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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第三章
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第25話 感じた視線

 ダンジョンから出たら一度ルイーゼの部屋へ行くことにした。ダンジョン内ではナハトは基本集中していたし、ヴァロも索敵を中心に行っていた為、精霊とルイーゼの話をすべて聞いてはいなかったからだ。おかしな話になってはいないと思うが、無用なトラブルにならないようきちんと内容を共有しておく必要がある。なにより、欲しい魔道具についての話を詰める必要があるからだ。

 上機嫌でスキップしながら歩くルイーゼの後を急ぎ足で追いかけていると、ナハトは突然ヴァロに腕を引かれた。背中に隠すようにされ、驚いて当たりの気配を探る。気付いたルイーゼもすぐに辺りを見回した。


「ど、どうしたのぉ!?」

「何か感じたのかね?」

「ごめん、今一瞬視線が…」


 ヴァロの視線の先には巨木を覆う城壁の壁。そんな場所に人がいればすぐわかるはずだが―――。ナハトもルイーゼも城壁の方の気配を探るが、特に不審なものは感じない。

「気のせいじゃないのぉ?」と言うルイーゼの言葉に、ヴァロはゆっくりと首を振った。


「確かに、一瞬視線を感じたよ。すぐ無くなっちゃったけど…」


 ヴァロが視線を感じたというのだから、見られていたのは確実なのだろう。一瞬というところも怪しい。おそらく視線の主は気付かれると思わなかったのだ。だが実際は気付かれ、慌てて逃げて身を隠した。

もう気配を追えない事からしても、見ていた相手は相当の実力者である事は確実だ。もしかしたらまた、ナハトたちの知らないところで何かが動き出しているのかもしれない。ギルド長の時のように―――。


「と、とりあえずあたしの部屋へ行きましょぅ?」


 ルイーゼに促されて、全員でルイーゼの部屋へと向かった。

 部屋に入るとカーテンを閉め、念のため持ち歩いていた盗聴防止の魔道具を起動する。


「もう、気配は感じないかい?」

「…うん、大丈夫だと思う」

「うーん…まだナハトくんたち疑われてるのかもねぇ…」


 ルイーゼが言いたいのは、貴族に疑われているのではないかという事だ。2度も襲撃があり依頼も達成したが、やはりノジェスにいる植物の魔術師としてナハトとウィストルは特別に見られているのかもしれない。

 最初に起こした魔術がここまで足を引っ張るとは思ってもみなかったが、それは今考えてもしょうがない事だ。一旦目が離れたという事で無視し、必要な話に戻る。


「とりあえず話を進めるわねぇ。あたしが精霊さんから聞いた話をまとめると、見えない、触れない、姿がない状態の精霊さんを、そのすべてを満たした状態に出来ないか…ってことであってるぅ?」

「合っています。私は契約した精霊の存在を漠然と感じることは出来るのですが、ある程度近づくと気配が消えてしまうのです。その事から、ダンジョン内の魔力に溶けている状態なのかと思っています」


 ルイーゼが頷いて口を開く。


「うんうん、多分そうだと思うわぁ。あたしも話を聞いてまずそう思ったもの。それにぃ、ナハトくんは魔力を通さない魔道具を使ってるでしょう?あれってつまりぃ、魔力を内側に入れないようにずっと外向きに弾き飛ばしているような状態なのよぉ」


 それを聞いて納得した。目的の気配にある程度の距離まで近づくと気配が消えるのは、そう言う理由だったのだ。どおりで何度繰り返しても気配が消えたわけである。知らなかったとはいえ何度も弾き飛ばしてしまったまだ見ぬ精霊に、ナハトはほんの少し申し訳ない気持ちになった。


「見えないものを形にするっているのが、どうやってぇ!?って思ったんだけどぉ…ちょーっと触らせてもらったり色々調べたら、多分だけど精霊さんたちの体ってほとんどが魔力みたいなのぉ」


 さらっととんでもない事を言われて顔を上げる。いつの間にそんな事をしていたのだろうか。と言うか、よく触らせたなと思う。


「いつそんな事を?」

「野営の時よぉ。別に変な事はしてないわぁ。鳥は実体があったしぃ、精霊さんは鳥から出て来てくれなかったけど、鳥の口借りてしゃべってたでしょう?あれって、レフトゥームに似てるじゃない?」


 レフトゥームと言うのは、霧状の魔獣の事だ。汚染された大気に魔力が加わって魔獣化し、獣や、意志が弱い人間の体を借りて暴れる特徴を持つ。そう言われれば確かに似ていなくもない。

 それに―――。


「そういえば、私を襲った靄状の精霊は実体がありませんでしたね」

「でしょう?だから、そうなのかなぁって。でねぇ、その場合だったら、上手く目的の精霊さんの魔力だけ集めたら、元の姿に戻れるんじゃないかなぁって思ったのよぉ」

「なるほど…」


 確かにそれが出来れば精霊としての形を取り戻すことが出来るかもしれない。あの精霊の口調から言って、実体があるのは確実なのだ。

 この様子だと、ルイーゼは魔道具の構想はある程度できているようだ。出来上がれば、もう少し前進できるかもしれないと淡い期待が湧く。そんな事を思っていると、ルイーゼがぽつりと呟いた。


「本当はあたしも契約?っていうの試してみたかったなぁ…」

「それは…召喚の魔法陣がないから無理でしょうね」

「…あれぇ?」


 ナハトの返答に、ルイーゼが不思議そうに首を傾げた。どうしたのかと問いかけると、首を傾げたまま口を開く。


「ん~?精霊さん、今はその必要がないからしないって言ってたわよぉ?」

「……え…?」


 必要がないとはどういう意味だろう。それではまるで、精霊側が人間と契約したみたいではないか。


「魔法陣とかなしで出来ないかなぁと思って聞いたから、そう言われて残念だったのよねぇ」

「そ、そうでしたか…」


 辛うじてそう言葉を返し、拳を握る。どういうことだろうか。”人間が精霊と契約して魔術を使う”、”精霊の力を借りて魔術を行使する”。それが、ナハトの知る契約と精霊との関係だ。必要と言うのは―――ここには当てはまらない。

 ルイーゼの話を聞いて、ナハトの方が精霊に聞きたいことが出来てしまった。出て来てしまった以上すぐには無理だが、次に入った時には絶対に聞こうと頭に刻み込んだ。


「いっぱい勉強になって面白かったわぁ♪魔道具たくさん作っちゃうわよぉ…!」

「よろしくお願いします」

「次に入るまでにできるかはわからないけどぉ、一応誘ってねぇ?キャンセルはいつでもできるはずだから♪」

「わかりました」


 ナハトはそう言って、ヴァロとドラコと共にダンジョンギルドを後にした。



 少々急ぎ足で帰宅し、盗聴防止の魔道具を起動する。リビングの机を囲んで何か感じるかと再度ヴァロに問いかけると、なんとも頼りない答えが返ってきた。


「ごめん、何かはっきりと話わからないんだけど…こう、首の後ろがムズムズする感じはする」

「…すまない。よくわからないんだが…それはつまり、何かは感じているという事かね?」

「…多分…」


 ナハトにはもうさっぱりその気配は分からないが、ヴァロが言うならば確かにこちらを見ている者がいるのだろう。気色の悪い感覚に、ギルド長の時の監視者の事が思い出される。


(「…いや、まさかな…」)


 一瞬頭をよぎったそれを振り払い、とにかく監視されている可能性があるから気をつけようという話になった。

 出かけるのも面倒だったので、夕食はダンジョンに持って行った食材で適当に済ませることにした。交互に風呂に入り、さっぱりしたところで夕食を並べる。パンとスープ、それとドラコ用の生肉にヴァロ用の干し肉と野菜を炒めたもの、それとイジビカと言う果物だ。

 食べ始めてしばらくすると、そういえばとヴァロが問いかけて来た。念のため一旦待てと手で制し、盗聴防止の魔道具を起動する。


「それで、どうしたんだい?」

「えっと…今回、精霊の気配?っていうやつ、遠すぎて辿れなかったでしょ?よく考えたらダンジョン内って広いし、今後もあると思うんだよね」

「まぁ、そうだな…」

「どうするのがいいかなあって思って…。転移の魔法陣借りて、他のダンジョンから入ってみる?」

「ふむ…」


 ナハトもそれについて考えていなかったわけではない。

 正直なところ、ダンジョン内は広すぎて全然探索が出来ないのだ。その昔様々な検証が成され、ダンジョン内全体の広さを量ったことがあるという。多大な犠牲の元成し遂げたそれによれば、安全に行ける範囲は騎獣を使っても全体の10分の1ほどだという。中心付近などは人がどうやっても絶対にたどり着けない場所であるし、ましてや別のダンジョンの出口へ向かってそこから出るなんてことはとてもじゃないが出来ない。今回のように気配が遠すぎれば、ナハトたちにはどうにもできないのだ。

 だからと言って、その度に転移の魔法陣を使うというのもない話である。


「転移の魔法陣の利用申請をして、許可が下り、その後移動してさらに冒険者ギルドとダンジョンギルドへ登録。そこまでして初めてそのダンジョンへ入る資格を経て、申請、許可を待って…ふふ、入るのにどれだけの時間がかかるだろうね?」

「あー…そっか…。それに、いざ入るってなった時に、そこから気配を感じるかはわからないもんね…」

「その通りだ」

「残念…」


 ドラコが元気を出せと、自分の分の果物を少しヴァロの皿にのせてやる。それに礼を言いながら、ヴァロは再度口を開いた。


「何か、素早く移動できる方法とかないかな?精霊の力を借りて、風で押してもらうとか」

「精霊の力…」


 呟いて、ナハトは手を止めた。精霊の力を借りるなど申し訳なさや罪の意識でまったく考え付かなかった。ヴァロは己のことを頭が悪いと言うが、ナハトは頭が固すぎるきらいがある。だからヴァロのこういう柔軟さには気付かされるところも多い。


「…ナハト?」

「ふふ、君にはたまに本当に驚かされるな」

「それって…褒めてる?」

「もちろん」


 微笑むと、ヴァロは照れたように頭をかいた。次回入った時には、精霊にその話もしてみようと思う。また精霊の怒りを買う可能性もなくはないが、効率よく確実に探すためだ。話してみるくらいは良いかもしれない。

 スープを口にしながら、ナハトはそう思った。




 翌日、ナハトはコツコツと窓を叩く音で目を覚ました。時計を見るとまだ早朝で、ドラコもヴァロもよく寝ている。起こさないようにそっとベッドから抜け出し窓へ向かうと、いつか見た紙の鳥が窓を叩いていた。


(「…ルイーゼさんか?」)


 窓を開けて受け取ると、鳥はまた一枚の紙になった。差出人はやはりルイーゼで、血が必要だから訪ねてほしいと書いてあった。


(「以前も血は渡したというのに…」)


 とはいえルイーゼがいると言うのだから、魔道具に使うものであることは確かだ。血くらいなら命に関わらない程度いくら渡しても構わない。もう一眠りして起きたら行こうと、ナハトはあくびをしながらヴァロのベッドの横を通り―――過ぎれなかった。


「わっ!?」


 くんと右手が引かれ、あっという間に視界が反転した。何が起きたかと目を瞬かせると、ヴァロのベッドに押し倒されたような状態になっていた。ヴァロは寝ぼけているのかナハトに覆いかぶさるような状態で、左手は完全にベッドへ押さえつけられている。


「…に……くの…?」

「ヴァロくん?」


 問いかけると、ヴァロは泣きそうに顔を歪めて再度呟いた。耳をそば立てて、やっと聞き取る。


「どこに、行くの?」


 ナハトは目を見開いた。どうやらヴァロとドラコのために離れようとしたことが、彼の寂しさを存分に刺激してしまったらしい。もしくは、今日感じた視線か―――。

 どちらにせよ、彼の不安が表に出た形になったのだろう。


(「本当に子供のようだな…」)


 ナハトは薄く微笑んで、ヴァロの頬へ手を伸ばした。撫でながら、呟く。


「どこにも行かないよ」

「…本当に?」

「ああ」

「…嘘ついたら…閉じ込めるから…」


 寝ぼけた顔で中々恐ろしいことを言う。どうせ覚えてはいないだろうと、ナハトは「好きにすればいい」と呟いた。それでやっと安心したのか、ヴァロはそのまま倒れ込んだ。正確にはナハトの上に。


「…ぐぇ…」


 潰れたカエルのような声が出てしまったが、気分はまんまそのカエルだった。ヴァロは筋肉質な上に大柄でかなり重く、ナハトの何倍も体重があるのだ。このままどいてもらえなければ確実に圧死する。


「ぐっ…くっ…!」


 眠っているとはいえ意識がないのとは違う。自分の上から何とかどかそうともがいていると、ヴァロがころりと寝返りを打った。そのおかげで何とか圧死を逃れることができた。残るはヴァロの右手だけである。

 だがその右手はガッチリとナハトの肩を抱いていて、押しても引いても外れなかった。指一本一本動かせばいけそうだが、片手では到底剥がせそうもない。


「…ヴァロくん。ヴァロくん…!」


 ナハトのベッドで眠るドラコを起こさないように声をかけてゆするが、彼の瞼は動かずまったく起きそうにない。先ほどの動きは何だったのかと疑いたくなるほどぐっすりだ。


「はぁ…流石に同衾は良くないと思うんだがな…」


 魔術を使えば外せるだろうが、それだとどうしても荒っぽくなる。それに攻撃と判断されて反撃されたら流石にどうしようもない。

 散々考えて―――。


(「…仕方がない。彼が起きるまで待つか…」)


 後2時間もすれば起床時刻だ。それまで瞑想でもしていようかとナハトは目を閉じた。

 だが密着するヴァロの体は思いのほか暖かく、気がつくと眠ってしまっていた。


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