第21話 ぶつかる思い
流石に借家に帰り着くとナハトも大人しくなった。振り回したから酔っただけかもしれないが、ベッドの上に下ろすと苛立ちをぶつけるように突き飛ばされる。
だが、ナハトの方がはるかに軽いため跳ね返り、それに慌てて手を伸ばした。しかしナハトはそのヴァロの手を掴むと、拳を振り上げ―――そのまま下ろして布団をかぶってしまった。刺激しないよう今日は別の部屋にいようと、ヴァロはドラコと共に寝室を出た。
ナハトもヴァロもドラコも、酷く疲れていた。精霊がナハトへ無理を強要するから、ナハトがヴァロたちを置いて行こうとするから、そうならないようヴァロたちも同じように動いていた。精霊には睡眠の概念がないようで、そのせいで睡眠は最低限。魔物と出会う事は精霊が近くにいるせいか特になかったが、それでも皆強い緊張感で疲れ切っていた。
「ギュー…」
「大丈夫だよ。いくらナハトが冷静でなくても、ダンジョンから出た以上、許可が下りるまではどうしようもない事はわかってるはずだから」
不安そうに見上げてきたドラコにそう言うと、彼は寂しそうな顔でナハトのいる部屋を振り返った。その背をそっと撫でてやる。
ナハトは今、たくさんの情報と、おかれた現状、精霊からの恨み―――そんなもので混乱しているのだ。投げやりになってもいるようだが、それもしっかりと休めば、いつも通りとはいかなくともマシにはなるはずである。
「今日は、俺たちもしっかり休もう。ごはん…は、俺ちゃんと作れないから、買ってこようね」
「ギュー」
ヴァロは先に風呂に入り身ぎれいにすると、食事を買ってくると扉越しに声をかけて家を出た。
その足音が遠ざかるのを聞きながらナハトは体を起こした。ふらふらと部屋を出てリビングへ行くと、机の上に水差しに入った果実水が置いてある。ヴァロがわざわざ用意してから出て行ったようだが、そんな気遣いまでが腹立たしくてしょうがない。
それには手を付けず、キッチンで代わりに水を飲んだ。そうすると今度はどうしようもなく悲しくなって涙が止まらなくなった。
いったい、どうすればよかったのだろうか。死にたくなかった。だから逃げて、何とか助かろうと思って行動した。全て自分が死にたくなくて動いた結果だった。そのせいで、一緒にいたドラコを巻き込んで、暴力を振るいたくないというヴァロを巻き込んで、そこまでして分かったことは、世界をこんな形に歪めてしまったという罪に恨み、憎しみ―――。
「私はなんて…事を…」
死にたくなかった。今も死にたくはない、そう思っている。あれほどの恨みを見せられて、死んでいればと言われて、だけどそれでも―――ドラコが一緒にいたあの時に、死んでいればよかったとは思えなかった。
(「…私じゃない、もっと優しい人に拾ってもらえばよかったのに…」)
今さらドラコの事をそんな風に思っても何も解決しない。それは分かっているが、そう思わずにはいられなかった。後悔ばかりが去来し、頭を埋め尽くしていく。その後悔を拭う為の精霊との契約の破棄すら、上手く行えない自分に吐き気がする。なんて役立たずで、汚い人間なんだろう。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
謝罪に返ってくる声はない。それでも、口に出さずにはいられなかった。
トントンと言うノックの音で、ヴァロは目が覚めた。時計を見ると昼前を指している。
昨日は食事を買ってきて、ドラコと食べてすぐに寝てしまったが、その時はまだ昼過ぎだった。丸々1日近く寝ていたことになる。
まだ眠っているドラコを起こさないようベッドから降りてリビングへ向かう。そこにはナハトに買ってきたスープを置いておいたのだが手つかずのままだ。果実水も減っておらず、口をつけた様子はない。
またトントンと音がして慌てて覗き窓から外を窺うと、それに気づいたノックの主が手を振ってきた。
「ナッツェさん…?」
「おはよう、ヴァロちゃん」
扉を開けると、ナッツェがにこりと微笑んだ。ひらひらと手を振る彼に、どうしたのかと問いかけた。
するとナッツェは少し驚いた顔をして口を開く。
「どうしたのはこっちの台詞よ。アナタ達、フレスカのところに頼んだもの取りに行ってないでしょう?」
「頼んだもの…あっ」
「…その様子だと、忘れてたのね」
色々あったためにすっかり忘れていた。
耳と尻尾の作成をフレスカに依頼していたが、約束の2週間はとっくに過ぎている。いつまでたっても取りに来ないため、ナッツェが呼びに来たという話だった。
「パッと見た感じだけど、とってもいい出来だったわよ。今日時間あるなら、これから一緒に行かない?」
「え、えっと…」
ちらりと寝室の方を振り返る。
取りに行った方がいいのは確実だが、ナハトの具合はどうだろうか。少しは落ち着いたと思うが、あんな事があったのだ。熱もあるかもしれないし、食事もとっていないのだから様子も見たい。
ヴァロの様子に何かを感じたのか、ナッツェがにっこり笑って口を開く。
「2時間後に迎えに来るわ。それまでに準備しておいてね」
「えっ!?ちょっ、ナッツェさん!?」
「じゃぁね~♪」
ひらひらと手を振ってナッツェは行ってしまった。勝手に決められてしまったがとにかくナハトに知らせなければならない。フレスカに頼んだものはナハトの耳と尻尾なのだから、今日取りに行くにしろ行かないにしろ、勝手に決めては良くないだろう。
扉を閉めて、寝室の前に立つ。少々緊張しながらノックすると、部屋の中にあった気配が動いた。開けようとして―――そのまま手を下ろす。そのまま扉越しにヴァロは声をかけた。
「ナハト、起きてる?今ナッツェさんが来たんだけど…」
「……聞こえていたよ。…準備をするから…」
小さく掠れて聞こえる声は、まったくと言っていいほど覇気がなかった。「入ってもいい?」と声をかけてみるも中から返事はない。ならばとドアノブに手をかけて、鍵がかけられている事に気が付いた。それにわかりやすく拒絶を感じて、俯く。
「…ナハト。少しでいいから、姿を見せてくれない?」
せめて、怪我の具合くらいは確認したい。熱だってあるかもしれないのだ。”力になりたい”、”助けになりたい”と、そうヴァロは思っているが、ナハトからは苛立った気配が返ってくるだけ。
ヴァロは小さく息を吐いて、扉から離れた。
「…俺、ドラコと少し外に出てくるから」
そう声をかけたが、やはり部屋の中から返事はない。
今はそっと見守るのがいいのだろう。だが、せめて食事だけはと、もう一度ノックをして口を開いた。
「お腹空いてないかもしれないけど、リビングにナハトの好きなスープあるから。温めておくから、それだけでも食べてね」
返事も何も返っては来ない。ここにいてもナハトが出てこないだろうと判断して、ヴァロはドラコを連れて外へ出た。
2時間後、時間通りにナッツェはまた訪ねてきた。
寝室から出てきたナハトは、少々隈があるものの驚くほどいつも通りの顔だ。髪も服もきっちりと整えられていて、薄く笑顔を浮かべている。
いつもナハトの肩にいるドラコは、今日はヴァロの肩の上だ。「ギュー…」と悲しそうな声が聞こえて、思わずその背を撫でる。それに気づいているはずなのにナハトはこちらを見ようとせず、ナッツェに向かって口を開いた。
「お待たせしました、ナッツェさん」
「こんにちは、ナハトちゃん。あら?少しお疲れかしら?」
「ええ、少しだけ」
そう言って笑うナハトは本当にいつも通りだった。まるで、ダンジョン内での事が夢かと思うほど、その表情からは後ろ向きなものは何も感じ取れない。
それは、フレスカのところに行っても同じだった。出来上がりの商品を確認して、どうだろうかと声をかけてきた。丸一日ぶりに目を見て声をかけられ、こちらの頭が混乱する。散々慌ててやっと出てきた言葉が―――。
「い、良いと思うよ?」
これではヴァロの方がよほど挙動不審だ。ドラコが肩でため息をつくのが聞こえる。
「そうだろう?フレスカさん、とても良いものをありがとうございます。それと、取りに来るのが遅くなってすみませんでした」
「いいのよ。冒険者って忙しいものね。気に入ってくれてよかったわ」
その後は定期的なメンテナンスについての話をして店を出た。作ってもらった耳と尻尾には、劣等種の匂いを誤魔化す仕組みが組み込まれている事もあって、長くても半年に一度は必要だそうだ。冒険者という荒事を生業にしているなら、1ヶ月に1度がオススメらしい。
店を出て大通りまで歩く。前回ナッツェと別れたところまで行くと、ナハトはナッツェを振り返って軽く頭を下げた。
「今日は、わざわざお知らせくださってありがとうございます」
「いいのよー。アタシも暇していたしね」
「それでは、私はここで失礼します」
ナハトはそう言って、歩いて行ってしまった。慌ててヴァロもナッツェに挨拶して追おうとしたが、その手を後ろから掴まれてしまった。くんとつんのめって振り返ると、ナッツェが笑顔でヴァロの腕に絡みついている。
「な、ナッツェさん…?」
「ンフフ♪ヴァロちゃんとドラコちゃんはアタシとちょっとお話ししましょう?」
「え!?あの、すいません、俺…!」
急がないとナハトが行ってしまう。こちらをまったく振り返らないナハトは、どんどん人ごみに紛れて行く。勝手にダンジョンへ行くことは無いだろうが、襲撃者に2度も襲われているのだ。今一人にするのは絶対に良くない。
ナハトを見ながら腕を外そうとするヴァロに、ナッツェが小さな声で囁く。
「大丈夫よ。ナハトちゃんにはクルムがついてるから」
「…え…?」
「さあ、行きましょう♪とーっても可愛いケーキを置いてるお店があるの!」
「あ、あああのちょっと…!?」
「ギュー!?」
魔術師なのに何という力だろう。引っ張られた拍子にバランスを崩したドラコを抱え、借家とは違う方向へ連れていかれてしまった。
それにクルムがついているというのもどういうことだろう。まさか、ヴァロと引き離す代わりにナハトを見ていてくれるという事だろうか。視線を向けるとウィンクが返ってくる。どうやらそういう事らしい。
(「でも、なんで…?それに、どこに連れて行くつもりなんだろう…」)
可愛いケーキと言うのがもう不穏な響きでしかない。ナッツェは可愛いものが大好きで、そんな彼が行きたい店など十中八九女性向けの店に違いない。第一、そんな事をしている暇はヴァロにはないのだが―――どんな力で握っているのか、この腕を外すには結構な力がいる。
引き摺られるように連れていかれた店は、外観は思っていたよりも普通だった。煉瓦作りの建物で、中にいる人の年齢層もばらばらである。
「さあ、どうぞ」
ナッツェが扉を開けると、カランとベルが鳴って給仕の人が出て来た。2階へと促され、よく磨かれた階段を登っていく。
中は高級感のある作りになっていて、静かな音楽とその雰囲気がとても良く合っている店だった。どうやら1階は1人から2人ほどの少人数で他愛のないおしゃべりをしたり、本を読んだりと自由に出来る場のようで、静かだが楽しそうな声が聞こえる。2階は相談事に使われる場のようだ。箱型に覆われた半個室のような形の席が並んでいて、入り口に外から見えないようカーテンが引かれている。
その1つにナッツェが入った。どうぞと勧められ、そわそわしながらヴァロも座った。
「それで、どうしたの?」
ケーキと紅茶が来るのを待って、ナッツェがそう切り出してきた。ペット用のケーキという物もあって、ドラコの前にも置かれている。確かに可愛らしいケーキだが、こんなものを食べていていいのだろうか。ナハトが一人で苦しんでいるというのに―――。
「ナハトちゃんと、喧嘩した?」
「…喧嘩……」
喧嘩なら良かった。喧嘩なら一方通行ではないから、それが例え暴言であったとしてもいい。今の状態よりは。
ヴァロはしばらくおいて「違います」とだけ口にした。なんと言ったらいいのかわからないし、どこまで言っていいものかもわからない。何より余計な事を言って、これ以上ナハトに負担をかけたくはないというのが一番だ。
だが正直なところ、ヴァロはナハトにどう対応したらいいのかわからなくなっていた。ナハトの力になりたいのに、当の本人がそれを拒否する。ダンジョンから連れ出した時も暴れ、あれから会話すらしようとしない。数日後にダンジョンへ入る許可が下りれば、今度こそナハトはヴァロを振り切っていってしまうだろう。だがそれを、何と相談すればいいのだろうか。
そんなヴァロの様子に、ナッツェは首を傾げる。
「喧嘩じゃないの?」
「えっと…」
困っていると、ドラコがヴァロを見上げて来た。ずっと一緒であったナハトに撫でてもらえず、一緒にいることも許されずとても寂しそうだ。心配している気持ちが伝わらないというのも、とても辛い。
ヴァロはドラコを撫でると、ゆっくりと口を開いた。
「…ナハトに…とても、辛い事があったんです。何があったかはちょっと言えないんですけど…。ナハトはそれにとても責任を感じてて、一人でどうにかしようとするんです。俺に…俺たちに出来ることがあるかは、わからないんですけど…だけど、俺たちは、ナハトを手伝いたい。それなのに…」
ナッツェは静かに聞いてくれる。薄くに耳に届く喧噪や音楽が心地よく、気持ちが少しだけ穏やかになっていく。
「ナハトは、俺たちを遠ざけようとするんです。顔を合わせようとしないし…ご飯も、食べなくて…。無視して、酷い事も言うし…。そこまでして離れたくなるほど、俺たちは、足手まといなのかなっ…て。…一緒に、いたくないのかなって…」
「…それは、危ない事なの?」
「…はい」
「そう…。ヴァロちゃん、強いのにね」
そんなナッツェの言葉に、ヴァロは思わず笑う。「どうしたの?」と問われて、慌てて「すみません」と口にして、俯いた。強いと言われるなんて、あの頃では考えられなかった。
ナハトと出会ってまだ1年もたっていないというのに、村にいた頃が何だか懐かしく思う。
「…俺、いじめられてたんです」
「え、小さい頃ってこと?」
少し驚いた様子のナッツェに、ヴァロは首を横に振る。
「いえ…1年も前じゃないです。冒険者になる前、俺は村にいた俺よりも年下の奴に酷い虐めを受けてて…それを、ナハトが助けてくれたんです」
「そうなの」
「はい…。何も出来なかった俺に体の使い方を教えてくれて…。元気づけてくれて
、叱ってくれて…」
「いっぱい、助けてもらったのね」
頷く。たくさん助けてもらった。いじめられていた時もそうだし、その後も―――貴族との時だって、ナハトがいなければ死んでいたかもしれない。足を引っ張ってしまった事など数えきれない。出来ないと言って困らせた事もあるが、ナハトは許してくれた。一緒にいたいと言ったヴァロの言葉に頷いて、ここまで連れて来てくれて、成長させてくれたのだ。
だが、ヴァロはナハトに何を返せただろう。
「最初は、俺がダメな時を知ってるから…。だから、頼ってくれないのかなって思ったんです。だけど…今は、俺も強くなって、出来ることも増えた。前よりはずっと、戦えるようになったのに…ついて来るなって言うんです。おいて行かないって、約束もしたのに…」
くすりと笑った声が聞こえて、ヴァロは顔を上げた。優しい顔で笑うナッツェと目が合い、首を傾げる。
「あの…?」
「愛されてるわね」
「え…?あ、愛…?」
言われている意味が分からず戸惑う。そんなヴァロにナッツェは頷き、笑って続ける。
「アタシがヴァロちゃんたちを誘ったのは、昨日アナタ達がダンジョンから出て来たところを見かけたからなの」
昨日、ナッツェ達は用があってダンジョンギルドを訪れていた。その際に、ダンジョンの出口で騒ぐナハトとヴァロを見かけたのだ。すぐに周囲の視線に気づいてナハトは黙ってしまったが、らしくない口調でヴァロにまくしたてる姿には驚いたものだ。何より、2人とも憔悴しているように見えた。フレスカに知らせてくれるよう頼まれていたのもあったが、それを見たから今日声をかけたのだ。
「ナハトちゃんの首の怪我の事もあったし、様子がおかしかったから心配だったの。だけどいざ会いに行ってみたら、ナハトちゃんいつも通りじゃない?ヴァロちゃんの方が挙動不審で…」
「それは…はい…」
「ナハトちゃんにとって、アタシやフレスカは弱さを見せたくない相手なのよ。だけどヴァロちゃんとドラコちゃんは、そこまでなりふりかまわなくなるほど、遠ざけたい相手なのよ」
そうなのだろうか。確かに、ナハトが不機嫌な様子を見せたのは、ヴァロとドラコといた時だけ。ダンジョンを出るまでは暴れていたが、次に暴れたのは借家に帰ってからだ。
だけれど―――。
「腑に落ちないって顔ね」
「…はい。だって、全然話をしてくれないんです。力になりたいって言ってるのに無視で、帰れとか来るなとか、そういう事しか言わないんです。今は、それすらもないけど…」
「それは悲しいわね」
頷く。だが、ナッツェは「だけど」と続ける。
「悲しいのはナハトちゃんもだと思うわ。何があって、ナハトちゃんがそこまでするのかはわからないけど…それは危ない事だって、言ってたわよね?」
「はい…」
「なら、その危ない事にアナタ達を巻き込みたくないのよ。ナハトちゃんが責任を感じている事なら、それはヴァロちゃんにもドラコちゃんにも関係がない事なんでしょう?そんなものに、大事な2人を巻き込めない。巻き込みたくない。だから…無視して、酷いこと言って、嫌われようとしているのね」
”嫌われようとしている”その言葉は妙にしっくりきて、ヴァロは目を見開いた。ナハトは、精霊がドラコの口を使う事に怒り、言うことを聞かないなら2度とダンジョンに来ないとまで言っていた。あれほど言いなりになって精霊を探していたのにだ。ヴァロに拘束された時だって、手が使えずとも足でヴァロを攻撃して逃げることは出来たはずだ。踵にあった仕込みナイフは他の部位よりも大きい為、暴れられればさすがにヴァロも手を離さざるを得なかったかもしれない。なのに―――。
ヴァロは拳を握りこんだ。本当にそう思ってくれているなら頼ってほしかった。助けてほしいと、手伝ってと言ってほしかった。やっと人相手にも戦えるようになって、魔力の扱いも、少しだが覚えることが出来たのに。
(「このままじゃ駄目だ」)
ナハトに納得してもらわなければ、一緒にいることを良しとしてもらわなければならない。嫌われようとしているなら、絶対嫌ってなどやるものか。
ヴァロは顔を上げると、ナッツェに問いかけた。
「…ナハトの力になるには、納得してもらう為には、俺は何が出来るでしょうか?」
「そうねぇ…そこはもう、意地のぶつかり合い。戦うしかないと思うわ」
「え…」
「だって、遠ざけたいナハトちゃんと、一緒に行きたいヴァロちゃんとドラコちゃん。ナハトちゃん頑固そうだもの…絶対折れないでしょ?」
「それは…はい…」
「なら、戦うしかないわよね」
ナッツェはそう言って、すっかりぬるくなってしまった紅茶に口を付けた。
ナハトと戦う。戦って、ヴァロが勝てたら、ナハトは本当に納得してくれるだろうか。いや、そもそも本当に戦えるだろうか―――。
「ナハトちゃんの魔術に勝てたら、ナハトちゃんも多少話は聞くんじゃないかしら?…あの子、本当はとっても強いんでしょう?」
小さく呟かれたそれに、ドキリとする。ナハトは魔術を弱く見せている。カントゥラでは魔術の速度が問題になったからだ。ノジェスへ来てからは、ずっとその力を抑えて戦っていたはずだが、どこで知ったのだろう。
ヴァロが警戒したのが分かったのか、すぐにナッツェが両手を横に振る。
「いやーね、警戒しないで?こう見えて、アタシは勘がいい方なのよ。アタシが言いたいのはね、ヴァロちゃんたちの本気を見たら、ナハトちゃんはどうにかして諦めさせようと必死になると思うの。そうしたら、魔術がアナタに向かっていくわ。拘束に長けた植物の魔術がね」
「…はい」
「ナハトちゃんの本気の魔術にヴァロちゃんが勝てたら、アナタ達を力や態度で諦めさせることは出来ないって…少なくとも、それは伝わるはずだわ」
ドラコがヴァロの手に頭を当てて来る。ドラコもやる気だ。ならば、ヴァロも腹をくくろうと頷く。ナハトに拳を向けずとも、魔術を突破して勝てばいいのだ。
絶対に一人で行かせてなどやるものか。
「ンフフ、素敵な顔になったわね。とりあえず、フェルグスに稽古つけてもらう?」
「…いいんですか?」
「もちろんよ。フェルグスは教えたがりだからね、喜んであれこれ教えてくれるわよ」
ならば早速、今すぐにでもお願いしたい。ヴァロは礼を言って、頭を下げた。
だがそこで疑問に思う。何故、ここまで気にかけてくれるのだろう。今回の事もそうだが、昨日見かけて様子がおかしかったからとわざわざ動いてもらうほどの理由が見当たらない。
本来こんなことを聞くのは野暮なのかもしれないが、ヴァロはケーキを食べるナッツェに問いかけた。
「あの…どうして、ここまでよくしてくれるんですか?」
それに、ナッツェはウィンクして答える。
「それはだって、知り合いが困ってたら助けたいものでしょう?」
簡潔でわかりやすい理由だった。それだけに裏表のない優しい言葉だとヴァロは感じた。第一印象は決していいものではなかったが、ナッツェも、もちろんクルムやフェルグスも本当に優しい人だ。
「…ありがとうございます」
ヴァロが頭を下げると、ドラコも習って頭を下げた。




