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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第二章
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騒動の裏側

こちらは番外編です。同日更新された本編はひとつ前です。

 白を基調とした背の高い建物が並ぶ貴族エリア。そのさらに奥に聳える王宮のさらに奥。よく手入れされた草花に囲まれたそこには、隠れるように作られた小さな東屋があった。

 執事とメイドと騎士をそれぞれ1名ずつ従えた少年が1人。歳の頃はまだ8歳かそこらだろうか。あどけない顔立ちの中に、妙に大人びた雰囲気を持つ少年だった。よく晴れた空のような色の髪は緩く癖がついていて、ピンと立った耳はその大きさに比べてよく動く。色素の薄い金色の瞳は本の文字を追っていたが、ディンが声をかけると、ゆっくりとこちらを向いた。


「おかえり。どうだった?」

「少々予定外のこともありましたが、概ねはつつがなく」

「そっ。よかったぁ」


 にっこり笑った顔は無邪気そのもの。メイドに新しい紅茶を入れるよう指示しながら、自分と反対の椅子に座るようディンを―――ディネロを促した。

 すると執事が厳しい顔で少年の前に手を出す。


「いけません。彼は平民です。コルビアス様と席を共にすることは許されていません」

「えー?僕がいいって言ってるのに…」

「それでもです。…よろしいですね?」


 コルビアスとディネロ、両方に言い聞かせるように執事は言う。しぶしぶコルビアスは頷くと、たった今平民だから同じ席にはつけないと言われたディネロに、申し訳なさそうに口を開いた。


「ごめんね?シトレンは僕の教育係だから、逆らえないんだよね」

「コルビアス様。王族が下々の者に、安易に謝罪を口にしてはいけません」

「はいはい」

「はいは一度と」

「はぁい。わかったよ」


 不満そうに口を尖らせたコルビアスを、ディネロは目を細めて見つめる。不安定で不吉な魔術しか使えない自分を労ってくれる、幼い主人の心遣いが嬉しい。


「じゃあ悪いんだけど、そのまま報告してくれる?」

「はい」


 ディネロはコルビアスの命で、ノマドの元へ行っていた。コルビアスの実の兄、ニフィリムの怪しい動きを察知したからだ。




 ニフィリムはこの国、ビスティアの第二王子である。第三王子のコルビアスとは10も年が離れており、第一王子のリステアードとは14離れている。

 現国王ウィラードは高齢で、その執務の多くをリステアードをニフィリムが担っているが、14離れている第一王子は大変穏やかな性格で、10離れている第二王子は大変好戦的な性格で有名だ。

 そもそも、ビスティア内には他国という物が存在しない。結界で囲われている為、国内では長く戦争など起きた事がなかった。劣等種と優等種の小競り合いはたびたび起きていたが、それでもここ百年は平和と言っていい。だが、その平和に我慢が出来ないのがニフィリムだった。

 順当に行けば、次期国王は第一王子のリステアードである。好戦的かつ力が全てと思っているニフィリムはこれに我慢がならなかった。国王に直談判するが失敗に終わり、失敗した理由が己の力不足だと思った彼は、自分の味方に付いた貴族たちに戦力を集めるよう指示をした。それが今回の騒動の全ての始まりである。

 それを知ったコルビアスはディネロを送り込み、引っ掻き回して、その企みを阻止するよう命じたのだ。


「コルビアス様の予測通り、第二王子派のジエト・クウィータ子爵、アロンゾ・ブロッシェン子爵が中心で行ったと判断が下されました。その先も探りましたが、申し訳ありません。わかりませんでした。今回違法な洗脳の魔法陣と薬が使われていましたが、そちらの廃棄と破壊も完了しております。子爵の元に送り込まれた者たちは、残念ながら治療の見込みがなかったので全員処分しました。カントゥラ内にいた者たちに関しては概ね問題なく、あちらの現ギルド長が管理しているので、現在はほぼ元の生活に戻っております」

「そっか…処分された者たちについては残念だったね」

「…コルビアス様が胸を痛める事ではございません」

「みんなそう言うけどね、僕は人が好きだから悲しいんだよ」


 眉尻を下げて微笑むコルビアスは、幼い言葉の中に大人びた雰囲気を漂わせる。

 第一王子のリステアードは穏やかな人物ではあるが、事なかれ主義の一面も持っている。更に言うならば、平民の事を気にしていないわけではないが、どこか遠くの事として感じている節があった。

 その点、第三王子であるコルビアスは、贔屓目に見てもとても優秀だ。まだ8歳と幼いが、勉学においては10歳上のニフィリムの上を行き、考え方も柔軟で先見の明もある。更には貴族はもちろん、平民にも気を配れる数少ない王族だ。身体能力には恵まれなかったが、それ以外は誰よりも王になるにふさわしいものを持っていると、少なくともここにいる全員がそう思っている。

 だが、それは叶わない。表向きは第三王子とされているが、王と同じ机で食事につく事を許されない彼は、自分の父親である国王から王子と認められていないのだ。


「どうしたの?」


 そう言って微笑むコルビアスの顔には憂いはない。それだけは良かったが、王宮のこんな片隅に追いやられても平民を気に掛ける彼に、ひたすら頭が下がる。


「いえ、なんでもございません。以降は、もう少し知恵を絞ろうと思います」

「うん、ありがとう」


 今回の事は、わざわざコルビアスが動かなかったとしても、カントゥラ内で勝手にやりあって、勝手に収まっていた事だろう。ニフィリムの勢力が一時的に力をつけるだけで、第一王子派の貴族の方がそもそも多いのだ。大した問題にならずに終わったはずだ。

 それを、コルビアスはわざわざディネロを使わせて解決した。全ては巻き込まれる平民の為である。


「それで?概ねつつがなくの、概ねに含まれない部分は何だったの?」

「私の計画では、一人の平民を犠牲に、問題のある者たちを一掃するつもりでした。ですが、犠牲が出ませんでした」


 すっと、コルビアスの目が細められた。


「ディネロ。僕がそういうの好きじゃないって、知っててそういうことしたの?」


 子供らしい高い声だが、その声色は冷たい。主人の怒りを感じて、ディネロはごくりと息を飲んだ。

 怒りを買うと分かっていたがしょうがなかった。裁定の場を開き、ギルド長らを出廷させてギルドを空にする必要があったのだ。その為にガロウズら衛士を煽り、協力して、貴族の屋敷を破壊した。魔術師の方が有用性が高かった事と、ギルド長がご執心な魔術師のいるパーティがいたから、そのパーティが都合よく2人であったから、冒険者の方を犠牲に、場をまとめようと思ったのだ。


「…申し訳ありません」

「謝るくらいなら二度としないで。僕はディネロがそういう事を平気で出来ると思いたくない」

「はい。申し訳ありませんでした」


 もう一度謝罪を口にすると、コルビアスはぱっと笑った。胸の前で手を合わせて、口を開く。


「でも結局悪い奴以外、犠牲は出なかったんだね?」

「はい。…1人、規格外な魔術師がいまして、その者の動きで、様々な事が狂いました」

「というと?」

「まず、洗脳が解けていました。洗脳された者しか裁定の場には連れてこないはずでしたが、突然動き出し、暴れました。その際に、魔力を封じる首輪を魔石ごと破壊しました」

「へぇ!それは凄いね!他には?」

「彼がその場で洗脳の魔法陣について発言したため、カントゥラの貴族らに洗脳の事が知れ渡りました。おかげで秘密裏に処理することが出来なくなりましたが…。一番問題になったのは、彼がクローベルグ侯爵様のご息女、ナナリア様の薬を持っていたことです」


 驚きのあまり、コルビアスの目が点になった。

 ナナリア・クローベルグと言うのは、北東のダンジョン都市マシェルの騎士団長、ニグル・クローベルグ侯爵のご息女だ。

 彼女は幼いながらも魔力操作に優れ、信じられないほど高性能な回復薬を作ることで有名だ。情報が遮断されている為どうやって作っているかなどは知られていないが、彼女の作る回復薬は王族でも手に入れるのが難しい。コルビアスも2つだけ持っているが、それは大枚と様々な伝手をたどってやっと手に入れたものだ。ナナリアが子供の為、そもそもの生産数が恐ろしく少ない。それを一介の、平民の冒険者が持っていたのだ。大騒ぎにもなるだろう。


「それは…本物だったの?」

「はい。もってあと数刻と言うほどの酷い火傷が、一瞬で治るのを確認しました。それに、瓶にはクローベルグ家の紋章も刻まれていました」

「それは本物だね…すごいなぁ」

「彼らの話によれば、数か月前にカントゥラで迷子になっていたナナリア様を、侯爵様の元まで送り届けたと…」

「へぇ…」


 コルビアスは口元に手を当てた。これは彼が何か考えている時の癖だが、こうやって考えた後は結構な難題を振られたり、コルビアス自身の事ではない案件を振られることが多い。

 王子の元で王子のために働きたいディネロにとっては溜息ものだが、頼りにされていると考えれば悪い気はしない。それでも落ち着かない気持ちで待っていると、無邪気ににこりと笑ってコルビアスは口を開いた。


「ねえディネロ。その魔術師の人って使えそう?…あっ、でも首輪壊したのってみんなに見られてたんだよね?もう兄様たちの息がかかってるかな…」

「そちらは大丈夫かと。念のため、彼の首輪に細工の跡を付けておきましたから、不備があって破壊されたと判断されると思います。魔力が視認できるほどにはなっていましたが、あれくらいでしたら、誤魔化せる範囲かと…」

「そっか!それで、どうかな?」

「……戦闘能力としてはまずまずかと思います。噂によると記憶喪失だとかで、魔術の修業をしながら冒険者をしているようです。頭も悪くないようですが、こちらの思う通りに動かせるかどうかは何とも言えません。何より…彼は、信じられませんが劣等種のようです」


 コルビアスが驚いて目を見開く。後ろに控えるシトレンや、メイドのフィスカも少々戸惑った顔だ。


「…本当に?劣等種って、魔力ないんじゃなかったっけ?」

「その、はずではありますが…」


 ディネロが言い淀むと、コルビアスは「なるほどね」と呟いて首をひねる。だがすぐに口を開いて話を促す。


「まっいいや。その人パーティ組んでるんだっけ?その人はどう?」

「こちらは、戦闘能力は高いです。単純な腕力や瞬発力では私より上かもしれません」

「わぁ!凄いね!」

「ですが…」


 言葉を切って、ディネロは顔を顰めた。観察して計画を立てたのはディネロだが、それでも、あの男が―――ヴァロが、頑なに人相手に戦おうとしなかったのには強い嫌悪感を抱いた。守ると言っておきながら戦えず、それを許す魔術師にも理解が出来なかった。そのせいで、やられたというのに。


「魔獣相手では戦えるようですが、人相手になると途端に拳を振るわなくなります。どうやら、対人では戦えないようです。それを魔術師の方も良しとしていたので、戦闘能力は高くとも、どちらも使えないと思われます」

「そっかぁ…それは残念」


 項垂れて溜息をつくコルビアスに、ディネロは小さく息を吐いた。どうやら幼い主は興味をなくしたようだ。ディネロ自身があの冒険者と魔術師にいいイメージを持っていなかったため、関わり合いにならずに済んでほっとした。


「報告はそんな感じ?」

「はい。以上です」

「うん、わかった。それじゃ、お休みあげるから、ゆっくり休んでね」


「はい、これ」と渡された菓子を受け取って、ディネロはその場を離れた。もう二度とないだろうが、あの冒険者と魔術師には関わり合いになりたくないと思いながら。


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