても世話になったようだね。ありがとう」

「ううん。ナハトが元に戻って良かったよ…」


 ほっとした顔でヴァロが笑う。

 だが、"元に戻った"という言葉に、ナハトは僅かに眉を寄せた。


「…起き抜けのところすまないが、何があったか話してもらえるかい?コルピアの種を取りに洞窟に入ったところから何も覚えてなくてね…」

「え…」


 ナハトの言葉に少しだけ驚きつつも頷いて、ヴァロは洞窟に入ったところから説明を始めた。洞窟の中にはコルピアの花が咲いていて、その種と花を採取した事。それを持って戻ろうとしたところ、またユニコーンが現れた事。ナハトがユニコーンに近づこうとしたため止めようとしたが、操られているような感じだったので、近づく前に荷物を置いて離れた事。そうして離れたが、ナハトの状態が戻らずルイーゼに助けを求めた事―――。

 そこまで話して、ヴァロは突然「あっ」と声を上げた。


「ご、ごめん…。ユニコーンのことを説明する流れで、ルイーゼさんにナハトが女の子だって言っちゃった…」


 しょんぼりと耳と尻尾が垂れ下がる。正直ルイーゼに相談したと聞いた時点でそれは想像できたことだ。ナハトがヴァロの立場でも、問題行動は多いが一番博識なルイーゼに相談するだろう。


「……まぁ、それはどうしようもあるまい。それよりルイーゼさんに相談して、どうしてここに?」

「あ…えっと…。ルイーゼさんが、恐らくユニコーンの魅了状態だろうって言ったんだけど、いつ治るか分からないって言うから、ビルケやヴィントに相談しようと思ったんだ。それでルイーゼさんにすぐダンジョンに入れないか交渉して、夜のうちにダンジョンに入って、ビルケが治してくれて、それで…」

「今に至ると…」


 ヴァロが頷く。

 ナハトは右手を顎に当てると、疑問点をいくつか口にした。


「まず、ルイーゼさんと交渉したと言うが、君は何を差し出すと約束したんだい?それと、翌日にはダンジョンに入れた筈なのに、何故わざわざそんな交渉をしてまで中に入ろうとしたんだね?」


 ルイーゼの事だから碌でもない事しか言わない筈だ。それになにより何故そんな無茶をしたのか。ナハトがそう問いかけると、肩にいたドラコが怒った様子で頬を尻尾でピシリと叩いた。


「…ドラコ?」

「ルイーゼさんにはユニコーンの素材を渡す約束をしたんだ。…少しでも早く中に入りたかったのは、ナハトの様子が本当におかしかったから…」


 どうおかしかったのか聞きたい気持ちはあったが、ヴァロやドラコの様子からよほど彼らの不安を掻き立てるような様子であったことがわかる。

 これ以上無理に聞くのは憚られて、代わりにナハトは微笑んで再度礼を口にした。


「そうか…。ヴァロくん、ドラコ。私のために動いてくれて、本当にありがとう」

「うぇ!?…う、うん…」


 微笑んだことでまた頬をドラコに叩かれた。まだ駄目かと思っていると、なんともいえない顔でそれを見ていたヴィントが口を開く。


「……本当に違うのか?」

「え…?な、何が…」

「君は答えなくていい。ヴィント、それ以上言うなら私にも考えがある」

「………」


 ヴィントが黙ったのを確認すると、ナハトは今度はビルケの方へ向き直った。ビルケにも聞かなければいけないことがある。

 だがその前にと、ナハトは頭を下げて礼を口にした。


「ビルケも。私を治してくれて、ありがとうございます」

「…ああ」


 何故か少し憮然とした顔でビルケが頷く。それを不思議に思いながら、ナハトは「それで」と問いかけた。


「私を治したとは、具体的にどういう状態からどういう状態にしたのでしょうか?」


 今ナハトは自分の周りにビルケの魔力を感じている。ヴァロはナハトは魅了状態だったと言っていたが、どういう理屈で治ったのか分からなければまた同じような事になるかもしれない。

 ナハトの質問に、ビルケはいつも通り淡々と答える。


「おまえは"追放された者"の魔力に覆われていた。それを我の魔力で飛ばし、覆いなおしたたまでの事」

「…追放された者?」

「あっ、そうだった…!追放された者って、ビルケは結局何を言いたかったの?」


 ヴァロの反応を見るに、"追放された者"という言葉はナハトを連れてきた時にも出てきたものなのだろう。それが何を意味するのかは分からないが、言葉から察するに―――。


「ユニコーンは、精霊界を追放された者なのですか?」

「ええっ!?」


 ヴァロが驚いた声を上げるが、ビルケは肯定も否定もしなかった。その代わり、ヴィントが声を上げる。


「ユニコーンと呼ばれているようだが、それは精霊界を追放された者の成れの果てだ。おまえを覆っていた魔力と、流れてきた魔力から感じるに、精霊たる力は残ってはおらぬようだがな」


 聞き捨てならない言葉が聞こえて、ナハトは思わず声を上げる。


「待ってください。流れてきた魔力というのは、私が起きてから一度目の魔力の逆流の時の事ですか?」

「そうだ」

「何と…」


 という事は、その時点で彼らはその"追放された者"がナハトに接触を図った事はわかっていたという事だ。それを事前に教えてくれていれば、ナハトが今回のような状態になっても、ヴァロが不安がらずにビルケの元へ連れてくればいいと思えた筈だ。

 ビルケが続けて口を開く。


「あれは、追放した我々を憎んでいる。今回はおまえが我々との契約をした者と知って、接触してきたのだろう。あれは魔力の濃い場所でしか生きられぬゆえ、もう魔力の濃い場所には近づかぬのが良かろう」

「良かろうじゃないよ!何でそれを今更言うんだよ!!」


 言ってもしょうがないが、ヴァロは言わずにはいられなかった。精霊たちは言葉が足りなさすぎる。知っていれば回避できたかもしれない事を今言われてもただただ腹が立つだけだった。


「ヴァロくん、落ち着きたまえよ」

「逆に何でナハトはそんなに落ち着いてるの!?怒ってないの!?」


 憤るヴァロとは反対に、ナハトの顔は穏やかだ。それにヴァロは食って掛かったが―――にっこりと笑ったナハトに頬が引きつった。


「君には、私が怒っていないように見えるのかい?」

「…えっ…と…」


 苦笑いを浮かべて、ヴァロはそっとナハトから離れた。その際に目を見開いて驚いているドラコを、そっとナハトの肩から自分の肩へと移す。

 ナハトの笑顔にビルケとヴィントも何かを感じ取ったようで、ナハトが振り向いた瞬間僅かに後ろへ下がった。


「あなた方のやり方はあまりに行き当たりばったりだと思っていましたが…先を考えると言うことが圧倒的に足りていないようですね」

「…どういう意味だ?」

「どうもこうも…」


 ナハトの怒りを感じてか、ドラコが不安そうな声を上げる。そんなドラコに大丈夫だと視線を向けて、ナハトはたじろぐビルケたちに詰め寄った。


「あなた方は、人間界を何だと思っているのですか?まさかとは思いますが、困った時や不要なものが出たら押し付けてもいい場所だと思っているのではないでしょうね?」

「…そうは思っていないが…」

「では、それに準ずるものだと思っているのですね?」

「そ…れは…」


 やはりなとナハトは思った。精霊界が魔力でいっぱいになったから人間界へ送ろう。送るのが間に合わなくなったから、人間と契約してより魔力を人間界へ送ろう。追放したいものが出たから人間界へ追い出そう。そうして送ってばかりで魔力が無くなったら不安だから結界で囲おう―――これらは全てその場しのぎでしかない。


「精霊界で変化した魔物もダンジョンの外を目指す。…不思議に思っていましたが、それだってここにいられると困るから外へ誘導しているのではないですか?」

「………」

「そんな…」


 図星かと、ナハトは大きく息を吐き出した。おかしいと思っていたのだ。最初に魔力の逆流があった場所は、精霊界の中心にごく近い場所であった。そこから数カ月かけて、魔物は世界樹の出入り口へ向かって移動し暴れた。精霊界ではなく、わざわざ人間界へ出てだ。

 最初からその事を考えていなかったわけではなかったが、そこまで精霊たちが人間界の事を適当に考えていると、どうでもいいと考えているとは思いたくなかった。だがもう黙ってはいられない。このままでは何か不都合が起こるたびに人間界へそれを押し付け、共倒れになる可能性が高くなる。

 ナハトが顔を上げるとヴィントがびくりと体を震わせた。あれほどナハトに怒りをぶつけていたのに、まさかナハトが怖いとでもいうのだろうか。それとも、全力の怒りを受けて恐怖を抱いているのか。

 どちらでもいいが、もう一度ナハトは深く息を吸い込むと、大きく吐き出して口を開いた。


「…いいですか。あなた方は、これから自分たちで魔力の運用をする方法を考えなくてはなりません。人間界に頼らず、精霊界でどうにかできる方法を」

「…そんなものは…」

「ないとは言わせません。何か方法がないか考えてください」


 不快感をあらわにして言うビルケの言葉を遮って、ナハトは言った。

 しかし、間髪入れずに答えが返ってくる。


「ないと言っている」

「本当に?私たちがもしその方法を思いついたら、私たちが考えられる程度のことすら思いつかない生物だと言うことになりますが?」

「…なんだと」


 わざと煽るように言うと、ビルケとヴィントの魔力が揺れた。喧嘩になるとヴァロが止めようとするが、それを抑えて正面から睨みつける。


「おまえを治したのは我だ。おまえに魔術を与えたのも我らだ。だと言うのに、我らを侮辱するのか」

「それとこれとは話しが別です。そうして自分たちを上位だと言わしめ、私が言ったことを侮辱と取りたいのであれば、それは好きにすればいい。ですが、このままあなた方が変わらなければ、私が精霊との契約を破棄できても、精霊界の崩壊は免れませんよ?」


 ナハトの言葉に、ビルケもヴィントも、ヴァロもドラコもアッシュも驚いた顔をした。本当はもう少し精霊と仲良くなってから言うつもりだったのだがいい機会だ。今言ってやろうと気を引き締める。


「ナハト、どう言うこと?」

「無事に私と精霊の契約が破棄できたとして、それでここはどうなると思う?」

「どうって…」

「私という爆弾は無くなるだろうが、それで?今後精霊が増えて、精霊界の魔力が増えたらどうするつもりだ?」


 そう問いかけると、すぐさまビルケが答えた。


「結界を解けば良かろう」

「…解くって…えっ!?」


 それに反応したのはヴァロだ。結界が張られてから千年近く、この国は結界の外と断絶している。その為結界の外の事は何もわからないし、外でこの中のことがどう言われているかも分からない。様々な説があるが、結界の外は実は滅んでいるという話さえあるのだ。もしそれが急になくなってしまったら―――その時のことを想像し、ヴァロは恐怖でぶるりと震えた。分からないというのは、何より恐ろしいものだ。


「そんな勝手をしたら人間界がどうなるか分からない。それに結界の外が、あなた方の想像のつかない状態になっていたら?ダンジョンから攻め入られたら?そもそも、結界が解けるほどの精霊が生まれず、魔物と魔力だけが増え続けたらどうしますか?」

「そんな事は…」

「ないとは言えないでしょう?結界は解けず、魔力が増え続け、人間界の魔力も飽和し…そうなったら、精霊界は魔力が増えすぎ崩壊する。そうして、精霊界も人間界も魔力でいっぱいになり、化物だけが住まう場所になる…」


 淡々と語ったことで、ビルケたちにも想像がついたのだろう。さっと顔色が変わった。ビルケの足元がふらりと揺れ、ゆっくりその場に座り込む。精霊界の安寧をと言っていたビルケには刺激が強すぎたかもしれない。

 しかし、ここでその考えを改めてもらわなければ、結局崩壊へ繋がってしまうだろう。ナハトはビルケの前に膝をつき、話を続ける。


「先を考えるとはそういう事です。悪いことばかり考えるのは良くありませんが、あなた方精霊は考えなさすぎる。そしてそれは、人間界に不都合を押し付け続けた結果です。本来ならば、精霊界と人間界は直接行き来するものではないでしょう?お互いの世界で、そこに住まうものたちで管理すべき問題のはずです。ここは、あなた方の生きる場所なのですから」

「………おまえの、言う通りかもしれぬ」


 ぽつりと、呟くようにヴィントが呟いた。ビルケが顔を上げてヴィントを見る。


「それの言う通りになるかも知れぬし、ならないかも知れぬ。だが、今の内に回避することができるのであれば、それこそ本当に精霊界の安寧に繋がるのではないか?ビルケ…いや、緑の王よ」


 緊迫した話の最中であるが、ヴィントがビルケを緑の王と呼んだことに、ナハトとヴァロは驚いた。という事は、そのビルケと対等に話すヴィントはさしずめ風の王と言ったところだろうか。許可は得たが、本当に名前をつけてよかったのかと、変な汗を背中にかく。

 そんなナハトらの心境など置き去りにして、ビルケはヴィントの言葉に応えた。


「……だが、風の王よ。考えるとはどうすればいいのだ。それの言う通りの事が起きるかもしれぬが、起こらぬかもしれぬ。崩壊するかもしれぬというのは全てそれの言だけで、遠い先の話であろう?」

「いいや、そう遠くないやもしれぬ」


 否定的なビルケの言葉に、ヴィントが首を横に振った。


「あれがまた魔力に浸かることがあれば、両世界は崩壊する。あれが気を付けたとしても、外でのことは我らは干渉できぬ。…そうであろう?」


 ヴィントがナハトの肩へ降りて来た。ビルケに比べてヴィントの方がまだ話が分かる。同意を求められて、ナハトは頷いた。


「…ええ。ユニコーンの事は、まさにその可能性を示していました。ユニコーンが本当に追放された者であったならば、あなた方を恨んでいるのであれば、ヴァロくんが気付いて引き離してくれなければ、あの瞬間にすべては終わっていたでしょう」


 話さなかった事で起こりえたかもしれない話に、ヴィントが肩の上で震えた。低く「そうか」と呟く声が聞こえて、それが後悔を含んでいる事に気づいて、ナハトは少しだけ安心した。ビルケはまだだが、ヴィントだけでも"考える"という事を前向きに捉えてくれている。

 ならば後は、その”考える”をどれだけ精霊たちに広められるかという事だ。ナハトは肩の上のヴィントへ問いかけた。


「ヴィント、あなたが風の王、ビルケが緑の王という事は分かりましたが、精霊界には力のある王は他にどれだけいるのですか?」

「……水の王、大地の王、光の王だ」

「彼らとともに魔力の運用について考え、それを他の精霊たちと共有することは出来ますか?」


 ナハトの問いに答えたのはビルケだった。首を横に振って、口を開く。


「王以外には出来る。だが…我らはおまえたちを知っているが、あれらは我らとはまた違う…」


 そこで一度言葉をきって、ビルケは伏し目がちに息を吐く。不安を感じているのか瞳が揺れていて、それにナハトは少しだけ微笑んだ。不安を感じるからそうならないよう先の事を考えるのだ。まだ受け入れられていないようだが、ビルケにも確実に伝わっている。それの事実が少し嬉しい。


「どうしました?」


 言い淀むビルケに続きを促すと、ビルケは少々面倒くさそうにだが呟いた。


「王たちへの話は我がしよう。おまえの言う通り、我らが魔力を運用できれば魔物の数も減ろう」

「……ありがとうございます」


 そう言って、ナハトは笑って手を差し出した。その手を不思議そうに見ながらも、ビルケがそっと握り返してきた。









ユニコーンは、はるか昔に精霊界を追放された精霊が、人間界のものと混ざって残ったなれの果てです。追放されたのはダンジョンが開いてからで、開く際に外に弾き飛ばされた形です。

追放された精霊は追放した精霊たちを酷く憎んでいますが、どうして追放されたのかなどは覚えていません。追放された精霊にとって、精霊界の精霊は、自分を裏切った黒く汚いもの。それが変に残って、人間界で清い者…処女を集めるという行動になって表れていました。

事実、ユニコーンは2度目に現れた際に、ナハトに魔力を流すつもりでした。ヴァロが逃げた事で出来なかったので、実はあの後暴れています。

それについては次話で…!

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