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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第三章
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第34話 夜会への準備と魔道具の開発

 喜ぶコルビアスとは反対に、部屋の空気は冷え切っていた。

 今後の細かい話はシトレンとディネロが行うという事でその日は解放された。時間を予想していたかのように用意された馬車に乗り、また貴族門まで送られる。その後は人目を避けて、フレスカの店へと急いだ。


「おかえりなさい。随分遅かったわねぇ」

「ええ、まぁ…」

「大丈夫だったの?貴族に呼び出されるなんて」


 服を揃えてもらうにあたって、フレスカには貴族からの依頼で貴族街まで行くためと言っていた。だからだろう、遅くなった事をそんな言葉で労われて、2人して思わず苦笑いを返した。

 深夜までナハトたちが戻るのを待ってくれていたフレスカに礼を言い、着替えてドラコを連れて店を出る。尾行には十分注意しながら借家へと戻った。

 早々に盗聴防止の魔道具を起動すると、ヴァロがナハトに説明を求めてきた。


「簡単に言えば、私たちは第三王子のお眼鏡に叶った…という事だ」

「ギュ!?」

「簡単すぎだよ!あんなおど…」


 言葉を続けようとしたヴァロの口に指を当てて、ナハトは首を振る。あの場にいなかったドラコには余計な心配をかけたくない。そんな思いでドラコを見れば、ヴァロは言葉を飲み込んで俯いた。


「俺、ナハトを連れて逃げることもできたよ?」

「それは得策じゃないだろう。あのような状態で逃げれば、私たちは罪に問われていたかもしれない。貴族の前から許しもなく…とね」

「だけど…!」

「それにあの剣士…リューディガーだったか、彼はおそらく君より強い。もし逃げられたとしても…それ相応の怪我を覚悟しなければならなかっただろう。それはヴァロくんにもわかっただろう?」

「…うん」


 しょんぼりと項垂れたヴァロの頭をよしよしと撫でる。


「そんな危険な事を私はさせたくない。それに、訪ねた先が王子で、その王子がこちらの事情を優先してもいいとまで言ってきたんだ。そもそもあれ以上断る事はできなかったのだよ。断れない、逃げられないならば、受けるしかなかった」


 手紙の主が王子でなければまだできる事はあっただろう。王子がそこら辺の貴族とも変わらなければ、こちらの悪い点を述べて口先で丸め込むこともできたはずだ。それら全てが予想を外れた時点でナハトたちは詰んでいた。今更騒いでもどうしようもない。


「…だが、君の了承も得ずに受けてしまった。それだけは、すまない…」

「それはいいよ。俺は黙ってるしかできなかったんだから…」


 ナハトは心配そうにこちらを覗き込むドラコを撫でて、「それよりも」と口を開く。


「ヴァロくん、服を脱いでくれないか」

「え…ええ!?な、何で…!?」


 先ほどまでとは打って変わって情けない顔で真っ赤になり、後ずさる彼の後をナハトは追いかけた。


「脇腹を突かれただろう?君があんな痛がり方をしたんだ。痣どころか肋が折れてる可能性だってある。確認するから上の服を脱ぐんだ」

「だ、大丈夫だよ!ナハトだって知ってるでしょ?俺すごい頑丈だし…」

「…脱がないなら、魔術で拘束して私が手ずから脱がすが?」

「……脱ぎます」


 追い詰めて脅すと、やっとヴァロは観念して上着に手をかけた。

 その間にナハトは治療道具を取りに行き戻ってくると、何故かヴァロはもじもじして上半身を隠そうとする。少々呆れたため息をつきながら、ナハトはヴァロの正面に腰掛けた。


「風呂上がりに上裸でうろつく者の反応とは思えないな」

「あ、あれは熱いからで…!」

「今は治療のためだろう?いいから、腕を上げなさい」


 渋々腕を上げた彼の横に回り込んで見れば、殴られた箇所はしっかり痣になってしまっている。触れてみたところ折れてはいないようだが、過剰に反応したヴァロの眉が歪んだことからしてもヒビくらいは入っているかもしれない。


(「これを放置しようというのだから、まったく…」)


 打撲に効く塗り薬をガーゼに塗って当て、その上から少々きつめに包帯を巻いて固定する。ヴァロの通常の傷の治り具合からして、これなら5日とかからずに治るだろう。

 いつまでも赤い顔のまま顔を背けているヴァロに笑って、ナハトは口を開いた。


「そんなに恥ずかしいなら、もう風呂上がりに上裸でうろうろしないことだな。…これでよし。まだ、ダンジョンへの許可が降りるのも数日あるだろうから、少なくとも明日は安静にしておきたまえよ」

「…うん」


 視線が合わないヴァロの頭を、ナハトはくしゃりと撫でた。



 翌日、ヴァロの脇腹の怪我は予想に反して大分良くなっていた。激しい動きではまだ痛みはあるようだが、昨日に比べ痣は大分薄い。


「だから大丈夫だって言ったでしょ?」

「…ギュー」


 ドラコがナハトの気持ちを代弁してくれる。ドヤ顔で仰反るヴァロの脇腹を引っ叩いて、今日一日の安静を言い渡した。

 夕食の時間にまたディネロがやってきた。気配を絶って近づいてきたつもりの彼は、ヴァロとナハトが構えていたことに酷く驚いたようだった。食事が終わったらついてくるようにと言われ、先日購入したばかりの一揃えに着替えさせられ、その上からフードのついたマントをかぶって夜道を移動する。脅されたこともあってドラコも一緒だ。

 夜道を走りながら、ナハトもヴァロも複雑な思いが渦巻いていた。ディンが偽名だった事にも驚いたが、結局のところ彼には振り回されっぱなしなのだ。カントゥラでの出来事も、特にヴァロは聞いたばかりで何も消化できないまま今回の件だ。苛立ちと困惑を抱え、戸惑っているとナハトは感じていた。

 だからと言ってどうにか出来るわけではない。なんとも言えない気持ちのまま人気のない道を選んでまた先日の屋敷へ向かえば、待っていたのはまさかのマナー指導だった。


「仮にもコルビアス様の護衛として立つのです。立ち姿、歩き方、言葉遣い。付け焼き刃であろうが、完璧にして下さい」


 そう言い切ったシトレン指導のもと、夜には慣れないそれらを叩き込まれる事になった。

 シトレンはあれほどナハトたちに嫌悪感を示していたが、コルビアスが受け入れたからか、それとも叱られたのかは分からないが、今のところきちんと節度を持って教えてくれている。だがナハトがコルビアスを王族と疑った事は決して許していないようで、敵意のこもった視線はそのままだ。ある意味では仕事と気持ちをきっちり分けられる真面目な人、という事なのだろう。

 コルビアスとリューディガー、それとメイドのフィスカは、初日以降見かける事はなかった。

 気配はするので屋敷にはいるようだが特に顔を合わすこともなく、夜にディネロが迎えに来てシトレンに教わり、明け方に帰るという日が続いた。

 そうやって数日を過ごすと、次に衣装の採寸が行われた。今ナハトたちが来ている服ではとても夜会に来ていけないという事で、わざわざデザイナーが呼び出され、特急で一から作ると言われたのだ。


「費用はコルビアス様がお支払いくださいました」


「平民には支払えないだろうから」とはシトレンの言葉だが、そもそもそちらが依頼してきたのだから金を払うのは当然だとナハトもヴァロも思っている。問題があるとしたら―――。


「あらぁ?ナハトちゃんとヴァロちゃんじゃない」

「…フレスカさん…」


 呼ばれたのがフレスカであったということだ。聞いたところで詳しくは教えてくれないが、実はフレスカはかなり腕利きの洋裁師らしく、コルビアスとも繋がりがあったらしい。

 劣等種であること、王子の護衛として雇われた事と、ナハトらの秘密を知られてしまっている事に加え、流石に採寸で男性と偽る事はできない。フレスカに次々と秘密を知られる事に戦々恐々としていたナハトであったが、フレスカは様子を見に来たシトレンたちにナハトのことを伝える事はなかった。

 そうして忙しく過ごしていると、ダンジョンへ潜る許可が降りた。今回は5日間入る事は無理なので2日間と決めて、嫌な顔をされながらもシトレンには伝え、ルイーゼと共にダンジョンへ潜った。


「来たか」


 ばさばさと降りてきたヴィントと、また勝手に出てきたアッシュを連れていつもの場所へ移動する。ヴィントはよほどルイーゼが苦手らしく前回よりもあからさまに彼女を避けてナハトの肩にとまり、ドラコと場所の取り合いをしている。なんだかまた少し気安くなった気がして首を傾げるが、今回は時間もないため早々にヴィントにその後の様子を聞いた。


「ヴィント、あれから何か変化はありましたか?」

「何もない」


 すぐさまそう言い切られて小さく息を吐く。ルイーゼの話でも何か変化があったはずとのことだっただけに少し期待したのだが、彼らが感じるほどの変化はなかったようだ。

 ならばまた魔力の気配を探すところから始めよう。ナハトは目を閉じて気配を探り―――気づいた。


「…?」

「ナハト、どうしたの?」

「あっ、いや…」


 首を傾げるナハトに、ヴァロが再度問いかけてくる。


「何も感じないの?」

「なんだと?」


 前回それでダンジョンから出たために、少々ヴィントが不穏な空気を出す。だが、それに首を横に振ってナハトは口を開いた。


「魔力の気配は感じる。感じるんだが…同じ気配を間近にも感じるんだ」


 具体的には自分の鳩尾のあたりに。思わず手を当てるナハトに、ヴィントが「ああ」声を上げた。


「それは印であろう」


 印というのは、精霊が胎児に己の魔力を刻み込むというアレだろうか。それが鳩尾にあるとは知らなかった。というか、それを教えてくれていれば魔力の気配を探るのももう少し楽だったのではないのだろうか。何のきっかけもない状態で探すのは本当に大変だったのだが―――。

 ナハトがまた小さく息を吐くと、ヴィントは思い出したかのように呟いた。


「印からの魔力の気配が、以前よりも強く感じる」

「…それは、前回に比べて変化があったということではないのですか?」

「変化と呼べるほど大きなものではない」

「えぇ…」


 ヴァロが呆れたような声を出す。ダメだ、精霊にはもっと情報の大切さから教えなければ。

 ナハトがそんなことを思っていると、ずっと黙っていたルイーゼが近づいてきて、突然ナハトのシャツに手をかけた。ボタンを外そうとしているとわかって、慌ててその手を掴む。


「何をするんですか!?」

「え?だってここに印があるんでしょぉ?」


 そう言って指したのはナハトの鳩尾。本当にそんなものあるならとっくにナハトが気付いているが、気づかなかったという事は見えないものなのだ。そう伝えるが、ルイーゼは諦めようとしない。

 すると突然ひょいと音がしそうな勢いで、後ろからヴァロに持ち上げられた。そのまま彼の肩に乗せられ、ナハトの肩に乗ったままのヴィントとドラコがぐらりと揺れる。ずいぶん高くなった視界の下でルイーゼが頬を膨らませて抗議してきた。


「ああん!ヴァロくん邪魔しないでよぉ!」

「邪魔しますよ!ナハト嫌がってるじゃないですか!」

「…丁度いい。ヴァロくん、そのままルイーゼさんから私を守っていてくれ」


 ぎゃんぎゃん騒ぐ彼女を無視して、ナハトは再度目を閉じた。魔力の気配はそう遠くない。騎獣を飛ばせば今日中に戻ってこられそうな場所だ。

 ドラコとヴィントを支えながらヴァロの肩から飛び降りると、ナハトはすぐさまアッシュに跨った。追ってくるルイーゼを無視して浮き上がる。


「気配を見つけました。行きますよ」

「んもぅ!勝手なんだからぁ!」


 文句を言いながらもついてくるルイーゼと横に並ぶように飛んでくるヴァロを連れて、ナハトもアッシュを駆けさせた。



 向かった先はノジェスの出入り口から北の方、海の上だ。陸地から大分離れたそこに気配を感じる。いつもはナハトが先行し、”そのあたり”と大まかに示すのだが―――今回はナハトがそこだと言わずともヴァロとルイーゼにも、もちろんヴィントにも分かった。上空に僅かに発光する薄靄のようなものが見えるのだ。


「…え、あれ?」

「ああ」

「凄いわぁ…」


 それは大きさを変えながら上空を漂っていた。一部は僅かにまとまっているように見えるが、それ以外は目に見えない薄さで空に広がっている。その僅かにまとまっている部分が薄く発光して見えているようだ。

 ルイーゼは瞳を輝かせてその靄へ近寄る。これ以上ナハトが近づくと魔道具で吹き飛ばしかねないので待機だが―――ルイーゼが何か変なことをしないかと心配だ。

 だがそんな心配をよそに、ルイーゼはその光の靄を観察していく。外から観察し、魔道具を取り出しては何かを調べているようだ。そして恐る恐る触れてみて、首を傾げる。


「ねぇナハトくん。この靄にあたしの魔力流してみてもいーい?」

「やめてください」


 そんな事をしたらまた吹っ飛ばされかねない。前回試した際に起きた事を説明するが、それでもルイーゼは引き下がらなかった。どうしても試してみたいと言われ、ナハトはヴィントを見る。


「…それで何かわかるのか?」

「ええ。あたしの考えが正しければぁ、何も起こらないはずよぉ」

「…ならばいいだろう」


 そんなに簡単に許可を出して欲しくない。何かが起こるとすればナハトなのだ。

 とはいえこれほど食い下がるのだから、確かに必要な事なのだろう。ナハトは大きく息を吐くと、ヴァロにドラコを預けてしっかりとアッシュに捕まった。念のためヴァロには後方で待機してもらって、頷く。


「どうぞ」

「それじゃぁちょっとずつ流していくわねぇ」


 ふわりとルイーゼの魔力が薄靄を包む。警戒していたナハトだったが、ルイーゼが放出する魔力の量を変えても体には何の変化もない。それに驚いて顔を上げると、ルイーゼが「どう?」と問いかけてきた。


「…何も、感じません」

「なるほどぉ…。この精霊さんは、ナハトくん以外からの魔力の干渉を受けないみたいねぇ」


 ルイーゼはそう言って何やらメモに書き込んでいく。警戒した割に何も起きず、ナハトはほっと肩の力を抜いた。


「次はぁ、ナハトくんが言ってた、内側からの干渉っていうのやって見てくれるぅ?」

「それは構いませんが…」


 ナハトはまたちらりとヴィントを見る。


「それをすると、また感知が効かなくなる恐れがあります」


 そうしたらもうできる事は無くなるのだ。ただでさえ今回の滞在は短いため、今それを行なっていいのかと思う。

 しかし、見られたヴィントは少し考えて「よかろう」と呟いた。念のため感知についても口にするが「構わぬ」と返してくる。

 ならばこれ以上断る理由はない。ナハトは目を閉じると、己の内側、印の場所に意識を集中した。前回同様己の魔力の流れを辿り―――また、ピリッと爪に僅かな衝撃が走った。


「わっ!?」


 再び強く発光したが、今回はそれだけで他には何の変化も見られなかった。薄靄もそのままで、ナハト自身にも特に変化はない。強いて言えば、何だか少し体がぽかぽかしている気がする。


「ナハトくん、何か変化はある?」

「体が少し、暖かい感じがします」

「精霊さんは?」

「…ない」


 またないと言い切ったヴィントに、ナハトは問いかける。


「光る前と後で、私の印から感じる魔力や気配に、ほんの少しの変化も感じられませんか?」

「…少しは、ある」

「だそうです」

「なるほどぉ…」


 ルイーゼはメモをとりながら再度ぶつぶつと呟く。そうして少し待つと、ルイーゼはにっこりと笑って口を開いた。


「大体わかったわぁ。喜んでぇ?いい魔道具、作れそうよぉ」




 ルイーゼの発言を受けて、すぐさまナハトたちは帰ることになった。ヴィントもルイーゼの発言を受けて、喜ぶとはいかないがどこか興奮した様子で送り出してくれた。


「後はあたしに任せてぇ?あっ、血はまた少し頂戴ねぇ」

「わかりました」


 血を渡すとルイーゼはウキウキしながら部屋へと消えていく。これでまた彼女はしばらく部屋から出てこないだろう。先にギルドの職員に訳を説明し、ルイーゼの当番を外してもらう。どうしても必要な時はナハトたちに言うようにと伝えて、ナハトらもダンジョンギルドを後にした。



 その後はたまに来るダンジョン当番に入りつつも、シトレンからのマナー指導を受け、服の仮縫いなどの予定におわれた。朝から晩どころか夜中まで忙しく、ヴァロもナハトも慣れない指導にぐったりだ。ナハトも同じように指導を受けているが、言葉遣いや立ち居振る舞いは早々に及第点を貰っている。なのに忙しいのは、王子の代わりにダンスを踊ることがあると聞かされたからだ。

 あとから聞いて驚いたのだが、夜会と言っていたが実際のところは舞踏会だったのだ。今回の舞踏会は、結婚相手を見つける社交の場として春と冬にダンジョン都市の持ち回りで開かれる物の一つらしい。

 それでなぜナハトだけがダンスを覚えさせられているのかと言えば、理由は舞踏会のマナーにある。侯爵以上の高位貴族と王族には通常護衛と側仕えがついている。婚約者のいない貴族の中では女性から男性へのダンスの誘いも少なくはない。そしてそんな時は、高位貴族はまず己の護衛か側仕えに躍らせる。そうして女性のダンスや外見などを外から見て釣り合うと判断すれば、男性から再度ダンスのお誘いをするのがマナーらしい。

 いつもであれば、このダンスの役はシトレンが担うことが多い。だがシトレンでは年が行き過ぎていることが問題になっていたのだ。だからと言って護衛のリューディガーは出せないし、ディネロは裏で動くことが多いためあまり顔を出すわけにはいかない。それで今回ナハトにその役が回ってきたと言う訳である。


(「…ああ、本当に面倒だ」)


 幸い今回の舞踏会は社交界デビューしたての子供も参加するので、曲目はそれほど難しくない。だが今までダンスなど踊ったことがないナハトにはなかなかに難しい物だった。

 そうして忙しく過ごし、ついに明日夜会を迎えることになった。泊まり込むようにと屋敷の一室を与えられ、そこから出ないようキツく言われ、2人してベッドに深く腰掛けた。


「はぁ…ついに明日だね…」

「そうだな…。まさか、護衛をすると頷いたことでこれほど色々覚えさせられるとは思わなかったがな…」

「ナハトはダンスもだもんね…」


 労うようにドラコが頬に擦り付いてくる。それを撫でながら、ナハトはごろりとベッドに横になった。

 屋敷の規模がそれほどでもないにしても小さい部屋だ。ベッドが2つにチェストが1つ、それとトイレがあり風呂はない。使用人用の部屋なのだろう、トイレがあるだけありがたいが、風呂は明日入るように言われたので、今日は汗を流すこともできない。


「…それにしても、本当に人がいないんだね」


 ナハトが気配を探っても分かるのはコルビアスとリューディガーにシトレンとフィスカ、それと水回りにある1つの気配。これは料理人だろう。後は最初にいた騎士2名の気配だけだ。ディネロはほとんど姿を見せないうえに常に気配を絶っていて感じ取れないため、本当にそれだけの人の気配しか感じない。ヴァロはディネロの気配もわかるらしいが、それ以外の人の気配はやはり感じないらしい。

 仮にも王子がいる屋敷であるのにこれだけの人数しかいないのは異様だ。小さな屋敷とは言え生活の場を整える人数すら少なすぎる。


「…なんか、少し可哀想だね…」

「また君は…」


 ナハトは仰向けだった体を横に向けて、反対側のベッドにいるヴァロへ手招きをした。首を傾げたヴァロはそのまま屈んで近づいてくる。

 その頭をぐしゃぐしゃ撫でて、慌てるヴァロに口を開く。


「そうやって相手の気持ちの側に立てるのは君の長所だがな、何故こうなったかを忘れてはいけない。…幼くとも、腹黒いぞ」

「…ソウデシタ」


 項垂れたヴァロから手を離して笑う。

 コルビアスが言った"味方が必要"というのは事実なのだろうが、それにしてもやり方が気に食わない。この夜会だけでいいというのも嘘くさい。それにしては、ナハトたちにかけている手間が大きすぎるからだ。


「…まずは明日だな」

「…?ナハト何か言った?」

「ああ…。明日は忙しい。早く休もう」

「うん…」


 腑に落ちない顔のヴァロにそう言って、ナハトはドラコと共に目を閉じた。






 


本文に書いた舞踏会のマナーですが、女性の高位貴族へ男性がダンスを申し込む際は、申し込まれた女性が気に入ればその場で応え、気に入らなければ女性の側仕えか騎士を当てます。

その為女性側はお誘いのタイミングで相手を見極めなければいけません。

あとでいいなと思った場合、相手も高位貴族であればまだいいですが、そうでなかった場合は「一度ふった相手に行く」事になるので、かなり目立ちますし噂になります。

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