装飾品を買いに
番外編です。
本編最新話はこの話の一つ前です。
ルイーゼの魔術講座の帰り、教えてもらったばかりの装飾品を買いに、ナハトとドラコは武器屋に来ていた。
リビエル村ではなかったが、本来こういう装飾品は、そこそこ大きな町の武器屋にはどこにでもあるらしい。カントゥラではほとんど立ち寄ることもなかったし、立ち寄ったとしても必要な物しか購入していなかったので特に気にしていなかったが、興味を持ってみれば、装飾品だけでかなりの数が置かれている。
装飾品の棚の前で立ち尽くしていると、店主らしき老婆が話しかけてきた。杖を突き、白いものが混じった薄茶色の垂れた耳に、同じ色の尻尾を引きずっている随分小柄な女性だ。
「いらっしゃい。何が必要だね?」
「こんにちは。小型の刃物が仕込まれた装飾品が欲しいのですが…」
「ああ、はいはい。あんたは魔術師かね?それとも暗殺者?」
「ま、魔術師です…」
顔に深い皺の入った店主にそう聞かれ、ナハトは戸惑いながらも答える。
(「暗殺者なんているのか…?」)
ナハトの引きつった顔に店主は笑う。どうやら揶揄われたようだ。
笑い声に気づいたのか、奥から一人の青年が出て来た。まだ若い彼はナハトに気づき慌てて顔を取り繕う。
「いらっしゃいませ。祖母が失礼しました。何か変な事を言われたりしませんでしたか?」
「変な事なんか言っちゃいないよ。大事な事だからねぇ…暗殺者かどうかは」
「またそれ聞いたのか?いい加減にしろよ…すみません、装飾品をお探しですか?」
「ええ、はい」
「でしたらこちらの棚です」
「ありがとうございます」
若さの割に、丁寧な言葉遣いが板についている。案内されたのは一番端の棚。体の部位ごとに上から順に並べられていて、髪飾りに耳飾り、首輪、腕輪、指輪、ベルトのバックルにつける物や、バッジタイプの物、靴に装着するものまで様々だ。
「魔術師の方ですよね?でしたら、殺傷能力の低い、本当に少し傷を作るタイプの物がいいと思います。こちらとか、こちらなんかがおすすめです」
見えやすいように手元に取ってくれたのは指輪とバックル。指輪は手の甲側から引っ掛けるようにしたときだけ、ほんの少し指先を切り裂くという物だ。思い切り押し当てれば、中から刃物が押し出されてもう少し深くも切れるらしい。
バックルはもっと単純で、バックルの側面を叩くとほんの少し刃が飛び出すという仕掛けのようだ。
「なるほど。どちらも大変興味深いですね」
「あとは…バッジタイプも人気があります。好きな場所に装着できるのと、結構見た目にこだわったものが多いので」
「ふふ、確かに。そのようですね」
言われてみれば、棚の三分の一はバッジだ。可愛いらしいデザインの物もあれば、動植物をモチーフにしたもの、武器をかたどったものまである。
種類が豊富で目移りするが、その中にあまり冒険者向きではないデザインもいくつか見つけた。派手なデザインのそれは、どちらかというとドレスやその類の装いの方が合うだろう。不思議に思っていると、青年がナハトにバッジを勧めたのを見た店主は盛大にため息をついた。
「最近じゃ”おしゃれ”とか言って買っていく一般人も多いわ。はあ~…武器じゃと言うのに嘆かわしい」
「ばあちゃんうるさい!売れてんだからいいだろう!?」
「馬鹿言うんじゃないよ!うちは武器屋だ。使いもせん武器を一般人に売るなんて…危なっかしくて見てられないよ」
「使わねーんだからいいだろう!?」
言い合いを始めた2人をそのままに、ナハトは一番手前に置いてあったそれを手に取った。蹄鉄のような形のそれは、曲がった部分に平たい穴が開いている。バックルと似た構造と判断して側面を叩けば、衝撃で小さな刃が飛び出した。これは他の物よりも少しだけ刃が長い。
「あっ!それは靴のかかとにつけるやつなんです。デザインがかっこいいから、これも結構売れてるんですよ」
「…なるほど。確かにこれは、おばあさまがおっしゃっている事も一理ありますね」
「…えっ?」
きょとんとした顔の青年に、ナハトはその装飾品の刃を見せた。それからそれを振りかぶって、青年の目に向かって振り下ろした。
「ひっ…!?」
勿論当てるつもりはなく、寸止めだ。だが青年は青い顔をして尻餅をついた。がたがた震える彼の前に、ナハトは膝をつく。
「これだけ刃の長さがあれば、人に傷をつけるのは簡単です。我々優等種の肌が強いと言っても、瞳はそうはいきません。先ほどの指輪だって、刃の部分を外側にして人を殴ったら、どうなるかお分かりですか?」
ごくりと青年が唾をのむ。声も出ない彼の様子に、店主がため息をついて近づいた。ナハトと彼の間に入り、口を開く。
「おまえさん、本当に魔術師かね?」
「魔術師ですよ。少々体術に覚えがあるだけです。…すみません、やりすぎましたね」
「本当だよ。まぁいい薬にはなったみたいだがね」
素直に謝ると、店主はにやりと笑って、腰が抜けたままの青年を振り返った。持っていた杖でばしりと頭を叩くと、彼は驚いて目を瞬かせる。
「いつまで座ってんだい?とっとと立たんか!」
「えっ…わ、わわわわっ」
続きざまに叩かれて青年は立ち上がった。だが、ナハトが怖いのだろう。一定の距離から近寄ってこない。
店主はそれにも溜息をつくと、彼を押しのけてナハトの前へ来た。
「まったく情けない…で?どれを買うんだい?」
「そうですね…。この指輪2つと、このバックル、それと、先ほど使った、この踵につけるタイプの物を両足分下さい」
「あいよ。他には?」
「あったらでいいのですが…保温効果がある装飾品はございますか?」
肩口から顔を出すドラコの頬を撫でる。防寒具は買ったが、それでもナハトとドラコには、ノジェスの気温は大分厳しい。雑貨屋に行った方があるかとも思ったが、寒いので出来れば何件も探し回りたくない。
店主は少し悩んだ後、首を振る。
「ないね。そんなものが欲しきゃ、雑貨屋へ行きな。ただ、買ったら気を付けな」
「どういうことですか?」
「知らないのかね。あんた、冒険者だろう?」
「はい」
「なら、ダンジョンにも潜るだろう?ダンジョン内はクズ魔石が使えないんだよ」
詳しく聞くと、ダンジョン内はクズ魔石を持ち込むことが出来ないらしい。持ち込んでもいいが、ダンジョン内に入れた瞬間、溶けてなくなってしまうそうだのだ。原因は分かっていないが、純度の高い魔石ならば問題がない事から、何かしら魔力が関係しているのではないかと言われているらしい。
「そうでしたか…。貴重なお話をありがとうございました。でしたら、こちらだけお願いします」
「あいよ。小銀貨1枚と、大銅貨3枚だ」
支払いを終えて、すぐその場で装備する。指輪は人差し指につけた。
具合を確かめていると、視線を感じた。目だけでそちらを見れば、青年が何か言いたそうにこちらを見ている。
ナハトはにこりと微笑んで、口を開いた。
「素敵な武器をありがとうございます」
どこかきまり悪そうに、青年は視線を逸らした。




