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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第三章
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第1話 北のダンジョン都市ノジェス

三章始まりました!

二章よりも長くなりそうです。よろしくお願いいたします。

光が消えると同時に浮遊感が薄れ、足の裏に地面が付く感触がする。そのまま徐々に重力がかかり、それらが消える頃には、先ほどまでいた部屋の中と同じような部屋の中にいた。

 同時に感じた冷気に、思わず腕を触る。


「ダンジョン都市ノジェスへようこそ。ナハト様、ヴァロ様」


 呼ばれて顔を上げると、穏やかな微笑みをたたえた職員が一人、魔法陣の前に立っていた。新緑のような鮮やかな色の長い髪を編み込んでアップにし、さらりと長い毛の細長い耳と尻尾の、女性の職員だ。丸い淵の眼鏡を上げて、軽くこちらに頭を下げる。

 ナハトも女性に倣って頭を下げた。


「初めまして。私はナハト、この子はドラコ。彼はヴァロくんです」

「ギュー!」

「よ、よろしくお願いします」

「よろしくお願い致します。わたくしはネーヴェと申します。お二人の担当をさせていただきます。早速ですが、こちらへどうぞ。まずは、身分証を確認させていただいてもよろしいですか?」

「はい」

「は、はい」


 促されるまま魔法陣から移動し、身分証を渡す。ネーヴェはそれに目を通して確認すると、その場でナハト等に返してくれた。


「ありがとうございます。では、応接室へご案内いたします」


 ネーヴェに続いて部屋を出る。同じギルドの建物だというのにそこはもう見慣れない景色だった。カントゥラと違って窓が少なく、ひんやりとした冷気が肌を刺す。寒いと聞いていたので多少厚着をしたつもりであったが、それをものともしない寒さに驚いた。

 視界に白い何かが見えて、窓から外を窺う。ガラスは厚く、廊下とはいえ建物の中だというのに水滴凍り付いていた。窓の外側には白い何かが積もっていて、その向こうに見える町は薄暗い。その白いものはふわふわしたようにも見えるが、室内の光を受けてキラキラ光った。


「まさか、これが雪?」

「この白いのが?」


興味を引かれてガラスを触ると、信じられないほど冷たかった。熱いものに触れたかのように手を引くと、ヴァロも好奇心を抑えきれずに窓に触れた。そしてすぐに驚いて手を離す。

すると、クスリと笑い声が聞こえた。


「すみません、案内していただいている途中で…」

「…失礼しました。お二人とも、雪は初めてでしょうか?」

「はい!すごい冷たいですね」

「実際の雪や氷はもっと冷たいですよ」


廊下の途中にあるひときわ大きな窓近くへ案内された。そこは床近くから天井近くまでの大きな窓で、外側は雪が積もらないよう柵のような手すりが備え付けられている。そこだけは、窓が開くようになっているようだ。


「今も降っていますが、ノジェスでは一年中を通して雪が降ります。晴れの日もほとんどなく、大体が曇りか雪です。だから、とても真っ白でしょう?」

「本当だ…真っ白!」


窓の外に見える街並みは道も屋根も雪に覆われて真っ白だ。その分視界が悪く、遠くまではあまり見えない。

ダンジョンである巨木が見えないかと期待したが、離れたところに高い壁らしきものが見えるだけ。ネーヴェ曰く、雪が降っていない日はかなり遠くまで見える為、ここからダンジョンの巨木を確認する事も出来るらしい。


「ギュー…」


もぞもぞと首元でドラコが力なく鳴いた。触れた鱗が冷たく、寒いのだと分かって、少し服の前を緩める。


「ドラコ、中に入っておいで」


 爬虫類の彼にはこの寒さは酷だろう。すぐさまするりとドラコが入ってきた。マントを少しだけ上に上げて、肩回りを厚くする。

それを見たネーヴェが、また失礼しましたと頭を下げた。


「気づかずに申し訳ありません。初めていらしたのでしたら、寒さにも慣れていらっしゃいませんよね…。すぐに応接室へご案内いたします」

「ありがとうございます」


 正直なところ、ナハトも寒さがかなり堪えていた。体が心から冷えて、足と手の指が痛い。ヴァロも多少は寒さを感じているようで少々鼻が赤いが、それでもやはりナハト等に比べると余裕そうだ。優等種は寒さにも強いのかと思いながら、歩くネーヴェについて行く。

 通された応接室は外と比べて暖かかった。煌々と暖炉が焚かれ、火特有のむわりとした熱気が、部屋全体を満たしていた。少々はしたないと思いつつも、ナハトは断りを入れて暖炉に近づく。冷え切った指に熱が反応して、少しじんじんする。


「ナハト様は、寒いのが苦手のようですね」

「…どうやらそのようです。来るまでわからなかったのですが、これほどの寒さとは思いもよりませんでした」

「ナハト、そんなに寒いの?」

「寒いとも。君は平気なのかい?」

「俺はちょっと冷えるかなーくらい。暑がりだからかな?」

「暑がりというのも初耳だがね」


 笑っていると、ネーヴェがお茶を用意してくれた。湯気を上げて注がれるそれに気が付き、多少温まった手を握りながら戻るとどうぞと椅子を勧められる。冷たいのではないかと警戒しながら座ると、驚くことにほんの少し暖かかった。何か仕掛けでもあるようだ。

 ナハトたちが座ったのを確認して、ネーヴェが一口お茶を口にした。それを見て、ナハトたちもお茶を口にする。ミルクとスパイスの香りがするほんのり甘いお茶は、飲んだことのない味であったが、ぽかぽかと体が心から温まるような感じがした。


「お口に合いましたか?」

「はい。変わった味ですが、とてもおいしいです」

「それはよかったです。では早速ですが、ご説明させていただきますね」


 ダンジョン都市にあるギルドは、他の町や村にあるギルドとは異なっている点が2つある。

 1つは、ダンジョンギルドと連携が取られていることだ。

 ダンジョンギルドとは、ダンジョンの管理をしているギルドの事で、ダンジョンに入るにはこのギルドに登録し、申請を出して、許可される必要がある。ダンジョン内は安全上、人数に制限が設けられている為、常にダンジョン内のパーティの把握、出入りの人数を管理し制限しているからだ。他にも、ダンジョンで採取された物や、魔物の素材を買い取り、なども行っている。ダンジョンギルドへは、必ず冒険者ギルドへも登録がされている必要があり、冒険者ギルドで黄等級以上であることが確認されると、ダンジョンギルドへ登録が出来るようになるのだ。

 もう1つは、ダンジョンギルドからの依頼で、冒険者がダンジョンへもぐったり、監視任務に就くことがあるという事だ。ダンジョンは常に一定数の冒険者が、ダンジョンギルドに登録された専属の冒険者が、監視の任に当たっている。大抵は決まった者たちが当番制で昼夜問わず監視に当たっているのだが、ダンジョンはその特殊性から、中に入ることはもちろん、長く入り口の近くにいる場合でも守らなければならないルールがある。

 それが休息期間である。ダンジョンには長くとも5日しか滞在することが許されず、外へ出たら5日は必ず休息をとる必要がある。これは絶対に、何よりも優先して厳守せねばならないルールだ。当番も5日毎ではあるのだが、監視の任に当たった場合は、外での休息は1日でいい。その為、冒険者たちは開いた期間で依頼を受けたり、ダンジョンへ入ることもあり、そうすると休息期間が重なって、監視の人が足らなくなることがあるらしいのだ。


「皆さんがそのようなわけではありませんが…。それでも、数か月に1度は起こってしまう事なので、その場合は冒険者の方へ協力を求めています」

「わかりました」


 内容を一つ一つ確認しながら、ネーヴェは説明を続ける。


「イーリー様からご紹介を受けておりますので、お二人とも当ギルドへの登録はすでに済んでおります。転移の魔法陣については、事前にお伝えいただければいつでも使用は可能です。その際は、わたくしまでお知らせください」

「わかりました」

「それと、魔術師のルイーゼ様への面会を求めているとお聞きしていますが、こちら間違いありませんでしょうか?」

「はい。紹介状はこちらです」


 イーリーから渡されていた紹介状を懐から出して渡す。ネーヴェは「失礼します」と断りを入れると、一度それを開封し、中身を確認して頷いた。


「確かに確認いたしました。ルイーゼ様ですが、彼女はダンジョンギルド内に居室を構えられております。ダンジョンギルドへは話を通しておきますので、明日、ダンジョンギルドへお尋ねください」

「わかりました。ルイーゼさんはギルドにお住まいなのですか?」


 ギルドに住むというのがイマイチ理解できず問うと、ネーヴェは困ったような顔で頷いた。


「元々ノジェスは長期で滞在される方が多いので、宿以外にも一軒家の貸し出しが行われています。ルイーゼ様も最初は一軒家をお借りしていたのですが、その…少々変わった方ですので…」

「変わった方?」

「はい。ギルド内には食堂も浴室も休める場所も、職員専用の物があります。それを、わざわざ外へ出ずともすべて済むなんて羨ましいと、ダンジョンギルドへ押しかけてしまわれたそうです」


 思わずヴァロと顔を見合わす。そんな話はイーリーから聞いた事がなかった。腕は経つし、性格もまあまあ悪くないと言っていたが―――まあまあの範囲だろうかそれは。

 そういえばイーリーはアンバスについても比較的好意的に接していた。ナハトとヴァロも初対面ではかなりアレな感じであったのに、その後も気にせず接してくれていた。もしかしたら、彼女のまあまあの範囲はかなり大きいのかもしれない。


「なるほど?」

「気難しい方ではありませんし、どちらかと言えば親しみやすい方なのですが、大変好奇心が旺盛な方です。調査や研究がとてもお好きですので、お邪魔しないように、出来れば早朝にお尋ねされる事をお勧め致します」

「わかりました。ありがとうございます」




 ネーヴェから一通りの説明を受け、冒険者ギルドから外へ出た。今日はネーヴェに進められた宿へ泊ることに決め、行くついでにダンジョンを見ようと足早に向かう。だが、ギルドを出ていくらも歩かない内に、2人は一番近くに合った酒場に飛び込んだ。


「さ、さむさむ寒いいいっ!なにこれ!?」


 時間的にはまだ陽がかげるには早いはずだったが、外に出てみるともうかなり暗くなり始めていた。室内にいた時も寒いと思っていたが、外はそれとは比べ物にならないほど寒かった。風こそないが、肺が凍るような思いだ。

 酒場はまだ人もまばらであったが、気のよさそうな女将が一人配膳をしていた。

 青みがかった肩ほどの長さの黒髪に丸い耳の彼女は、突然飛び込んできたナハトたちの格好を見て、驚くというより呆れを浮かべる。離れたところで酒盛りを始めている冒険者らに酒を運ぶと、暖炉に近い席を準備してくれた。


「あんたらどうしたんだい、そんな薄着で」

「きょ、今日ここここにつつついたんですけどどど」

「防寒具も何買わなかったのかい?こっちで火に当たりな。そっちのは死にそうな顔してるじゃないか」

「えっ?な、ななナハト大丈夫!?」

「…しし死、ぬ」


 腕をさすりながらばたばたするヴァロに比べて、ナハトは極力体を縮めるように丸くなる。こんな寒さは経験したことがなかった。優等種であるヴァロが寒さを感じるのだから、ナハトに至っては本当に凍る寸前だ。唇も顔色も青く、ガタガタ震えている。


「ほら、あたしのひざ掛けだが貸してやるよ」


 渡されたそれはとても分厚い毛布のようなひざ掛けで、小柄なナハトを十分包めるほどの大きさがあった。礼を言いたいのにうまく口が動かず、代わりに頭を下げると、彼女は笑ってもう一枚のひざ掛けをヴァロに渡した。有難くそれを受け取り体に巻き付けると、じんわりと少しずつからだが暖かくなる。


「体を温めるなら酒が一番だが、あんたら飲めるのかい?」

「おおお俺は飲めますけど…」

「……」

「あいよ。じゃあそっちのにはホットミルクでいいかい?」


 頷くと、彼女はまた笑って厨房へと消えた。すぐに戻ってきたが、その手には湯気がのぼるカップを二つ持っている。片方は甘い匂いが、もう片方からはツンと鼻をつくスパイスとアルコールの匂いがする。


「またせたね。こっちがホットミルクで、これはホットビアだ。体があったまるよ」

「いただきます」

「ありがとう…ございます。い…いただきます」


 ナハトはやっと少しだけ動くようになった口で礼を言ってミルクを飲む。ほんのり蜂蜜とバターの味がするそれは、染みこむように冷えた体に落ちて行く。ヴァロは初めて見るホットビアに若干警戒したようだったが、一口飲むと、一気に飲み干した。黒い泡が髭のようについていて、思わず笑う。


「これうまい!」

「そうだろう?暖かい酒なんかって言うやつもいるが、寒い日にゃこれが一番だよ。まあ、ここは一年中寒いけどねぇ」


 豪快に笑う彼女に、ナハトはコップを置くと向き直った。頭を下げて、きちんと礼を口にする。


「突然お騒がせして申し訳ありません。ひざ掛けも貸していただいたのに、お礼も言えずすみませんでした」

「いいんだよぉ、気にしないで。そんなに畏まられちゃこっちの居心地が悪くなるわ」

「ありがとうございます」


 もう一杯ずつホットビアとホットミルクをお願いすると、彼女はいそいそと厨房へ消えて行った。




「それで、あんた達これからどうするつもりなんだい?」


 2杯目が飲み終わる頃、女将はそう問いかけてきた。外はますます暗くなり、夜に差し掛かろうとしている。

 これから深夜、早朝と、どんどん寒くなるだろう。まだぎりぎり陽が出ていた時でさえ、一瞬で凍りつきそうなほど寒かったのだ。とてもでは無いが、今の格好では出歩けない。


「一刻も早く防寒具が必要ですが、この店から近く、尚且つ良いものを置いている店をご存じでしょうか?」

「そうさねぇ…あんたら2人の防寒具だろう?幅広いサイズが置いてるとなると…」

「ニクスのとこがいいんじゃねぇか?」


 別のとこから声が聞こえて振り返ると、女将と同じくらいの年齢の、エプロン姿の男がいた。女将と親しげに話す様子からして、この店の店主だろう。窓に近づき、こちらに向かって手招きをしてくる。

 ヴァロと窓の外を覗くと、親指でぐいっと外を指した。


「あそこに看板が見えるか?あの隣がニクスって奴がやってる古着屋だ。古着屋だからサイズもたくさんある。とりあえずで買うなら、それで十分だろう」


 なるほどと頷く。防寒具は一刻も早く欲しいが、吟味していられるほどナハト達に余裕はない。今はとにかく寒さを凌げて、町中を移動できる防寒具が手に入ればそれでいい。それがあれば、後で自分に合ったものを購入することも出来る。


「うちのホットミルクとホットビアは特製だからな。大分体あったまったんじゃねぇか?」


 女将と同じく恰幅の良い店主は、ニヤリと笑ってそう言う。確かに体の芯からぽかぽかと暖かい感じがする。あのホットミルクやホットビアにもスパイスが入っているのかもしれない。


「俺、ちょっと暑いくらいだよ」

「君はアルコールも入っているからだろうね。私も今なら外出ても大丈夫な気がするよ」

「そりゃ気のせいだろうがね」


 楽しそうに笑う女将らに礼を言って外へ出る。やはり大丈夫だと感じたのは一瞬だけだった。すぐさま冷たい風に晒され、ナハトらは古着屋へ急いだ。


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