第31話 弱り目に祟り目
結局その後はナハトの感知がおかしくなったのか、精霊の魔力の気配を感じることが出来なくなってしまった。だがヴィント曰く、一瞬だがナハトと契約した精霊の魔力を強く感じたそうで、何が起きたかはわからないがそう悪い考えではなかったと結論付けられた。
戻る時にはまた蔦の円を潜ったが、何故かナハトは前回ほど気持ち悪さを感じることがなかった。ヴァロもドラコも変わらず気持ち悪そうだが、最初よりは幾らか回復が早い。要は慣れなのだろう。
ヴィントを通してビルケにも報告し、ナハトたちは一度ダンジョンを出る事にした。名前で呼ぶようになったからか、それとも派手にやりあった影響なのか、精霊たちは以前ほど刺々しくナハトたちに対応することは無い。次回来た時に何か変わって居たら教えてほしいと告げ、ナハトたちはダンジョンを後にした。
ルイーゼの元へ行くためギルドの扉を潜るとどうにも中が騒がしい。ダンジョンギルドは冒険者ギルドと違って常に冒険者や職員が走り回っているということは無い。一番忙しいのは冒険者が多く戻ってくる朝方、もしくは夕方で、昼にこれほど騒がしいのは見た事がなかった。だが職員の顔に緊迫した様子はない。何かあったのだろうか。
ナハトは手近な職員を捕まえて声をかけた。
「すみません。何があったのでしょうか?」
「えっ?あっ…冒険者の方ですね。お騒がせして申し訳ありません。実は…先日運び込まれた冒険者の方が姿を消してしまったんです」
「えっ…」
思わずヴァロと顔を見合わせる。それはもしかしなくともディンではないだろうか。あの傷で動けるとは驚きだが、彼が逃げたのならまた面倒な事になりかねない。
無関係を装いつつ情報を引き出すため、ナハトは表情を繕って職員に問いかけた。
「それは大変ですね…。どんな方なんですか?良ければ私たちの方でも探してみましょう」
「あっそれが…」
そう言って職員は一度言葉を切った。言葉を探すように視線をさまよわせ、小声で呟く。
「お手伝いいただけるのはありがたいのですが…その…運び込まれた方が、はっきりしないんです」
やはりディンのようだ。あからさまに驚いたふりをして、話の先を促す。
「対応した職員全員、証言する人相が違っていて…それに、申請がなかったんです。身分証もお持ちではなくて…。だから、どこの誰かもわからないんです」
「それは…困りましたね」
「はい…。なので、探していただくのは無理だと思います。こちらで対応いたしますので…ありがとうございます」
「いえ、お役に立てず申し訳ない」
頭を下げる職員を見送って、階段を登る。登りながら後で話そうとヴァロと視線を合わせた。
ルイーゼの部屋の前には前回と変わらず”邪魔する人は皆殺し”の看板がかかったままだった。まだ籠ったままなのかと少々呆れながら扉をノックする。だが声は返ってこない。
「ルイーゼさん、ナハトです。ダンジョンから戻ってきましたのでお話を…」
突如バンっと扉が開いてしたたかに顔面を打ち付けた。ちかちかする視界によろめくと後ろにいたヴァロが支えてくれる。ドラコの威嚇も無視して、開けた張本人であるルイーゼはいい笑顔で口を開いた
「なんだぁナハトくんたちかぁ!入って入って♪」
「その前に服を…」
またもや下着姿で現れた彼女に、顔を抑えながら辛うじてナハトはそう口にした。
服を着てもらい、盗聴防止の魔道具を起動した。相変わらず中は埃っぽく、ゴミだらけの魔道具だらけで座るところもない。だが今回は報告がメインだ。立ったままでも構わないため、どさりと椅子に座った彼女の前に机を背に寄りかかった。
「それでぇ?どうだったぁ?」
「ルイーゼさんが仰った通り、精霊はダンジョン内の大気に紛れているようです」
「やっぱりねぇ」
「それと、精霊の魔力と私の魔力の性質はほぼ同一のものとみて良いようです。なので、大気中から私の魔力を集めることができれば、精霊を形作ることは可能かもしれません」
ナハトの言葉に、ルイーゼは首を傾げる。
「精霊さんとナハトくんの魔力が同じだってどうして分かったのぉ?」
「それは…契約によるものだそうです。契約すると、魔力の性質は同じになるそうなので」
「何それぇ!おもしろーい♪」
キラキラした目で寄られてそっと押し返す。ヴァロの後ろに隠れて、代わりに彼を押し出しながらナハトは続ける。
「とにかくそういう訳です。それと、私にも何かできないかと精霊と協力して試した事があるのですが、少々不可思議な現象が起きました」
ナハトは精霊の協力で風で魔力を集め、自身の内側から魔力に働きかけた事を説明した。正直なところ自分でもよくわからない為殆ど見たこと、起こったことをそのまま話したのだが、ルイーゼはそれらを興味深そうに聞いて考え込んでしまった。
思考の邪魔をしないよう黙っていたが、しばらくしてルイーゼが口を開いた。
「多分なんだけどぉ…ナハトくんがやった事でその精霊さん、少し変化が出たかもねぇ」
「変化…ですか?」
「そおよぉ」
ルイーゼ曰く、魔力は確かに風で多少纏まっただろうが、それは光った事と特に関係はないらしい。魔力は通常眼に見えないし、そこにあると感じ取ることは出来るが触れたと感じることはできない。精霊の魔力が光った一番の理由は、ナハトが精霊の何かに触れたからだ。内側から。
「光ったって事は何か反応があったはずよぉ。何もなかったのぉ?」
「ヴィントは、魔力が一瞬強くなったと言っていましたが…」
「ヴィント?」
「ああ。あの鳥の体を借りた精霊の名前です。少々呼び難いので名前を付けました」
「へぇ~…それでぇ?他にはぁ?」
他にはと言われて考えるが、特に思い当たるものはなかったと思う。そもそも光った後から、ナハトは精霊の気配を感じとれなくなっていたのだ。ルイーゼの問いに首を傾げて答える。
「私自身は特に何も…。というか、それを行った後からまるで魔力を感じ取れなくなってしまって…」
「あー…それも多分だけどぉ、感覚が麻痺っちゃったんだと思うわぁ。ナハトくんに影響が出るほどぉ、その精霊さんには変化があったってことぉ。本当に何もなかったのぉ?」
いくらそう言われてもナハトにはわからない。ヴァロはどうだったのだろうと見上げると、彼も戸惑った顔で首を傾げた。
「うーん…俺も特には…」
やはりそれらしいものはなかったようだ。ドラコも首を横に振る。
だが突然「あっ」とヴァロが呟いた。
「どうしたんだい?」
「あっ…えっと、気のせいかもしれないんだけど…光った時になんていうか、ナハトから変な感じがしたんだよね」
「…私から?」
頷くヴァロ。変な感じというが、突き詰めて聞いてみるも何とも要領を得ない感じだ。ヴァロにもよく分からない感覚なんだろう。もちろんナハトにも分からない。改めて自分の体を調べてみるも、特にこれといったものは見つからなかった。
だが、ルイーゼは違ったようだ。ヴァロの発言に何やら考え込んだが、顔を上げるとまたナハトに血の提供を求めてきた。何か思いついたらしい。
「次はあたしも入るわぁ。ナハトくんも色々試してくれてるみたいだけどぉ、見た方が早そうだもの」
「…わかりました。では、申請はルイーゼさんの分もしておきます」
「よろしくねぇ」
にっこりと微笑んだルイーゼは、そのまままたナハトたちを部屋から追い出した。やる気なのはいいが、彼女がこの状態という事は―――。
「あっ、また当番よろしくねぇ♪」
「やっぱり…」
閉じて開いた扉からまたそう言われ、ナハトとヴァロはため息をついた。ダンジョン当番の肩代わりは何度目だろうか。とにかくダンジョンギルドの受付で訳を話し、ルイーゼの代わりとして話を聞いた。今回は3日間で、深夜の当番だ。受付の職員ももう何度もナハトらが肩代わりしているのを知っている為、引き継ぎもスムーズだ。
とはいえ逃げ出したディンの事で騒がしい職員にそんな手続きで手間をとらせてしまい、押し付けられたナハトらも被害者なのだが、その理由が理由な為申し訳ない思いでいっぱいになった。
それから3日、立て続けに監視当番についた。同じ時間の当番になったパーティは3日とも知らない者たちであったが特に問題なく終わり、今回の当番の肩代わりでナハトたちの等級が橙に上げられる運びとなった。
ナハトたちは今更等級を上げるつもりはなかったし、何より貴族から目を向けられているかもしれない今は上がらない方が良かったのだが、それはそれ。ダンジョンギルドと冒険者ギルドの規定というのがあるらしい。問題なくダンジョンへ複数回潜る事、魔物の素材を持ち帰る事、ダンジョン当番を複数回こなす事などで黄等級は橙等級に上げられるそうだ。そしてこれは断ることが出来ない。
理由としてはいくつかあるが、一番の理由はダンジョンギルドや冒険者ギルドの信用の為だ。冒険者という生き物は下位冒険者ほど、上昇志向が強い。黄色を超えると落ち着いてくるものも多いが、それでもさらに上へと目指すものは多くいる。その者たちは常に自分たちの等級を上げる機会を狙っているが、そういう者たちに取って、”上がって当然”とみられる冒険者の等級があがらない事はすぐにギルドへの不信につながる。上がって当然の冒険者の等級があがらないのはギルド側に不備があるからで、だから自分たちも等級があがらないのだ!と―――。
そのような面倒ごとを避けるためにも、一応等級ごと明確な基準があるらしい。ナハトらは後になってそれを聞いたが、そういう訳で今回は嫌でも上がるしかないのだ。
「では、こちらの手続きで橙等級への移行手続きは終了です」
久しぶりに冒険者ギルドの応接間に通され、ネーヴェから説明を受けて、カードと石が橙になったバッジを渡された。見慣れた黄色の石が橙になっていて、少々の違和感を感じる。
「なんだかちょっと変な感じだね」
「そうだな」
ヴァロも同じように思っていたようだ。だがバッジをベルトに通すと、それはもういつも通りのバッジに見えた。それに少しだけ笑う。
「ありがとうございます。それでネーヴェさん、少しよろしいでしょうか?」
そう言ってナハトはちらりとネーヴェの背後の魔道具を見た。それですぐに気づいた彼女は断りを入れて立ち上がると、魔道具を持って来て起動させた。
「…お待たせしました」
「ありがとうございます、ネーヴェさん。少々お尋ねしたいのですが…あれから特に動きはありませんか?」
聞きたかったのは貴族や騎士の動きだ。町中で襲撃され、指名依頼でも襲撃され、ナハトたちは襲ってきた者たちを衛士に突き出した。然るべき罰を彼らは受けたはずだが、それを指示した貴族たちの動きがどうなのかナハトたちには分からない。
問われたネーヴェは聞かれると思っていたのだろう。頷いて、口を開いた。
「結論から申し上げますと、ナハト様へ向けての動きはありません。ウィストル様も先日復帰されましたが、そちらも今のところ何もございません」
「ナハトへ向けてのって事は…」
「はい。実は2度目の指名依頼を受けた方がいらっしゃいます」
ネーヴェの言葉に、ナハトは静かに拳を握り込んだ。という事は、ナハトへの疑いの目はそちらへ向いたという事だろう。
それはナハトにとっては僥倖だが、かわりに2度目の指名依頼を受けた者たちにとってはたまったものではない。分かっているが、名乗り出るわけにはいかないのだ。申し訳ないという思いはもちろんある。だが、大掛かりな貴族の企みをどうにか出来るほどの実力はナハトにはなく、どう巻き込まれるかも分からない。劣等種で、千年前に精霊と契約したただ一人の魔術師で、精霊とも深いかかわりがあって―――と、ナハトには探られて困る事しかない。万が一にもそれで王族の後継者争いなんかに巻き込まれたら、本当に死ぬかもしれない。そうなれば精霊界がどうなるかわからないのだ。
ぐっと何かを飲み込んだ様子のナハトを、ネーヴェは不安と受け取ったようだ。柔らかく微笑んで続ける。
「積極的に探りを入れるわけにもいきませんので、あくまでわたくしが情報を集めた限りですが…。ジャレッタに一組銅等級の魔術師の方がいらっしゃり、噂によるとこの方の元を騎士様が訪ねたそうです。それ以上のことは、わかりません」
「そうでしたか…。教えていただいて、ありがとうございます」
礼を言って、ナハトらは冒険者ギルドを出た。
昼過ぎにギルドを訪ねたが、外はもう暗くなり始めている。冷たい風に追い立てられるように、少々急ぎ足で借家へと向かった。
鍵を開け、扉を開けて中へ入る。雪を払ってリビングへ向かい―――ナハトは突然後ろへ引っ張られた。さすがに耐えきれなかったのか、ドラコが首に尻尾を巻き付けてきて堪える。何だと思う間も無く、腰に回った腕でヴァロに引っ張られたのだと気づいた。同時に、ヴァロの視線の先にある人影にも。
「…ごめん、ナハト。外から気づかなかった」
「私も気づかなかったのだからお互い様だ。それより…」
部屋の中は暗く、人影にも濃い影が落ちてシルエットしかわからない。背の高い、おそらく男だろう。動かず、こちらをじっと見つめている。
「…何者だ」
敵意は感じない。
だが、わざわざ家の中で待つなど敵ではないならば変質者だ。問いかけに答えず、人影が一歩進み出た。それにすぐさまヴァロが前に出て場所を入れ替える。ヴァロの背中越しに男を見ながら、ナハトは再度口を開いた。
「動くな。答えないならば、敵とみなして攻撃する」
指を切り裂き魔力をこめると、人影は足を止めた。
その時、雲が晴れて月が顔を出した。カーテンの隙間から光が差し込み、人影を照らす。
「…おまえは…!」
そこにいたのは、ダンジョンギルドから逃げて行方のわからなくなっていた"ディン"だった。
因みに赤以上の等級の上げ方は、目に見える実績と該当等級の依頼の複数達成、それとギルド補佐以上かもしくはさらに上の等級の推薦が必要です。
フェルグス達やアンバスは、赤以上の依頼を達成して、尚且つ胴等級以上の冒険者の推薦を受けて現在の等級になっています。




