魔物を捕らえた魔術師
番外編です。
本編の最新話はこの話の一つ前です。
大型の魔物が大量発生した。そう冒険者が駆け込んできてすぐ、ダンジョンギルドの職員であるルーイは、冒険者ギルドと騎士に助力を要請した。ギルドからはすぐに駆け付けると間髪入れず返事があり、騎士からは、またかと文句の言葉が返ってきた。
またかと言いたいのはこちらの方だと、ルーイは奥歯を噛む。元々大型の魔物の大量発生の頻度はかなり低く、十数年に一回以下だ。小さい魔物が複数程度ならしょっちゅうだが、監視している冒険者たちの手に負えないほどの魔物の発生などほとんどない。だというのに、それは2カ月ほど前に1度起こり、その1度からほとんど間を置かずしての2回目だ。いい加減にしてほしいと思う。
「ルーイ!ギルドと騎士様は何て?」
武器を携えてそう声をかけて来たのは同僚のドナだ。その後ろには魔物を初めて見たのであろうダンジョン初心者の冒険者の姿もあり、ルーイは努めて明るく声をかける。
「ギルドから冒険者がすぐに来てくれるそうだ!俺たちも、魔物を外に出さないよう行こう!」
そう声をかけて同僚と冒険者に発破をかけたが、正直なところ、ルーイ自身は緊張で手が震えていた。ギルド職員も有事の際は戦うことが義務付けられているし、戦闘自体に抵抗はない。だが、ルーイはまだ魔物と戦った事がないのだ。
前回の襲撃の時は、大量発生とは言え一度にたくさんの魔物が押し寄せてきたわけではなかった。だから、ほとんどは高位冒険者たちが倒してくれたのだが、今回は一度に大量だ。今いる冒険者だけでは手が足りない。
(「くそ!覚悟を決めろ!」)
女性の職員も武器を持って駆け抜けて行くのを見て、ルーイも眼鏡を置いて、武器を取って門をくぐった。どんな魔物がどれだけ待ち構えているのかと緊張と恐怖に震えていたのだが、門の先で見たのは地面に倒れるたくさんの魔物と、歓声を上げる冒険者の姿。それと、呆気にとられる駆けつけた冒険者と、同じようにたたずむギルド職員の姿だった。
「はっ…?え…どういう事?魔物は…?」
「もう終わったよ!いやー、凄かったな!」
「終わった!?どういう事だ!言われてすぐ駆けつけたんだぞ!?」
「そう言われてもな…俺たちは出来ることをやっただけだ」
ルーイの問いに、冒険者がそう答えると、周囲の冒険者も皆頷いた。
彼らの話をまとめると、突然伸びてきた蔓が魔物を拘束した。その間に冒険者総出でとどめを刺した―――という事らしい。
「蔓って…これか?」
「ルーイ、これ魔術だよね?こんなことが出来る魔術師って…」
ぼろぼろと形を失いつつある蔓をのぞき込むと、ドナが後ろから声をかけてきた。その顔には駆けつけてきた職員同様、ルーイ同様、困惑が浮かんでいる。
「どう見ても魔術だな…。だけど、こんなことが出来る魔術師なんか…金等級どころか、宮廷魔術師だって怪しいんじゃないか?」
「そう…だよね。これ、全部でしょ?」
見渡す一帯に魔物の死体と、それを囲む蔓の山。崩れてなくなっているものもあるが、それにしたってとてつもない量だ。これだけの蔓を生み出し、冒険者が倒しきるまで魔物を拘束し続けるなど、とても魔術師が一人で出来る事ではない。複数人いても怪しい。
「…今、ギルドに登録されている植物の魔術師は何人いた?」
「えっと…ごめん、覚えてないや。そもそもノジェスにいる魔術師で、植物を使う人なんかほとんどいないもの」
「…だよな。でも、絶対後から騎士様たちに聞かれるからな、資料準備しておけよ」
「わかったわ」
「そっちはすぐに聴取と薬の準備だ。怪我人は別に集めて、手当てが済んだものから聴取に当たれ。魔物の死体も片付けないといけないから…そこは班を分けて対処に当たれ」
「わかりました」
そう部下たちに声をかけて、ルーイは一度自席へ戻った。改めて冒険者ギルドと騎士へ連絡を入れ、既に終わったことを告げる。すると、さすがに早すぎる為、騎士から何かの間違いだったのかと、少々の怒りを含んだ声が返ってきた。こういう時の返答はとてつもなく早い。
「勘違いにしても、確認もせずに救援を要請するとは…些か短慮が過ぎるのではないか?」
「…いえ、勘違いでも何でもありません。本当に大型の魔物が大量発生し、終わってしまったのです。お疑いなら、ご自分の目で確認されてはいかがでしょうか?今ならまだ、その痕跡が残っています」
「…検討しよう」
検討するとは言っているが、すぐに来るなとルーイは感じた。その為、すぐに迎えの準備をするよう職員に伝える。
その間にギルドから帰ってきた返答は、騎士らと同じく何かの間違いかというものであったが、騎士と違ってトゲはない。信じられないものを見た興奮を交えつつ伝えると、ギルドからもすぐに人を向かわせると返答がきた。そちらにも迎えを出すよう伝え、ルーイは自分でも植物の魔術師の人数と等級を調べる為、資料室へと向かった。
「……本当に、間違いはないのだな?」
「はい、間違いはありません」
何度目かのやり取りを繰り返した後、騎士は不服そうな様子を隠すことなく帰って行った。
「やっと終わった…」
「お疲れ様です」
「ありがとうございます、ネーヴェさん」
応接室で突っ伏したルーイの前に紅茶が置かれた。それを有り難くいただくと、ルーイの正面の椅子にネーヴェが腰かけた。
ダンジョンギルドに冒険者ギルドの職員であるネーヴェがいるのは、今回の騒動について冒険者ギルドから派遣された者がネーヴェであったからだ。ネーヴェはもともとダンジョンギルドの職員であったため、こちらに呼び出される事も少なくない。更に言うなら、ルーイの研修指導をしたのは彼女である。
のっそりと顔を上げると、ネーヴェは普段の穏やかな雰囲気はなく、きりっとした目で見つめてくる。それに、思わず背筋が伸びた。
「それで…どのようになりそうですか?」
「おそらくですが…あの様子ですと、騎士様からの呼び出しは確実にあるでしょう。こちらからも一度、お話を聞く必要はあると思います」
「そうですか…。わかりました。わたくしからナハト様にはご連絡させていただきます。聴取もその時でよろしいですか?」
「はい、かまいません。よろしくお願いします」
今、ノジェスにいる植物の魔術師は2人。一人は古参の魔術師で、名前をウィストルという赤等級の魔術師、もう一人が、ネーヴェが担当する、カントゥラから来た魔術師のナハトだ。
どちらも実績はある魔術師ではあるが、アレを行った魔術師であるかと聞かれれば否だ。ナハトの実績は、白等級の時からかなり目を見張るものではあったが、それでもあれだけの魔物を拘束する魔術師にしては評価は低い。それに、あの量の魔物を拘束し続けられる植物の魔術師がいたら、間違いなく一足飛びで金等級だ。そもそも、国から声がかかる程の逸材である。
だから、騎士は何度も確認していったのだ。ルーイから報告を聞いて、実際に目で確認して、これほどの実力の魔術師がいるならと聞いてみれば、出てくるのは黄等級に赤等級。おそらく、貴族にも声がかかっていたのだろう。王位争いの話も流れてきているから、あちらも戦力を取り込もうと必死だ。
ルーイは大きく息を吐いて、ソファに深く沈みこんだ。今日は早朝から動き回って本当に疲れた。疲れたけれど気になったこともあって、ネーヴェに問いかける。
「ナハト様って、どんな方なんですか?」
「…イーリー様からのご紹介では、少々難しい方だと聞き及んでおります」
「難しい…?」
「頭の回転が速く、勘が鋭く、無礼なふるまいには、相手がイーリー様であっても指一歩も引かず、丁寧な言葉で暴言を吐かれる方…だそうです。ですが、丁寧に接すれば、丁寧に返してくださる方だとも」
「へ、へー…」
イーリーというのは、最近カントゥラでギルド長になった人ではなかっただろうか。それに丁寧な言葉での暴言とは意味が分からない。丁寧という言葉がたくさん出たのにも関わらず、荒っぽい気難しい人という印象が強く聞こえて、ルーイの頬は引きつった。
だが、ネーヴェはルーイのその反応に笑う。
「そう、構えないでください。実際お話しした感じでは、確かに丁寧な方ではありましたが、暴言を吐かれるような方には見えませんでしたよ?小柄なのに背筋が伸びていて…そういう意味では、少々威圧的に見えるかもしれませんが」
「そうですか…」
安堵の息を吐いて、ルーイは手元の報告書に目を落とす。あの場にいた冒険者の証言を簡単にまとめたものだが、そこには件の人、ナハトの名前もある。
「あの場にいたのは、ナハト様の方なんですけどね…」
「…その報告は、わたくしも聞いています。ですが、魔力過多を起こして苦しんでいたとの目撃証言もいただいてます」
「そうなんですよねぇ…。あの時、ウィストル様は宿にいらっしゃったそうですし…そうなると、俺たちの知らない魔術師がいたとしか…」
「他にも可能性があることはありますよ?」
顔を上げると、ネーヴェがルーイの持つ書類の一点を指さした。そこにはルイーゼの証言として、魔物の可能性が示唆されていた。
「あっ、ほんとだ…」
「ルイーゼ様の証言は長くなりがちですからね。ですが、ルイーゼ様がそうおっしゃっている以上、魔物の可能性も入れておいた方がいいと思います」
「確かにそうですね…。わかりました。ありがとうございます」
ネーヴェと別れ、夜番の職員に引継ぎをして、ルーイはその日やっと自分の部屋へ戻った。
朝から動き回って本当に疲れた。明日からは聴取を取れなかった冒険者たちから話を聞いて、冒険者ギルドとも共有を取って、それらは騎士とも共有を図らなくてはいけない。
丁寧に書き直した文章の提出が求められるため、まだしばらく忙しいなと、ルーイは溜息をつきながら眠りについた。




