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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第一章
9/189

第9話 冒険者ギルド

 先日、エルゼルに気づかれなかったことに自信をつけ、ナハトはエルゼルに村を案内してもらっていた。

 ヴァロは午前中は仕事との事で、お昼に合流する。お昼はエルゼルのご相伴に預かる予定だ。先日の相談のお礼とのことで、たいしたことをしたわけではないが、ありがたく受け取ることにした。


 本当に久しぶりに出た外に、ドラコ共々高揚するのが止められない。ドラコは肩を右から左へ動き回り、楽しそうに揺れる尻尾がピシピシと頬に当たる。


「ドラコ、少し落ち着きなさい。落ちてしまうよ?」

「ギュー♪」

「ドラちゃんが楽しそうで良かったです」


 エルゼルは本当に丁寧に村を案内してくれた。

 村と言ってはいたが、このリビエル村は、ナハトの知る村よりもずっと規模が大きく、人口もおよそ3倍もいることが分かった。この規模で村ということは、ナハトが最初に見た町は、思っていたよりもずっと規模が大きいのかもしれない。さらにエルゼルの社交性の高さが火を吹いて、声をかけられては紹介されを繰り返した。お陰で大半の村人の顔は覚えられた気がする。


「エルゼルさんは、本当に顔が広くていらっしゃる。それでいて博識だ。本当に助かりました」

「いえいえ!それにしてもヴァロったら、ずーっとナハトさんを家に閉じ込めたままにしてるなんて…」

「いえ、閉じ込められていたわけでは…」

「でも、半月もあの小さな家の中にいたんでしょ?息もつまったでしょうに…」

「それほどでは。なかなか快適に過ごさせていただきましたよ。私は繕い物も得意ですので」


 そう言って服を指さすと驚かれた。その様子から、もしかしたら服飾で賃金を得ることができるかもしれないと思う。

 手を動かすと嫌でも目に入る爪の色。それが視界に入るたび、魔力が放出できないのだから、魔術師にはなれないかもしれないという思いが頭をよぎる。だが、ヴァロの話では魔術師はいるし、爪の概念も少し違うが生きている。その内ギルドというところにも行ってみたいが、今は何より目先のお金が必要だ。いつまでもヴァロの世話になるわけにはいかない今、服飾でもなんでも賃金を得られる方法があるならすべきだと思う。


「ナハトさんは本当に器用なのね」

「それほどでも。ですが苦手なことやできないこともありますよ?」

「そうなんですか?」


 首を傾げるエルゼルに、ナハトは手を差し出した。エルゼルは戸惑いがちに、差し出された手に手を重ねる。つまり握手だ。その手を精一杯の力で握る。


「あの、ナハトさん?」

「これ、私の限界なんですよ」

「…ええっ!?」

「力、弱いんです」


 困った顔で笑うと、すごく申し訳なさそうな顔を返された。そんな顔をしないでほしい。カルストにもよくこんな顔をされたと思い出しながら、ナハトは足を進める。


「私は素早さと器用さには自信があるのですが、力が本当にないのです」

「…なんか、ごめんなさい…」

「いえいえ、お気になさらず。そのかわり、こう言うのは得意ですよ?」


 そう言って、エルゼルが持っていたイアレの実を3つ、テンポよく放った。その1つを片手で掴み、掴んだイアレの実でもう1つを受け止め、さらにその実で3つ目を受け止め、4つ目5つ目と繰り返した。あっという間に右手に5段のイアレの塔が出来た。


「すごーい!!」

「こんなものです」

「ギュー!」

「ん?ドラコもやるのかい?」


 ドラコの鼻の辺りに1つ実を乗せてあげると、落とさないように器用にバランスを取り出した。


「ドラちゃんもすごーい!」

「ンー♪」

「…何やってるの?」


 振り向くと、薄汚れた状態のヴァロが立っていた。ポタタという芋を大量に抱えている。


「もー!ご飯食べに行くのに、そんな汚れた状態でどうするの?これで顔拭いて」


 エルゼルに布を渡されたヴァロは、ナハトにポタタを袋ごと渡してきた。受け取って、諦めた。無理だ、こんな量のポタタ持てるわけがない。


「ナハトさん大丈夫!?ヴァロ、何してるのよ」

「なにって…ちょっと持っててもらおうかと」

「ナハトさんは力がないのよ?持てるわけないじゃない」

「…うっ、エルゼルさんその辺にしてください…」


 ナハトが持てなかったポタタの袋を、エルゼルはひょいと持ち上げだ。


(「力はない。ないが、やはり少しショックは受ける…」)

「ギュー…」


 何か言いたげなドラコを撫でた。

 ヴァロが顔を拭き、服の汚れを払ってポタタを受け取ると、3人並んで歩き出した。ヴァロが横に並ぶと、ナハトはより小さく見える。村では背が高い方であったが、ここでは子供と同じくらいしかない。


「ナハトさんは、お肉が食べれないんですよね?」

「はい。捌くことも調理することも出来ますが、食べることは無理です」

「そしたら、ゴドおじさんのところがいいかな。私のおじさんがやってるお店で、村で採れた野菜で作る料理が自慢のお店なんです」

「それは楽しみですね」


 案内された場所は、村の中心近くにある店だった。このリビエル村には酒場は多くあるが、食事処はここともう一箇所だけとの事だった。食事は酒場でもできるが、変な輩に絡まれる可能性もある為、エルゼルが気を使ってくれたのだ。

 それをありがたく思いながら、運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。

 料理は確かに美味しかった。野菜は新鮮で、蒸された野菜は甘味があり、スープも深い味わいだ。

 これがなければ完璧だったと、ナハトは自分の座る椅子を見る。そこにはナハトに合わせて置かれたクッションがある。体が小さいために気を利かせて店主が持ってきてくれたのだが、正直なところとても恥ずかしい。


「どうだね?味は」

「とても美味しいです。特に野菜と、このソースが私は好きです」

「はっはっは!そりゃぁよかった!このソースは俺のオリジナルでね。喜んでもらえたようで良かったよ」


 そう言って店主のゴドは大きく笑った。姪っ子が友達を連れてきたからと、度々キッチンから出てきては味を聞いてくる。

 薄灰色の丸い耳と尻尾の優等種だ。


「ヴァロにエルゼル以外の友達がいたって言うのも驚きだな」

「…別に、エルゼルだけじゃ…。あれ?ナハトって友達…?」

「その質問は、あまりに私に失礼ではないかな?ヴァロくん」

「ご、ごめん…」


 ある程度食事が運ばれてくると、少し困った事態になった。かなり量が多いのだ。取り分けるタイプの食事であったが、料理の数が多い。ナハトが食べられるものでも5品もある。

 店主のゴドが厨房へ入ったのを見て、ナハトはヴァロに声をかけた。


「…ヴァロくんちょっと」

「な、なに…?」


 耳を貸すように言うと、かなり低いナハトの口元にヴァロが耳を寄せてくれる。


「すまないが、私の分も食べてもらえないだろうか?私はもうそろそろお腹がいっぱいでね…」

「…だから力がないんじゃない…うわっ!」


 ヴァロが失礼なことを言う前に、ドラコが彼の指に噛み付いた。

 痛くないはずなのに毎回驚く。


「どうしたんですか?」

「いえ、なんでもないです。彼が少し失礼なことを言ったので、ドラコが指を噛んだだけです」

「…俺が悪いの?」

「ドラちゃんが噛んだんだったら、しょうがないわね」

「…エルゼルまで…」

「だって、ナハトさんすごく丁寧な言葉遣いで、全然失礼なことなんか言わないもの。ヴァロと違って」

「えー…」


 視線が痛いが、ナハトのせいではない。日頃の行いというものだ。ドラコも味付け前の美味しいお肉に舌鼓を打ち、楽しい昼食は終わった。親族割りとでもいうのだろうか、計算していた金額よりも恐ろしく安かった。とはいえ、ご相伴に預かったためにナハトは一銭も出していないのだが。

 店から出て3人並んで歩いていると、ゴドが後ろから追いかけてきた。手に何か持っている。


「エルゼル、良かったまだいてくれて」

「おじさん、どうしたの?」

「すまないが、これをギルドに届けてくれないか?今日中に持っていかなきゃいけないのを忘れてて…」


 ギルドは午後案内してもらおうと思っていて場所だ。ついでに届けるのはなんら問題ない。エルゼルは頷いた。


「わかったわ。これを受付に出せばいいのね?」

「ああ、ナハトさんもすまないね。お使いみたいなこと頼んじゃって」

「いえいえ、構いませんよ。ギルドはこれからお二人に案内していただけることになっていましたから、そのついでです」

「そう言ってもらえるとありがたいよ。また食べにきてくれ」

「はい、是非よろしくお願いします」


 荷物を受け取ってギルドへの道を進む道すがら、ヴァロが何か言いたそうにこちらを見ているのに気がついた。

 何か言いたいことでもあるのかと首を傾げるが、結局ギルドに着くまでヴァロが口開くことはなかった。



「…ここがギルドですか。随分大きい建物ですね」

「そう!ここは冒険者ギルドの入り口よ。他にも木工ギルドや商業ギルド、鍛治ギルドなんかもあって、依頼があったら、直接依頼を持ち込むことになってるの」

「なるほど。その書類の行き先はどこなんですか?」

「これは…冒険者ギルドね。カウムを倒して持って帰ってきてほしいって依頼みたい」

「…カウム?」


 ナハトの疑問が通じたのか、ヴァロが牧場の方を指さす。


「あれの成体だよ。幼体は飼えるし、幼体でも増えるけど、成体は野生にしかいない。デカくて凶暴なんだ」

「へぇ…。しかし、ゴドさんはなぜそんな危険な生き物を倒してほしいと?」

「…成体はすんごく美味いんだ」

「なるほど。シンプルかつ明瞭な答えだね」


 木製の階段を上がり扉を開けると、独特の匂いがした。古い革や鉄の匂い。僅かに血の匂いもする。

 渡してくるというエルゼルに手を振り、ヴァロは所在ない様子で壁際に避けた。目でヴァロが動くなと言っているのが見えるが、ナハトはずっとここにきたかったのだ。ヴァロが止めるのも聞かずに、中を歩き回る。

 右手の壁に依頼版というものがあり、そこに依頼書がたくさん貼ってあった。それらの上部数センチに色がつけられていて、恐らくだが、色で難易度を分けているのだと思う。一番低いのが白、その次が紫で、その後はよく分からないが、1番難しいのは赤だろうか。

 平均的な彼らの身長に合わせた高さのため、ナハトには少々首が痛くなる高さだ。それを眺めていると、後ろに立つ気配があった。

 振り向くと、これまた力自慢と言えそうな大柄な優等種が、腕を組んで立っていた。短く刈り込まれた赤茶の髪と毛に、顎を覆う髭、耳は帽子で覆われていてよく見えないが、ヴァロより大柄に見える彼の頬には、深い傷の跡がある。その首元、服装とあまり合っていない銅製のマントの留め具が妙に印象に残った。

 後ろでヴァロがわちゃわちゃしているが、とりあえず無視である。


「これは失礼。邪魔してしまったかな?」

「いんや…」


 すっと横にずれると、彼はこちらを見ながらも前に出た。そして赤線の依頼書を取る。


「おお…」

「なんだ?」


 淀みなく取った赤の依頼書に、ナハトは思わず声が出てしまった。赤の依頼書は一つしかなかったうえに、かなり上の方にあったので内容が読めなかったのだ。とても気になる。


「もしよろしければ、そちらの依頼書読ませていただけないでしょうか?」

「…ああ?お前がこれ受けるのか?」

「いえいえ、滅相もございません。読ませていただきたいだけです」

「………ほらよ」


 放られた依頼書を受け取って、わくわくと目を通した。

 対象はミアガンダという生き物で、それが魔獣の森で確認されたから、その調査が目的とのことだった。調査だけであるのに、報酬はなんともすごい金額が書かれている。


「この、ミアガンダというのは、どんな生き物なんですか?」

「ああ?そんなこと聞いてどうすんだ」

「興味があるだけです。私は、魔術師や冒険者の仕事に大変興味がありますので」

「…お前がか?」

「はい」


 にこりと笑って依頼書を返すと、大きなため息を返されてしまった。そのままじろじろと不躾な視線を向けられ、つま先から頭のてっぺんまで確認するように見られる。

 首を傾げると、男は苛立ちを隠さない顔で口を開いた。


「お前、歳は幾つだ?」

「17です」

「17のわりには喋り方が…まぁいい。今17ってこたぁ、もう体の大きさは望めねぇな。そんなひょろっちい体で冒険者になろっていうのか?諦めろ」

「…それは余計なお世話ですね」


 ナハトの言葉に、空気がピリッとしまった。重苦しい空気に、視界の端でヴァロがプルプルと震えている。


「ああ?」

「聞こえませんでしたか?余計なお世話と言ったんですよ」

「…てめぇ、誰に口聞いてんのかわかってんのか…?」


 低い声で問われて、ナハトは小さくため息をついた。降ってくる殺気に怯えたドラコを撫でながら、ナハトは真っ直ぐ相手を見た。


「あなたが何処のどなたかなど、私は存じません。それよりも殺気を振りまかないでいただけませんか?この子が怯えてしまう」


 少しだけ殺気が抑えられた気がしたがまだまだ強い。仕方ないと、ナハトはヴァロにこちらに来てくれるようサインを送るが、彼は全力で首を横に振る。


「ヴァロくん、ちょっと来てください」

「お!?俺を呼ばないで!」

「ドラコを預かってほしいだけです。さっ、早く」


 やっとのことで来たヴァロにドラコを預け、ナハトは高い位置にある瞳を睨みつけた。全く、どうしてこうも言葉が通じないのか。


「俺に喧嘩売ってのか?チビ助」

「…まったく。いいですか?そもそも最初に、私は内容に興味があると言ったはずです。だから内容について尋ねた。魔術師や冒険者についても興味があると答えただけです。この、ミアガンダをいつか倒してやるとか、冒険者になりたいなどとは言っていません」

「…あっ?あ、ああ…」


 予想外のナハトの勢いに押されたのか、相手の男が少し怯んだ。


「なのにあなたは私の質問に答えるでもなく、突然年齢を聞き、体の小ささを罵り、冒険者になるのは諦めろという。余計なお世話と返して何がおかしいですか?」

「いや、俺は罵ってなんか…」

「なるほど?ひょろっちぃ体やチビ助という表現は罵りではないと。なら、褒め言葉ですか?そう受け取る人は皆無だと思いますが」

「待て待て、なんだてめえは」


 相手の言葉を遮って、ナハトはさらに続ける。


「だと言うのに…あなたは私に殺気を浴びせ、あんなに可愛く小さなドラコを脅かした。非があるのはどちらですか?」


 ナハトが言い切ると、ギルド内はしんと静まりかえっていた。受付でエルゼルが口に手を当ててこちらを見ているのが視界に入る。そんな顔をされるようなことはしていないはずだ。ヴァロはいつもの丸い状態で、壁の隅に蹲っている。

 ふうーっと大きく息をついて、男はナハトに向き直った。もう殺気はない。


「…なるほどなあ。確かに余計な世話だな。すまねぇな、ちょいとむしゃくしゃしててよ」

「…こちらこそ。名うての冒険者の方に礼儀を欠きました。お許しください」

「やめてくれ。言われてみりゃぁ、確かに俺の物言いは良くなかった。よし、色々教えてやる。何が聞きてえんだ?」


 これは願ってもない申し出だった。ナハトは頭を下げると、相変わらず丸いままのヴァロからドラコを救出し、男の元へ戻った。

 誘導されるまま、ギルドの端の椅子に腰掛ける。


「遅くなったが、おれぁ、アンバスっていうもんだ。流れの冒険者でな、ここ暫くはこの村を拠点に動いてる」


 目線が近くなると、少し怖い顔の気のいいおじさんという感じだ。髭のせいでかなり年上に見えるが、もしかしたらまだ30代かそこらなのかもしれない。笑うと一層年齢が若く見える。

 ナハトは軽く頭を下げて、喋り出した。


「ありがとうございます。私はナハト、こちらはドラコです。ドラコ、こちらアンバスさんだよ」


 紹介するが、ドラコはよほど怖かったのだろう。首に巻きついたまま震えている。


「…わりぃ事したな…。ごめんな」

「謝ってくださってありがとうございます。すぐ慣れると思いますから、大丈夫です。それでこのミアガンダと魔獣の森なんですが…」


 ギルドの中心で起きた血生臭そうな戦いは、端に移って和気藹々という空気に変わった。

 その変化についていけない面々は、そのまましばらく凍りついたままだった。


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