第19話 ナハトの罪
少々胸糞が悪いです。
一方的に責められていますので、苦手な方はお気を付けください。
(「…これは、恨みだろうか…」)
頭を、顔を、腹を、手足を、ぼろ雑巾の様に痛めつけられながら、ナハトはふとそう思った。
ヴァロに抱えられたままアッシュの背に乗り、浮遊感に目を開けたら、またあの精霊の前に移動していた。そう気づいた瞬間から、抵抗も空しく壁に叩きつけられて転がる。魔術で抵抗するが、精霊に巻き付いた蔦は勝手にほどけ、壁を作れば崩れていく。ならばと、腐食液を持つ植物を出すが、それらは自壊して消えてしまった。伸びてくる蔦を斬ろうにも膂力が足りず叩きつけられ、しなった蔦にはじかれ締めあげられる。
それを行う精霊の目は冷たく、憎しみに歪んでいた。こちらの問いかけにも答えず無言で攻撃してくるそれは、恨みとしか思えなかった。
(「…だが…何故…」)
ダンジョンに入ったのも初めてで、もちろん会ったことなど無い。ナハトが触れた精霊という存在は、契約の時に触れたそれと先日での薄靄だけだ。このような精霊と会ったことも見たこともない。唯一考えられるのはナハトと契約した精霊だろうかという事だが、恐らくそれはないだろう。
理由はいくら考えてもわからない。何故、これほどまでに恨まれている。
「おまえのせいだ…」
目の前に吊り上げられ、低く言葉が降ってくる。
「おまえのせいで、こんな事になったのだ。おまえのせいだ。おまえが…!」
「わたし、が…何を、した、と?」
問いかけに返ってきたのは太い蔦。黙れという言葉と共に、また暴力が続く。
だが決定的な物はない。痛めつけることを目的としたものだ。
(「ヴァロくんたちは、逃げられただろうか…」)
口の中に溢れた血を吐いて捨て、立ち上がる。理由はわからないし、何故こんなことをしてくるのかもわからないが、殺さないということはこの行動自体になんらかの意味があるということだろう。そしてそれはナハトを直接ここに呼んだ以上、ヴァロたちには関係がない。
(「やはり、私だけなんだな…」)
振り回される蔦を避け、ダガーで受け止める。それを不快そうに見て、精霊はまた攻撃を続けた。
魔力の吸収も、胸の痣も、聖霊に襲われるのも、ナハトにしか起こらない。何一つ分からないが、少なくともこの精霊はナハトのことを知っている。恨みを向けられるということはそういう事なはずだ。
(「なら…いい」)
いつまでも付き合うからと、ナハトはまた攻撃を受けた。満足するまで攻撃を受ける、だから―――教えてくれないだろうか。その怒りの理由を。
(「あなたが知る、私のことを……」)
跳ね飛ばされながら、ナハトはそう思った。
どれほどの時間が経っただろうか。いい加減立っていられなくなってきた。膝立ちのまま荒く息をし、流れる血と汗を拭って顔を上げる。
「はぁ…はっ…」
「……」
精霊は何も言わない。ただ、ナハトを痛めつけるのに飽いたように、小さく息を吐いた。
今なら、答えてくれるだろうか。
「教えて…欲しい…」
攻撃はとんでこない。
「私は、あなたに…何をし…がっ!!!」
どうやらこれは聞いてはいけないらしい。薙ぎ払うように向けられた蔦で吹き飛び、跳ねて転がる。
ならば、こちらは答えてもらえるだろうか。
「…あなた、は…私を、知っているのか?」
ぴくりと精霊の眉が上がる。睨むように目が細められ―――発せられた言葉に、ナハトは目を見開いた。
「…罪人め…」
「罪…人?私が…?」
その問いに精霊は答えない。
ふわりと浮き上がると、低い位置にあるナハトを見下ろしながら口を開いた。
「探せ。おまえと契約した精霊を。契約を破棄し、精霊界に安寧をもたらせ」
そう言って精霊が透明になって行く。彼がここから立ち去ろうとしているのを察して、ナハトは手を伸ばした。聞きたいことがたくさんある。何故これ程までにナハトを恨んでいるのか、罪人とはどういう事なのか、何故ナハトを知っているのか―――まだ、何も聞けていない。
「待て!!待ってくれ!!!あなたは私の何を知ってるんだ!!」
足が動かない。それでも、膝をついたまま叫んだ。萎えた足に鞭を打って立ち上がり、ふらふらと足を踏み出す。
どんどん消えて行く精霊に、届かない空に、ナハトは手を伸ばした。
「待ってくれ!!お願いだから…!」
「ダメだナハト!そんな傷で…」
大きな手が、進もうとするナハトを止める。離せと叫びもがくが全く聞いてもらえない。そうしている間に、精霊は空へと消えてしまった。
やっと見つけた手がかりだった。ナハトは知らなくとも、ナハトを知る何かに出会えたのは初めてだった。なのに―――。
「ああああっ!」
ナハトは怒りのまま、抱え込むように回された腕を叩いた。自分の声とは思えないような叫びが喉から出る。
「…ごめん、ナハト。ごめんね…」
完全に八つ当たりであることは分かっている。それでも、ヴァロを叩く手を、ナハトは止めることが出来なかった。
精霊が姿を消してから、しばらくはヴァロを責めたナハトであったが、すぐに謝罪を口にして立ち上がった。酷い傷で、足元がふらついている為にヴァロは手を貸そうとするが、その手を無視して歩こうとする。
「ナハト、手当てしないと…」
「…ああ…」
返事は返すが、こちらを振り向きもしない。寄り添うように歩くアッシュを支えにして、出口へ歩いて行く。
「ギュー…」
ヴァロの肩で、悲しそうにドラコが鳴いた。それにも、ナハトは反応しない。
そんなドラコを代わりに撫でて、ヴァロも出口へと向かった。
今日はそのまま、少し離れたところで野営する事にした。先に行ってしまったナハトも、追いついて手を引けば何も言わずについてくる。だが、手当てをされる事だけは嫌がった。無理やり治療する事も出来たが、そうする事で今の怪我が致命傷になりかねないほど拒否するため、仕方なくそのままにしてある。
アッシュはそんなナハトの背中で伏せ、ドラコはナハトの膝の上だ。不安そうに見上げるドラコを撫でてはいるが、視線は炎を向いている。いや、どこを見ているのかわからない。
「あの精霊が言っていたことは何なのか」ヴァロはそう問いかけたいが、とてもナハトは答えてくれそうにはない。そもそも、ナハトも答えられるだけのものを持っているのだろうか。繰り返し阻む蔦の壁を壊してやっと駆け付けた時には、精霊は空へと消えるところだった。それに追いすがっていたナハトが、必要な事を聞けたとはとても思えない。
その時、ピクリとドラコが震えた。顔を上げて、口を開いたり閉じたり、不審な動きを繰り返す。
「ドラコ…?」
「…グ…あ…あ。ああ、こうか…」
「っ!?」
突然ドラコがしゃがれた声でしゃべりだした。驚いて距離を取ると、ドラコはおよそトカゲらしくない形で座る。尻尾の扱いが分からないのか邪魔そうに丸めて、結局ほんの少し地面から飛び出した石の上に腰かけた。
「な、なんでドラコが…!?」
「…精霊だな」
「えっ!?これも!?」
ドラコから、ドラコではないものの気配を感じる。乗り移られたのか何なのか、ドラコの意思は感じず、全く別の生き物の気配がしてナハトは目を細めた。
睨まれたドラコは喉を震わせて笑うと、また、ドラコの口で話し出した。
「そう睨むな。おまえが知りたいと言ったんだろう?」
何を、と聞かずともわかる。今ナハトが知りたい事など、あの精霊相手に問うた事しかない。
消えてしまった手掛かりがあちらから来て、ナハトの目に光がともる。興味からほんの少し近づくと、ドラコの姿をした精霊は小さな手を上から下に下げて座れと言った。
「座れ。我はアレとは違うが…知っている。話しをしてやる」
「ナハト…」
「…話を聞きたい」
やめておけと言いたいのだろう、ヴァロが手を掴む。だがそれを振りほどいて、ナハトは精霊の前に座った。それを見て精霊が言う。
「それが邪魔なら、外に置いてこよう」
「お、俺も話を聞く」
ヴァロもナハトの左斜め前、ナハトと精霊の間に座った。
ちらりと精霊はナハトを見るが、ナハトが何の反応も示さないと一度目を伏せてから問いかけた。
「おまえが今一番知りたいのはなんだ?」
「…1つに絞るのは難しい。私の事を罪人と言ったその理由も、私の事を知っているわけも、ここが何なのか、私の村や、村の人たちはどこへ行ったのか、私はどこから来てしまったのか…。全て、知りたい」
「…ならば、長くなるが答えよう」
頷く。聞きたい、教えてくれるならすべて。
ナハトの視線を受けて、精霊は静かに語りだした。
およそ千年前、ここ精霊界に魔力の波が押し寄せた。高濃度の魔力は精霊を蝕み、精霊界は魔物化した精霊であふれることとなった。
それに嘆いた強気精霊の王たちは、精霊界と人間界を繋ぐ巨木、世界樹を開くことにした。高濃度の魔力を外へ出し、精霊界の魔力の濃度を薄めようと試みたのだ。濁流のように流れ込む魔力。それをそのまま人間界へと送り、一次的に精霊界の魔力は薄まったが、すぐに一つの不安にぶつかる事になった。
それは、この魔力はいつまで続くのかという事だ。
多すぎる魔力は毒であるが、なければ精霊界は崩壊する。その為、このまま外へ放出し続ければ、流れ込む魔力が枯渇した時に精霊界は崩壊するだろう。
だから精霊たちは世界樹を使って、人間界に結界を張った。魔力を閉じ込める為だけの大きな結界だ。そうして、中と外で、魔力を循環させようと試みた。足りなければ人間界に送った魔力を吸収し、多くなれば人間界へ送り出す。そうすれば、永遠に問題はなくなるはずだった。
だが、何百年か経って、また問題が起きた。流れ込む魔力が一向に止まらなかったのだ。一時的だと思われた魔力は一度も緩むことなく流れ込み、流れ込んだそれを何百年も外へ送り続けた結果、人間界も魔力が飽和しだしてしまった。送れる魔力に制限が出て以前のように魔力を外へ送れなくなってしまったのだ。その頃には、力のある精霊は数を減らし、結界を消すことも、張りなおすことも出来なくなっていた。
その結果、また精霊界の魔力は膨れ上がり、魔物化した精霊が出るようになってしまった。
「それが…今の精霊界と、人間界だ」
そう言って、一度精霊は言葉をきった。ここが精霊界で、外が人間界だという事は分かった。
だがそれと、ナハトとどう関係があるというのだろう。千年だ、何百年だと大昔の話をしているが、それがどう関係しているのかわからない。
いや、本当は少しだけ、まさかと思っている。心臓の音が耳に痛く、飛び出しそうなほど脈打っている。それを押さえつけるように拳を握りながら、ナハトは口を開いた。
「その話が…私と、どう関係しているというんだ」
精霊はゆっくりとナハトを見る。そしてはっきりと、口にした。
「千年前、精霊界に魔力を流し込んだのがおまえだ」
ひゅっと息が詰まった。千年前―――という事は、ここはナハトが生きた時より千年後の世界だというのか。意味が分からない。
だが、それは同じように話しを聞いていたヴァロも同じだった。立ち上がり、叫ぶ。
「そんな話信じられない!ナハトが千年前の人だなんて…どうやって千年もの間生きてたって言うんだ!」
「喚くな。理由などわかりきっている。これがずっと、魔力に中に浸かっていたからだ」
「そ…そんなものに…」
”浸かっていた覚えはない”そう言おうとして気が付いた。まさか、ナハトを覆ったあの透明な石が魔力だったというのだろうか。
視線を向けると、精霊は呟く。
「世界樹は、精霊界の魔力を一定に保つためのもの…。それから流れ出た魔力におまえは触れた。…何千年もかけて、少しずつ流れ出た魔力にな…」
脳裏に思い出される地下で見た巨木。あれは確かに大きさこそ違ったが、ダンジョンの巨木と同じだった。葉も幹も輝いていて、太い幹から光る水が流れていた。あの木が世界樹で、精霊界から送られた魔力が流れていて―――ならば、あそこに溜まっていた光る水が、全て魔力だったということだ。
それに触れたことが、ナハトの罪ということか。だが―――。
「…おまえは、我らと契約をしていた。それさえなければ、おまえが魔術師でなければよかったのだ」
憎々しいと言わんばかりに精霊が呟く。
(「…そうか…。私が魔術師になろうとして…契約をしていたから…」)
だから、契約した精霊から魔力が逆流したのだ。
ずんと、何かに肩を押さえられた感じがした。顔を上げると、薄靄のような精霊が何十人もナハトを取り巻いている。誰も彼もナハトに触れてはいないが、圧迫感を感じるほど明確な怒りを感じる。
「ナハト!!」
それらから庇うように、ヴァロがナハトを引き寄せた。アッシュが精霊たちを威嚇するも、それにもナハトは無抵抗で目を見開いたまま精霊を見つめる。
「おまえがいなければ…精霊界も、人間界も、これほどの事にはならなかった。全てはおまえが起こした罪のせいで、世界がこんなにも狂ったのだ」
「…わ…たしが…」
息が詰まる。呼吸の仕方すら忘れ手が震えた。その手を、ヴァロが掴む。
「もうやめろ!」
「おまえにも、それを恨むに足る理由があるのだぞ?」
「…な…っ!」
驚き戸惑うヴァロに精霊が言う。
「おまえはそれに利用されたのだ。それ一人では、ここまで来ることはできなかっただろう。それを大罪人としらず、手を貸してしまったのだ。その手の傷も、それを庇って負ったものだろう?」
そう言われて初めて気づいた。ナハトを支えるヴァロの拳は血だらけだ。いつこんな怪我を負ったのだろう。まったく気づかなかった。
「俺は利用されてない!俺は、好きでナハトと一緒にいるんだ!」
「殊勝なことだ。だが、人間界で今のように凶暴化した魔獣や獣が増えたのは、すべてそれのせいだ。それが魔力に触れずに死んでくれれば良かったのだがな…」
「おまえ…!!!」
「……それが…私の、罪なのか…」
死にたくなかった。だから逃げた。その結果が、世界をこんな風にしてしまったのか。何も知らずに帰る場所を探して、そうして分かったのは恨まれていると言うことだけ。
(「ああ…だからあの精霊は…」)
恨みかと思ったのは間違いではなかった。何をしたという問いに激高していたのは、恨まずにはいられないのに殺せないからだ。わざわざ契約を破棄しろと言うのだから、どれだけ恨んでいても、殺したくても殺せない理由があるのだろう。ナハトと契約した精霊との契約を破棄しなければならない理由が―――。
「そんなの、ナハトの罪でも何でもないじゃないか!」
「違う。それの罪だ。それがいなければ、生まれて来なければ、魔力に触れる前に死んでいれば、世界がこんな風になることはなかった」
「やめろ!!!」
支えてくれているヴァロの腕から、ナハトは手を離した。力強い腕で支えてくれる彼の手足には、ナハトと旅してからついたいくつもの傷がある。
こんな善良な人間を巻き込んでこんなところまで連れてきてしまった。こんなに拳を痛めてまで戦ってくれるヴァロに、ナハトはずっと甘えてしまっていた。そんなに必死に怒ってもらえるほどの価値は自分にはない。これほどまでに恨まれている、罪人なのだから。
ナハトは地面に手をつき魔力を流した。そこに一瞬で咲いた神秘の花。それを摘み取って、ヴァロの拳にかけた。瞬く間にヴァロの手の傷が塞がっていく。
「ナハト…!?何して…」
瞬時に治った傷に、ヴァロが戸惑った顔でナハトを見る。ナハトを気遣うその目は何度も見て来たものだが、今はその目がとても苦しい。受け止めきれない思いに目頭が熱くなる。
(「確かに…死んでいれば、一番良かったのかもしれないな…」)
そう思うと体が冷えていった。どうか、許して欲しい。本当に―――申し訳ない。
「…ヴァロくん、ごめんね」
そう言って、ナハトは意識を手放した。
ヴァロの拳の傷について
番外で書くのも本編に混ぜ込むのも難しかったので、補足としてここに書きます。
拳の傷は、無理やり中に入ろうと暴れた傷です。
ナハトがいなくなり、すぐにヴァロは引き返しましたが、入ってきた入り口は植物に覆われていてどうにもできませんでした。
攻撃はしてこないけれど、どれだけ叩き折っても剥いでも植物が復活してしまうので、かなり無理をして暴れ、そのせいで拳が割れてしまいました。
胸の痣はについて
胸の痣は、精霊に受けた最初の攻撃で消えています。
命を脅かすものであったため、精霊の手によって消されました。
精霊はナハトを恨んでいます。それこそ殺そうとするほどには。その為先走った精霊に呪いのようなものを刻み込まれました。




