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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第二章
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カトカの辛い決断

こちらは番外編です。同日更新された本編はひとつ前です。

「ナハトさんたち、無事だろうか」

「大丈夫だろ。それより、いつまでこうしてるんだよ」

「ナハトさんたちが戻ってくるまでよ!兄さん何聞いてたのよ」


 大通りから離れた宿の一室で、カトカたちは一つの部屋に集まっていた。

 ナハトたちが姿を見せて逃げたのが功を奏したのか、カトカたちが衛士に見つかることはなかった。宿から出る冒険者に紛れ、そのままこの宿を取ることが出来たのだ。人数分のベッドは確保は出来なかったが、それでも無事だったのだからいい。


「それにしても遅くねえか?」


 ニンが窓からそっと外を覗いて言う。

 確かに遅いとカトカも思っていた。もう夜が明けて、町はいつも通りに戻ったようにも見えるが、ナハトたちからの連絡はまだない。一度手合わせというか、拳を合わせた事があるカトカたちには、ナハトとヴァロの強さを身をもって知っている。だから宿から逃げた時も、すぐに合流できるものだと思っていた。合流出来たらそのまま町を出るのだと。

 だというのに、陽が高くなった今になっても、ナハトの姿もヴァロの姿も見えない。


「…お腹もすいたね」

「だよなぁ…。なあ、少し外に出て見ないか?」

「何を言ってるんだ。絶対に衛士に見つかるなって言われただろう?」

「朝から見てたけど衛士の姿はねーじゃんか。いつまでこうしてなきゃいけないのかわからねーんだし、今のうちに外へ出て、飯を買い込んでおいた方がいいんじゃねえか?」


 ニンのいう事は一理ある。朝から確認していたが、衛士の姿がほとんど見られなかった。それにこの宿には食堂がない。食べる物や飲み物がないというのは、確かに良くないだろう。


「俺が宿の上から見るよ。何かあったら指笛を吹くから、すぐに戻ればいい」

「…そうだな。そうしたら、マゴットはここにいて…」

「私も行くわ。全員で行って、すぐに戻りましょう?手は多い方がいいと思うわ」


 少しだけ考えて、カトカはこくりと頷いた。ロナーに索敵を任せ、カトカとニン、マゴットはそろりと宿を出た。見上げると、ロナーがこちらを向いて頷く。問題なさそうだ。


「離れるのは良くないから、それぞれの店で大量に買って戻ろう。好き嫌いは言うなよ。特にニン」

「わかってるよ」


 素早く商店が出ている通りまで移動した。辺りを警戒しながら、手近な店を選んで食料品を買い込んでいく。お金はあまりないので、質より量だ。

 ある程度買い込み、宿へ戻ろうと踵を返したその時、何かが人の間を縫ってマゴットに飛び付いてきた。


「きゃあっ!」

「マゴット!?」

「どうした!?」


 背中に何かが張り付いている。その不快感にマゴットはバタバタと暴れた。だがすぐにカトカに肩を押さえつけられ、路地に引き込まれる。


「なに?やだ!取って!」

「動くなマゴット!」

「やだあっ!」

「動くなってば!虫とかじゃない!」

「えっ…」


 マゴットは半泣きの状態であったが、虫ではないと言われてやっと少し冷静さを取り戻した。後ろを向くように言われて恐る恐る背中を向けると、ニンがあっと声を上げる。


「ドラコじゃないか!」

「どうしたんだ?ナハトさんとヴァロさんは…」

「ギュー…ギュー!」


 カトカがマゴットの背からドラコを抱き上げると、ドラコは必死に何かを訴えてくる。尻尾を腕に巻きつけて、バタバタと手を振る。


「何?どうしたんだ?」

「どうしたの?」

「何か伝えたいことがあるみたいなんだけど…」


 付き合いが浅すぎるカトカたちには、とてもじゃないがドラコが言いたいことをくみ取ることは出来ない。伝わらないもどかしさに、連れていかれたナハトとヴァロを思い、ドラコの目から涙がこぼれる。


「ギュー…ギュー!!!」


 その様子に、ナハトたちに何かあったことだけは何とか伝わった。だが、ナハトたちには衛士に見つかるなと言われていたし、結局のところドラコは話せないので、言いたいことを予想するしかできない。

 カトカは考えて、ドラコを連れてとりあえず宿へ戻ることにした。


「とりあえず戻ろう。ここに長くいるのはまずい」

「ギュー!!」

「あっ待て!」


 宿へ戻ろうと踵を返した瞬間、ドラコが手の中から飛び出した。案内するとでもいうように、少し先でこちらを振り向く。


「どうするよ?」

「…どうもこうもしない。僕たちじゃ、衛士には敵わないんだ。だから…」


 カトカは飛び出してドラコを抱えると、予備で持っていた袋に入れた。暴れるドラコに謝り、宿へと向かう。


「カトカ、待って!どうするつもりなの?」

「とにかく一度帰ろう。衛士が増える前に宿へ戻るんだ」

「だけどよ」

「いいから…!今は僕の言うことを聞いて」


 真剣なその表情に、ニンもマゴットも黙った。ロナーが屋根の上で急ぐよう手を振っている。それを見て、速足で宿へと戻った。

 部屋の扉を閉めて鍵をかけ、そこでやっとドラコを袋から出した。ドラコは暴れながら部屋の隅まで逃げ、威嚇しながらこちらを睨む。


「その子…ナハトさんのペット…だよね?」

「ガー!」

「ひっ…!」


 窓から入ってきたロナーにドラコが威嚇する。部屋の隅から動こうとしないドラコの前に膝をついて、カトカは口を開いた。


「手荒な事をしてごめん。だけど、僕たちじゃ君の主人を助けることは出来ないんだ」

「カトカ…?お前何言って…」

「…みんなもよく聞いて」


 振り返ったカトカの真剣な目に、ごくりと息をのむ。


「僕たちは弱い。衛士相手にうまく戦えないほど、弱いんだ。だから最初に予定した通り、ここで2人が来るのを待つ」

「おいっ、何言ってんだお前…!」

「実際!俺たちがドラコについて行ったってなにも出来ないだろう!?」


 絞り出すように言ったカトカの顔は、悔しさに歪んでいた。両手を握り締め、俯いている。


「僕はこのパーティーのリーダーだ!僕には、全員を守る義務があるんだ!もう、みんなを危険な目に合わせるわけには…いかないんだ…!!!」

「カトカ…」


 ロナーが衛士に蹴り飛ばされて、反発したニンを止めずに加勢した。その結果、ひと気のない路地に連れていかれ、暴行され、あと少しで殺されるところだった。抜かれた剣に光が反射して光っていたのを覚えている。マゴットは逃がせたが、そうでなければ、マゴットは男たちにどんな目に遭わせられたかわかったものではない。冒険者の女性は、常に己の体をいろんな意味で危険に晒している。


「また衛士に囲まれたらどうする?僕たちじゃ太刀打ちできないのに…!仮に2人が危なかったとして、助けられると本当に思うのか!?僕は出来ない!恩は感じてるけど、みんなを危険に晒すことなんか…できないよ…!」


 膝をついたカトカの肩に、ロナーがそっと手を置く。一番しっかりしているカトカにリーダーを任せていたが、カトカだってニンやロナー達とそう年が変わるわけではないのだ。ニンも何も言えず、マゴットは小さく震えるドラコを抱えた。

 ドラコにもわかったのだろう。暴れるのをやめ、ぽろぽろと静かに涙を流す。小さな涙の痕が、何も出来ないことが、ただただカトカたちは辛かった。


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