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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第三章
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ナハトの誕生日

この後少々シリアスが続く予定なので、ほのぼの回として誕生日の番外編です。



 ヴァロはショックを受けていた。

 ナハトと出会って半年ほど経つが、半年とは言えないほど濃密な時間を過ごしてきたと思っている。だというのに知らなかったのだ。ナハトの誕生日を。


「ヴァロくん、何をそんなに気にしているんだね」


 不思議そうに首を傾げるナハトの様子に驚く。むしろヴァロには、そんなナハトの態度の方がわからない。誕生日といえば、一年に一度のお祝いの日だ。両親が死んで1人になっても、エルゼルや村の人が、誕生日だけは祝ってくれたものだ。


「なんでって… 逆に聞くけど、ナハトこそ何でそんなに興味なさそうなの?誕生日だよ?お祝いしなきゃ!」

「祝う?」


 今度はナハトが驚いた。ナハトにとって、誕生日とは生まれた日を指す、ただそれだけのものだ。そもそもの話をするならば、ナハトは孤児である。正確な誕生日はわからない為、それと予想された月の次の月の最初の日が誕生日になっていた。

 カルストやカイン、ツィーの誕生日も、特に何かしていた覚えもない為、やはり分からず首を捻る。


「ここでは、そういうものなのかい?」

「そういうものって…お祝い、したことないの?」

「ああ」


 頷くナハト。続けて誕生日のことを口にすると、ヴァロの顔がみるみる悲しそうになっていく。

 どうやらまた常識の行き違いがあるらしい。


「そういう君の誕生日はいつなんだね」

「え、俺?俺は11月の19日だよ」

「ふむ。ならば、その日は盛大にお祝いしようじゃないか」


 笑ってナハトはそう言う。それはうれしく思うが、結局ナハトの誕生日に何も出来なかった事は変わりない。

 当日には祝えなかったが、今からでも何か出来ないだろうかとヴァロは考えた。



 色々考えて、せめて何かプレゼントでも上げられないかと思う。幸いここはダンジョン都市。首都に次いで大きな町である為、大抵のものは何でもそろう。

 だけれど―――。


(「…ナハトって、何か欲しがったものあったっけ…?」)


 欲しがったもの、好きな物が何かあったかと首をひねる。正直言ってしまえば、2人とも金銭的には十分に余裕がある為、欲しいものは大抵買えてしまう。考えるなら、興味深そうに見ていた物や、目で追っていた物だろう。


(「…駄目だ。ナハトは必要そうなものしか買わないし、ドラコの役に立ちそうなものはしょっちゅう買ってるけど…」)


 ドラコの物をあげればナハトは喜ぶだろうが、それはナハトへのプレゼントではない。ならば好きなものはと思うが、プレゼントに適してそうな菓子類はあまり好きではないようで、たまに口にしてもいい顔をしていなかった。第一、食べたら終わりというのもなんだか味気ない。


(「お祝いされた事がないんだもんな…。最初のプレゼントなんだから、ナハトが喜びそうなものをあげたい」)


 監視当番の最中も、魔物を警戒しながら考えていたが、さっぱりいい案が浮かばない。だから、人の手を借りることにした。


「あの、フェルグスさん、クルムさん。ちょっと相談があるんですけど…」

「お、なんだ?」

「なに?」

「ナハトにプレゼントをあげようと思ってるんですけど、何がいいと思いますか?」


 誕生日の話題はフェルグスたちと飲みに行った際に出た。だからすぐに合点がいったのだろう。「ああ」と笑って、案をくれた。


「よく紅茶を飲むなら、茶葉や茶器はどう?寒がりなら、防寒具とか…魔道具もいいかもね」

「俺だったら装備品だな。靴やベルトなんかは消耗品だからな。いいもんはその分長持ちするし、使い勝手もいい」

「なるほど…」


 自分一人だけでは思いつかなかった品々に礼を言う。それでもまだ、プレゼントとしてしっくりくる感じがない。

 監視の交代をして、帰り際にナッツェにも聞いてみる。ナッツェはクルムやフェルグスたちとはまた違った意見をくれた。


「装備品も悪くないと思うけど、アタシなら装飾品をお勧めするわ!」

「装飾品?」

「そう!こういうのとか、こういうのとかね」


 そう言って、ナッツェは指輪や耳飾りを見せてくれた。


「髪飾りなんかもいいかもね」


 確かにそれもありかもしれない。ナッツェに礼を言って、不審そうにこちらを見るナハトと合流した。


「…さっきから、君は何をやっているんだい?」

「えっ!?な、何でもないよ?」

「……ほぅ?」


 じろじろと見られるが、堂々と言ってしまえばプレゼントの意味はない。本人に聞いて、欲しいものを答えてくれるならいいが、きっとナハトはそんなものはいらないというだろう。短い付き合いだが、そんな気がする。


「まぁいい。それより、今日は夕食をどうしようか」

「あー…えーっと…ちょ、ちょっと俺用事があって…」

「用事?」

「そ、そう!ドラコと!」

「ギュ!?」


 ドラコが驚いた顔でこちらを見る。ナハトがドラコに確認を取る横で、必死に目で訴えると、ドラコは戸惑いながらも頷いた。また不審そうな目で見られるが、何とか笑顔を返す。

「ドラコがそう言うなら」と、ナハトにドラコを渡され、肩に乗せた。


「ナハトはどうするの?」

「そうだな…。君の用事というのは、どれほど時間がかかるんだね?」

「えー…っと…た、多分2時間くらい…かな」

「ふむ。なら、先に帰って、久しぶりに夕食を作ろうか。たまには作らないと、作り方を忘れてしまう」

「えっ、ほんと!?なら俺、ナハトの作ったパン食べたい」


 ヴァロの言葉に、ナハトは一瞬驚いた顔をしたが、笑いながら「わかったよ」と口にした。




「あー…何言ってんだよ俺…」

「ギュー?」


 ナハトと別れて、商店が並ぶ道を歩く。

 ナハトの誕生日プレゼントを買おうとしているのに、本人に食事のリクエストをするなど、なんて馬鹿なんだと思う。


「はぁ」


 溜息をついても始まらない。首を傾げるドラコに、一緒に来てもらった理由を説明すると、ドラコもいい案だとばかりに頷いた。

 1人と1匹で、プレゼント候補を見て行く。茶葉を見て、茶器を見て、装備品を見に行って―――気づく。


(「俺、ナハトの靴や服の大きさ知らない…」)


 とても小さい事は分かる。大体の大きさは分かるが、買うならサイズを知らなければ意味がない。


「俺、本当にダメだなぁ…」


 元気を出せとでも言うように、ドラコが頬に頭を押し付けて来た。礼を言って、装飾品を見に行く。ピンとくるものが見つかると良いが、もうあまり時間がない。

 ドラコにもあれこれ見てもらいながら、数軒店を回る。ショーウィンドウに飾られた髪飾りが似合いそうな気がして意見を求めると、ドラコが憤慨して、尻尾で己を差した。それで気づく。ナハトが髪をまとめているのは、茶色い斑に黄色のリボンだ。


「あっ…お揃い?」

「ギュー!」

「ご、ごめんごめん」


 ならば髪飾りは候補から外そう。そうなると何がいいだろうか。次の店あたりで決めないと、本当にもう時間がない。

 そわそわしながら雑貨屋の扉をくぐると、ドラコがあるものを指してギュー!と鳴いた。


「これ?」

「ギュー!」

「…うん、これ…いいね。これにしよう」


 急いでそれを包んでもらい、ヴァロは足早に借家へ向かった。




「…随分大荷物だね。用事は済んだのかい?」


 帰宅すると、少々呆れ顔のナハトが夕食を作って待っていた。ヴァロがリクエストしたパンもとっくに焼き終わり、読み途中の本から視線を上げて問いかける。


「あ、う、うん」

「そうか。なら、夕食にしよう」

「ちょ、ちょっと待って」


 本を閉じて立ち上がったナハトに、ヴァロは慌てて机に他の荷物を置くと、意を決して小さな箱を差し出した。目の前に差し出されたそれに瞬く。


「…?なんだね、これは?」

「ぷ、プレゼントだよ。誕生日の!」

「ギュー!」

「え…」


 ぽかんと言う表現がぴったりな顔で驚くナハトの手に、その箱を乗せる。開けてみてと言うと、戸惑った顔のまま、ナハトは箱を開けた。


「…これは」

「み、耳飾り」


 箱の中には一揃いの小さな耳飾り。ベースは銀でシンプルな作りだが、ナハトの目と同じ色の、紫の透明な魔石がついたものだ。石の透明度から言って、かなり高価なものだろう。

 驚いて、礼を口にする前に思わずつぶやく。


「誕生日プレゼントとは、こんな高価なものを送りあうものなのかい?」

「あっえと…そんな事はないんだけど、似合いそうだなって思って…。そういうの、好きじゃなかった?」


 ヴァロは不安になって問いかける。ナハトはもじもじしだしたヴァロに目を細めると、「いいや」と、小さな声で呟いた。


「ありがとう。嬉しいよ」

「…えへへ」

「ギュー♪」


 礼の言葉に、ヴァロとドラコが顔を見合わせて嬉しそうに笑う。

 それを見ながら、ナハトは耳飾りを取り出した。これは耳に刺すタイプの物のようで、箱の中に、耳に穴をあける物がついている。簡易的な形で、針を引いて固定し、留め具を外すと、飛び出して耳に穴をあけるようだ。


「なるほど…。早速試してみるか」

「え?」


 ヴァロがその言葉に振り向いた時には、ナハトは耳たぶをそれで挟んでいた。声をかける前に、”バチン!”と派手な音がして、ナハトが耳を抑えて屈んだ。


「え!?ちょ、ナハト!?」

「っ…うっかりしてたな…。この威力なら、優等種の耳も容易に穴があけられるだろうな」

「うわぁあ!ちょ、ち、血が…!」


 ぽたりと垂れた血にヴァロが慌てるが、ナハトはそれを無視して反対側の耳も挟んだ。止めようと手を伸ばすも、届かずにまた”バチン”と音がする。


「な、ななな何してんの!?」

「何って…耳に穴をあけないとつけられないだろう?」

「そ、それはそうだけど…!」

「なら、何も問題ないだろう」


 耳から垂れた血を拭いながら、ナハトはどこか楽しそうに言う。ナハトの目と同じ色の紫の石が、灯りに照らされて光った。


「どうだね?似合うかい?」

「ギュー♪」


 満足そうに鳴くドラコを抱きかかえて、ナハトが微笑んだ。

 その笑顔が妙に気恥しく、ヴァロは小さく頷いた。

今回は本編の更新間に合いませんでした…。

明日、本編の更新予定です。

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