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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第一章
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第7話 新しい服

「…今日も随分やられてきたじゃないか」

「…ははは」


 ナハトが目を覚ましてから何度目だろうか。シャワー室に消えていったヴァロを見て、ナハトは小さく息を吐いた。


 最初に目を覚ました時に無理をしすぎたのか、その後目を覚ましたのはさらに2日経ってからだった。またもやドラコに顔面に張り付かれたのも記憶に新しい。

 それからは少しずつ体の機能回復のために家事をしているが、およそ3日に1回、ヴァロはヨルンという優等種に呼び出されては、何らかの技の実験体にされて帰ってくる。今日も収穫の手伝いの仕事をしてくると言って出ていったはずだが、帰ってきたら血みどろだ。よく飽きもせず殴られているものである。

 ヨルンというのは、この村では手のつけられない悪餓鬼らしい。大きな体と強い力で、様々なことを暴力でねじ伏せているようだ。先日ナハトが目を覚ました時に訪ねてきたのも彼で、ほぼ常に2人の子分を連れている。村はずれの洞窟を改造し、そこで技の練習の名目でヴァロを痛めつけるのがきまりらしい。

 そこまで考えて、風呂から出てきたヴァロにナハトは問いかけた。


「ヴァロくん、ちょっと質問があるのだけれど」

「な、なに…?」


 最初に色々話してから、ナハトが質問したいと口にすると、妙に身構えられるようになってしまった。劣等種がと呼ばれているナハトにこれほどびくつくとは、本当に気弱である。


「君、歳いくつなんだい?」

「えっ…と…23歳」

「えぇっ!?」

「ひいっ!?」

「…こほん。失礼した。とはいえ、23とは驚きだ。相手のヨルンくんはいくつなんだい?」

「ヨルンは…じゅ…19…」

「……」


 ナハトは笑顔のまま固まった。まさか4歳も下の者にボコボコにされているとは思っても見なかった。

 それが伝わったようで、あからさまに耳と尻尾が垂れ下がる。


「ナハトは……」

「ん?」

「ナハトは…何歳…?」

「私かい?17だよ」

「…はっ…?」


 今度はヴァロが固まった。長い前髪で顔は一切見えないが、面白い顔をしているとすぐわかる。ナハトは繕い物の手を止めずに、ドラコに指示を出すと、ドラコがヴァロによじ登って鼻にカプリと噛み付いた。


「わぁっ!」

「歯がないのだから痛くないだろう。それよりも何かな?私の年齢に何か物言いでも?」

「いや…すごい、偉そうだなぁ…て…」


 モジモジとするわりには結構言う。23歳の大柄な男にモジモジされるのはなんとも気持ち悪いが、一応家主なので尊重はする。

 ナハトの左手の骨折は治ったが、背中の傷はまだ完全に塞がってはいない。この状態で追い出されたくはないものである。


「…私のどこが偉そうだと言うんだね。言葉遣いは癖と言ったはずだが…」

「だ、だって…肉は、食べれないとか、部屋が埃っぽいとか、その布だって買ってこいって…」


 指さされた先には、ナハトがしている繕い物がある。

 失礼な事を言うものだ。これは買ってこいと言ったわけではなく、必要な物がないかと聞かれたから答えただけである。彼の服を借りてはいるが、サイズが違いすぎて布が余りまくるのだ。だからといって勝手に鋏を入れたり、縛って皺にしていいものではないだろう。尊重した結果、自分で作るために買ってきてもらったのだ。断じて強制したわけではない。

 ナハトは呆れたように笑うと反論した。


「肉は吐いてもいいなら食べられるとも。部屋が埃っぽいのは、そのままにされると傷の治りに障りがあるからだ。この布に至っては、君が必要な物はないかと聞いてきたから頼んだ物だと思ったが、どうやら違ったようだね」

「うぐっ…」

「とはいえ、私たちはここにお世話になっている身だ。迂闊に外には出られないし、まだ傷も治っていなくて、洗濯と掃除と料理と繕い物のぐらいしか出来ない。だから、君のその言葉は真摯に受け止めて、明日からはもう少し役に立てるよう頑張らせてもらうよ」

「…あの…ご飯とか、掃除とか、本当に、ありがとうございます…」


 実際のところ、ヴァロは家事が全くといっていいほどできなかった。本当に最低の最低は出来るようだが、心身ともに元気な人に向けた最低である。その為、しばらく寝ていて久しぶりに食事をするナハトの前に出されたのも、なんか肉を焼いたやつだった。肉好きな人でも病み上がりで食べられるわけがない。だから少々無理に動いても食事を作る必要があったのだ。

 掃除や洗濯にしてもそうだ。彼は溜めてからやるの典型で、ナハトが着られそうな物がなくなったのだ。「これあんまり着てないから」と言って、渡された服の匂いをナハトは忘れないだろう。


「…よし、出来た」

「…?」

「少し失礼するよ。着替えるから、入ってこないでくれたまえ」

「はっ、入らないよ!」


 ナハトは出来たものを持って隣の部屋へ移動した。なにせ下着さえなかったのだ。ずっと服の下素っ裸は、無いのだからしょうがないとはいえはしたない。上下下着をつけて、ズボンを履き、シャツに袖を通して、さらにその上にジレと呼ばれるものを着る。

 これは町で見たときにいいと思った格好だ。それぞれの名前はヴァロに聞いたが、なかなかどうして格好良くなったと思う。靴まではどうにもならなかったが、それを見越して色を指定したので見た目は悪くない。初めの頃には驚いた鏡にも慣れ、上から下まで一通り確認して部屋へ戻った。


「どうだい?ドラコ、似合うかい?」

「ギュー!」

「ありがとう。自分で言うのもなんだけれど、なかなか上手く出来たと思うよ」


 くるりと回ると、ドラコが腕に飛び乗ってきた。よしよしと頭を撫でると、また面白い顔のヴァロが目に入った。


「それで、君はどうしたんだね?ヴァロくん」

「いや…それ、本当に自分で作ったの?」

「勿論だとも。目の前で作っていたけれど、見ていなかったのかい?」

「見てたけど…そ、そんなに上手く出来るとは思わなかったから…」

「…君がヨルンくんに破られた服は誰が繕ったと?」


 呆れながらそう言うと、ヴァロはまたモジモジし出した。だから、そのモジモジはなんなのだ。

 余った布で髪を縛り、そうしてナハトはふと思いついた。これが出来れば、外を歩いても問題なくなるかもしれない。


「ヴァロくん、もう一つお願いがあるのだけれど」

「なっ、なに!?」

「尻尾の毛、少し貰えるかい?」

「えっ…ええっ!?な、なんで!?」


 何を思ったのか、尻尾を抱えて後ずさるヴァロ。

 また何か地雷を踏んでしまったかと、ナハトは右手を頭に当てた。


「すまない、ヴァロくん。私には何故そんな反応をされるのか分からないのだけれども、良ければ教えてくれないか?」

「し、尻尾の毛は…」

「うん」


 その後しばらくモジモジしていたヴァロは、意を決したように叫んだ。


「け、結婚する時にお互い切って交換する物なの!!」

「そ、そうか…」


 いったい何を見せられているのかと、ナハトは頭を抱えた。別に交換しようと言った訳でも、好きだなんだと言った訳でもない。ただ尻尾の毛をくれと言っただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 結婚という言葉を言うだけでこれとは、どれだけ内気で奥手なのだと、心の底からため息をついた。


「ええと、ヴァロくん。つまり結婚の時に使うから、尻尾の毛は気軽に渡すものじゃないと…そういうことかな?」


 こくこくと頷くヴァロ。なるほど、ならば諦めるしかあるまい。

 ナハトは驚かせてすまないと謝って、どうしようかと思案に耽った。尻尾の毛をもらえたら作りたい物があってのだが、もらえないならば別の手を考えるしかない。

 するとモジモジから脱したヴァロが、椅子に戻ってくるなり問いかけてきた。


「…な、ナハトは、なんで、尻尾の毛が欲しかったの?」

「ん?ああ。もし君の尻尾の毛がもらえたら、それを黒く染めて、君たちのような耳に加工しようと思ったのだよ」

「えっ、耳…?」

「そう。この劣等種らしい耳を覆うようなものを作って、さらに尻尾も作れたら、問題なく外を歩けそうじゃないかい?」

「あ…なる、ほど…」


 モジモジヴァロくんは置いておいて、ナハトは余った布をかき集めてみた。白い布と黒い布、どれも端切ればかりで、大した長さも量もない。何よりこれで作ったとしてもそれらしく見えないだろう。

 ならば掃除の際にヴァロの毛を拾うかと考えて、流石に気持ち悪いだろうと思いとどまった。

 すると、考えているナハトの前に、ヴァロの尻尾がふわりと差し出された。


「…ヴァロくん?」

「あの…いいよ、尻尾の毛切っても」

「えっ?大事な物なのではないのかい?」


 あんなに嫌がっていたのにどう言う風の吹き回しだろうか。

 首を傾げると、ヴァロは少し申し訳なさそうに口を開く。


「確かに、尻尾と耳があれば…外に出ても大丈夫そう…かなっ?て…。無かったらまた、おそ、襲われちゃうかも知れない…し…」

「…これはありがたい」


 ならば遠慮なくいただこうと、ナハトは鋏を片手に尻尾を持ち上げた。ふわりと揺れる尻尾は長く、動く度にさらさらと毛が流れるように滑って行く。手入れをしている様子はなかったが、大変指通りが良くて驚く。


「思っていたよりも美しい毛並みだねぇ…。これは斬るのが難しい…」

「あの、ナハト。パッと切っちゃって…欲しいんだ、けど…」

「何故?」


 下手に切ってみっともなくなったら困るのは彼だというのに、早く切れとはどう言うことだろうか。

 ヴァロを見ると、白い毛がみるみるピンクになって行く。これはまた何か地雷を踏んだと、ナハトが小さくため息をつくのと、ヴァロが叫ぶのは同時だった。


「尻尾は…尻尾は性感帯だから!!!」

「わかった。すぐ斬ろう」


 なかなかの爆弾発言に、ナハトは笑顔でヴァロの尻尾に鋏を入れた。切り終わると、すぐさまピンクになった白い毛玉が部屋の隅に逃げて行った。そのまままた丸くなる。


「ギュー?」

「放っておこう。今我々が何かしても、彼を傷つけてしまうだけだよ」

「ギュー…」


 ドラコを撫でて肩に乗せると、切り取った尻尾の毛を2つに分けた。分けた片方をさらに半分に切り、なんとなく形を整えてみる。色が黒くなれば、ナハトの黒髪と混ざって、それなりに見えそうな気がした。

 丸い毛玉にキッチンを借りると言って、隣の部屋へ移動する。用意しておいた木炭を細かく砕き粉状にしたら、それを水に解いて行く。切った毛を入れて揉み込むように混ぜるを繰り返せば、毛は黒く染まって行くはずだ。これでどれほど染まるかはわからないが、黒くしなければ使えない。

 街で見た優等種も、ヴァロも、髪の色と耳と尻尾の色は同じであった。ならば、ナハトも両方黒で問題ないはずだ。

 何度も揉み込む作業を繰り返していると、背中がつきりと痛んだ。少しだけ手を止めて、また揉み込んでいく。


(「外に行くには、どうしたって尻尾と耳が必要なのだからね…」)


 ナハトには、どうにもこちらの常識がわからなかった。話を聞くのもヴァロからだけなうえ、彼はかなり知識に偏りがあるようだった。もっと幅広く情報が欲しかったが、それを一人から取り入れるには限界が来ていた。


「…ギュー?」

「ん?外に出たいのかい?そうだねぇ。私もそろそろ外に出てみたいよ」


 何度も何度も揉み込みを繰り返し、毛が染まる頃には、ナハトの爪も黒く染まってしまっていた。

 その爪を見て、いく度目かの魔力放出を行ってみる。


「ギュー…」

「…やはり、ダメみたいだね」


 背中を斬られたあの時、魔術を使おうと思ったのに魔力が放出できなかった。体の中には確かに魔力を感じるのに、全く魔孔から出せなくなってしまったのだ。

 あの時は命の危機を感じていたからだと思い、その後も何度も試してみたが、結局どれほど魔力の糸を細くしても、魔孔から魔力を出すことができなかった。魔力を使えなければ、もう植物の魔術師とは言えないだろう。それを認めてくれていた人も、いないけれど。


「…ナハト…。あの、上手くいきそう?」


 時間をかけすぎたようで、隣の部屋からヴァロが様子を伺ってきた。乾かし始めた黒くなった尻尾の毛を見て、彼は嬉しそうに尻尾を振る。


「ああ、君のおかげでうまくいきそうだよ」

「よかった、体を張った甲斐があった…!」

「…そうだね…」


 これが出来上がったら外へ出てみよう。ナハトはまだこの家の中しか知らないが、外に出たらもっと色々なことがわかるはずだ。

 ヴァロの話では辺境とやらへ行けば、ナハトとと同じ人がいると聞いた。もしかしたら、ナハトやカルストのことを知っている人がいるかもしれない。


(「…かなり薄い望みだとは思うけれどね」)


 影も形も無くなったゲルブ村、見たこともないものだらけの世界。考えたくはないが、ナハトは見知らぬ場所に迷い込んだか、村がなくなるほど長い間、あの石の中で気を失っていたのかもしれない。


(「どちらにせよ、外に情報を集めに行かなければならない」)


 どう足掻いたとしても、ドラコと共にここで生きていかなければならないのだから。


キャラクターの外見情報全然書いてなかった…

簡単ですがここで失礼…


ナハト:初期は短髪黒髪。前髪がほとんど上げていて、少しだけ垂らしている。うなじが見えるくらいの長さ。

目が覚めてからは、長髪を首の後ろで軽くくくって流している。

目の色は三白眼で紫。

身長170cm、体重は軽め。

今は白いシャツとサルビアブルーのジレと黒のパンツ。全部手作り。


ドラコ:茶色いマダラで黄色いボディ。尻尾はかなり長く、体調の半分の長さ。

目は黒。


ヴァロ:全体的に白い。

髪は顔を覆う長さで真っ白。先のとがった耳で、こちらも色は白。尻尾はふわふわでしょげると引きずる長さ。こちらも白。

目の色は赤みがかった金色。

身長240cm。体重は重い。200kgとか。

いつも適当な上下を着ているので、特段決まった格好はない。(そのうち固定します)

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