護衛騎士の服
「採寸…ですか?」
マナー指導をされた翌日屋敷へ行くと、シトレンにそう言われた。今日はマナー指導の前に護衛騎士用の服の為の採寸が行われるらしい。
「ええ。ですから、そこの廊下の先の部屋へ行ってください。既に洋裁師の方がお待ちです。終わったらこちらの部屋へ戻ってきてください」
そう言って部屋から追い出された。薄暗い廊下を歩きながら、ナハトは嫌な汗をかく。
(「体の採寸などさすがに誤魔化せないだろうな…」)
体の採寸という事は、全身しっかりと測られるという事だ。女性が男性かなどすぐにバレるに違いない。
「…ナハト、どうする?」
「どうもこうもないな…。黙っていてくれるよう頼むしかないだろう…」
それでなければ金を渡して黙らせるか。脅しは依頼者が王族である以上得策ではないが、金もどの程度なら黙っていてくれるかわからない。何より味方がいないというコルビアスへの弱みとして扱われては厄介だ。先にヴァロを採寸してもらっている間に何かしら考えなければ―――。
緊張しながらも扉をノックする。するとすぐに返事があって扉が開いた。そして驚く。
「あれ…?」
「ラルバさん…?」
「ナハト様とヴァロ様ではありませんか」
扉を開けてくれたのは、フレスカの店の古参従業員であるラルバだった。驚いた顔でこちらを見て、慌てて中へ通してくれる。彼がここにいるという事は、まさか洋裁師とは―――。
「あらぁ?ナハトちゃんとヴァロちゃんじゃない」
「…フレスカさん…」
ナハトもヴァロもよく知る人物、フレスカがそこにいた。キョトンとした顔でナハトたちを見て、なるほどと頷く。貴族を訪ねるための服を用意してもらったのも彼なのだ。簡単に予想はつくだろう。
「特別に雇われた護衛ってナハトちゃんたちだったのね」
「フレスカさん、この事は…」
「大丈夫よ。アタシがここにいる事が、理由にはならない?」
彼が信用に足る人物であることはわかる。しかし、それが王子に問われたときにそちらへ傾かないかが一番問題なのだ。
「…あなたがあちらを優先しないかが心配なのです」
そう言うとフレスカは一瞬驚いたような顔をしたが、微笑んでナハトに近づいてきた。屈んで小さな声で呟く。
「あなたが女の子だって事は言ってないわ。これからも言うつもりはない。…どうかしら?」
「…失礼しました」
素直に謝ると、フレスカは微笑んで離れた。
初めて彼と言葉を交わしたとき、名乗った時点で不思議な顔をされていた。思えばその時にはもうナハトが女だと気づいていたのだろう。それを秘密にしていてくれるなら、ナハトとしては十分である。
「それじゃあ早速採寸しましょうか。どちらが先にやる?」
「あ、俺が先でお願いします」
フレスカに知れている以上どちらでも良かったが、ヴァロがそう言って前に出てきた。
「はぁい。じゃあヴァロちゃんこっちへ来て」
入れ替わるようにナハトが壁際に移動し、ヴァロは衝立で囲まれた場所へと移動した。寄りかかってドラコを撫でていると、早速採寸が始まったようでごそごそと音がする。
「え…パンツだけになるんですか…?」
「そうよ?そうじゃないと全身測れないでしょう?」
「えー…」
尻尾を触られた事があるからか、躊躇うような声が聞こえて思わず笑う。結局脱いだようだが、採寸の最中もあちこち触られたようで妙な悲鳴が聞こえた。
「本当にいい体してるわぁ」
「…うぅ…」
「次はナハトちゃんね」
しばらくして採寸が終わったのか、少々疲れたヴァロが衝立の向こうから出てきた。完全に裏方に徹しているラルバが、ヴァロのサイズを書き込んだ紙をめくって新しいものに変えている。布も当てて色を確認する予定なのか、さまざまな青色の布が箱いっぱいに入っていた。
フレスカは男性に興味があるようだから大丈夫だと思うが―――ほんの少し警戒しながら、ナハトは衝立の向こうへ回り込んだ。
「…私も下着だけになった方がいいのでしょうか?」
「ええっ!?」
「ヴァロくん、うるさい」
問いかけに何故かヴァロから大きな声が返ってきて、思わずナハトは呟く。それにフレスカは笑って口を開いた。
「ナハトちゃんは、上はシャツを着てていいわよ。下もスラックスのままでいいわ」
「わかりました」
「ああ、でもシャツの前は開けてもらってもいい?」
「はい」
ガタンと音がするが、衝立があって分からない。またヴァロが何かしたのかと思うと、ラルバが「ヴァロ様、大丈夫ですか?」と聞いた。どうやら椅子から滑り落ちたらしい。
(「何をやっているんだか…」)
小さくため息をつきながら、フレスカの指示に従って手を上げた。胸囲から測っていき、邪魔にならないようドラコが指先や肩へその都度移動する。一通り測り終わると、フレスカがぽつりと呟いた。
「ねぇ、ナハトちゃん。せっかくだから女性用の服も…」
「お断りします」
暗にバストも測らせろと言われて、ナハトは目を細めた。女性用の服など必要ないのだ。ナハトがそんな服を着る事はないのだから。
それがわかったのか、フレスカは顔を伏せて謝る。
「…そうね、ごめんなさい。もういいわよ。採寸は終わり」
「…はい」
服を整えてドラコを撫で、衝立から出ると―――何故かヴァロが耳を押さえて蹲っていた。こちらに背を向けて尻尾も丸まっている。まるで何かから逃げているようなそれを不思議に思って近づき、ナハトはその肩に手を置いた。瞬間、びくりとヴァロが跳ねる。
「どうしたんだね、ヴァロくん」
「あ…ナハト終わった?」
「ああ、終わったよ。…って、何をしてるんだ君は。耳に変な形がついてしまってるじゃないか」
どれだけの時間そうしてたのか分からないが、手で抑えすぎて髪の毛も変な癖がついている。下にあるヴァロの頭と耳を整えてやると、肩の上でドラコが呆れるような声を上げた。それにヴァロはまた俯く。
「…?」
「あー…ちょっと2人ともいいかしら?」
呼ばれて振り向くと、なんとも言えない顔でフレスカがこちらを見ていた。それにも首を傾げ、「何でしょうか?」と答える。
「色を見たいからこっちに来てくれるかしら」
先ほど置いてあった、様々な青色の布が入った箱を指してフレスカが言う。2人並んで立つように言われ、首元に布を当てられ肌と合わせて確認していく。なんでも一目見てコルビアスの部下だとわかるように色を合わせるらしい。
「コルビアス様は空色の髪に金の瞳だからね。彼の護衛や侍従は皆、公式の場所では青と白と金の3色を使うのよ」
「青と白と金…ですか?」
ヴァロがそう呟いた。ナハトも同じことを一瞬疑問に思った。王族は皆赤い髪―――だから、赤が一番強い色のはずだ。それを王族であるコルビアスが使わないというのは、ひどく変に見えた。
その疑問に、フレスカがまた声を顰めて教えてくれた。
「コルビアス様は髪の色が空色でしょう?王族は皆赤色だから…コルビアス様は、赤を纏うことを許されていないの」
味方がいないというのはそう言うことかと、ナハトは少しだけコルビアスを不憫に思った。平民すら纏うことを許されている赤を王族が纏えないとは、正直なところ同情を禁じ得ない。
だからと言って脅したことを許しはしないが。
「この青が一番二人には合いそうね。実はデザインも色も大まかには決まっているの」
「そうなんですね」
「当日はリューディガー様も同じデザインの護衛服よ。並ぶと素敵でしょうね…」
うっとりとそう言われてナハトらは遠い目になった。
それにしてもフレスカはコルビアスのことや周囲のことをよく知っている。実はフレスカも貴族ではないかとカマをかけてみたが、それはあっさり否定された。そう言うわけではないらしい。
「さてと。後は仮面?て、聞いたんだけど…何なの?仮面て」
「ああ。私たちの顔を隠すためのものです。半分でいいので、人相をわからなくしたいのです」
「自衛のため?」
「…そうですね」
「わかったわ。それもこちらで用意するわね。他に何かあるかしら?」
聞かれると言う事は、ある程度こちらの要望を聞くように言われているのかも知れない。ならばとナハトは必要そうなもの、必要かどうか判断のつかないものを問いかけた。
「髪は、どのようにしたらよろしいのでしょう?この髪留めでも問題ないでしょうか?」
「そうねぇ…別に紙紐でも問題無いのよ、安っぽくなければ。だから、いくつか合いそうなものを用意しておくわね。他には何かある?」
「装備はどうしたらよろしいでしょうか?」
ナハトたちは冒険者で、使い慣れた獲物がある。これがあるとないとでは戦闘に大きく支障が出かねない。特にヴァロは拳を守るガントレットが必要だが、果たしてこのままでいいものか―――。
フレスカは少し考えて口を開いた。
「ナハトちゃんのダガーは、せめてよく磨いておいた方がいいと思うわ。鞘はもっといいものに変えておいた方がいいわね。それとヴァロちゃん、そのガントレットは買い替えた方が良さそう。お金がないわけじゃないならもう少しいいものを買って磨いておくといいわね」
確かにヴァロのガントレットは精霊との戦いで大分ガタが出始めていた。ここらで新らしい物に買い換えても問題ないだろう。
「わかりました。その様にしておきます。ありがとうございます」
「いいえー」
にっこり笑ったフレスカに衣装を任せ、ナハトとヴァロはシトレンのマナー講習を受けるため、暗い廊下を戻っていった。夜はまだ長い―――。
フレスカはもともと王都に店を構えていました。
コルビアスはそのころからのつながりです。いろいろあってノジェスで店を構えることになりました。
なので色々詳しいというわけです。
その辺も書けたら書きたいなぁ…




