第9話 フレスカ・ルーチェ
風呂と夕食を終えて、暗くなって冷えた雪道を西に進む。昼間も吐く息は白かったが、夜は暗い分、店先の明かりに薄く照らされてより白く見える。
「西通りって、この間子供たちがいた広場の方だよね?」
「ああ。特に気にしていなかったが、何の店なんだか…」
少しの緊張と共に向かうと、その店はすぐに分かった。子供たちと遊んだ広場の少し先、町の外へ続く門の近くに随分と可愛らしい外観の店があり、看板に”フレスカ・ルーチェ”と書いてある。その店の前にナッツェが立っていた。
彼は何故か不安そうな顔をしていたが、ナハトたちを見てぱっと笑顔になる。
「良かったわー来てくれて…」
「…脅しのようなことをしたのはそちらでしょう」
「えっ、脅し?」
心底驚いたようにそう返されて、ナハトたちの方が驚く。
「大きな声では言えないようなことを引き合いに出して、来るように言ったでしょう。脅しではなくなんだというのですか?」
「えっ、やだぁ~、そんなに警戒しないで?悪いようにはしないし、そんなつもりもないわ」
そう言われても簡単に信用で出来るものではない。警戒は解かずに、どうぞと開けられた店の扉をくぐった。
深夜に近い時間であるのに店はまだやっているようだ。店内にはナハトたち以外の客はなく、明るいライトに照らされていくつものドレスが飾られている。どれも可愛らしいデザインで、フリルも布もたっぷりと使用された見るからに高価なものばかり。足元も質のいい絨毯が敷かれていて、壁紙や窓一つとっても淡い配色で女性が好きそうなデザインである。
他に客がいないとはいえ明らかに場違いだ。戸惑っていると奥から一人の男性が出て来た。質のいい布で出来たシャツとジレを着て、白いものが混じった焦げ茶の髪を撫でつけた初老の男性だ。耳の毛や尻尾の先まで綺麗に整えられていて、女性もののドレスに囲まれているのに少しも変な感じがしない。
「いらっしゃいませ。おや、ナッツェ様ではありませんか」
「こんばんは、ラルバ。フレスカはいるかしら?」
「フレスカ様でしたら、2階にいらっしゃいます。少々お待ちいただけますか?」
「はーい」
どうやらナッツェはこの店の店主、フレスカにナハトらを合わせたいようだが意図が全く分からない。問うもはぐらかされ、戻ってきたラルバに案内されて2階へと進む。
外観からはそれほど大きな店ではないと思っていたが、どうやら奥に広いらしい。ひと際大きな両開きの扉の前でラルバは止まった。扉の傍らに立つ同じ装いの職員に声をかけると扉が開かれ、促されて部屋の中へ入った。
そこは良く磨かれた濃い色の木で作られた部屋だった。中央には背の低い机とソファが2脚、その向こうにあるのは作業台だろうか。厚い天板の高い机があり、その上には様々な道具と針山、布や切れ端が置かれている。
その机の前に、ナッツェと同じような体格で同じような雰囲気の男性が立っていた。青い長髪に折れた三角耳、こちらも濃い色の紅を差し、物凄く重厚なフリルのついたシャツを着ている。彼は部屋に入ってきたナッツェを見ると、大仰に両手を広げて叫んだ。
「久しぶりじゃない、ナッツェ!」
「フレスカー!」
がしぃっと音がしそうな勢いで熱い抱擁を交わす2人。ナハトとヴァロ、ドラコが呆気に取られている間に、案内してくれたラルバは部屋を退室してしまった。少女のように飛び跳ねるナッツェらに、ナハトもヴァロもおいて行かないでほしかったと心底思う。
「それでどうしたの?こんな遅い時間に」
「ンフフ~♪今日はねー、あの子にぴったりの物を作ってほしくて来たのよー」
手招きされて、思わず後ずさる。
だが視線が合った瞬間、フレスカと呼ばれた彼は、目を輝かせてこちらへ近づいてきた。ナッツェもフレスカも、ナハトが嫌な恋愛的な意味での好意的な視線ではないが、あれほど興味を丸出しにして見つめられるとどうにも体が竦む。
ナハトの動揺を悟ってか咄嗟にヴァロが間に入る。
「ちょ、ちょっと何なんですかいったい!急に来いって言われて、俺たち何が何だかわからないんですけど!」
「あらっ。ちょっとナッツェ、ちゃんと言わなかったの?」
「びっくりさせたくなっちゃって♪」
「んもぅ。また怒られても知らないから…えっと、アナタ達お名前は?」
「…ヴァロ、です」
「…私はナハトといいます」
ドラコの紹介はやめておいた。
すると、ナハトの名前を聞いたフレスカは徐に首を傾げた。何かと思うが、彼はすぐに微笑み、口を開く。
「アタシはフレスカ。このお店の店長をしているわ。そこのナッツェとは好きなものが一緒でね、それで知り合ったの」
「…好きな、もの?」
「そう!」
そう言って、フレスカは左手の壁まで歩いて行く。そしてそこにあった大きな本棚の右端を押すと、くるりと壁が回転した。本棚の代わりに現れたのは、ふさふさした耳と尻尾を飾った棚。
「えっ…」
「こ、これって」
それはナハトがつけているような―――劣等種が優等種に見えるように付ける、耳と尻尾だった。
「アタシ達、劣等種が大好きなの!」
ああ、それであの視線だったのかと合点がいった。ナハトが無意識にドラコを撫でると、ドラコがその手に尻尾を巻きつけてくる。
「その手造りの耳もいいけど、もっとしっかりしたのを作った方がいいと思って!だって、ナハトちゃんとーっても素敵なんだもの」
「わかるわぁ…。細い腰に、漆黒の長い髪、切長の紫の瞳はセクシーだし、小柄だけど長い手足…うっとりするわね」
「こんなに魅力的な子に会ったの初めてだったから、アタシつい飾りたくなっちゃって」
「そうよね~。だけど、ちょっとはしゃぎ過ぎよ?あの子たちびっくりしちゃってるじゃないの」
「んもーびっくりさせるために連れてきたんだから大成功じゃない!ンフフ、ついでにこっちの服なんかにも着替えてもらって…ああ、楽しみだわー!」
少々呆れ顔のフレスカに、はしゃいだままのナッツェ。
ナハトの前に立っていたヴァロは、これはどうするのが良いのかとナハトに視線を寄こした。ナハトが不快に思っていることは分かっているが、やめてくださいというのも変な感じだ。彼らはこちらを置き去りにして騒ぎ、ナッツェに至っては飾ってあった服のいくつかを指さして「こういうのとかすごく良いと思うの!」とフレスカに言っている。どうやら耳や尻尾の事を言いつつもナハトを着せ替え人形にしたいらしい。
(「…好き…ね」)
おろおろとこちらを見るヴァロの背中を叩いて、ナハトは軽く首を振った。だが、それは諦めや許しではない。とても不愉快だから、自分で言うというだけだ。
「お話はそれだけですか?」
ナハトの言葉に、ナッツェがぴたりと止まる。ここまで腹が立ったのは久々だ。それが分かったのか、2人がナハトを見て顔を引きつらせる。
ヴァロが落ち着けと言ってくるが、それを手で制して一歩前へ出た。
「私が劣等種で、あなた方の興味を引く外見をしていたから、面白おかしく着飾る為に連れて来たという事ですか?…それはそれは、余計なお世話をどうもありがとうございます」
「あ、あのー…ナハトちゃん?」
「あなた方からしたら、ただの愛玩動物のように見えるのかもしれませんが、劣等種であろうが私は一人の人間です。こちらが隠していることを、勝手に、許可も得ずに暴き、囃し立てるなど…随分と素敵な趣味をお持ちのようだ」
「ちょ、ちょっと落ち着いてナハトちゃん!アタシ本当に悪気は…」
「悪気がなければ、何をしてもよろしいのですか?」
ナッツェが言葉に詰まった。
畳み掛けようと口を開くが、なんだか馬鹿らしくなって口を閉じる。ダンジョン前でフェルグスにあれだけ怒られたというのに彼はまたナハトに失礼を働いたのだ。このままナッツェに色々言うより、彼と顔を合わせないようにダンジョンを変えた方がいい。
「…ヴァロくん、帰ろう。それで、頼んでいた物が出来次第、この町から出よう」
「う、うん。そうだね…」
2人に背を向けながら、そっと袖をずらして腕の痣を見せた。指の形が残る痣は、巨木に押さえつけられた時にナッツェに掴まれて出来たものだ。青黒いそれにナッツェは一度眉を顰めるも、すぐに自分が掴んだ後だとわかったようで口元に手を当てる。
劣等種のことが好きだ何だと言っていたが、その脆さのことは全く理解していなかった顔だ。本当に、その見た目や思い込みで好きだっただけなのだろう。あんな顔をするのだからもうナハトが劣等種だと、無暗矢鱈にバラすことはしないだろう。
「…ま、待って!」
扉へ向かって歩くナハトとヴァロに、ナッツェは慌てて手を伸ばした。だが、ナハトの腕を掴む前に、ヴァロがその腕を掴む。
「そんな力で掴んだら、またナハトが怪我します」
「…ご、ごめんなさい…」
ナハトは一瞬視線だけ向けたがすぐに扉の方を向いた。そのまままた歩き出したのを見て、ナッツェが声を上げる。
「待って!…謝らせて、くれないかしら?」
「…お断りします。これ以上お話しすることは何もありません」
「でも…!」
「ちょっといいかしら?」
突然そう声を挟んできたのはフレスカだった。全員の視線がそちらへ向くと、フレスカは軽く首を傾げて口を開く。
「ナッツェがおバカで失礼なのは分かるけど…どうして町を出なければならないって話になるのかしら?」
「どうしてって…」
「…劣等種であることがバレれば命に危険が生じます。なのに彼はこちらの事は考慮もせずに、外見について騒ぎ立て、許可なくあなたにも劣等種だとバラした。命に関わることをほいほいと口にする人がいる町になんか、危険すぎて、今後も滞在する事なんか考えられません」
不快を露わにしながらそういうと、フレスカは尚更分からないと首を傾げる。
「どうして命が危険になるの?」
「…ですから…」
「隠してるんだもの。それを無遠慮にバラされたら腹が立つのは分かるわ。その痣も…確かにアタシ達は劣等種が好きってだけだったから怒るのもわかるの。だけど、命の危険ていうのはちょっと…」
そう言われて、気づいた。そうだ、ここはカントゥラではない。あそこでは劣等種とバレる事は危険でしかなかった。
だが、ここはノジェスだ。町中に、数は少ないが劣等種はいる。彼らは優等種に偽装する事なく普通に生活をしている。命を狙われるほどの危険はないという事だ。
「もちろん、中には劣等種を嫌う人もいるから、絶対に危険がないとは言わないけどね?これだって、優等種に偽装したい人のために作ってるものだし」
フレスカの言葉に、ナハトは深く息を吐いた。ナハトにとってはリビエル村やカントゥラでの出来事が目を覚ましてから知った全てだった。たった数か月ほどの事ではあったが、何度も劣等種であることが危険であると身に染みて知っている。だからノジェスで普通に生活している劣等種を見ても、いまいち現実のようにとらえることが出来ていなかった。
(「害意があると、そう色眼鏡で見ていたのは私か…」)
必要以上に攻撃的になっていたという感は否めない。ナハトがもう一度息を吐くと、ナッツェが不安そうに顔を上げた。
「…私たちの方も状況が違う事に目をくれず、凝り固まっていたようです。私たちは、カントゥラから来ましたので…。あちらでは劣等種とバレたら、いきなり斬りつけられても文句は言えなかったのですよ」
「そんな…」
愕然とするナッツェにフレスカはため息交じりに口を開く。
「言ったでしょう?アタシ達は劣等種が大好きだけど、嫌う人たちもいるって」
「聞いてたけど、そこまでなんて…!」
「でもカントゥラから来たならその警戒心も納得だわ。それは確かに、ナッツェみたいに来られたら、脅されてるとか、命の危機とか感じちゃうかも。……あら?やっぱり、ナハトちゃんたちの対応はその通り…?」
ぽつりと呟いたフレスカに、ナッツェは深く項垂れた。そのままナハトを見あげると一度顔を上げて、風切り音が鳴るかの勢いで90度頭を下げた。
「ほんっとうにごめんなさい!」
ナッツェの後頭部を見ながら、ナハトは何とも言えない気持ちでいっぱいだった。先ほどまではただただナッツェの無神経さに腹を立てていたが、それがここでは過剰だったということが分かった。だからと言って簡単に許せるほどナハトの心は広くない。過剰だったと分かっても嫌な事は嫌だったし、何より怖かったのだ。今は本当に反省しているようだが、ダンジョン前でフェルグスに怒られている時も反省しているようには見えた。なのに、すぐまたこういう事をしたという事を考えても、この謝罪は今だけなのではないかという考えも否めない。
(「…とはいえ、ここでは謝罪を受けておいた方がいいんだろうな」)
そうしてすぐに帰ろう。もう、必要以上関わらなければいいだけなのだから。そう考えて、ナハトが口を開こうとした瞬間。ナッツェが勢いよく顔を上げた。それに驚いて後ろへ下がると、またごめんなさいと言って口を開く。
「謝らせてくれてありがとう…。でも、ナハトちゃんはアタシを許さなくていいわ。アナタが言った通り、悪気はなかったなんて…酷い言い方よね。実際にアナタを傷つけていたのに、悪気が有る無いなんて関係なかったわ」
「…わかっていただけたなら、もういいです」
ナハトがそう言うと、ナッツェは眉を下げて微笑んだ。そうして、首を横に振ると、腕の痣に視線を落とす。
「ナハトちゃんが本当にいいと思うまで、アタシの事は許さないで。それぐらい酷い事をしたもの。だけど、本当にナハトちゃんを助けたいと思ったの。これだけは…信じてもらえないかしら?」
「…何故ですか?」
初対面のナハトに何故そんなふうに思うのか純粋に不思議だった。劣等種が好きだと言ったのが本当だったとしても、この町には他にも劣等種がいる。そこまで執着される理由が”嫌なこと”しか思いつかなくて、ナハトはドラコを撫でた。
すると質問されたことが嬉しかったのか少し驚いた様子のナッツェだったが、ゆっくりとした動作で距離を詰めると、とても小さな声でナハトに言った。
「アナタが、劣等種の魔術師だったからよ」
だったらなんだというのか。不思議に思っていると、ナッツェがちらりとフレスカを見た。フレスカは心得たように隣の部屋へ行き、扉を閉める。それでこの部屋の中には、ナッツェとナハト、ヴァロとドラコだけになった。
警戒を緩めないまま、ナハトはナッツェに問いかけた。
「どういうことですか?」
「あのね、劣等種の魔術師って、今までいた事がないの」
「…え」
驚いてヴァロを見る。だが、ヴァロも知らなかった。そもそもヴァロは冒険者ではなかったし、ギルドに出入りしたことがあるだけで、まともな魔術師はナハトが初めてなのだ。持っている情報は、ナハトとそう変わりない。
「その様子だと知らなかったのね。少なくとも、アタシは一度も聞いた事がないわ。アタシの師に当たる人も劣等種は魔力を持ってないと言っていたし、そもそもそれが常識なの。だからアナタが劣等種の魔術師ってことは、それだけである意味価値があるの」
知らなかった。ならば、やはりここでも決して劣等種だとバレるわけにはいかない。ヴァロがギュッと拳を握って口を開く。
「なら、フェルグスさんやクルムさんには…」
「もちろん言ってないわ。フレスカは作り手だし、仕事がら口も堅いからからいいかなって言っちゃったけど…。2人には言ってないから安心して」
ほっと息を吐く。だが、すぐにナッツェが「でも…」と続ける。
「でもね、今のままだと、フェルグスたちにもバレちゃうかもしれないの」
「何故ですか?」
「あのね、アタシ達優等種の中には、特別鼻がいい人たちがいるんだけど…そういう人たちには、劣等種ってほのかに甘いいい香りがするの」
己の鼻を指しながらナッツェが言う。ナハトは思わず自分の体を調べてみるが自分ではわからない。ドラコも首を傾げている。ヴァロを見上げると、彼は顔を赤くして視線を逸らした。気づいていたようだ。
「ヴァロくん、君…」
「ち、違う違う!ナハトの体臭かなって思ってて…!」
「あら、合ってるわよ?」
「そ、そうかもしれないけど…!」
わちゃわちゃしだすヴァロに、ナハトは溜息をついて無理やり視線を合わせた。今はその照れだ恥ずかしいだに付き合っている暇はない。何より恥ずかしいのはナハトの方である。
「フラッドの時はそんなこと言ってなかったじゃないか。血の匂いとは言っていたが、甘い匂いとかは言ってなかっただろう?」
「フラッドは、なんか獣みたいな臭いで…ナハトみたいな匂いはしなかったから…」
「それは多分、体臭をごまかすために獣の臭腺を利用したのね。獣には、強い匂いを出すものがいるんだけど、それをこすりつけたりすると体臭を誤魔化せるのよ。…その劣等種は、アタシたちの事が嫌いな子でしょ?」
ナハトとヴァロは躊躇いがちに頷いた。フラッドは、劣等種の体臭について知っていたという事だ。常にそれらしいものを持ち歩くかつけるかして、臭いを誤魔化していたのだろう。もしかしたら、ガロウズも鼻が良かったのかもしれない。
「ナハトちゃんはなんていうか…その匂いが強いの。一緒にいるせいか、ヴァロちゃんの匂いもするんだけどね。フレスカの作る商品は、その辺の事も考慮してあるのよ。劣等種の匂いが嫌いな人もいるけど、大半の人にとってはすごく良い匂いだから…」
「まさか、それで抱き着こうとしたのですか?」
「ご、ごめんなさい…。でも、もうしないわ絶対!ナハトちゃんがいいよって言ってくれるまで絶対にしないわ!」
そんな時は来ないが、正直なところ教えてもらって助かった。それと、ナッツェが言うことが本当なら、恐らくルイーゼもナハトが劣等種だという事に気づいているのだろう。潜在魔力について言いながら、血以外のものまであれこれ集めたがるのはそれが理由なのかもしれない。
「大変貴重な情報をありがとうございます。フレスカさんには、依頼をして作っていただきたいと思います」
そう言うと、ナッツェは嬉しそうに笑った。
「それでは、よろしくお願いします」
希望する耳の形、尻尾の形を伝えて、フレスカに依頼料を払った。
今回ナハトは、依頼するうえで一番いいものをお願いした。その為、総額は大銀貨4枚。絶対にバレたくない事を考えれば、安い買い物である。
「確かに承ったわ。出来るまでには2週間くらいかかるから、それまではさっき言った方法を試してみてね」
「わかりました。ありがとうございます」
礼を言って店を出た。ナッツェとヴァロと並んで通りを歩く。フレスカの店周辺は学校などが多い為、人気はなく薄暗い。
少し先のギルドが集中している場所はこんな時間でもにぎやかだ。そちらへ向かって歩いていると、ふと、ナッツェが足を止めた。振り返ると、静かに、だが突然己の秘密を口にした。
「アタシね、可愛いものが大好きなの」
「…え?」
「…突然何を」
「だから小柄な劣等種に憧れてるの。アタシはこんなだから…。それと、実は貴族に知り合いがいるわ」
「え…」
「ええっ!?」
「ンフフ、これは秘密なんだけどね」
口に指をあてて微笑むナッツェ。「バレたら怒られるだけじゃすまないかも」と口にしながらも、どこかすっきりとした顔だ。
呆気に取られているとそのまま歩き出した。それについて行きながら、ナハトは呆れて息を吐く。
(「なるほど…悪い人ではないか…」)
クルムやフェルグスが、ナッツェは悪い人ではないと、そうしきりに言っていた事を思い出した。暴走するし欲が強いが、根は善良なのだろう。今度こそ、本当に反省したらしいその背中を見ながらナハトは薄く微笑んだ。
「それじゃ、アタシはこっちだから…」
分かれ道に差し掛かったところで、ナッツェがそう言って振りむき手を上げた。恐る恐ると言ったその様子に、ナハトは隣に立つヴァロを見上げる。ヴァロも、ナッツェに対しての印象に戸惑っているのだろう。答えようかどうしよかと迷って視線が揺れている。
軽く俯くと、ナハトはナッツェに合わせて手を上げた。
「それでは…また明日、よろしくお願いします」
「…!ええ!明日もよろしくねー!」
「ありがとうございましたー!」
ぱっと笑顔になって、ナッツェは走り去った。ヴァロも大きな声で礼を言う。ナハトは手放しで礼を言う気にはならないが、それはナッツェ自身が許さなくていいと言ったのだから構わないだろう。代わりにヴァロが言ってくれたのだから。
人ごみに消えて行く背中を見送って、ナハトらも歩き出した。




