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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第三章
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第12話 ふるえた心

 ダンジョンギルドのルイーゼの部屋をノックすると、中から覇気のない声が聞こえた。間延びしたその声に従って扉を開けば、珍しくまともに服を着たルイーゼが魔道具と向き合っていた。


「2人ともいらっしゃあい…」


 いや違う。前回来た時から着替えていないだけだ。髪はボサボサで顔も薄汚れている。異臭がする気がするが―――振り向くと、ヴァロが顔を顰めていた。どうやら気のせいではないようだ。

 ナハトはため息をつくと、近くの机の上の魔道具をどかして、買ってきた弁当を乗せた。


「あともうちょっとで出来そうなのよねぇ」

「それはこちらとしては喜ばしいですが…そこまで無理をしていただく必要はありませんよ?」

「無理じゃないのよぉ。楽しいの!」


 隈の出来た顔でにこりと笑うルイーゼ。楽しいならいいが、無理はしてほしくない。さらに言うなら、風呂にも入らず睡眠もそこそことはあまりに不健康である。


「食事を買ってきましたから、こちらを食べてシャワーを浴びてきてください。その間に、この辺を少し片付けますから」

「えー…」

「…口に押し込みますよ?」

「は、はぁい…」


 ルイーゼが食事をしている間、窓を開けて、埃を立てないように軽く机の周りを片付けた。書類はまとめ、書き損じた紙などは捨てて、魔道具も一箇所にまとめる。

 ある程度片付いたところで、ルイーゼがシャワーを浴びて戻ってきた。


「あーさっぱりしたぁ♪」

「それは良かった」


 心配していたが、部屋の外から戻ってくるからか服はきちんと着ていた。ほっとしていると、濡れた頭を雑に拭きながらルイーゼはどかりと椅子に腰掛けた。


「それで、魔道具の進捗は如何ですか?」

「んーそうねぇ…本当にもうちょっとなのよぉ。とりあえずぅ、3日後に…あ、やっぱり5日後にもう一回来てくれない?」

「わかりました」

「あっ、それと明日からまたよろしくねぇ」


 何をと聞かなくてもわかる。ダンジョンの監視当番だろう。ヴァロと顔を見合わせて笑うと、ナハト達はギルトを後にした。




 今回のダンジョン監視当番は、深夜から朝にかけて。ウィストルが襲撃された事もある為人通りの少ない時間での移動は避けたかったが、仕事である以上しょうがない。大通りを選択しながらダンジョンへ向かうと、今回もフェルグス達と一緒だった。


「今日は、ナハトとクルム。俺とナッツェとヴァロで行こう」

「はい」

「わかりました」


 ヴァロと別れて監視にあたるのは初めてだ。クルムの獲物は槍。彼が戦っているところは何度も見たが、体格の割に力があるクルムは、硬い魔物の外皮も槍で易々と貫く。凄まじい速度で出されるそれは、魔物を押し付ける事もなく魔物を串刺しにできるのだ。


「よろしくお願いします」


 ナハトがそう言うと、クルムは表情が乏しい顔で頷いた。

 ナハトが植物で魔物を捕らえ、クルムが貫く。作業のように単調ではあるが、それはヴァロとは比べ物にならないほどスムーズでやりやすかった。

 クルムに任せると言われた事もあって、ナハトはヴァロと監視にあたる時と同じような対処をクルムに要求した。それが先程のものだ。凍った地面に魔力で罠を仕掛け、そこを魔力があるものが触れれば勝手に発動する。そういうものであるが、クルムはナハトがそれを仕掛けた場所を正確に理解し、魔物を誘導し、自身がそれを踏まないように移動する。

 血を使ってはいるが、少量の為に視覚ではほとんど分からないうえに数も多い。だと言うのに、クルムは正確にそれを避けて動くことができるようだった。


「魔力は、魔術師だけが感じられるわけじゃないから」


 新しく罠を仕掛けても、ナハトが言わずともわかっていたのは、そう言うわけだったらしい。

 さらにその動きも無駄がない。ナハトの魔術が発動した瞬間、一番魔物が怯んだその時を狙って止めを刺していく。


「植物の魔術は、敵が動かなくなるからいいね」

「ありがとうございます」


 ナハトの目には、魔物が動きを止めた瞬間は見えない。魔術が発動したその時には、すでに魔物は絶命しているのだ。さすが、銅の冒険者である。



「はあ〜…朝番はなんか疲れるわよねぇ」

「普段は寝てる時間だからな」


 交代の冒険者に引き継いでダンジョンギルドを出る。ナハト達も普段寝ている時間に動き回るのは思っていたよりも体力を使った。ドラコは早々にダウンして、ナハトの胸元で眠っている。


「んでだ。朝飯がてらに、ちょいと話さねえか?」

「俺は大丈夫です。ナハトは?」

「私も」


 頷くと、フェルグスは「朝飯の旨い店を紹介してやる」と歩き出した。

 

(「なるほど。私たちの実力を正確に測る為に、今日はわけた言うわけか」)


そうしてくれと願ったわけではないが、ヴァロが何度も聞きに行ったりしていたことから配慮してくれたのだろう。ならば、ありがたく助言を頂戴しようと思う。

 向かった先は、ギルドからほど近い飯屋だった。今日は酒を勧めないと言うフェルグスに、苦笑いして席に着く。


「クルム、どうだったよそっちは?」


 朝食が揃うと、食べ始めながらフェルグスがクルムに問いかけた。クルムは魚の切り身を飲み込みながら、思い出すかのように軽く上を向いて口を開く。


「ナハトさんは不利な場所でも魔術を工夫してるし、そこは問題なさそう。感知は悪くないけど、敵の動きを予測するのはあまり得意じゃない感じかな?一番は、前衛の俺の動きを見過ぎなところだね」

「ほう、そうか」

「見過ぎ…ですか?」


 どう言う意味だろうか。一緒に戦う相手を見るのは普通のことだと思っていたが、見過ぎということは何か問題があると言う事だ。

 だが―――。


「腑に落ちない顔だな?」

「そうですね…よくわかりません」

「ヴァロもそうだな。一緒に戦ってた俺のことも見てたが、ナッツェはかなり気にかけてるように見えた」

「照れちゃうわ」

「え?そ、そうですか…?」


 ヴァロもそんなつもりは無かったようだ。そんなナハトたちの様子に、フェルグスは笑いながら口を開く。


「ようは、おまえら2人とも相手の動きを見すぎなんだ。ヴァロは今日、ナッツェの動きを見て動いてたろ?」

「は、はい…」


 ヴァロが頷いたので驚いた。それに、思わず苦笑いを浮かべる。


「どっちも合わせようとするから初動が遅いんだ。ヴァロはその辺反射神経でどうにかしてるみたいだが、見すぎなければもっと反応速度を上げられるぞ」


 ヴァロが、フェルグスに言葉に拳を握る。それを見ながら、ナハトはスープを口にした。

 ナハトの魔術の速度は速い。今は周囲に合わせて使っているが、全力で使えば一瞬である。それを知っているからナハトはヴァロを巻き込まないよう、動きを見て魔術を使う癖がついている。だが、ヴァロもそうだったとは思ってもみなかった。

 お互い気を使っていれば、それは明らかに隙になるだろう。


「俺たち前衛は魔術師が思ってるよりも周囲を見てる。だからナハトも、ヴァロを信頼して動けるようにならねえとな」

「ヴァロさんは少し思い切りが足りないけど、ちゃんと見えてると思うよ?」


 信頼とは耳が痛い。彼自身を信頼も信用もしているが、戦闘においては違ったかもしれない。

 言われたヴァロは、自信なさそうに眉を下げながらも笑って握り拳を上げた。


「ンフフ、魔術は飛び道具みたいだから、ナハトちゃんの気持ちもわかるわぁ。要は慣・れ・よ♪アタシがいろいろ教えて…」

「明日は俺とこいつとナハト、クルムとヴァロで組んで、そこんところ教えてやるよ」

「ちょっとフェルグス!」

「お前一人で会わせんのは危険だ」

「ありがとうございます」


 礼を口にすると、フェルグスたちは笑って頷いた。




 翌日、翌々日と、フェルグスたちは宣言通り、ナハトとヴァロに戦闘のノウハウを色々教えてくれた。視界は広く、魔術を使う際も顔は下げずに、視線をぶらさない。その3つを意識するだけでも確かに初動が早くなった。

 顔を下げ過ぎないことを気を付けると、自然と周囲の動きすべてに意識が向くようになった。そうなると魔物の動きの見方にも変化が現れ、ほんの少しずつだが動きの先を読めるようになってきた。

 ヴァロの方は、クルムを魔術師に見立てて動きの練習をしていたらしい。クルムは大変器用で、一度ペアを組んだだけのナハトの動きを真似て動いてくれたそうだ。魔術までは使えないため動きのみであったが、ヴァロの話を聞く限りではそれでもかなり得るものがあったらしい。

 そうして過ごしていた監視当番の丁度間の日。夜起きて朝寝るという生活に疲れが出て来たその日、ついに恐れていた事が起きた。ダンジョンへ向かう道すがら、まだ人通りもある道を歩いているが、背後に複数の気配を感じる。視線を向けると、ヴァロも頷いた。


(「何人いる?」)


 背後から見えないよう、指で後ろを指しながら口パクで問いかける。恐らく13人であると思うが、まだ人通りがある為自信がない。

 ヴァロは少し考えて、17と指で示した。ナハトが感じたそれより4人も多い。という事は、確実にその4人は手練れだろう。

 すると、気配がこちらへ近づいてきた。この先の大通りへ出れば、今よりもずっと人通りが多くなる。ならば今襲おうという魂胆なのかもしれないが、そこまでする理由は何なのだろうか。

 大分近くなった気配にナハトはドラコに捕まっているよう触れながら、ヴァロへ問いかけた。


「戦えるかい?」


 相手は人だ。本当に大丈夫なのかと、口には出さなかったが伝わったらしい。ヴァロが拳を握って、真っすぐこちらを見返してくる。


「大丈夫」


 それだけだが、覚悟は伝わった。背中を叩いて頼んだと呟くと、ヴァロはしっかりと頷いた。

 分かりやすく気配が近づいてくる。それに振り向き、正面から相対した。武器を抜き、構える。


「どちら様でしょうか?あいにく、この人数に襲われるほどの覚えはないのですが」


 冒険者というよりゴロツキと言った風体の男たちは、一言も答えず一斉にナハトとヴァロを取り囲んだ。周囲にいた人々が離れて行く。

 ざっと視線を巡らすと、視界に入る人数は15人。2人足りないのは、物陰からこちらを狙っているのだろうか。

 ヴァロと背中を合わせた瞬間、男たちは武器を抜いて襲い掛かってきた。



 相手の人数は多いが、連携はイマイチだった。ナハトらも最近は一緒に戦うことは無かったが、フェルグスらの指導のおかげか、以前よりも相手の動きが分かる。


「3時の方向!」

「わかった!」


 声をかけ、その一瞬魔術で拘束するだけで、ヴァロが相手の意識を奪っていく。

 そうしながらナハトもダガーで応戦するが、確かに相手一人一人の技量がそこそこ高い。よけ続けることは出来そうだが、ダガーで抵抗できるほど敵は弱くないようだ。少なくとも緑等級くらいの実力はある。だからと言って魔術を連発するには危険であるし、全てをヴァロに任せることは出来ない。


「…仕方がない」


 あまり気持ちのいいものではないが、姿勢を低く移動し、攻撃の合間を縫って足を狙う。何度も足を斬りつければ、一つ一つの傷は浅くとも立っていることは出来なくなる。そうして何人かの動きを止めた時―――ぞわりと首筋に悪寒が走った。

反射的に一歩後ろへ逃げると、目の前をナイフが横切る。どうやら物陰にいたやつが投げたらしい。だが、それでバランスを崩した。運悪くついた足の先には血だまりがあり、滑ってたたらを踏む。

 そこを狙って、剣が振り下ろされた。これは―――避けられない。


「ナハト!!!」


 ドラコを庇って体を捻る。瞬間、バキンっと高い音がして、振り下ろされた剣が真っ二つに折れた。すぐさま、振り下ろした相手がくの字に吹っ飛んで、壁に叩きつけられて動かなくなる。


「ナハト、怪我無い!?大丈夫!?」

「あ、ああ。ありがとう…」


 ヴァロが蹴りで剣を叩き折ったのだ。確かに腕より足の方が長いし力もあるだろうが―――。驚いたが、その余韻に浸る暇もない。

 助け起こされて、すぐさま向かってきた相手の剣を受け流す。その間にヴァロがさらに2人昏倒させ、動いているものは5人と、物陰にいるであろう2人だけになった。

 半分以下になったゴロツキに向かって、ナハトが口を開く。


「まだ、やりますか?」

「………」


 相手は何も言わなかったが、こちらを向いたままじりじりと下がって行った。意識がある者は連れて行かれたが、ないものは転がされたままだ。彼らが目を覚ましてもいいよう蔦でぐるぐる巻きにしていると、通行人に呼ばれた衛士たちが遠くから駆けてくるのが見えた。




「…という訳でして…」

「それは災難だったわねぇ…」


 予定の時間から大分遅れてダンジョンへ行くと、フェルグスたちがダンジョンギルドの職員と監視についていた。数合わせのために駆り出されたらしい彼らに謝って、フェルグスたちにも謝って訳を話すと、遅れた事については許してもらえた。


「にしても、何だったんだそいつらは?」

「それが…意識が戻った人に聞いてはみたんですが、金で雇われた事しか言いませんでして…」

「何か知ってそうな奴は逃がしちゃったしね…」

「深追いしなくて正解だよ」


 そう言うクルムに、フェルグスとナッツェが頷く。ナハトたちを襲った理由を知っているのは、恐らく物陰に潜んでいた2人だろう。一向に姿を現さなかったあたり、大変きな臭い。


「大きな怪我はしてなさそうでよかったわ」

「ありがとうございます」


 幸いな事に、ナハトもヴァロも少々の切り傷と打撲で済んだ。ヴァロが剣を叩き折ってくれなければ重傷であっただろうが。ヴァロに吹っ飛ばされた者も命に別状はなさそうであったし、彼が戦えることもわかった。相当な覚悟がいったと思うが、全て終わった今の様子を見ても特に問題なさそうである。


「んじゃまぁ、お疲れのところだとは思うが…」

「それはそれ、これはこれですよね」

「頑張ります」

「おう」


 前日同様、ナハトとフェルグスとナッツェ、ヴァロとクルムに分かれて、ダンジョンの監視にあたった。



 ネーヴェへの報告を終えた帰り、明るくなった道を歩いていると、突然ヴァロが足を止めた。そこは数時間前にナハトたちが襲われた場所。衛士たちに片づけられたのか、散乱していた武器や木片などはなく綺麗なものだ。


「…ヴァロくん?どうし…」


 声をかけようと、彼の顔を見上げて気が付いた。俯いた顔は辛そうで、問題ないなんてことはなかったのだとそう思い知る。


(「悪い事をしたな」)


 やはりヴァロには暴力は向いていない。今回は戦えたが、次の時は今日の事を思い出してしまうだろう。そうすれば、手足はうまく動かなくなる。


「…帰ろう、ヴァロくん。ゆっくり風呂にでも浸かって、しっかり眠るといい」

「…うん」


 動かない彼の手を引いて、借家へ向かう。玄関の扉をくぐり暖炉に火を入れようと手を離すと、すぐさまヴァロに手を掴まれた。大きな両手で握りこまれ、首を傾げる。


「ヴァロくん?」

「…よかった…」

「え…」


 握りこんだ手を額に当てながら、ヴァロはそう呟いた。両手が震えている。


「間に合って…よかった…」


 その言葉に、ナハトは思い違いをしていたことに気がついた。ヴァロは人に拳を振るったことに、怯えていたわけではなく、間に合ったことに安堵し―――恐怖したのだ。また、ナハトが斬られていたかもしれなかったという事に。


(「…ずっと、気にしていたのだろうか」)


 カントゥラでヴァロがそばを離れて、戦えずにいたせいで、ナハトが傷ついてしまった事を。こんな風になる程ヴァロが気にしていたとは、ナハトは思ってもみなかった。

 よかったと、しきりに呟くヴァロの頭に手を乗せる。くしゃくしゃと撫でると、少しだけ反応が返ってきた。


「また、泣いているのかい?」

「な、泣いてないよ!」

「ふふ、そうか」


 ナハトが笑うとヴァロが顔を上げて視線が合った。泣いていないといっていたが、目が少々潤んでいる。それにまた笑うと、ナハトは改めて礼を口にした。


「助かったよ、ヴァロくん。ありがとう」


 ナハトの言葉に、ヴァロは嬉しそうに笑った。


ヴァロは戦えなかった事をずっと気にしていました。

今回ナハトのピンチに間に合ったことをホッとしていたのですが、時間を置いて現場に戻ってきたことで、”間に合ってよかった”が”間に合わなかったら”という風に思ってしまったのです。

一度間に合わなかったためにそう思ってしまい、怖くて動けなくなってしまいました。

しかしナハトがちゃんと動いていて無事だという感覚がおそばせながらやってきて…玄関でのことになりました。

ナハトは自分の怪我に対してあまりに気にしないので、ヴァロのこういうところには大変鈍感です。

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