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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第三章
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第33話 コルビアスのお願い

「…は?」

「…え…」


 思わぬ人物の名乗りに、ナハトとヴァロは思わず呆けた。まさか第三王子に呼ばれるなど誰が予想できようか。

 だが、それを許さぬというように、後から入ってきた騎士がナハトに向かって槍の柄を振り上げた。


「っ!」

「わっ!?」


 ナハトは気づいていない。だからヴァロは体を滑り込ませて間に入った。結果ナハトを押してしまったが、あの勢いで槍の柄で突かれていたら骨が折れていたはずだ。


「ヴァロくん!?」

「大丈夫…大丈夫だから」


 膝をついたヴァロにナハトはすぐに駆け寄った。大丈夫だと言ってはいるが、尖ったもので脇腹を突かれて痛みはあるようだ。言葉もなく突然暴力を振るうなどあまりに横暴ではないか。

 ナハトが騎士を睨みつけると、睨みつけられた騎士はまた槍を振りかぶる。そのままそれを食らうわけにはいかない。ナハトも手枷のまま構え、指輪に指をかけた。


「やめよ!」


 それを止めたのは、まさかのコルビアスだった。

 駆け寄りこそしないものの、立ち上がって手をこちらへ向ける。その顔は真剣そのもので、先程の微笑みはもうない。


「私の呼んだ客人に手荒な真似はやめよ!」

「コルビアス様」


 嗜める執事の声も無視し、コルビアスは戸惑ったままの騎士に退室を促した。騎士は狼狽えたようにナハトとコルビアスを見たが、すぐに頭を下げて退室した。

 そうして室内には先程までとは比べようのない、異質な緊張感が流れる。コルビアスの傍にいた剣士が前に出たのを見て、ヴァロも立ち上がってナハトの前に出た。


「話の前に…ディネロ」

「はっ」


 コルビアスに呼ばれてディン―――ディネロが前に出た。それに警戒を示すナハトとヴァロ。それが分かったのだろう、ディネロは床の上に何かを置くと、それをこちらへ蹴って寄越した。

 絨毯の上を滑って足元へきたのは鉄製の鍵。まさかこれは手枷の鍵だろうか。こんな物がなくても仕込んである血で解錠は可能であるが―――。


「…」


 ここは従っておく方が無難だろう。ナハトはしゃがんで鍵を拾い、まずはヴァロの手枷を解いた。次に自分の手枷も外す。ごとりと落ちた手枷を寄せて、ナハトもヴァロも警戒しながらコルビアスの方へ向いた。

 すると、ディネロが静かに口を開いた。


「跪け」


 ナハトはヴァロに目配せして片膝をついた。

 目の前にいる少年が本当に第三王子なのかは定かではないが、ただの貴族にしては子供の割に落ち着きすぎている。ナナリアと比べても子供らしくなく、大人に命令をし慣れていることがナハトは気にかかっていた。


(「それに…外見があまりに違う」)


 ヴァロの話や本の知識では、王族は皆浅黒い肌に赤い髪、そして金の目をしているはずだ。だが目の前にいる少年の髪は空色で肌も白く、瞳だけは薄い金色だが、それだけで王族の条件を満たしていない。今ナハトたちにわかるのは、少年が貴族で第三王子と同じ名前を名乗っているということだけだ。

 跪くが警戒はとかず、ナハトとヴァロはコルビアスと名乗る少年を見た。小柄であるため、膝をついたナハトと視線が同じくらいだ。

 彼は先程までの厳しい表情とは違い、子どもらしくにこりと笑うと口を開いた。


「まずは、突然の呼び出しに応じてくれてありがとう。君がナハトで、そちらがヴァロだね?」

「……はい」


 一気に砕けた喋り方になったことに驚きながらも、ナハトは頭の中にある貴族に対する対応を引き出していた。貴族には聞かれたことにのみ答える。こちらから話しかけてはいけないと、イーリーに言われた事が思い出された。だから簡潔にはいと答えたのだが、またピリッと空気に緊張感が走る。

 この敵意の大半はナハトらをここに案内した執事だが、少年の傍に立つ男からも強い敵意を感じた。背は高くがっしりした体つきでフェルグスらと同じくらいの歳だろうか。ロングコートのような服に身を包み、ほんの少し青みのある長髪とブロウのような三角耳に長い尻尾。無精髭があまり似合っていないが、赤みがかった橙色の瞳が隙なくこちらを見つめている。恐らくだが、この男はヴァロよりも強いだろう。

 そんな緊張感を知ってか知らずか、コルビアスはにこにこと笑ったまま話し出した。


「今日来てもらったのはね、実は2人にお願いがあるからなんだ」

「お願い…ですか?」


 思わず口を開いてしまったヴァロの背を叩いて口に指を当てる。とにかく面倒なことは避けたい。鋭い目でこちらに見る執事に視線を向けると、ヴァロにも伝わったらしい。頷いたのを確認して手を離す。

 しかし当のコルビアスは気にした様子もなく続ける。


「そう!今日から丁度10日後にね、ノジェス公爵の城で少し大きい夜会が開かれるんだ。そこで、僕の警護をお願いできないかと思ってね」


 何だそのお願いはと、ナハトもヴァロも目を見開いた。わざわざ呼びつけて警護のお願いとは意味がわからない。少ないとはいえ警護のための人員はいるようだし、わざわざこんなやり方で冒険者であるナハトたちを呼び出す意味もわからない。

 なにより、こんな怪しい願いなど受けられるものか。ナハトは軽く目を伏せると、視線を下に向けたまま口を開いた。


「申し訳ありません。そのお願いは、私たちには身に余る物。どうかお考え直していただけませんでしょうか?」


 だがナハトの発言はコルビアス直々に訂正された。「そんなことないよ!」と大きな声で反論し、その声の大きさを執事に嗜められた。こほんと咳払いをして、再度喋り出す。


「ナハト、あなたが素晴らしい魔術の使い手であることはわかっているし、そちらのヴァロもディネロの気配に気づく程の実力者だ。十分、僕の護衛に足りるだけの能力はあると思うよ。どうかな?」


 到底頷けるわけはない。そもそも本当に第三王子というのが本当なのか分からないのだ。しかし、それを口にすれば殺されかねない。本当に王子だった場合あまりに不敬であるし、なによりそれを許さないと執事も護衛の剣士もディネロも、メイドですらナハトたちを敵意のこもった目で見下ろしている。

 ヴァロがナハトを振り返る。どうするのかとその目が言っているが、頷くわけにはいかない。幸いなことがあるとすれば、ナハトらにお願いをしているこの少年がこちらを害そうとしていない事だろうか。

 ナハトは再度目を伏せて、口を開いた。


「…身に余るお話ですが、申し訳ありません。承諾は出来かねます」

「無礼な…!」


 それに反論したのは執事だった。コルビアスの前に出て声を上げる。


「王族の願いを聞き入れぬとは言語道断。万死に値する」

「なっ…!」


 万死と言われてヴァロが色めき立った。立ち上がり、跪いたままのナハトの前に出る。すぐさま少年の傍にいた剣士とディネロも前に出て、今にも殺し合いが始まるかと空気が張り詰めた。


(「まずい…今ここでやりあうのは…!」)


 ナハトはすぐにヴァロの手を引いた。困惑するヴァロを視線で抑え、「やめろ」と一言呟く。戸惑ったままヴァロが跪くのを待って、ナハトは再度口を開いた。


「申し訳ありません。ですが、理由がございます。わたくしたちには、何よりも優先しなければならないものがあります。その為に、お話を受けることが出来ないのです」

「王族の願いより優先されるものなど…!」

「シトレン、今は僕が話をしてるんだ。…ディネロもリューディガーも下がって」


 前に出てきた執事にも、剣士たちにもそう言って、コルビアスは彼らを見た。だが、誰もが困惑した顔で幼い主人を見つめ、下がろうとしない。


「下がれ。話が出来ない」


 少年の声には似合わない強い言葉に、彼らはやっとナハトたちへ向けた殺気を抑えて下がった。


「それで…その優先しなければいけないことっていうのは、精霊が関係してるの?」


 突然出た"精霊"という言葉に、ヴァロがびくりと反応した。そしてやはりとナハトは思う。願いと言いつつ本来聞きたいのは精霊に関してかと身構えたが、次にコルビアスの口から出たのはまた予想していないことだった。


「その優先したいことを続けてもいいから、僕のお願い聞いてくれないかな?」


 何故そんなにもナハトらを護衛に雇いたいのか。わざわざ精霊のことを口にした以上、彼らにとって気になる話題であるはず。だというのに深く追求せず、だが願いを聞き入れろとは、正直なところコルビアスの本心が見えなくて戸惑うばかりだ。

 ナハトが答えあぐねていると、どこか悲しそうにコルビアスが顔を歪めた。


「ねぇ、どうしたら僕のお願い聞いてくれる?」


 年相応の少年らしい言葉と瞳が、真っ直ぐナハトらに向かってきた。コルビアスの目はナハトからすぐヴァロに向き、ヴァロは戸惑った様子でその瞳を見返す。

 コルビアスがヴァロを見る目は何故か必死に見えて、ナハトは思わず問いかけていた。


「私たちを必要とする理由を、教えていただけませんか?」


 コルビアスは一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに顔を引き締めて答えた。


「…僕は、味方が欲しいんだ。僕には信用できる味方が全然いない。ここにいるシトレンとフィスカ、それとディネロとリューディガーとここにはいないもう一人…。それだけしか味方がいないんだ。本当の味方が」

「…では、あなたが本当に王族だという証は?」

「貴様…!」

「っ!」


 剣士の一撃を、ヴァロが辛うじて止めた。剣士の腹側に潜り込むようにして、腕から剣の軌道を止めたのだ。それでも鋭い一撃はナハトの肩に届いたが、焦りを浮かべるヴァロと違ってナハトは冷静だった。

 コルビアスにはナハトたちを護衛として雇いたい理由がある。それは他のことを許可してでもどうしても彼が成し得たいことで、だからこの願いを断ることは出来ないだろう。ならば受ける前提での話が必要だ。

 ナハトはリューディガーを見て、目を見開いたコルビアスと怒りに顔を歪めた面々を見返すと静かに口を開いた。


「失礼であることも無礼であることも承知しています。ですが、私たち平民には、あなた様が王子であると認識できるだけの情報を持ち合わせてはおりません」

「何たる無礼!早くこの者を…」

「あなたは…!見たことがない人物を、名乗りだけで信用できるのですか!?」

「平民が貴族に向かって意見するなど忌まわしい…!」


 シトレンだったか。執事が相手では話にならない。ナハトはショックを受けた顔のコルビアスに向かって口を開いた。


「私たちにしてみれば、あなた様が王子かどうかの判断がつきません。そんな状態であなた様がもし王子ではなかった場合、私たちは知らぬ内に王族への不敬を働いた事になります。これは私たちの命を守るために必要な事です」

「……リューディガー、剣を下ろして。シトレンも…お願い」


 コルビアスの言葉に、リューディガーと呼ばれた剣士はゆっくりと腕を下ろした。だがヴァロはナハトの前でリューディガーを警戒したままだ。


「ヴァロくん」

「……」


 ナハトの言葉に、ヴァロはリューディガーから決して視線を外さず膝をついた。

 そうして一旦は場が落ち着いたように見えると、コルビアスは腰から短剣を鞘ごと外してナハトヘ差し出してきた。警戒しながらもそれを受け取ると、美しい装飾が刻まれた柄の部分に紋章が描かれている。赤い魔石もはまっているが、この紋章は王家のものではない。

 すると、少し悲しそうな声が降ってきた。


「…その紋章は王家のものではない。僕は、表向きは第三王子だけれど、王族としての証があるものは持つことを許されていないんだ。この髪と、肌だから…」


 ぎりっと強く噛み締めた音がした。それはあの執事シトレンのもので、それであれほど激昂していたのかと理由が窺えた。王子として名乗る以外の証が何もない。証を持つことを許されていないと言うことは、この屋敷も王子として手に入れたものではない。だから、王子なのにこの規模の屋敷なのだろう。


(「風聞に書かれていたこととは全く違うな…」)


 風聞には、第三王子は大変出来が良いと書かれていた。王の覚えも良いと。だが実際はまったく違い、王子は王族の証を持つことも許されず虐げられている。周囲が過保護になるのも頷けた。


「…信じてもらえるかな?」

「……大変、失礼を致しました」


 信じる信じないと言うよりは、信じざるをおえない。これほどの恥部を晒してまで王子と偽る理由がないからだ。

 受けると覚悟はしたが、かなり大きなものに絡め取られ出していることは否めない。本当に面倒で頭が痛くなる。顔を上げると、またコルビアスがヴァロを見ていた。それに僅かな違和感を感じつつも了承の返事をしようとすると、突然彼は「そうだ!」と声を上げてナハトに近づいてきた。

 止める護衛たちを無視しナハトの前までくると、とんとんと己の耳を叩いて声を顰める。


「ナハト、あなたが劣等種という事は知ってる。大事にしているトカゲの事もね。だから、お願いできないかな?」


 何が"だから"なのだ。コルビアスの言ったそれは脅しだ。願いと言い、己の弱みも見せた上で最後に脅しをかけてくるとは思わなかった。なかなかに腹黒い。これで迂闊に断ればドラコにも危害を加える可能性があると安易に言っているのだ。これが本当に7、8歳の少年だろうか。

 味方がいないと言った悲しそうな顔すら打算的に見えて、ナハトは拳を握り込んだ。聞こえたのだろう、ヴァロも目を見開いている。


「10日後の夜会だけでいいから、お願いできないかな?」


 ナハトは一度コルビアスを睨むと目を伏せた。


「…顔を隠す許可をいただけるのでしたら、承りましょう」


 そう答えると、重いナハトの声と空気とは違って「やったぁ!」という軽快な声が降ってきた。











やっぱり外見的な事が書ききれなかったのでここで捕捉。

コルビアスは空色の髪に金色の目、大きな耳とふわふわな尻尾の美少年です。見た目は大変愛らしい外見をしていますが、中身は…。

ディネロは見る人によって外見が変わるので割愛。

リューディガーは背は高くがっしりした体つきで30代後半。少し青みのある長髪を高い位置で縛っていて、ブロウのような三角耳に長い尻尾。顎だけ無精髭が生えてて、赤みがかった橙色の瞳。

シトレンは白いものが混じった髪を後ろに撫でつけたザ・執事です。ピンと立った細長い三角耳と、モノクルの向こうから覗く、青色の鋭い目が印象的。コルビアスの教育や人となりになんやかんや言って傾倒している。

フィスカはメイド兼乳母です。橙色の髪に同じ色の瞳の女性で、髪の長さは肩ほどまで。

丸い耳と尻尾で、この世界でいう一般的な体系の女性です。物静かに見えて一番怒らせると怖い。


※お気づきの方もいらっしゃると思いますが、優等種は橙色の瞳の人物が多めです。

優等種にとって橙色の目は一番一般的な色であったりします。

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