アンバスの後悔と新しい目標
第二章11話の後の話です。
アンバスがどうして指導者とかしてたのかが書いてあります
「おまえいい加減にしろよ!!!」
ギルド長補佐に与えられた部屋で、イーリーはアンバスを怒鳴りつけた。怒鳴られたアンバスは不貞腐れた顔で腕を組み、こちらを見ようともしない。腹を立てたイーリーはその顔を掴み、無理やり自分の方へ向けた。
「聞いてんのか!?」
「うるせえな!何でお前にいろいろ言われなきゃならねぇんだよ!」
腕を振り払い、負けじと怒鳴り返すアンバス。
だがイーリーも引かない。今回ばかりは許すわけにはいかないのだ。帰り際に見たナハトの顔を思い出して、アンバスの胸ぐらを掴む。
「いいから聞けってんだよ!お前は金輪際、二度とあいつ等には関わらせない。おまえにもあたしの下についてもらうからな」
「テメェ…!」
「腹を立てようがこれは決定だ。従ってもらうぞ」
アンバスの喉元を押し付けるようにして手を離し、イーリーは椅子にどかりと座りなおした。
怒りに震えたアンバスは、怒りのままに机に拳を叩きつけた。鈍い音がして、木製の机は割れて潰れる。鋭い目で睨みつけられるが、付き合いが長いイーリーにはそんなものなんてことはない。上手い事半分だけ残骸になった机の無事だった部分に足を叩きつけ、イーリーは呆れながらも口を開いた。
「おまえ…ナハトに惚れてんだって?」
「…だったら何だってんだ。テメェに何の関係が…」
「大ありだ。今はあいつらもお前もあたしの下についてんだぞ。…まあその話はいい。それよりだ、女を買った事しかないクソ野郎には難しい話だろうがな、相手にも好き嫌いがあるって知ってるか?」
「……はっ?」
何を言われたかわからないという顔で、アンバスは顔を顰める。
「馬鹿にしてんのか?んなもん分かるに決まって…」
「おまえ、ナハトに嫌われてる自覚あるか?」
「はぁ!?」
大きな音を立ててアンバスは立ち上がった。その様子を見て、イーリーはやっぱりなと思う。どうもナハトら等の話とアンバスの行動が結びつかないと思っていた。それもこれも全て、アンバスに嫌われているという自覚がないからだ。
はぁと大きなため息をついて、座るように促す。アンバスは戸惑った様子であったが、睨みつけると、大人しく従った。
「あたしにしてみたら、どうしてあれで嫌われてないと思うのか不思議なんだがな」
「おまっ…だってあいつ、俺の目を見て話すし…」
「はぁ?」
「俺の方見て笑うし」
「……」
「さっきだって、照れて恥ずかしそうにしてたじゃねぇか」
思い出したのか、にやにや笑うアンバスに頬を、イーリーはぶん殴りたい気持ちになった。駄目だ。絶対にこの勘違い野郎をナハトに会わせてはいけない。少なくともこの勘違いを正さなければ、またナハトに負担をかけることになる。
「全部違う。いいか、あいつは相手が誰でも臆さないから、目が合うだけだ。笑うっていうがな、あいつは大体笑ってるだろう?」
お前の勘違いだと言われ、アンバスはかっとなった。そんなわけはない、実際何度か頼りにしていると口にされた事もある。
そう反論すれば、イーリーには鼻で笑われた。
「それは会ったばかりの頃だろう?おまえ自身が慣れるまでは、気に入るまでは、割と面倒見がいいからな。そうして仲良くなると、おまえは相手の事を考えられないから自由に動き回る。…それで、何度パーティから抜けたよ?」
確かにそれはナハトにも言われた事だ。だが、それはもう終わったことのはずだ。アンバスは反省したし、ナハトは許してくれた。アンバスの情報を、参考になったと言って笑ってくれた。
そう口にしてみるが、イーリーは信じられないものを見るような目でアンバスを見る。
「おまえそれ…本当にそう思ってるのか?」
思っているとも。イライラしながら、アンバスは口を開く。
「逆に聞くが、なんでお前は自分の意見が正しいって思えんだよ」
「そんなもの、あの場にいた人間なら全員分かる」
「どうだか…。ならナハトに聞いてくる。そうすりゃ分かんだろう」
「やめろ!」
立ち上がりかけた肩を掴まれ、椅子に戻された。その手を振り払うと、今度は拳がとんできた。まさか殴られると思っていなかったため、避け損ねたそれを食らった。激しい音を立てて椅子と共にひっくり返る。すぐさま態勢を整えて顔を上げると、静かに、本気で怒っているイーリーがこちらを見下ろしていた。
「イーリー、おまえ…」
「アンバスおまえ…あいつの歳知ってるか?」
何のことだと思うが、問われて頷く。確か17歳だと言っていたはずだ。そう口にして、はっとする。
「そう、17だ。あたしらの半分の年齢だ。酒も飲めない、まだ子供だ」
「だ、だけどよ…好きなら、年齢なんて…」
「おまえ…本当に何を見てたんだ」
そう言ったイーリーの顔は悲しそうに歪んでいた。それが理解できず、アンバスは眉を顰める。
「17の子供がだ、男の格好をして、男に紛れて。立ち居振る舞いも、言葉遣いも、体つきだって、一見女には見えない。絶対に女に見られたくない、女だと知られたくないって…その裏にどんな理由があると思う?」
ナハトが、「何でこんな格好をしていると思ってるんだ」と、そう言っていたのが思い起こされた。
アンバスは、男だと思っていたナハトが女だと分かって浮かれていた。だから、その言葉を大してなんとも考えていなかった。アンバスには男色の気はない。だから女だと分かったことが嬉しくて、震えているのも、こっちを見るなと言うのも、全部照れ隠しだと勝手にそう受け取っていた。どう考えても、拒絶だとしか取れない言葉を受けていたのにだ。
「17の子供が女だと見られたくないって…いったい幾つの時にそんな目に遭ったんだろうな」
鈍器で頭を殴られたような気分だった。そんな事全く考えていなかった。ただ好きになったのが嬉しくて、それしか考えていなかった。
「俺は…」
「わかったか?最初は確かに嫌ってなかったんだろうよ。だがな、おまえはたくさん選択を間違えた。その結果がこれだ」
「…そうだな」
34歳のいい大人が、その半分の歳の酷い目に遭ったであろう子供に、なんてことをしてしまったのかと思う。好意云々の事もあるが、それだけでなく、命の危険にも晒させた。
あまりに大人びているからすっかり忘れていた。本当に、酷い事をしてしまったと思う。
「俺は、どうしたら…」
「とにかくナハトにもヴァロにも近寄るな。おまえ自身の気持ちが落ち着くまでな…」
「そりゃどういう事だ?」
「簡単だ。ナハトの事が好きだと思わなくなるまでだよ」
「そっ…!?」
「そんな」と言おうとして、睨みつけられ黙る。
しかし、アンバスはそう簡単に思いを諦められそうになかった。今まで誰かに対して、これほどまで思いを募らせたことがなかったのだ。いい年の大人ではあるが、相手を、相手の気持ちを理解し始めたアンバスにはなかなか難しい事だった。
だが、それはイーリーが許さない。散々ナハトたちに迷惑をかけた事もあるが、イーリーも女だ。ナハトの恐怖も嫌悪もわかる。
「辛いだろうがな、おまえはもう振られてんだよ。で、ナハトが嫌がっている以上、チャンスは二度とない」
「……絶対か?」
「ああ」
「…坊主は一緒にいるのに、本当に俺はダメなのか?」
「駄目だな。見たところ、ヴァロはナハトにその気がありそうだが…」
「だろ!?」
「だからっておまえが何かしていいわけじゃない。おまえは間違えたんだ。ヴァロはまだ間違えていない。それだけだろうよ」
イーリーはそう言って、深く息を吐いた。つられるようにアンバスも息を吐いて胡坐をかく。
「大体どうしておまえそこまでナハトに執着するんだ。初恋じゃあるまいし…」
半分以上冗談で、揶揄うつもりでイーリーはそう口にした。そしてすぐ後悔した。
髭面の大男が、赤茶の髪に紛れるほど顔を真っ赤にして俯いていたのだ。信じられないと、イーリーは頭に手を当てて空を仰いだ。遅れて笑いがこみあげてくる。
「お、おまえマジか!そ、その年で初恋とか…ぶっ…駄目だ、面白すぎる…」
「う、うるせえ!しょうがねえだろ!?あんなちっこい奴に、一瞬で、この俺がだ!拘束されたんだぞ!?」
「負けて惚れるとか思春期かよ!?あはははっ!し、死ぬ、腹がよじれる…!」
「くっそ…!」
爆笑するイーリーに腹を立てるが、アンバス自身にも恥ずかしい事を言っている自覚はある。どれだけ笑われてもアンバスがナハトに惚れている事には変わらないし、諦められないのも事実だ。
がしがしと乱雑に頭を掻いて、ふと思いついて顔を上げた。
「おい、仕事くれ」
「あはははっ!…はっ?」
「仕事だよ仕事!指導者としてしっかりやるから、新人パーティ紹介してくれ」
突然変わった話題に、イーリーは笑いが引っ込んだ。今度は何を言ってるんだというイーリーとは反対に、アンバスはどこかすっきりした顔で立ち上がる。
「おまえが言った通り、俺は好き勝手やってきた。相手のことなんざこれっぽっちも考えた事がなかった」
「あ、ああ…」
「だからまぁ…勉強する」
「…勉強?」
「おう。よく考えりゃ、ナハトは俺の悪いところを全部言ってくれてたからな…。それが出来るようになりゃ、少しは相手のことを考えられるようになるだろう?」
「そりゃまぁ…少しはな」
新人の指導などは、新人の側に立ってみないとうまく出来ないし、教えられない。新人の気持ちになって、何が分からないのか、何を教えなければいけないのかを考えられれば、少しはマシになるのは確かだろう。
それが今どうして関係しているのかと思うが、アンバスには関係しているらしい。
「それが出来るようになったら、もう一度ナハトに言う」
「…おまえ、話聞いてたか?」
もう一度胸ぐらを掴んで振りかぶると、待て待てと両手を振られた。離す気はない為そのまま話を促す。
「その頃には、俺だって少しはマシな人間になれてるはずだろう?なら、あいつに怖がられずに、嫌われずに話す方法もわかるかもしれねぇじゃねぇか」
何を言ってるんだこいつはと思うが、本人は良い考えだと言わんばかりだ。
イーリーは大きくため息をついた。
「その、マシになった判断は誰がするんだ?」
「そんなのお前しかいないだろう?」
「…マジか」
手を離して蹲った。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、こうもポジティブ馬鹿だとは思ってなかった。
とはいえ、これはある意味いいのかもしれない。イーリーが許可を出さない限り、アンバスはナハトらには近寄らないという事だ。そうして時間が経てば、アンバスの恋心も薄れるかもしれない。
「あーあーわかった。おまえに仕事を回してやるよ。…まともになりたかったら、しっかり働くんだな」
「わあってるよ」
1つ解決したが、また厄介ごとが増えてしまったと、イーリーは溜息をついた。




