第32話 招待状
「何故、あなたがここにいる?」
ギルドから逃亡したと聞いた時点で、接触があるかもしれないとは予想していた。ディンが何も疑問に思わなければいいと楽観的な事を想いもしたが、実際はそんな訳はない。追っていた人物を一番に疑うのは当然だからだ。
だが、このような接触をされるとは思ってもみなかった。だからもちろんヴァロには何も伝えていない。ヴァロが何かを言う前に、ナハトはディンの視角からヴァロの背を叩いた。振りむく代わりに腰に回った手に少しだけ力が入る。
それを了承と受け取って、ナハトは再度口を開いた。
「ディン、何故ここにいる」
「……俺を知っているのか?」
返答があった。それに小さく息を吐く。
「知っているとも。それとも、あなたは私たちに何をしたかをお忘れですか?」
尾行については一切触れない。ナハトたちがディンを見たのは裁定の場が最後のはずなのだ。
ナハトの言葉をディンは少し考えて、小さく「ああ」と呟いた。そのままぶつぶつ小声で呟くと、突然己の懐に手を入れた。瞬時に臨戦態勢に入る。
だが当のディンはこちらの警戒も気にせず、そのまま懐から何かを取り出した。その何かを机の上に置く。
「…お前達に招待状だ」
「なに…?」
「耳は悪いと見える。とにかく、これはお前達に宛てられた物だ」
それだけ言って、ディンは近くの窓から外へ飛び出した。ディンに集中しすぎて気づかなかったが、どうやら逃げるために最初から開け放していたらしい。
すぐさま追いかけようとするヴァロを止めて、ナハトは机の上に置かれた一通の手紙を拾い上げた。それは驚くほど上質な紙で封蝋がしてあり、封蝋には紋章の跡がある。確か封蝋の紋章には家紋を用いると本には書かれていた。
だが、この紋章は―――。
「…‥誰だろうね?」
「さて…」
平民に家紋はない。だから手紙の多くは平たいもので蝋を押し付けたものがほとんどだ。だというのにわざわざ家紋がある。という事は、これは貴族からの手紙という事だ。
嫌なものがこみあげてくる。
「とりあえず、中を見てみよう」
開いたその便箋からは、ふわりと香の匂いがした。便箋の紙もまた上質で、つるつるとした肌触りがなんとも気持ちがいい。上部と下部には独特な飾り模様もあって、紙一枚取ってもセンスの良さが伺えた。
少しの緊張と共に読み進める。最初は定型文なのだろう挨拶があり、その下に要件が書かれている。
「なんて書いてあるの?」
「…簡単に言えば、明日の夜貴族門まで来いと書かれている」
「それって…貴族街と平民街を分けてるあの門?」
「だろうな…」
有無を言わせないやり方だ。無視をしたらあちらには公然とナハトたちを追い詰める理由ができる。貴族相手に断りを入れるわけにもいかず、逃げることも得策ではない。完全に逃げ道を塞いだうえで招待状とはよく言ったものだ。
「どうする…?」
「…どうもこうも、行くしかないだろうな」
しかし気になることがある。確かにナハトは接触があることは予測していたが、もっとこちらを探るような接触のされ方を想像していた。救出した時にディンの意識は確かになかった。その後も目を覚ました様子はなかったし、もしナハトが気付いていなかったとしてもヴァロやアッシュやドラコが気付いたはずだ。
だというのに招待状という事は、明らかにナハトらが隠していることをあちらが知っているという事を指している。問題は、あちらが得た”隠し事が何か”だ。
(「ほんの少し状況が好転したと思ったらすぐこれか…」)
悪い事は続くというが本当にその通りである。ため息が止まらない。
手紙にはナハトだけでなくヴァロの事も書いてある。ナハトは呼びつけられる理由は分かるが、ヴァロには何もないはずだ。だというのに書いてあるという事は、ひょっとしてまたヴァロを巻き込んでしまったかと思う。
「ナハト。俺、巻き込まれてないからね?」
突然そう言われて、ナハトは心の中を読まれたのかと思った。顔を上げれば、同じように手紙を覗き込んでいたヴァロと視線が合う。
「ナハトの事だから自分の事に巻き込んだってまた思ってるかもしれないけど、実は俺の方に用があって、ナハトが巻き込まれた可能性だってなくはないでしょ?」
「いや…ないだろう、それは」
「わかんないよ?だって、監視してたのはナハトに指名依頼を出した貴族じゃなくてディンだし」
そう言われてナハトは瞬いた。ヴァロの言う通り、ナハトたちはディンの姿を確認するまで、自分たちを監視しているのはあの一件で植物の魔術師を探している貴族がつけたものだと思っていた。ディンがその貴族の手の者だという可能性もなくはないが、それにしてはやり方に一貫性が無さすぎる。恐らくではあるが、ディンの主人と指名依頼を出して来た貴族は別だろう。
そう考えればナハトが巻き込まれた側と言うのも考えられなくは―――いや、やはりそんなことは無いだろう。ディンも結局のところギルド長に言われてナハトを監視していたのだから。よくよく思い出してみれば、ギルド長はディンが監視についている事を知らないようであった。という事は、ディンの雇い主は一貫してナハトたちを監視していた可能性がある。
依頼だ襲撃だとやってきた貴族もしつこいが、ディンの雇い主も相当にしつこい。ナハトは首を横に振って、再度ヴァロに言った。
「いいや、ないと思うよ」
「なんで?」
「何故って…ヴァロくんが監視される理由がないだろう?」
「わからないよ?俺たちには分からない理由があるのかも」
それを言われたら大概の事がそうだろう。予測が全く無駄になる事を言われて、ナハトはがっくりと項垂れた。その頭に、笑いを含んだ声が降ってくる。
「とにかく俺が言いたいのは、わからないんだから考えなくていいって事だよ。それでも気になるなら先に言うけど、俺の事情に巻き込んじゃってたらごめんね?手伝ってくれたら嬉しいな」
「君はまたそう軽く…」
「ナハトが考えすぎなんだよ」
ナハトが考えすぎなのかヴァロが考えなさすぎなのか。わからないが、ここで話していても始まらないことは確かだ。一度大きく溜息をつくと、ナハトは顔を上げた。
「わかった、この話はもういい。とにかく、貴族の元へ行くなら服は揃えた方がいいだろう。気は進まないが、フレスカさんへ相談してみよう」
「そうだね。…まだやってるよね?」
「おそらくな。ダメだったらしょうがない。明日の朝一で尋ねてみよう」
そう言って、足早にナハトとヴァロはフレスカの元へと向かった。
夜の内にフレスカを訪ね、翌日の昼過ぎには彼の伝手でなんとかそれなりの物を揃えてもらうことが出来た。さすがにまったく手が入らないというのは無理だったようで特急料金を支払ったが仕方がない。
貴族の元へ行く前にフレスカの元でそれに袖を通し、鏡の前で確認する。
「はぁ…2人ともほんと素敵…」
うっとりと言われ、2人して苦笑いを返す。ぴったりとまではいかないが、見苦しくない程度の余裕を持った一揃えだ。さすがに紙紐は失礼なのでそれなりの装飾が施された髪留めに付け替える。
ナハトは濃い青と白をベースにしたもので、襟と袖、裾に細かい装飾が施されているがかっちりとした印象の服だ。布地が厚いのか少々動き難い。問題はこの格好に武器を装備すると浮く事だが―――こればかりはしょうがないと諦めた。
ヴァロは黒と白をベースにした服装だ。ナハトとデザインは似通っているが、体格がいいだけに良く似合っている。やはり動き難そうに肩回りを動かしている。
「ヴァロちゃんはあと髪ね。あたしがやってあげましょうかぁ~?」
「けけけ結構です!」
「はぁ…。なら私がやろう。そこに座ってくれ」
座ったヴァロの後ろに立って、ナハトは持ってきていた整髪料を手に出した。それを両手で温めて、後ろへ撫でつけるようにする。少量は前髪を作るために残すが、あとは全体的に後ろへ回し整えて行く。
「よし、出来たぞ。なかなか似合うじゃないか」
「あーんもう素敵…!たまらないわぁ…」
「そ、そう…?」
「ギュー!」
照れくさそうに鏡の前で確認するヴァロに、ドラコも満足そうに鳴く。そうしてみれば見た目だけならかなりの色男に見える。しゃべるとぼろが出るが。
それにしても体格が全く違うヴァロとナハトの服を、女性服を専門に扱うフレスカがどうやって入手したのかは定かではない。この格好で歩き回るのは得策じゃないと馬車まで呼んでくれた。慣れているところを見ると、貴族とも多少つながりがあるのかもしれない。
「それじゃぁ行ってらっしゃーい」
「ギュー」
準備が出来ると、送り出されて店を出た。
ドラコはフレスカの元で留守番だ。連れて行くのには危険がある為だが、フレスカは劣等種用の耳や尻尾を作っていることもあって口が堅い。ナッツェを窘めていた言動からも、信用に足る人物だとナハトは認識していた。ディンがいた以上借家に置いておくことも出来なかったため、今回はしょうがなくフレスカに預けたのだ。
門が近づくにつれて妙な緊張感がナハトを襲う。ヴァロも緊張しているのだろう、拳が固く握られている。
貴族門の前には、もう一台馬車が止まっていた。ナハトたちが乗る馬車と違い、装飾が施された貴族が使うためのそれだ。馬車を下りて、門の前にいた騎士に手紙に同封されていた手形を渡す。それに目を通した騎士は、止めてあった馬車に移るよう言ってきた。どうやら先に止まっていたこの馬車は、ナハトたちが乗るよう用意されたものだったらしい。
乗り換えると、業者がこちらの確認をとって馬車を走らせ出した。ごとごとと音を立てて馬車は進む。奥には進まずに東へ進んでいる事からすると、ナハトらに招待状を寄こした人物はそれほど高位の貴族ではないのかもしれない。確認しようにも屋形の窓はふさがれていて外を確認することは出来ないが。
すると、しばらく進んで馬車は止まった。業者から「こちらです」と声がかかり、扉が開けられる。開けたのは執事のようだ。白いものが混じった髪を後ろに撫でつけ、ピンと立った細長い三角耳と、モノクルの向こうから覗く鋭い目が印象的な初老の男だ。扉を開けたまま何も言わない。降りろという事だろうか。
そう思った瞬間、執事は意を決したようにナハトらの足元に何かを置いた。驚いてそれを見るとまさかの枷。カントゥラのギルドの地下でつけられたあの枷とよく似たものだった。
「それをつけなさい」
「なに…?」
「反論は聞きません。早くつけなさい」
害そうというよりは嫌悪感だろうか。そう強く感じさせる押さえつけるような言い方に、ナハトは思わず顔を顰めた。だがここで反発するのは得策ではない。
「わかりました」
何か言いたそうなヴァロを目で制し、ナハトはヴァロに手を出すように言う。重い枷をつけ、あらかじめ傷をつけておいた指を枷の鍵部分に押し当て、自分にも同じように枷をつけた。
それを確認して執事が「降りなさい」と言う。頷いてヴァロが先に降り、問題なさそうな事を確認してナハトもあとへ続いた。
2人が降りると、馬車は行ってしまった。
「こちらへ」
そう言って歩き出してしまった執事の後を、恐る恐るナハトたちも続いた。
ナナリアの屋敷を見た事があったせいか、随分と小さな屋敷だとナハトらは思った。侯爵の館と比べてしまうのもあれだが、平民の家とは作りからして別物だ。全く貧相とか小さいわけではない。おそらく男爵か子爵の下級貴族の屋敷と言ったところだろうか。
(「その割にこの警戒のされようは…」)
廊下は薄暗く、光源は最低限しかない。メイドや他の執事の姿もなく、ナナリアの屋敷にはいた私兵の姿もない。緊張で喉が渇く。
階段を上がり、進んだ突き当りの部屋。扉の下からわずかに光が漏れている。その扉の脇に2人の騎士が立っていた。鎧自体は騎士のそれだが、右手の小手部分に色がついている。薄暗いので分かりにくいが、あれは青色だろうか。
「お連れしました」
執事の声にそちらを向くと、扉の脇に控えていた騎士が扉を開けたところだった。促されてヴァロと共に中へ入り―――驚いた。
そこは窓のない部屋だった。それほど大きくない部屋の中央に向かい合わせになったソファと、その間に背の低いテーブル。ソファの脇にメイドが一人立ち、ナハトらを案内してきた執事もその側へと移動した。ソファにはただ一人少年が座っていて、その少年の傍らにいるのは私兵だろうか、剣を持った男が1人。それと、少年を挟んだ反対側にディンがいる。
「…え…」
ヴァロが思わず驚いた声を上げる。それも無理もない。明らかにこの部屋の中で一番身分が高いのは、ソファに座る少年だ。歳の頃は7歳か8歳と言うところだろうか、無邪気に微笑んでナハトらを見ている。
だが彼の周囲にいる物たちからは、ナハトらに対する明確な敵意を感じた。
周囲のそんな様子を気にもせず、空色の髪に薄い金色の瞳の少年は、そっとソファから下りて口を開いた。
「よく来たね。初めまして、私はコルビアス・ノネア・ビスティア。この国の第三王子だ」
2章でナナリアを助け、屋敷へ招かれましたが、ナハトたちは通常の服のままでした。
侯爵やナナリアは嫌な顔をしませんでしたが、メイドたちはそうはいきません。大半は侯爵が呼んだお客様であるナハトたちを尊重しましたが、そうでないものももちろんいました。
その多くの原因は汚れた服にあります。その為、ナハトはあの後図書館でマナーの本を読み漁りました。実はイーリーにも多少話を聞いてもいます。
今回わざわざ服を用意したのはそのためです。特急料金込みで、2着で金貨までかかっています。高い…




