第5話 ダンジョンへ
卵はナハトは3日後に、ヴァロも5日後には割れた。中からはそれぞれ緑と紫の魔石が産まれ、それを専用のケースに入れて腰に通す。魔石の中は僅かに光っているように見えるが、半透明でとても綺麗だ。
そうしたら次はいよいよダンジョンギルドへの登録である。ダンジョンギルドへの登録には数日かかる。理由は一つ、冒険者ギルドに確認がいくからだ。本当に該当者が黄等級以上なのか、それに足る実力なのかを確認され、初めて登録がされるのだ。
さらにそこからダンジョンに入るための申請が必要になる。こちらは、ダンジョン内に1日に通す人数を決めているからだ。ダンジョン内に長くいると体が変化してしまう為、人の流入を管理するのが理由だ。その日数が足りない場合、どれだけすぐに申請を出しても申請が通る事はない。
ナハトらの登録は問題なく済んだ。イーリーの紹介状があったからかもしれないが、申請も問題なく、2日後にと許可が降りた。
「え〜?2日後なのぉ?あたしその日当番なのよぉ…残念…」
報告に行くと、ルイーゼはそう言って項垂れた。ダンジョンは常に複数の冒険者が監視任務についている。3交代制でおよそ5日間連続で任務に就く。ルイーゼはその1人なのだ。
「ナハトくんの魔術見たかったなぁ…」
「…ルイーゼさんの前ではあまりお見せしたくありませんね…」
「え~!あんなに頑張って教えてあげたのにぃ…」
「それについては大変感謝しています。ありがとうございます」
微笑むと、がっくりとルイーゼは項垂れた。
だがまたすぐに顔を上げ、「そうだ!」と声を上げる。
「ナハトくんも騎獣産まれたのよね?」
「えっ?ええ…」
「ヴァロくんも?」
「産まれましたけど…」
ぐいぐい来るルイーゼを押し返すと、彼女は魔石を見せてほしいと言ってきた。特に隠すつもりもないので渡せば、何やら確認してメモを取る。すぐに返された魔石は特になんともなかったが、ルイーゼは嬉々とした顔で口を開いた。
「出てきたら騎獣がどんなだったか教えてねぇ~!絶対よぉ?」
「…それくらいはいいですけど…」
「んふふ~、楽しみにしてるわぁ♪」
それから2日後、ナハトはついにダンジョンギルドの門をくぐった。少しの緊張と共に見上げると―――そこにはとても大きな木があった。だだっ広い土地の奥、横幅は十数メートルはありそうな幹は太く高く伸び、かなりの大きさの広場のようなここを覆い隠すほどに茂る枝と葉。
幹の根元にぽっかりと空いた虹色の穴があること、その大きさが違うこと以外は、ナハトが地下で見た巨木と何ら違いがなかった。降り積もる雪を物ともせず、まるで太陽の光を名一杯浴びているかのような巨木は、ナハト見たあの木と同じように僅かに輝いているように見える。
「ヴァロくん、同じだ…」
「えっ…?」
足を止めたナハトにヴァロが振り返る。その横に並びながら、ナハトはまた巨木を見上げた。
「同じなんだ。私が見た木と…」
「えっ、本当に?」
「ああ。…薄く光る幹と葉。大きさこそ違うし、ダンジョンに通じる入り口もなかったが、間違いない」
「ギュー!」
「ドラコも?」
頷くドラコに、ヴァロも驚いて見上げる。嘘だとは思ってなかったが、ナハトの話では光る木という事しかわからなかった。実際に見たわけではないし、少ない情報では、違うのではないかという思いの方が強かったのだ。だから、まさか本当に同じものだとは思ってもみなかった。
視線を下ろすと、どこか嬉しそうに木を見上げるナハトの横顔が見えた。その顔を見て、少しだけ悲しい気持ちになる。
(「あれ?俺何で…」)
何故そんな気持ちになったのかわからず混乱する。
すると、ぽんと背中を叩かれた。顔を上げると、ナハトがこちらを見ている。
「私たちも行ってみよう。…なにか、手掛かりがあるかもしれない」
「うん…!」
軽い足取りで進むナハトの後ろを、ヴァロもゆっくりとついて行った。
近づけば近づくほど、それは本当に大きかった。ダンジョンの入り口付近は、太陽の光が全く届かず、ずっと篝火が焚かれている。その両脇に冒険者らしき人達が立っていて、右側に立つ者の中にこちらに手を振るルイーゼの姿を見つけた。軽く手を振り返すと、ぴょんぴょん跳ねてさらに手を振る。
いるのは冒険者だけで、職員らしき者の姿はなかった。ここにはそもそも入ることを許された者しかいない為、特に確認をする必要がない。準備が出来た者から順に、中に入っていく。
「気を付けて行ってらっしゃ~い」
「ありがとうございます」
「行ってきます」
「ギュー!」
少しの緊張を感じながらも頷いて、ナハトとヴァロは足をすすめた。未知のものに対する高揚感と、何か手がかりがあるかもしれないという期待感。ワクワクした気持ちのまま、虹色のそれを超えて―――すぐに気づいた。
粘度のある水の中にいるような感覚、あっという間に体が熱くなり、くらりと頭が傾いた。それと同時に流れ込んでくるこれは、高濃度の魔力だ。
「ヴァロ、くん…っ!」
叫んで、ナハトはすぐさま戻ろうと振り返った。だが、足が全く動かずにその場に倒れこむ。倒れこんだ衝撃でドラコが滑り落ち、何とか受け止めながら足を見た。見た目には何も変化はない。だというのに足は見えない何かに縛り付けられてでもいるかのように、石にでもなってしまったかのようにかけらも動かすことが出来なかった。気づけば腕も、体も動かせない。見えないが、まるで自分の形をした何かに閉じ込められているかのように、指一本動かせなかった。
「ギュー!」
声が出しにくい。代わりにドラコが鳴いてヴァロを呼ぶが、その間にもどんどんナハトの体に魔力が流れ込んでくる。抵抗したくともその方法が分からない。熱くて熱くて、炎の中にでも投げ込まれたようだ。体の内側も外側も燃えているように熱く、それでもまだ魔力は入ってこようとする。
「ナハト!?」
「まりょ…こ…から…!」
舌が回らないが、それでも伝わったようだ。抱えて一瞬、ヴァロはその熱さに目を見開いたが、すぐさま入ってきたばかりのそこから飛び出した。入ってすぐ出て来たナハトらに、入ろうとした冒険者が驚いて声を上げる。
「なんだ!?」
「あぶねーだろ!」
「すみませんっ!どいてください!」
人の間を縫って壁際まで移動していく。
ダンジョンから出たせいで魔力が入ってくる感じはなくなり、体も動くようになった。だがその代わり、今度は体の内側で暴れまわる魔力に襲われた。これをこのまま発散してしまうのは危険だという事は分かる。しかし、とても長くは抑えられそうになかった。体の内側から爆発しそうで、血が燃えているかのように熱くて苦しい。頭も茹だって何も考えられない。何とか意識だけは失わないようにと思うが、そんな努力をあざ笑うかのように、膨らんだ魔力で視界が歪む。
「ナハトごめん、ちょっと切るよ」
きつく閉じた目と手。開けないとそう判断してか、ヴァロが握った拳の平を傷つけた。どうしてほしいのか口にはできないが、それでもヴァロにはどうすべきか伝わっていたようだ。傷口に空の魔石が押し当てられ、魔力が吸われていく。だが体の中の魔力を落ち着かせるにはとてもじゃないが足りない。焼け石に水状態で全く楽にならないそれに、ナハトもヴァロも焦りが募る。
「どうしたのぉ!?」
ルイーゼともう一人、ともに監視についていた冒険者が駆け寄ってきた。ヴァロが空の魔石を当てるのを見て瞬時に理解する。ルイーゼもポーチから空の魔石を出そうとして―――悲鳴が上がった。
「きゃぁああっ!!!」
「うわぁあああっ!!」
複数の悲鳴につられてヴァロも振り返った。
そこには、ダンジョンの入り口から出て来る複数の化け物、複数の魔物の姿があった。
「なっ…!」
「ルイーゼ行くぞ!」
「あっ…!二人とも、すぐに逃げてねぇ!」
あるだけの魔石を置いて、ルイーゼともう一人は走って行った。逃げ惑う冒険者とそれを追う魔物。
魔物がどんなものなのか、それは人伝に聞いた知識ならヴァロも持っていたし、なんとなく想像したこともあった。だが、実際に見たそれは本当に化け物としか言いようがないものだった。どこが手でどこが体なのか、どこが顔なのかわからない。そもそも生き物と言っていいのかわからないそれは、叫び声のようなものを上げながら暴れまわる。
ここにいる冒険者は、全員が黄等級以上だ。強い者ばかりがそろっているが、そもそも魔物の数が多い。次から次へと入り口から出て来る魔物は、あっという間に数十体を越え、手に負えない数になってしまった。
壁際にいるために今は気付かれていないが、ヴァロたちもいつ気付かれるかわからない。だが、冒険者が簡単に血を吐き倒れて行く様子に、ヴァロの足は竦んでしまっていた。
(「こんな…。ど、どうしたら…」)
その時、くっと服が引かれた。視線を下ろすと、ナハトが何か言っている。
「ごめん、ナハト…。すぐに…」
「…いや…い、い。それより…私を、外から、見えないように…隠して、くれ…」
「えっ…」
それに何の意味があるのかわからないが、強い目で見られてヴァロは頷いた。防寒具の前をあけて、包み込むようにナハトを抱える。
するとナハトは、震える手で左手の掌をバックルで切り裂き、地面の上に乗せた。ここにある魔石でどうにかできるほど、ナハトの体にある魔力は少なくはない。命の危機を感じるほどの魔力だ。ならば、この機に乗じて使いきるしかない。目を閉じて、集中する。そこかしこで上がる悲鳴の中、高魔力の魔物めがけて、溢れる魔力を叩きこんだ。
ドゴンッ!と鈍い音がして地面が揺れ、割れた。雪と氷を割って伸びた蔦は瞬く間に伸びて行き、魔物を拘束し、貫いていく。
「なんだ!?」
「きゃぁ!」
困惑の声が上がるが、さすがは高位冒険者たち。建て直しは早かった。仕留めきれない魔物を、拘束が効いているうちにどんどんとどめを刺していく。それでもどうしても手が足りない。拘束を抜け始めた魔物たちが、また暴れ出す。
「もう…一度…!」
ナハトは更に魔力を叩きこんだ。今度は拘束を解かれないよう、とげを生やした蔦でからめとっていく。
2度目は冒険者の立て直しもより速かった。先ほどよりも強固な拘束に魔物は逃げられず、無事すべて倒すことが出来た。歓声が聞こえて、ナハトはほっと息を吐く。
「すごい…あっ、大丈夫?まだ魔石使う?」
「…だい、じょうぶだ。なんとか…魔力は、元通りくらいになったよ…」
「よかった…」
「ただ、すまない…。ちょっと、動けそうに…ない…」
「ギュー…」
心配そうに鳴くドラコに視線だけ向けて、ナハトは目を閉じた。意識をなくしたわけではないようだが、目をあけているのも億劫なのだろう。地面の上に投げ出した腕を上げることも出来ないようだ。ヴァロは手早くその手だけ包帯を巻き、緑に染まった魔石と鞄を持って、ナハトを抱えて立ち上がった。
ダンジョンギルドの職員が走ってくる間を縫って、2人はその場を後にした。
ダンジョンで騒ぎがあったことは外にも伝わったのだろう。ギルドの周囲は何があったのかと気にする冒険者、周辺住民、衛士であふれていた。
向かってくる人の隙間を逆走しながら、ヴァロは帰路を急ぐ。
「ギュー!」
突然ドラコが声を上げた。視線を下ろすと、口を押えて眉を寄せるナハトの姿。
(「あっ…揺らすなって…」)
ユニコーンの時に揺らすなと言っていたことが思い出され、慌てて速度を緩める。揺らさないように気を付けると、少しだけ表情が柔らかくなった。
「…よく…気づいたな…」
「ドラコが教えてくれたから…。気づかなくてごめん」
「…一刻も、早く…あの場から離れる必要があったんだ…。謝る、必要はないよ…」
「ギュー…?」
「2人とも…ありがとう」
いくら魔力を発散したと言っても、体にはかなりの負担がかかったはずだ。しゃべるのも苦しいのだろう。出来るだけ急ぎ足で、尚且つ揺らさないように気を付けて帰宅した。
ナハトをベッドにおろすと、すぐさまヴァロは暖炉に火をつけ、部屋の温度を上げた。魔力を大量に使う、もしくは枯渇すると体調を崩すというのはいつもの流れな為、ヴァロの行動も早い。布団を増やしたり湯を沸かしたり、手の傷も一度解いて丁寧に手当てする。
「いつもすまないね」
「平気だよ。それより、何があったの?あれ、魔力過多でしょ?」
部屋の温度も上がり、着替えも済んで少しは落ち着いたのか、ベッドの上で壁にもたれるナハトにヴァロは問いかけた。熱がある為顔は赤いが、吐き気は収まってきたようである。
「ダンジョン内に入った瞬間、魔力が流れ込んできたんだ」
「魔力って…えっ、ユニコーンの時みたいな?」
「ああ…。いや、ちょっと違うな」
頷きかけて、ナハトは考えた。あの動けない感覚には覚えがあった気がしたのだ。体ががちがちに固定されたように動けなかったあの感覚は―――。
「…あれだ」
「あれ?」
「ああ。…私が君と初めて会った時に言ったことを覚えているかい?穴に落ちて、光る木と水を見つけた時の事…」
「ご、ごめん。それは覚えてるんだけど…それがどうかしたの?」
ナハトは自分の手を見つめた。その先にいるドラコを撫でて、口を開いた。
「その光る水で、私は手を洗ったんだ。怪我をした傷口を洗うためにね。そうして、透明な石に覆われた。足と手が水から伸びた透明な石に覆われ、それがどんどん伸びて全身に…ね」
「全身…?えっ、じゃぁナハトはそのまま…?」
「ああ。そのまま意識を失って…気が付いたら、その石はほんの少しを残して無くなっていたんだ。あの時、石の中に閉じ込められていく感覚と、ダンジョンに入った時に感じた感覚は似ていた。全身に何かが纏わりついて動けなくなる感覚がね…。ドラコ、君はそんな感じがしたかい?」
問いかけると、ドラコは首を振った。ナハトの肩にいたドラコはそれを感じていない。ヴァロは言わずもがなだ。ならば、あれは通常起こらない事なのだろう。ナハトのみに起こりうる理由があるはずだ。
「じゃ、じゃぁダンジョンでもその透明な石が…?」
「いいや、そんな物は見えなかった。だけど、見えなかっただけで確かにそれがある感じはしたんだ。その見えないものに拘束されて、動けないところにたくさんの魔力が…それこそ、ユニコーンの時とは比にならない量の魔力が流れ込んできた。君とドラコがすぐに気付いて外に出てくれたからよかったが、そうでなかったら…」
ごくりとヴァロは息をのんだ。言わなくとも、危険な状態であったことは伝わったのだろう。そして突然はっとすると、椅子から立ち上がって急ぎ足でこちらへ来た。
驚いて瞬くナハトに断りも入れず、額に手を当てたり脈を取ったりと慌ただしく動き出す。持っていたマグカップを取り上げられ、寝ろと肩を押すヴァロに疑問の声を上げる。
「ど、どうしたんだね急に」
「だってユニコーンの時以上に危険な状態だったんでしょ!?寝てなきゃ!あっ、氷もっと用意しておいた方がいいかな…。それとも…」
「待て待て、大丈夫だ。魔力は発散できたし、あの時は…」
「ダメだよ。ナハトは寝るの」
抵抗するナハトだったが、そう強く言われ首を傾げながらもベッドに寝転んだ。すぐにドラコが寄ってきて、ぺしりと額に手を当て、不満そうに鳴く。
「俺、ナハトの体調については大丈夫を聞かないことにしたから」
「それはどういう…?」
「だってナハトが大丈夫っていう時は、大丈夫じゃないことの方が多いからね。今だって熱結構高いでしょ?」
「そ…」
「そんな事はない」と言おうとして、言葉に詰まった。本当に大丈夫だと思っていたのだが、横になると急激に体が重くなるのを感じた。ヴァロの言う通り熱が高いらしい。
こういう時だけ強気なヴァロに見降ろされ、ナハトは観念して息を吐いた。
「わかった。今回は君の言う通り大人しく寝ることにするよ」
「うん、そうして。あっ、具合悪かったらちゃんと言うんだよ?ドラコもちゃんと見ててね」
「ギュー!」
「君たちは…はいはい、わかったよ」
息を吐いて眼を閉じると、あっという間に睡魔が襲ってきた。誠に遺憾ではあるが、今は言うことを聞いて体調を復調させよう。氷だ何だと動き回るヴァロと、ナハトを監視するように見つめるドラコの視線を感じながら、ナハトは眠りについた。
ドラコはナハトの首に巻き付いたり頭に乗ったりして、熱を測っています。
ドラコだけではナハトを休ませることが出来ませんが、ヴァロが率先していろいろやってくれるので、彼の中では「ヴァロは役に立ついいやつ」という認識になっています。
仲良し。




