第3話 ルイーゼの魔力講座
「ねぇ、俺本当に一緒に行かなくて大丈夫?」
「大丈夫だ。魔術についての話をするのだし、ついてきても君はつまらないと思うよ?」
「それはそうかもしれないけど…」
貴族の一件からすっかり心配症になったヴァロに笑いながら、ナハトは昨日改めて買った防寒具に身を包んだ。間に合わせではなく、きちんと体のサイズを測って購入した防寒具は、それまでのものよりももっと軽くて暖かい。ドラコ用の防寒具も追加で買うことが出来たため、今日はドラコも肩の上にいる。
「ギュー!」
「ドラコもいるし、別に敵に会いに行く訳ではないからね。それに、会いに行くのは君が絆されたせいでもある訳だが、それにしては妙に心配するじゃないか?」
「それは…確かに昨日はちょっと可哀想な気がしたんだけど、いきなり、だ、抱きついてきたり、に…ににに」
「匂いを嗅いだり?」
「そ、そうだよ!…変態だったなぁって思って」
確かに変態かもしれないが、優等種とはいえ女性。力勝負では負けるだろうが、素早さなら負けない自信はある。それになにより、別に戦いに行く訳ではない。
「何度も言うが、大丈夫だ。それに、こちらはいつ頃終わるか分からないし、君には長く泊まれる宿を探して欲しい。この宿でも悪くはないが、少々騒がしいからね」
ここはネーヴェから教えてもらった宿だが、冒険者が多く泊まっていることもあり、遅くまでやっている食堂が隣接されている。深夜まで飲み食いできるのはいいのだが、そのせいで夜中まで騒がしいのだ。気にならない人は気にならないのだろうが、ナハトはかなり気になる。
「…わかった。いいとこ見つけてくるね」
「ああ。まずは冒険者ギルドで聞いてみるのもいいだろう。頼んだよ」
「うん、任せてよ」
大通りで分かれ、今日は受付時間内にギルドへ向かう。受付で断りを入れて、昨日訪れた部屋を再度尋ねると、そこにはきちんと服を着たルイーゼがいた。
「いらっしゃ〜い」
服を着ているだけで幾分マシに見えたが、ひらひらと手を振る姿はなんとも気が抜ける。それでも少しはやる気を示してくれているだけいい。勧められた椅子に座ると、ルイーゼはこほんと咳払いをした。
「一通りイーリーの手紙は読んだけどぉ、ナハトくんは植物の魔術師ってことでいいのよね?」
「はい」
「最初から魔術使えてたみたいだけどぉ、師匠っているの?」
「…基礎を教えてくださった方はいますが、魔術を使うようになってからはいません。それでイーリーさんにご紹介をお願いしました」
「なるほどぉ」と呟いて、イーリーはナハトに手を出すよう言う。少々躊躇いながらも差し出すと、その手をにぎにぎと触りながら言葉を続ける。
「最初から血を使わないと魔術を使えなかった?」
「それは…」
ナハトが血を使い出したのはごく最近だ。師父であるカルストに教わっていた頃は指先にある魔孔を意識していたからだが、果たしてそう説明して伝わるだろうか。
そう一瞬考えたが、疑問は口にしなければわからない。今は教えてもらう立場であるし、ルイーゼもきちんと教えてくれるつもりではあるようだ。ならば、ある程度誤魔化さず話した方がいい。少し言葉に気をつけながら、ナハトは口を開いた。
「…基礎を教えていただいていた時は、指先に魔力を放出するための見えない孔があると教わっていました。ですから、最初はそれを意識していました」
「ふむふむ。随分古い知識を持った人に教わっていたのねぇ…。魔力を意識させるためにあえてそう言うふうに教える人もいるけど、あたし達みたいなタイプには全然役に立たないのよねぇ…」
「そうなんですか?」
問うとルイーゼは頷いて、座ったまま何かの魔道具を引き寄せた。それは以前冒険者ギルドで登録した時に使った、魔力量を測る魔道具に似ている。
「魔力量いくつぅ?」
「…24です」
「結構あるのねぇ。私は27よぉ、ギルドで測るとねぇ」
ルイーゼは魔道具を撫でながらにこりと笑う。
不自然なその言い方に、まさかと思う。
(「ギルドで計る魔力量と、彼女の魔道具で測る魔力量では違いがあるのか?」)
もともとナハトが魔術を教わっていた時は魔力量という概念自体がなかった。そもそもギルドで計るまでは聞いたこともなかったのだ。疑問として口にするには情報が足りなさすぎる。
「…何を仰りたいのですか?」
「えっとね、魔力は体の中をめぐってるでしょう?」
己の体を指し示しながらルイーゼは続ける。
「血と一緒に魔力は流れてる。だから、魔力を測る時は、この魔道具に血を流して魔力量を測るのぉ。だけど、魔力過多になったり枯渇したりするとぉ、血に混ざる魔力の濃度が変わちゃって苦しくなっちゃうの」
「なるほど…」
身に覚えがある為に頷くと、ルイーゼは気をよくしたように前のめりになった。
「でも、あたし達みたいに血を使って魔術を使う人は、この仕組みが少し違うのよぉ」
「違う?何かあるのですか?」
「うふふ、聞きたい?聞きたい?」
「…いえ、結構です」
「ああん!聞いてよー!」
両手を胸の前でばたばたしだしたルイーゼに、ため息をついて「聞かせてください」と言ってみる。
「そうでしょうそうでしょう?えっとねぇ簡単に言うと…あたし達みたいな人は、血管の外側に魔力だけが流れる管があるの」
「管」と言われて、ナハトは思わず自分の腕を見た。袖を少しずらせば、肌の下に流れる血管が薄く見える。
「ナハトくんは、怒った時とかに魔力が膨れ上がった事とか今までなかったぁ?」
その言葉にどきりとした。怒りのまま魔力を使った時、確かに目に見えるほど魔力が膨れ上がった時があった。何度も魔力量を確認された事もあったが、どれも「本当に24なのか?」という聞き方ではなかっただろうか。
「その様子だとあるんだねぇ」
「はい…。ですが、確認した後でしたから、魔力の量が変わっていると思いませんでした」
「うんうん、なるほどねぇ。あたしの研究ではね、血じゃないとうまく魔力を使えない人たちは、感情によって増える魔力が、そうじゃない人と比べて跳ね上がるみたいなの。だ・け・どぉ、問題はここ!あたし達みたいな人達は、感情で増えた魔力が血には反映されないの!その外側の魔力が通る管の方に反映されてるみたいなのよぉ!しかも、魔力が通る管はとっっっても伸縮性があって、感情で魔力が増えた時もその管が広がるから、そのおかげであたし達はたっくさん魔力を使えるようになってるの!あっ、でもぉ、さすがに限度はあるわよぉ?じゃないと魔力過多になる原因わからないしねぇ」
「……なるほど」
「だけど、それがあるから、あたし達は普通に魔力を使えない。多分だけどぉ、魔力の管には出口がないのよぉ…。血管を覆う魔力の通り道に出口がないから、あたし達はそのままでは魔力を使えない。だから、それを切り裂くことによって、血を流すくらい深く切ることによって、初めて魔力が使えると思うのねぇ」
ナハトは驚きのあまり口が開いたままだった。気づいて口を閉じる。もし本当にそう言うものがあるのであれば、納得できなくもない。
魔孔については古い知識と言っていたが、確かにそれで魔力を使えていた時もあるわけで。ということはやはり魔孔はあるが、問題なく魔力が通れるほどのものではないと言うことなのだろう。
しかし―――。
「そうすると…ひょっとして、ギルドの魔道具では血に混ざった魔力しか測れないけれど、私たちには別に魔力が流れる器官があるために、魔力そのものの量が他の方と違うと言うことでしょうか?」
「そう、そうなのよぉ〜!他には質問ある?何でも聞いて!」
ぐっと近寄られて思わずのけぞる。肩でドラコが威嚇するが全くの無視だ。引き攣りながらも、ナハトは質問を続ける。
「魔力のみが流れる器官がある…という事は分かりましたが、そうすると魔力の枯渇は、血と管の両方の魔力を使用しきると起こる…ということですか?」
「そこは正直なところよくわからないのぉ。普通の人は、さっきも言った通り、血液中の魔力の濃度が変わるから具合が悪くなるんだけど、あたし達の場合は、それが2つあるでしょう?多分、両方の魔力の濃度が落ちると起こるんだと思うんだけどねぇ。実験したことあるんだけど、枯渇が起きると頭もへろへろになっちゃうから、よくわからなかったのよぉ」
事も無げに言うルイーゼに呆れる。枯渇が起きた状態でなど碌に動けるはずはない。そこまで突き詰める探究心は凄いが、随分と無茶をするものである。
「なるほど…。どちらにせよ、体を傷つけなければ魔術が使えない魔術師は、軒並み魔力が高い傾向があるという事ですね。魔力を貯められる器官が2つあるという事ですから」
「そう!そうなの!わー、本当に頭がいいのね!」
「い、いえ…ありがとう、ございます」
褒められているがあまり嬉しくはない。押し返すと、ルイーゼはパッと離れ、持っていた魔道具を放り投げた。そのまま机に戻り、積まれた魔道具の中から先ほどまで持っていた魔力を測る魔道具よりも一回りほど大きいそれを持ってきた。先ほどの魔道具は何だったのか。そんな事を気にする間もなく、どんと目の前の机にそれが置かれた。
「それでぇ、これからが本題!これはあたしが作った、魔力の管の魔力量…"潜在魔力"を測るための魔道具よぉ!見ててぇ」
言うと、ルイーゼは魔道具の尖った部分、中心にあるそこに指を押しつけた。ズプリと音がして、受け皿に血が流れていく。
すると、魔道具についていた魔石が光り出した。一度強く光を放ったそれは、薄ぼんやりと光を湛え、中心に数字を浮かび上がらせた。
「ふっふっふ!見よ、これがあたしの本当の魔力量よぉ!」
「62…」
先程ルイーゼは己の魔力量を27と言っていた。62なら、単純に計算しても倍以上だ。一気にルイーゼの説明に信憑性が出て、ごくりと息を飲む。
「ささっ!ナハトくんもやってみてぇ?」
綺麗に血を拭った魔道具を差し出され、ナハトは緊張しながら指を刺した。血が流れ、先ほどと同じように魔石光り―――映し出されたそれを見て、ルイーゼが魔道具に飛びついた。
「えっ!?こんな…171なんて…!?」
ナハトの元々の魔力量は24。倍どころか、7倍以上ある。驚いて自分の手を見つめていると、視線を感じて顔を上げた。
物凄いキラキラした目のルイーゼと目が合い、反射的に腰を浮かせる。
「ああん!まだあたし何も言ってないわよぉ〜!」
「離してください。もうその目がヤバイです」
縋り付いてくるルイーゼを押して対抗するが、やはり力では敵いそうにない。ため息をつきながら肩の上で威嚇するドラコを宥め、ガッチリとホールドされた腕を捻りながら抜いて距離を取った。
何が起きたか分からないと言う顔の彼女を手で制しながら口を開く。
「あまりしつこくされるようでしたら、イーリーさんにお伝えします」
「そ、それはずるいわぁ!」
「何とでも。それより、話の続きをお願いします。私は勉強をしに来ていますので」
「う〜…」
にぎにぎと怪しい動きをするルイーゼに厳しい目を向けると、彼女は散々頭を抱えて考えてから両手を合わせて頭を下げてきた。
「ちょ、ちょっとだけ協力してくれなぁい?ほんのちょっとだけ!」
「…内容によりますが、なんですか?」
「すこーしだけ体液が欲しいんだけど…」
「…素直に血と言ってもらえませんか?」
"体液"とは妙な言い方をすると、重い息を吐く。だが、言われたルイーゼはきょとんとしたあと、輝くような笑顔で口を開いた。
「実はね実はね、血だけじゃなくて、体液にも魔力って含まれてるのよ?体だとあとは髪の毛とかにも!だからね、実験したいから、血か涙か唾液か汗か…それかおしっ…」
「血だけ差し上げます!それ以外はお断りします」
「えー!」
突然何を言い出すのかと慌てて声をかぶせて遮った。本当に変態だ。ざわりと鳥肌が立つ。ぶーぶー文句を言うルイーゼにまたイーリーの話を出して、なんとか会話を切り上げた。博識な事を素直にすごいと思っていたが、それを考慮しても有り余るほどの変態っぷりである。
溜息をつきながら、ナハトは渡された細い瓶にほんの少しだけ血を流し込んだ。
血を渡し、その後は一度昼食を挟んで冒険者ギルドへ移動した。頭で勉強したら次は実践の勉強である。
ちなみに昼食はダンジョンギルドの食堂で食べた。あまりに自然にルイーゼが振舞うため一般にも開放されていたのかと思ったが、どうやらギルドに住んでいる者の権利と勝手に言っているようだ。
ひそひそ話す職員の言葉をそのまま聞くなら、本来ならば職員以外はギルドに寝泊りできない。だが、ルイーゼは魔道具の開発やその他魔術に対しての知見が深いなどの功績がある為、ギルド側も無理に追い出せないという事らしい。
「いいのよぉ~。ちゃーんと、お仕事はしてるもの」
「……そうですか」
同じような奴だと思われるのは心外な為、後で謝りに行こうと固く誓ったナハトである。
冒険者ギルドの作りはカントゥラとほぼ同じであった。
大きな違いとしては建物全体の大きさと、地下の演習場の壁や天井に、魔術に対する攻撃への耐性が付与されているところだろう。ダンジョン都市と言うだけあって、魔術を練習する場としても使用されているらしく、そのような効果が施されているらしい。
「さてさて。ナハトくんは、どういう風に魔術を使うのかな?」
「どういう風とは…?」
質問の意図が分からず首を傾げるが、早く早くと急かされて、指先を切って地面に着けた。そこから魔力を流し、小さな花を咲かせる。速度には大いに気を付けた。
「こういう感じですが?」
「うんうん、なるほどねぇ…。あのね、植物の魔術師の人ってねぇ、他の魔術師と違ってすんごい頭が固いの」
いきなり否定されてなんとも言えない気持ちになった。だがルイーゼはそんな事はお構いなく話し続ける。
「ナハトくんもそうなんだけどぉ、植物の魔術師の人って、魔術で植物を操ってどうにかしようとしがちなのよねぇ」
そう言ってルイーゼは流れるような動きで指先を傷つけると、そこからぽんぽんと尖った氷を打ち出した。それを見て思い至る。と言うか、何故気づかなかったと、己の手を見た。
そんなナハトの様子に、ルイーゼは嬉しそうに笑う。
「気づいたぁ?そう、魔力にそもそも植物の属性があるの!植物の魔術師は、魔力で生やした植物で戦う事が多いでしょう?だから、自然と土や木なんかを探して、そこから如何にか植物を生やせないかって考えちゃうのよねぇ」
「…確かに、そう思っていました」
ナハトの場合、そう教えられてもいた。だから、そういう物だと最初から思ってしまっていたのだ。傷つけた指先に意識を集中させると、そこに先ほどと同じ花が咲いた。何とも奇妙な光景だが、これが出来るのであればわざわざ土や木を探す必要などない。指先を相手に向けるだけで済む。
「他にもねぇ…こんな事も出来ちゃうよ?」
ルイーゼがナハトに向かって手を伸ばすと、ぶわりと魔力が向かってきた。反射的に警戒すると、肩の上にいたドラコが急に声を上げた。
「ギュ!?ギュー!」
「ドラコ?どうし…わっ!?」
「うふふ~面白いでしょう?」
ドラコの頭に氷でできた角が生えていた。先ほど感じた魔力は、遠隔で魔術を使うために魔力を飛ばしたのだと理解する。なるほどと思いながらも、冷たいのか驚いたのか、慌てるドラコがかわいそうだ。
幸い角は軽く力を入れるだけで取れたが、冷えた頭を頬に押し付けられ、その冷たさにびっくりする。
「効率的に使うには、もっと少ない魔力をほんの少しだけ操作したりする必要があるんだけどねぇ。そこは練習かな。上手な人だと、相手の魔力に混ぜて気づきにくくしたりも出来るの。こんな感じで」
「わっ!?」
今度はナハトの右手に雪だるまが出来た。
普段ナハトは体に傷をつけるまでは魔力がほとんど対外に出ていない。今は血を流している為、己の魔力に混ざって、ルイーゼの魔力は本当に全く感じなかった。こんな高度な事を簡単な事のように行う彼女は、イーリーに聞いた通りとても有能な魔術師なのだ。性格はあれだが、説明もしっかりしてくれるし、勉強になる。本当に性格はあれだが。
「コツとしてはぁ、魔力を別の物みたいに考えて操作する感じよ?風とか、水とか…」
「別の物…」
ルイーゼの言葉に懐かしさを覚える。師父に教わった時と同じような感じだろうかと、ナハトは指先から垂れ流れる魔力を操作してみた。細い糸のようになった魔力に、思わず笑みを浮かべる。
「わぁ、すごいわねぇ!随分器用なのね」
「ありがとうございます」
細い糸のようなものでは簡単に気付かれる。だが、地面に這わせたりしてみれば、もう少しうまく使えるだろう。塵のような感じにするのもありかもしれない。
「魔力はその大きさと、体からの距離で使いやすさや消えやすさが変わるわぁ。たくさん魔力を出せば気づかれちゃうから、そこはやっぱり練習して距離を測る方がいいわよ~。でもでも、思ってるよりも遠くには飛ばせないからねぇ」
「わかりました」
礼を言って頷いた。すると、ルイーゼはまた目を輝かせて口を開く。
「あたし役に立つでしょ~?だから、もう少し血以外の体液を…」
「もう終わりですかルイーゼさん?」
「終わりじゃないけどぉ…ほんのちょーっと、せめて唾液…」
「他も教えて下さったら考えてもいいですよ?」
「ほんと!?」
「ギュー!?」
いいのかと言わんばかりに、ドラコがこちらを向く。それに笑みを深めながらナハトは頷いた。
「ええ、本当です」
「そしたらそしたら、えっとねぇ…」
ルイーゼは張り切って、次は装飾品について教えてくれた。ナハトは知らなかったが、血を使う魔術師は一定数いるため、簡単に体に傷をつけられるアクセサリがあるとの事だった。ナハトは今まで、いちいち刃物で指や掌を斬っていたが、指輪やバッジに刃物が仕込んであれば、必要な時にはそれで簡単に体を傷つけられる。実際にルイーゼが持つものを見せてもらったが、片手で傷が作れるのはとても便利そうだ。
あとは軟膏の作り方も教えてもらった。それはイーリーから貰ったあの軟膏で、聞けば、傷の治りを早くするためにルイーゼ自身で考案、調合したものらしい。素直に凄いと思うが、その探求心のせいで変態なのではというのも否めない。
他にも魔術の応用や考え方、魔力の上手い使い方なども教わった。大変ためにはなったが―――。
(「…考えると言っただけだからと逃げようと思ったが…これだけ教わってしまうと、流石にそれは失礼な気がしてきたな…」)
「こんな所かな!うふふ〜♪とーってもあたし役に立ったわよね?ね?」
「…そ、そうですね…」
やっぱりそのまま断ってもよかったかもしれない。そう思うナハトだったが、いそいそと腰のポーチから細長い瓶を取り出したルイーゼは、あまりに嬉しそうで断るのが憚られた。なにより、本当に勉強になったのだ。
だが、スキップしながら近づいてくるルイーゼに頬が引き攣る。
「はい、これ!」
「えっとー…」
差し出された瓶を受け取らずに視線を逸らす。すると、何を勘違いしたのか、ルイーゼがまた恥ずかしげもなく口を開く。
「あっ!ちなみにお手洗いはあ・そ・こ♪」
「…やめていただけませんかそれ」
「え〜?だって、一番おしっ…」
「わかりましたから!涙で手を打ちます!」
ナハトは被せるようにそう声を張り上げた。ここにいるのはナハトらだけではない。武器の調子や魔術の訓練をしている者もいるというのに、羞恥心はないのか。ジト目で見ると、ルイーゼがぷくりと頬を膨らませる。
「ええ〜!あんなに頑張ったのにぃ…」
「何を差し上げるかは言いませんでしたから」
「ケチー」
「…涙もあげませんよ?」
ぶーぶー文句を言うルイーゼにそう言うと、ため息の後に瓶を差し出された。受け取ると、いい笑顔でにっこり笑う。
「せめてすこーし多めにお願いねぇ」
「…善処します」
とはいえ、涙など簡単に出るものではない。
そもそも人前で安易に涙を流すのもいい気はしない。せめてもの抵抗で壁側へ移動し、指に新しい傷を作る。そこに魔力と意識を集中し、サルコという植物を生やした。根の部分に毒性がある植物だが、その毒と言っても微量なもので、どちらかと言えばその刺激の方が話題になることが多い。根の部分が辛いのだ。それも鼻に抜ける辛さで、抽出すると催涙効果のある煙幕などが作れる。珍味としても食べられているらしいが、ナハトは好きではない。
それを、ほんの少しだけ噛む。すると、すぐさまツンとした辛みが鼻を抜け、勝手に涙が溢れてきた。
「ギュー?ギュー…」
「だ、大丈夫だよドラコ。悲しいわけじゃない」
慰めるようにドラコが頭を頬に押し付けてくる。それを微笑ましく思いながら、零さないように涙を入れて行く。多めと言うがどれくらいほしいのだろうか。ちらりと視線を向けると、ルイーゼが指でもう少しと指示してくる。
仕方なくもう一度根を噛んで、瓶に涙を溜めた。




