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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第二章
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第25話 ノジェスへ

 ノジェスへの移動を決めた日は、稀にみる快晴の日だった。

 無くなったかと思っていた荷物もすべて戻り、服も同じものを新調した。武器も本当は使い慣れたものと同じものが欲しかったが、さすがになく、似た形の物を改めて購入した。両足に武器を装備すると、久方ぶりに慣れた格好に戻って、なんだか少しだけほっとする。

 長らく滞在した宿は半壊してしまっていたが、有難い事に店主はナハトたちの荷物をしっかり保管していてくれた。建て直し中の宿へ赴きそのお礼をしたり、よく夕食を買いに行った出店の店主らにも挨拶をする。どういう風に伝わっていたのかはわからないが、ナハトとヴァロのおかげで衛士の横暴はなくなったとなっているらしく、店主らにはやたらと有難られ、移動するにもかかわらず大量の食べ物や備品を持たされてしまった。


「うれしいけど、どうしよう?」

「この後、カトカさんたちと会う約束をしていただろう?その時に皆にも食べてもらおう」

「そうだね。俺たちだけじゃ、この量はちょっときついね…」

「ギュー♪」


 約束していた広場まで行くと、既にカトカらはそこにいた。両手いっぱいに食べ物を持った2人を見てニンが爆笑する。


「なんだよそれ!?ピクニックにでも行くのか?」

「挨拶をして回ったら、持たされてしまってね…良かったら、君達も食べてくれないか?」

「いいのか!?」

「有難いですが、いいんですか?」

「うん、是非!」

「ありがとうございます」


 少し早めの昼食ではあったが問題なかったようだ。それぞれ食べたいものを手に取って、広場にある椅子や噴水の淵に腰かけて食べる。ナハトも己の分を取り、ドラコに肉をとりわけていると、ふっとその手に影がかかった。


「隣、いいですか?」


 顔を上げると、カトカがなんとも複雑な表情を浮かべてそこにいた。「どうぞ」と言うと、少し戸惑い、腰かける。石畳を見つめる目を見て、ヴァロから聞いた話を思い出した。

 カトカはドラコに助けを求められて、それを無視し、宿に留まる選択をした。それは何も間違いではない。カトカはカトカのパーティのリーダーだ。ナハトたちを気にする前に、自分たちの安全が確保されていることが、大前提であるのだ。自分たちの力量をしっかり理解し、無理だと判断した。実力や状況を無視して動かなかった分、彼は優れたリーダーと言えるだろう。

 だが、今の彼はそれを後悔しているように見える。何か卑怯な事でもしてしまったかのような、そんな顔だ。向こうで美味しそうに食事を食べるニンやマゴット、ロナーにはそんな色はない。彼らはカトカの発言に同意し、それでよかったのだと納得している。彼だけが、そう思えていない。


「……怪我は、もう大丈夫ですか?」

「ええ。幸いな事に、そう酷いものはなかったので」

「それは、よかったです」


 カトカは謝りたいのだろうか。もしそうなんだとしたら、それは違うとナハトは思う。

 伏し目がちでいるカトカを見て、ナハトは言葉をかける代わりにその肩に手を置いた。困惑したような顔の彼に微笑んで、背中を思い切り叩く。音の割に対して威力のない手は、ナハトなりの激励だ。驚いてのけ反った彼の顔が上がり、目が合う。


「ドラコを預かってくれてありがとうございます。助かりましたよ」


 そう言って笑うと、カトカは一度俯いた。次に顔を上げた時は、最初に会った時と同じような笑顔が浮かんでいた。




 カトカたちは、カントゥラで冒険者を続けるそうだ。問題になっていた衛士たちはなりを潜め、イーリーがギルド長になったこともあって留まる事を決めたらしい。


「僕たちも、いつかお二人の様な冒険者になれる様に頑張ります」

「私も!兄さんたちと鍛錬します」

「次は勝つ!」

「お前はそれしか言えないのか…」

「が、頑張ってね」

「ふふ、皆さんお元気で。また会える時を楽しみにしています」


 賑やかに別れを告げ、ギルドまで向かう。

 ヴァロとこの町に来たのはまだ4ヶ月ほど前だ。たった4ヶ月で色々あったが、今日からまた別の場所へ旅立つ。


「ノジェスはどんなところだろうね」

「北のダンジョン都市と聞いたけれど…ヴァロくんは、雪というのを見たことはあるかい?」

「あれだよね、白くて冷たいっていう…。俺、この辺から出たことないから見た事ないんだよ。ナハトは?」

「私もないな。私がいたところもここと同じくらい温暖な場所だったから、そもそも氷も見たことはなかったのだよ」

「そうだったんだ」


 ナハトがいた村では、冷たいものなど井戸水くらいだった。師父は氷の魔術師と会ったことがある為、暑い日はよくその話をしていたが、痛くなるほどの冷えというのは説明されてもよく分からなかった。

「楽しみだね」などと話しながらギルドの門を潜り、イーリーに繋いでもらう。預けてあった身分証を受け取り、イーリーと共に応接室を出たところで、ナハトはその職員を見つけた。


「っ…」

「ナハト?」

「どうした?」


 いきなり立ち止まったナハトに、イーリーとヴァロが声をかけてくる。

 気遣うようなその声を聴きながら、拳を握りこむ。視線の先には、顎を中心に包帯で覆われた背の低い男。偉そうに何やら指示を出す姿は、とても処分を受けた職員には見えない。処分に漏れがあったようだ。

 視線に気づいたのか、男がこちらを向いた。一瞬不快そうに歪められた顔が、すぐさま引き攣って後ろへ下がる。


「なにかあったの?」

「……ヴァロくん、手を借りてもいいかい?」

「えっ…手?」


 戸惑いがちに差し出された手に、ナハトの手を乗せる。大きな手だ。「な、なに!?」と慌てるヴァロに薄く微笑んで、ナハトはイーリーに言う。


「イーリーさん。申し訳ないんですが、少しだけ暴れてもいいですか?」

「はあ?お前、そりゃどういう…」

「それと、出来れば後の事はお願いしたいんですが…」


 いったいなんだと眉を顰めるイーリーを正面から見ると、何かを悟ったのか大きく息を吐いた。「いいぞ」と許しをもらって、乗せたままのヴァロの手を叩く。

 そのまま振り向きざまにあの男に向かって駆けだした。あちらも慌てて駆けだすが、先に動き出したナハトの方がずっと早い。あっという間に追いつくと、その背中に向かって飛び蹴りをかました。


「うげぇっ!」


 みっともない悲鳴を上げて頭から転ぶ。こちらを向いて虫のように這いながら下がっていく男を、ナハトは見下ろした。肩で威嚇するドラコを撫で、どんどん距離を詰めて行く。


「ひっ…助け…」


 助けを求める声が耳につく。気持ち悪くて、汚くて、そして何より腹が立つ。後ろで何事かと駆けてくるヴァロの足音を聞きながら、ナハトは右足を上げた。

 壁際に追いつめられた男は、涙を浮かべてこちらを見る。その顔を見ても、怒り以外の何の感情もわかない。

 ナハトは一度目を閉じると、大きく息を吐いて思い切り右足を叩きつけた。何かが潰れる音と、声にならない悲鳴を上げて、男は泡を吹いて倒れた。


「ナハト!?」


 突然見せつけられた暴力に、あからさまにヴァロが戸惑った声を上げる。だがそれを無視して、ナハトは追いついた彼の背中を軽く叩いた。たったそれだけの事だったが、ヴァロは振り返って男を睨みつけると、拳を握りこんでナハトへ続いた。


「…何かあったか?」

「いいえ、何も。害虫を見つけたので、駆除しただけです。害虫は、ギルドの女性職員たちも苦手でしょう?」


 イーリーが片眉を上げてナハトと男を見る。何か言いたそうなその顔に微笑むと、イーリーはため息をついて指示を出した。

 そのまま、転移の魔法陣がある部屋へ向かう。


「ナハト、大丈夫?」

「…平気だとも。後は全て、イーリーさんにお願いしたからね」


 微笑むと、任せられたイーリーは盛大にため息をつくが、次には笑って髪をかき上げた。ナハトとヴァロの肩に手を回し、口を開く。


「全く。最初から最後まで、おまえらは騒がしいな」




 薄暗い部屋へ入ると、そこには前に見た時と同じように2人の職員がいた。懐に仕舞っていた身分証を取り出し、それぞれ見せると、魔法陣の上へ促される。


「あちらは寒いからな、風邪をひかないようにしろよ。特にナハト」

「ご忠告感謝します」

「イーリーさんもお元気で」


 2人の職員が魔法陣に手をつくと、徐々に光が強くなる。光が強くなるにしたがって、足元から体がふわりと浮き上がった。驚く間もなく、声がかかる。


「またな」


 手を上げて笑ったイーリーの姿を最後に、ナハトたちは光に包まれた。


2章終了です。

3章はまた徐々に書いて行く予定ですが、書いてない隙間の話とかもあるんですよね…

どっちを先に書こうかなぁ…

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