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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第三章
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第23話 精霊を探せ

 気が抜けたのか、翌日ナハトは丸一日眠り続けた。起きてからは食事もきちんととり、まだ多少顔色は悪いが、体調は大分よさそうだ。ドラコもヴァロもたくさん食べて良く眠り、特にドラコはここ数日の寂しさを埋めるかのようにナハトにべったりだ。

 ダンジョンへ入る許可も下りた。今日から2日後と、ダンジョンを出てから少々時間がかかったのは、連続でギリギリまで潜ったからだろう。次はもう少し余裕を持って出た方が効率がいいかもしれない。

 空いた1日はまたゆっくり休み、もう1日はダンジョンへ潜る準備と、先日のお礼を兼ねてフェルグスたちを食事に誘うことにした。因みに場所はこの借家である。

 本当は少し良い店での食事を提案したのだが、どうやらヴァロがナハトの料理を褒めたらしく、礼と言うなら作ってくれと頼まれたのだ。何品かはリクエストをもらっていたこともあって、ナハトは昼過ぎからは仕込みに入っている。


「お酒買ってきたよ」

「ああ、ありがとう」


 酒類を受け取って氷室に入れ、その間にパンを焼く。更にフェルグスたちは肉もよく食べる為、漬け込んでいた肉にも火を通し始めた。香ばしさもある甘じょっぱい匂いに、ドラコの鼻がひくひく動く。

 それらが全て出来上がりリビングのテーブルに並べていると、時間通りにノックの音が響いた。開けた扉の向こうにはフェルグス達3人。手土産を持ち上げてにかりと笑う。


「よっ!」

「皆さん、お越し下さりありがとうございます。準備は出来ていますので、中へどうぞ」

「だろうと思った。外までいい匂いがしてるからな」


 手土産を受け取りリビングへと誘導する。受け取った手土産をヴァロへ預けると、ナハトは3人に向き直って頭を下げた。


「皆さん…その…。ご迷惑をおかけして、すみませんでした」


 ヴァロから、ナハトが知らない間にフェルグスたちに散々世話になったと聞いた。事実ナハトもナッツェに連れ出されたし、フェルグスとクルムは依頼も受けずにずっとヴァロとドラコを鍛えてくれていたそうだ。他にも、ダンジョンを出てから気にかけてくれていたと聞いて、本当に頭が下がる思いだった。

 下げた頭に、ぽすりと手が乗る。


「そういう時は、ありがとうって言うもんだぜ?」

「そうだね」

「そうそう、そんなに気にしなくて大丈夫よ」


 フェルグスたちの柔らかい声が降ってくる。頭に乗った手の感触が、カルストに撫でられた時を思い起こさせてじんわりと胸が暖かく感じた。それと、昨日の誰かさんのせいで少々涙腺も緩んでいるらしい。気恥ずかしくなって顔を上げ、ありがとうございますと言って微笑んだ。

 ナハトとしてはいつも通り微笑んだつもりだったのだが―――。


「…ど、どうされたんですか…?」


 ナッツェが顔を覆って蹲っている。ヴァロまで視線を逸らし、フェルグスとクルムは苦笑いだ。どうしたのかと首を傾げると、フェルグスはなんとも言い難そうに頭を掻きながら口を開いた。


「まぁ…なんだ。ナハトはいつもそうやって笑ってた方がいいかもな」

「何言ってんのよフェルグス!そんな事したら変なのが湧きまくっちゃうじゃない!!」

「変なの…ナッツェみたいな?」

「クルム…アナタ、何でもないような顔して言うじゃないの…」

「…は?」


 ぎゃんぎゃん吠えるナッツェをクルムが押しとどめている。ぼそぼそ喋っているので良く聞こえないが、彼はそのまま放置でいいらしい。

 ならばさっそく食事にしようと、ナハトはこの場をヴァロに任せて酒と氷を取りに戻った。各人好きな酒をグラスに注ぎ、持ち上げる。ナハトは酒を止められたため果実水だ。


「それじゃ!ナハトちゃんとヴァロちゃんとドラコちゃんの仲直りを祝して…」

「何でナッツェが仕切ってんだ?」

「アンタいちいちうるさいわよ!…カンパーイ♪」


 高い音がしてグラス同士がぶつかった。

 食事会と言うより宴会と言う感じだ。借家とは言え、ナハトたちは一軒家を2人で使っている。ベッドの数からいっても本来は4人用の家である為リビングはかなりの広さがあり、大人5人が大騒ぎしてもかなりゆったりと使える。酒もたくさん用意したし、食事も十分用意した。楽しんでもらえると嬉しい。

 少々作りすぎたくらいだと思っていたのに、1時間もすると、8割がた皿が空いた状態になっていた。本当によく食べるものだ。正直なところ、良い店でもないこんな食事が御礼になるのかと思っていたが、皆随分とリラックスした様子で、これでよかったのだとナハトは思った。好きなように飲み食いし、話し、カードゲームなども交え、深夜に解散した。

 がらんとしたリビングに小さく息を吐くと、ため息を聞きつけたヴァロがすぐさまやってくる。


「ナハト、疲れたでしょ?まだ本調子じゃないし、片付けは…」

「待て待て、ヴァロくん。今のはそう言うため息ではないよ」


 不思議そうに首を傾げるヴァロに思わず笑う。本当に疲れたわけではない。いや、正確に言うなら多少疲れてはいるが、先ほどのため息はほんの少し寂しさを感じたからだ。

 ナハトが暮らしていた―――千年前は、食事は静かに行うものだった。多少の会話はあっても、店や祭りでもなく自宅で大騒ぎすることは今までにない経験だった。だからだろうか、静かになった部屋が少しだけ寂しく感じたのは。

 だがそんな事を口にするのは恥ずかしい。やはり少し疲れた事にして、器類とゴミだけを簡単にまとめた。あとは、明日片付けることにする。

 風呂に入り、並んだベッドに横になった。ドラコが枕元で丸くなり、低いチェストを挟んだ隣にあるベッドに横になったヴァロと目が合った。


「おやすみ、ナハト」

「ギュー」

「ああ。ドラコ、ヴァロくん、おやすみ…」


 それが妙に気恥ずかしく、ナハトは笑って目を閉じた。




 翌日ダンジョンギルドへ向かうと、ダンジョンとギルドを繋ぐ扉の前に仁王立ちになったルイーゼがいた。いつからいたのか分からないが、ナハト達を見てものすごい速さで距離を詰めてきた。ナハトへと伸びた手を慌ててヴァロが捕まえると標的はヴァロへと移ったようだ。ジロリと睨みつけられ、一瞬たじろぐ。


「…何でぇ、2人共ダンジョンに入ってるのぉ?…あたしの知らない、何か面白い事でもあったのぉ?ねぇ…」


 いつもの間伸びした喋り方だが、なんとも言えない威圧感がある。半ば脅しのようなそれにどう答えようかと思案していると、慌てた様子の職員がカウンターの向こうから駆けてきた。


「ちょ、ちょっとルイーゼ…様!何してやがるんですかあなたは!!」

「尋問よぉ」

「尋問て…あなた今日当番でしょう!?早く持ち場に戻ってくださいよ!」


 どうやら当番を放ってこちらに来たようだ。相変わらずのやりたい放題である。

 半泣きの職員は、ヴァロの手からルイーゼの両手をもぎ取り引っ張った。ずるずる引きずられながらも当のルイーゼはこちらに視線を向けたまま拗ねたような顔で口を突き出している。


「あんなに手伝ってあげたのに…ちょーっと酷いんじゃないのかなぁ?」


 確かにルイーゼにはたくさん手伝ってもらったが、全て対価は払い済みだ。フェルグス達に言われるならばしょうがないが、ルイーゼには文句を言われる謂れはない。大方、自分の知らない間に何かしら状況が動いた事が許せないのだろう。

 幸いな事に、ルイーゼは職員の手を振り解くほどの力はないようだ。魔術を使うと流石に問題になる為じたばたしている。行くなら今のうちだろう。ナハトはヴァロの後ろから出て、ルイーゼにそっと呟いた。


「気が向いたら、薄靄の仲間が教えてくれるかもしれませんね」

「…え…?き、聞いてたのぉ…?」


 先日、ルイーゼに言われたそれを囁くと、彼女の勢いが減退した。その隙にさっさとダンジョンへ向かう。


「何を言ったの?」

「なに、ちょっとした意地悪だ。それより、中に入ったらその場で待っていてくれないか?」

「…?わかった」


 不思議そうな顔をするヴァロだったが、頷いて、虹色の入り口へと向かった。それを見送ってナハトも魔道具を起動し、ドラコに声をかけて中へ入る。通り抜けた先はいつも通り、木のうろの中のような少し広い空間だ。後から来る人の邪魔にならないよう横に避けて、ナハトは先に来ていたヴァロに声をかけた。

 不安そうな顔でこちらを見ている。それに少しだけ笑って、ナハトはヴァロの頬を引っ張った。


「…へ?」

「なんて顔してるんだ。あれだけ恥をさらしておいて、今さら君たちの事をどうしようとは思わないよ」

「う…うん」


 頬から手を離し、少し屈んでもらうよう頼む。あまり大きな声では話せないが、空洞の中なので声が響いてしまうのだ。近くなったヴァロの耳元に口を寄せてしゃべりだす。


「先に伝えておこうと思ってね…。言っておくと、私は前回のような無理をするつもりはもう無い。だが、契約の破棄は必ず行わなければならない事だと思っている。だから今後も出来る限り精霊の言う事は聞くし、こちらからも多少の提案はしてみるつもりだ。だから君も、精霊が私を悪しざまに言っても反発しないでくれ」

「それは…努力するよ。だけど、契約を破棄したらナハトは魔術が…」

「それを気にしてくれるのは嬉しいが、両方の世界の為にも私と精霊との契約は破棄した方がいい」

「両方の…?」


 何故人間界の事も関係するのかと、ヴァロは首を傾げた。その様子に、ナハトは頷いて続ける。


「精霊が言っていたろう?世界樹から人間界へ魔力を送っていると。そして、人間界の結界はもう張りなおすことは出来ないとも。という事は、精霊界の魔力量が直接人間界にも影響するというわけだ。もしまた私に何かあって、魔力を取り込み続けることになってみろ。そうなれば両方の世界に魔力が溢れ、人間界が精霊界の中ほどの魔力に覆われる可能性だってあるんだ」

「そ、そうなったら…」

「ああ。優等種は残らず獣化、劣等種も…何が起こるかはわからないが、碌な結果にはならないだろう」


 今すぐそうなるわけではない。だが確かにナハトの言う事も、精霊があそこまでナハトに強要する理由も分かった。しかし、それをしたらナハトは魔術が使えなくなる可能性がある。それはどうするつもりなのだろうか。

 そう問いかけると、ナハトは薄く笑って口を開いた。


「それは、その時に考えるよ」



 話しを終えて外へ出ると、前回と同様アッシュが腰の魔石から飛び出して来た。飛び出してきたがこちらを伺うような様子で、首を傾げて見上げて来る。恐る恐ると言った様子で近づいて来るのを見て、先日の騒ぎを彼なりに気にしているのだと気が付いた。

 微笑んで片膝をつき両手を広げると、アッシュはすぐさま飛びついてきた。


「わっ…!ちょ、アッシュ!」

「ギュァー!!」


 そのままの勢いで仰向けに押し倒され、顔中べろべろ舐められた。肩にいたドラコも一緒によだれまみれである。嬉しさを全身で表してくれるのはうれしいが、そろそろやめてほしい。顔がべたべただ。それを見たヴァロは爆笑していて助けてくれそうにない。後で覚えておくといい。

 その時、ばさばさと羽ばたく音が聞こえてアッシュの背に一羽の鳥がおりて来た。精霊が乗り移っているあの鳥だ。そちらに意識が移り、ナハトとドラコはやっとのことでアッシュの下から這い出した。

 ヴァロの手を借りて立ち上がると、鳥は不満そうに首を振って飛び立った。少し高い位置にとどまりながらこちらを見下ろしている。どうやらついて来いと言っているようだ。

 すぐに軽く顔を拭ってアッシュの背に乗ると、ヴァロも騎獣を出して飛び乗った。鳥に案内されるままついて行き、入り口から少し離れた森の中へ降りると、鳥はナハ一言「遅い」と呟いた。


「…遅いとは、どういうことでしょう?」

「言葉通りだ。おまえは3日で入れるようになると言ったはずだ。しかも今回は5日で出たのだ。翌日には入れたものを…8日も何をしていた。遅すぎる」


 精霊は外の事などわからない。だからギルドの事も、どのような仕組みで冒険者が出入りしているかも知らないのだろう。説明するのは面倒だが、出入りするたびに小言を言われるのも面倒だ。ナハトは仕方なく精霊に説明をする事にした。


「人間には人間の都合とルールがあります。外にはギルドと呼ばれる組織があり、その組織がここへの入出を管理しています。ギルドでは、ここへの滞在は5日が限界で、出た後は同じ期間の休息を言い渡されます。これは強制です。そこからさらに申請を出し、許可されてやっと再度ここへ来ることが出来るのです」

「なんだそれは…。我々はそんなものを許してはいない」

「精霊界ではなく人間界のルールですから、あなた方の許しは関係ありません」


 ピリッと空気に緊張が走る。

 すると、どこからともなく周囲に薄靄状態の精霊が複数集まってきた。まさか脅すつもりだろうか。ヴァロとアッシュがナハトを庇うように、薄靄の精霊との間で拳を構えた。威嚇し出したドラコを撫でてナハトは口を開く。


「…なんのつもりかわかりませんが、これは私たちにはどうにもできない話です。私たちはこのルールを厳守しなければ、ここへ来ることが出来ません」

「知らぬ」

「…私は契約の破棄が出来るよう努めます。ですが、ここへの入出はどうにもならないのです。どれだけかかろうとも、必ず成し遂げます。ですから、期間に関しては呑んでいただきたい」

「……」


 ゆらゆらと薄靄の精霊たちが揺れた。怒りを買ったのか、周囲の魔力が歪んでいる。だが、こればかりは本当にどうにもできないのだ。

 しばらく精霊を見つめていると、鳥の体を借りた精霊が大きく鳴いた。それと同時に、薄靄の精霊たちが空気に溶け込むように消えて行く。どうやら納得してくれたらしい。

 ほっと息を吐くと、ヴァロも構えを解いて振り返った。安心したのも束の間、精霊はナハトの左肩、ドラコと反対側に降りけたたましく鳴く。


「ならば一刻も無駄にするな。探せ」

「その前に、まだ話があります」


 むしろここからが本題だ。だがナハトがそう言うと精霊は大いに腹を立てたようだ。バサバサと両翼を羽ばたかせ、彼の怒りを表すかのように魔力が膨れ上がり、周囲の森が揺れて突風が吹き荒れた。

 慌ててドラコを抱え、庇ってきたヴァロとアッシュごと植物で覆う。


「随分とお怒りのようだ…」

「これで話なんて出来るの?」

「…しないと、先に進めないからね」


 これはより効率良く精霊を探すために必要な話なのだ。精霊は"探せ""感じろ"としか言わないのだから、彼らにはそれ以外の方法の提案ができないという事だ。もちろんナハトが出来るならばそれでいいが、それを出来るようになるにはかなりの時間を要する可能性がある。努力はするが、ある程度効率良く出来るならその方がいいはずだ。

 自分達を覆う植物の外側に強い風を感じながら、ナハトは声を張り上げた。


「話を聞いて欲しい!契約した精霊を効率良く探すための提案をしたいだけだ!どうか、怒りを収めてほしい!」


 精霊に声が届くかは分からなかったが、しばらくして少しずつ風がおさまってきたようだった。恐る恐る魔術を解くと、不機嫌を全面に押し出した精霊が横倒しになった木の上に降りてきた。


「…話せ」

「提案の前に、一つ確認させてください。あなた方は契約した精霊を探せと言いますが、あなた方では見つけられない理由があるのですか?」

「…あ、確かに…」


 ヴァロが呟く。話を聞いたばかりの時は混乱していた全く気づかなかったが、そもそも不可解なのだ。精霊に精霊を探せと言われるなど。精霊の方が同族を探すのに長けているはずなのに、感じろだとか、契約を辿れだとか、まるでその精霊の姿が見えないかのような―――感じ取れないかのような言い方だ。

 ナハトの問いに、精霊は忌々しいと言いながらも答えた。


「…おまえと契約した精霊は、膨大な魔力にさらされて消えた…」

「消え…?え、だけど探せって…」

「どう言うことでしょうか?もう少し分かりやすくお願いします」

「……」


 精霊は苛立ちながらも言葉を続けた。それによると、最初に魔力が逆流した時、膨大な魔力に耐えきれず精霊は消えた。文字通り消えたそうだ。時折気配を僅かに感じることはあるらしいがそれも曖昧で、見えず、感じず、わからないらしい。しかし、ナハトとその精霊との契約は確実に続いていて、精霊にしかわからないが、ナハトからはその精霊の気配を感じるとの事だ。


「…なるほど…」


 呟いて、ナハトは目を閉じた。これでナハトに探せと言い続ける理由が理解できた。ならば次は―――。


「では、最近魔力の逆流が起きた場所へ案内してください」

「…なに…?」


 驚いた顔の精霊に、ナハトは続ける。


「ここ一年以内に、2度ほどあったのではないですか?魔力の逆流が」

「…おまえ…」

「ナハト、どういうこと?」

「私から魔力が逆流したと話していただろう?私は目覚めてから2度、魔力過多になった。ならばその時に、こちらでは魔力の逆流が起きたはずだ。たとえ姿が見えなくても、それはそこに精霊がいたという証拠になる。闇雲に探すよりも、効率はいいはずだ」

「…あ…」


 ちらりと視線を向けると精霊は低く唸った。腹を立てている理由はわかる。ナハトから魔力が逆流したと言うことは、その魔力に晒されて魔物化した精霊が出たということだ。ユニコーンの時と、ここへ足を踏み入れた時と。

 加害者が偉そうに喋っていると思っているのだろう。分かるが、今は抑えてほしい。早く契約した精霊を探すためにも。


「どうか、教えて下さい」


 ナハトが頭を下げると、精霊はまた大きく鳴いて飛び立った。どうやら案内してくれるようだ。

 ヴァロと頷きあって、すぐさま騎獣に跨って追いかけた。向かった先は出口のすぐ近く。巨木の出入り口が見えるくらいの場所だ。


(「なるほど…。ダンジョンを出てすぐ魔物が出て来たのは、そもそも場所が近かったからか…」)


 精霊はここだと言うように数度旋回すると、そのままナハトの肩に降り立った。


「2度目はここだ。1度目は、おまえたちの言う時間内では届かない場所だ」

「わかりました。ならば、ここで気配を感じ取れるか試してみます。アッシュ」

「ニャア」


 声をかけると、アッシュは心得たとばかりに精霊が旋回した場所へと飛んだ。ヴァロに周囲の索敵を任せ、目を閉じる。

 自分の中の魔力を感じ取り、それをさらに細かく感じられるよう集中する。そして今度は、周囲に自分の中に感じるものと近しいものがないかを探った。自分自身の魔力や気配と似過ぎてわからないだけかと思ったからだ。

 そうして数時間そこに滞在したが、それでもやはり気配も魔力も感じることはできなかった。

 一度休憩のためにその場を移動すると、案の定精霊は恨み言を口にした。


「あれだけ大口を叩いておいて、何もわからずじまいとは…おまえは、反省すらしていないのか」

「な…!おまえ…!」

「ヴァロくん!」


 精霊につかみかかろうとしたヴァロに、ナハトは慌てて手を伸ばして引き留めた。効率的と言う言葉を口にしたのに何の成果も上げられなかったのだから、文句を言われてもしょうがない。そう視線を向けると、ヴァロは1度強く目を閉じて、握っていた拳を開いた。代わりにナハトの手を取って強く頷く。


「…大丈夫。ナハトならきっと、感じ取れるよ」

「…ああ」

「あ、そうだ。ドラコ、俺の肩においでよ」

「ギュ?」

「その方が集中できるでしょ?」


 それはそうかもしれない。ドラコが頷いたのを見て、ヴァロはドラコに手を伸ばした。その手にドラコは大人しく移り、とことこと肩まで移動する。それを確認すると、ヴァロは今度は精霊へと向き直った。こちらを見たまま渋い顔をした精霊に向かって口を開く。


「…ナハトの邪魔しないように離れてよ」

「……」


 ヴァロの言葉に、精霊は無言で羽ばたいた。



 また先ほどの場所へ移動し、ナハトは目を閉じた。精霊は少し離れたところでこちらを見ていて、アッシュも安定した状態で静止してくれている。


(「…闇雲に探すよりは、絶対に効率がいいはずなんだ。何か、感じ取らないと…」)


 全身をめぐる魔力に意識を集中する。自分の魔力、周囲に漂う精霊界の魔力―――。

 どのくらいそうしていただろうか。頬を伝った汗がぽたりとアッシュの上に落ちた。瞬間、不思議な感覚がした。アッシュから波紋のようにナハトの魔力が広がり、近くにあるはずのアッシュの気配を遠くに感じた。


(「…いや、似てるだけで違う。…なんだ、これは…」)


 目を開けたナハトに、精霊が「どうだ」と問いかけて来た。これが契約した精霊のものかはわからないが、初めて感じた自分以外の、精霊とは違う魔力の気配。まったく関係がないものとは思えない。


「…あちらに、何かを感じました」

「そうか…!」


 やっと見つけた手がかりに精霊が興奮した声を上げた。ヴァロに頷いて、ナハトを先頭にそちらへ向かって移動する。向かった先は出入り口から西にしばらく進んだところだ。僅かに感じた気配なため慎重に進み、ある程度進んだところで―――ナハトはアッシュを止めた。呆然と、空を見つめる。


「どうした?」

「…気配が…消えた」

「なに…?」


 僅かに感じた不可思議な気配は、風に吹かれた塵のように消えてしまった。見つかった喜びから叩き落とされ、精霊の怒声が響く。


「探せ!」


 言われずとももちろんそのつもりだ。目を閉じて集中すると、一度感じた気配はすぐに見つけることができた。だがそれは、そこからさらに西の方。あまりに遠いが、確かにかなり先の方から感じる。


「あちらの方だ。かなり先から感じる」

「…何だと!?おまえ、嘘をついたのか!」


 憤慨した様子の精霊を振り返る。


「嘘ではない!先ほどは確かにこの辺りから感じたんだ。それより…ヴァロくん!少し飛ばすぞ!」

「わかった!」


 また気配が移動してはたまらない。ナハトはアッシュに声をかけて急いで空を駆けた。だが、そこから先はまったくうまくいかなかった。

 辿り着いた気配はまた霧散して消え、しばらくして別の場所で感じると言うのを繰り返し―――それは、翌日も、翌々日も、滞在時間ギリギリになっても何も変わらなかった。同じような場所をぐるぐる回り、それ以上の成果は得られなかった。


「この状態でまた我らに待てと言うのか…!」

「それは申し訳ないと思っています。ですが、待っていただくしかありません。こちらも、何か他の手を考えてみますから…」


 憤慨する精霊を何とか宥め、虹色の出口をくぐる。

 冷気が肌を刺すのと同時に、今一番会いたくない人物が仁王立ちしていた。


「待ってたわよぉ!」

「…ルイーゼさん…」


 疲れ切っているところでルイーゼの相手は本当にしんどい。あちらは元気一杯のようだが、こちらは疲労困憊だ。


「近いうちに必ずお話ししますから」

「えぇぇ?んもう、ずっと待ってたのにまだ待てって言うのぉ?」


 つい先ほど精霊から聞いたセリフをルイーゼからも聞いて、ナハトとヴァロは大きくため息をついた。とにかく今は、一刻も早く帰りたい。

 ルイーゼが聞きたいのは完全に彼女の都合であるし、ここで付き合う理由もない。しつこく話をしたがるルイーゼも宥めて、何とか2人は帰宅した。


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