第24話 ルイーゼの協力
やはり我慢が出来なかったようで、翌日ルイーゼが押しかけて来た。朝一番で来なかっただけ、彼女にとっては気を使ったつもりなのだろう。リビングに通して盗聴防止の魔道具を起動し、お茶を出してナハトたちも座った。先にお茶に口をつけると、ルイーゼは挨拶もそこそこに立ち上がって口を開いた。
「それでぇ!どんな面白いことが起きてるのぉ!?」
興奮気味のルイーゼに、とりあえず座るよう促す。
話す内容は昨日の内に決めておいた。もう一度ダンジョンに入った理由などはすっ飛ばし、特定の精霊を探さなければならないというところのみを伝え協力を仰ぐつもりだからである。
理由としてはいくつかある。まず一つに、ルイーゼは魔術や魔道具に関する知見が深い。今回ダンジョンに潜って分かったが、探す精霊が明確な形を成していない以上、どうやって契約の解除をしたらいいのかがわからない。探せと言うのだから、探し出せばなんとかなるのかとも思っていたが、近づけば消えてしまう気配では結局どうにもできないのだ。鳥の口を借りた精霊も、最後まで探せとしか言わなかった。ならば、彼女の知識や道具を頼るのも一つの手だろう。
もう一つは野営時の見張りだ。常に精霊が近くにいる為魔物に襲われることはそう多くないが、それでも0ではない。睡眠時には見張りが必要だが、集中を切らさないようにナハトが十分な睡眠をとると、どうしてもそのつけはヴァロへ行く。ヴァロの負担を軽くするためにも、もう一人仲間は必要だった。ルイーゼ本人にいろいろ問題はあるが、興味がない事にはとことん無関心というところも、取り込むにはある意味使いやすい。
ルイーゼが座ったのを確認すると、ナハトは口を開いた。
「どこからお話ししましょうか…ああ、その前に。ルイーゼさんはまだ私を人ではないとお思いですか?」
「え!?えーっと…そ、そんなことは無いわよぉ?ただ、精霊って文献にないし…あの後また閉架書庫に忍び込んだけどやっぱりそんな記述はないし…変だなぁって思うけどぉ…」
「そうですか…。ではそこまでして私たちに何をお尋ねしたいのですか?精霊の存在を信じてもらえないのでしたら、私たちのお話はルイーゼさんには理解が及ばないのかもしれません。ひょっとして、未知のものへの興味はあるけれど、信じたくない…と言うところでしょうか?ですがそれでは、こちらとしても全てをお話しするにはいきませんね。…どうしましょうか?」
少々意地悪だが、精霊の存在を疑われては説明がしずらい。それに、ナハトが弱っていた時に変な疑いをかけて来た事を実は根に持っていたのだ。にっこり笑いかけてそう言うと、先ほどまでの勢いはどうしたのかむっとした顔で視線を逸らす。
「わーかったわよぉ。ゴメンナサイ!精霊の事もちゃんと聞くから、教えてくーだーさーいー!」
「よろしいでしょう。では、お話させていただきますね」
案の定、ルイーゼはある程度説明を省いても、彼女の琴線に触れない範囲では興味を示さなかった。その為、ナハトと契約した精霊との契約を破棄しなければならない事。それを、精霊側から求められている事。契約した精霊の姿が見えず、どこにいるのかが漠然としかわからない事などを伝えた。そして、可能ならルイーゼに手伝ってもらいたいという事も。
ルイーゼは興味津々で聞き入り、質問を返してくる。精霊の姿は見れたのか、戦ったのか、ルイーゼでも契約は出来るのか、会わせろなどなど―――。
精霊の姿についてや戦った事などは言わなかった。ダンジョンの中に入れば、あの鳥の体を借りた精霊や薄靄の精霊とは会うかもしれないが、最初にナハトに言葉をかけたあの精霊とはもう会うことは無いだろう。ならば、そこもわざわざ説明する必要はない。
「ねえねえ!あたしもその精霊に会って、色々お話聞きたいんだけどぉ!」
「残念ですが、再許可が下りるのをお待ちください。私たちは出て来たばかりですから」
「えぇ~!?ナハトちゃんは入れるじゃない!」
「何言ってるんですか!?絶対にダメです!」
ぷくりと頬を膨らませたルイーゼに、ヴァロがきっぱりと言う。庇うように前に立たれて思わず苦笑いを浮かべた。ドラコまで机の上で威嚇をしている。
「わ、わかったわよぉ…。もう、ヴァロちゃんたちは本当にナハトちゃんの事となると怖いんだから…」
「先ほどお話した通り、可能ならルイーゼさんにお手伝いいただきたいと思っています。次回入る時にご協力いただけるなら、もちろん精霊ともお話しできる機会を作ることは出来ます。…それでいかがですか?」
「んー…!我慢は好きじゃないんだけどぉ…しょうがないわねぇ。それじゃぁ申請の時にあたしの名前もよろしくねぇ?」
「はい」
納得してくれた様子のルイーゼに、念のためいくつかの注意を伝える。精霊の話を外でむやみやたらにしない事。精霊と話をしたいなら、まずナハトに許可を取る事。これには彼女は反発したが、ルイーゼがいつもの調子で精霊に押しかけたら戦いになりかねない。あちらは恐ろしく気が短いうえに、人間界の者を下に見ているきらいがある。必要だから話は通すが、本当ならあまり大事にはしたくないのだ。
了解したという言質を取り、ほっとして送り出した。ルイーゼは色々作るんだと張り切ってすっ飛んでいく。
その様子を見て少し不安になるがしょうがない。それはヴァロも同じのようで、本当にいいのかと問いかけて来る。
「まあ、大丈夫だろう。先に精霊の方へ伝えておくことはあるが、どちらにしろ、姿が見えない精霊を探すのは簡単じゃない。彼女にはいずれ手伝ってもらうことになっていただろうからね」
「ナハトの魔道具の事もあるから、すごい人なのは分かるんだけどね…。ちょっと苦手なんだよなぁ」
「ギュー」
同意するように鳴いたドラコを撫でて、ヴァロはそう呟いた。
申請を出してまた数日。その間に時間を見つけてはヴァロはフェルグスとの鍛錬に出かけ、時折ナハトも混ぜてもらいながら、図書館へ通ったり、瞑想したりと忙しく過ごしていた。
一度気配の感覚を掴んだからか、ナハトは自分の中の魔力の奥に自分以外の何かを感じることが出来るようになっていた。はっきりとその感覚をつかむまではいかないが、繰り返せばもう少し何かわかるかもしれないと、空き時間には瞑想を続けている。
指名依頼の際の襲撃者たちの話も聞きに行った。衛士に預けた襲撃者たちはみんな金で雇われた者らしく、ほとんどが犯罪を犯して冒険者をクビになったもの達らしい。しかも以前の等級は強いもので黄等級。なるほど、ナハトが手間取ったのも頷けた。
大した情報は何も得られなかったが、襲われる理由に想像がついている為これで襲撃が収まればいいと思う。
数日後、ダンジョンへの許可が下り、ナハトたは約束の時間にダンジョンギルドを訪れた。
「やーっっと!待ちに待った日だわぁ!さぁさぁ早くぅー!」
「わかりましたから、少し落ち着いてください」
引き摺られるように連れていかれ、魔道具を起動させて入り口をくぐる。全員そろったのを確認して、ナハトはルイーゼに向かって口を開いた。
「約束を忘れていませんね?」
「わかってるわぁ。ちゃーんと、ナハトくんの言うとおりにするから」
少々の不安を感じながらも通路を抜けると、スキップしながらルイーゼが追いかけて来た。
そしてナハトの腰から勝手に飛び出して来たアッシュに目を輝かせ、飛んできた鳥に首を傾げる。あれこれ質問したそうなルイーゼを手で制し、以前と同じように少し離れた森の中へ降りた。すぐさま鳥の口を借りて精霊が口を開く。
「なんだそれは…」
「わぁ!鳥が喋ったぁ!」
目を輝かせてずんずん近づいて来るルイーゼに、精霊は顔をひきつらせた。変なものを見たような顔で、ナハトの肩へ降りて来る。
ナハトは慌ててヴァロへ指示を出した。
「ヴァロくん、悪いが精霊と話がしたい。彼女を押さえておいてくれないか?」
「わかった」
「ちょ、ちょっとぉ!?」
騒ぐルイーゼをヴァロに託し、声が届かない距離まで移動する。逃げるように付いてきたアッシュに一瞬視線を向けると、精霊は再び問いかけて来た。
「なんだあれは」
「仲間…のようなものです。前回、仰いましたよね?私と契約した精霊は消えてしまったと」
「ああ…」
「気配をたどっても、気配が消えて移動してしまう。それを何とかしようと、彼女を呼んだのです。彼女は魔道具の作成に長けていますので…」
「まどう、ぐ…?」
初めて聞く言葉と言うように呟く精霊に、ナハトは念のため魔道具の説明をした。理解できたかはわからないが、前回の状態を如何にかしようとして呼んだという事は伝わったようだ。
だが、精霊は嫌そうに顔をゆがめて呟く。
「我は、あれは好かない。近寄らせるな」
「それは分かりますが…魔道具を作るにあたっての質問には、答えていただく必要があります。どうしても嫌な時は必ず止めますので、どうかお許し願いたい」
「……面倒な…」
「それと…」
ナハトは一度言葉をきって、僅かに目を伏せた。訝しんだ様子の精霊に、口を開く。
「私が千年前の人間であること、それと、それに関する事は言わないでいただけないでしょうか?」
「ほぉ…保身だな?」
にやりと笑った精霊にナハトはもう一度目を閉じる。
「なんとでも思ってください。ですが、人間界では精霊に関しての記述は絶えて久しいのです。彼女には口止めしていますが、必要以上の知識を与えてそれが外で漏れた時、こちらにどんな影響が出るかはわかりません」
ナハトの言いたいことが伝わったのか、精霊は面倒だと呟きながらも頷いた。
「……なるほど。肝に銘じよう」
「ありがとうございます」
話しを終えて元の場所へ戻ると、ルイーゼは頬を膨らませて座り込んでいた。
かなり機嫌を損ねたらしいが、精霊が近くの木の上に降りると、すぐさま目を輝かせて立ち上がる。このままではここでいろいろな質問をしかねない。
ナハトはとりあえずここから移動をしようと、ルイーゼに声をかけた。
「ルイーゼさん、とりあえず質問は待ってください。前回精霊の気配を感じたところへ移動したら、そこで少し時間が出来ます。そこでお願いします」
「んもぅ…わかったわぁ」
全員騎獣に跨り、前回最後に気配を感じた場所まで移動する。そこは南へ2時間ほど進んだところだ。
空中で止まり、また、ヴァロにドラコを預かってもらう。その間にルイーゼは少し離れた位置で精霊への質問タイムだ。双方に忠告はしたし、精霊も自分たちが不利になるようなことは言わないだろう。
ナハトはまたアッシュに声をかけ、目を閉じた。自分の中の魔力に集中し、前回感じた気配を追って間隔を広げて行く。だが―――。
(「…おかしい。前回感じた気配を感じない…」)
前回はすぐに薄く気配を感じ、そこからどんどんその気配を追っていったのだが―――今日は、その薄い気配も感じない。ナハトは意識を外へ向けた。遠く遠く意識を広げて行くと、漠然と西の方から気配を感じる。そんな、気がする。
「…どうだ?」
疲れた様子の精霊がナハトに問いかけて来た。その後ろではまだルイーゼが喋り続けている。
「前回ほどはっきりしません。もしかしたら、かなり遠いのかもしれません」
だが、行ってみるしかない。その気配を頼りに騎獣を走らせた。1日たち、もう一度辿ってみるがやはり気配は遠い。更にもう1日かけて気配をたどるが、どれだけ進んでもその気配に近づいた気がしない。
どうやら、気配の源はかなり離れた場所にあるようだ。これ以上は、とても行って帰ってこれる距離ではない。今回も何も出来なかった事に、罪悪感が募る。ナハトは俯いて口を開いた。
「…今回は、ここまでですね」
「……仕方あるまい」
驚くことに同意したのは精霊だった。鳥なのに疲れ切った様子で、ナハトの肩に降り立つ。
「必要な事はあれにすべて話した。あとは、任せた」
「あ、ああ…」
バサバサと音を立てて精霊は行ってしまった。精霊でもルイーゼの相手はよほど疲れたらしい。残念だと呟くルイーゼは、精霊とは反対にツヤツヤしている。
「…ちょっとだけ、精霊に同情したよ…」
「ギュー…」
苦笑いを浮かべるヴァロに同意して、ナハトたちは急ぎ足で出口へと向かった。




