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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第一章
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第4話 知っているけど知らない場所

「…ュー…ギュー…ギュー!ギュー!!!」

「…はっ!」


 いきなり浮上した意識に目を覚ました。視線の先にあるのは高い石の壁。背中に感じるのも冷たくかたい岩。全く見覚えないそれに起き上がると、さらりと何かが頬を掠めた。


「これは…えっ、私の髪!?なぜこんな長さに…」

「ギュー!」

「わっ!」


 混乱していたところに、何かがナハトの胸に飛びついてきた。

 それは大きなトカゲだった。尻尾まで含めればナハトの腕より長いトカゲが、まるで子犬か何かのようにぐいぐいと頭を押し付けてくる。


「ギュー!ギュー!」


 驚いて呆気に取られながらもそのトカゲを見ると、どこか見覚えのある顔が目に入った。ナハトの覚えているそれよりもかなり大きくなっているが、まさかと思いその名前を口にする。


「まさか…ドラコ?」

「ギュー!」

「まさか、本当に?その姿は一体…」

「ギュギュー!」


 呼ばれたことが嬉しかったのか、ナハトの驚きなど知らぬとばかりに、ドラコは首に巻きついてきた。そのまま頬に頭を擦り付けてくる。


「…なにがなんだか…」


 混乱したまま立ち上がろうとして、ナハトは足がうまく動かないことに気がついた。視線を落とすと、足が透明な石に覆われている。

 それを見た瞬間、思い出される直前の光景。


「うっ…うわああぁぁあ!」


 全身が石に覆われて行く恐怖に、ナハトは叫びながら後ずさった。幸いなことに今度は覆われることはなく、蹴った石も簡単に砕けた。


「ギュー」

「はぁ…はぁ…ご、ごめんドラコ。少し混乱していて…」


 荒い息を無理やり抑えて、ナハトは再び辺りを見回した。

 目の前には深い穴。辺りを一通り見まわして、少しずつ記憶が戻ってきた。


(「そうだ。ここに光る水があって…そこで手を洗ったら、透明な石がのびてきて…」)


 思い出させる恐怖に体が震えた。穴をのぞき込むと、水はもう底に僅かしか無いが、それが光ってあたりをぼんやりと照らしている。

 後ろを振り向けば、これまた薄ぼんやりと明るい大きな空洞が見えた。


「…そうだ、あちらに大きな木があって、私たちはその先の洞窟に落ちて来て…」


 声に出して一つ一つ確認しながら、ナハトは立ち上がった。右手と左手を確認するが、指も手も完全に治っていた。体に巻き付けるようにしてつけていた荷物は、中の非常食は腐ってカビが生え、ナイフは錆が付き、ロープもボロボロになっていて、これにも首を傾げることになった。

 少し大きくなったドラコはマフラーのように首に巻き付いていて、ひんやりしていたはずの体は、なぜか少し暖かかい。髪は腰を少し超えるほどの長さになっていた。邪魔なそれを適当な布でまとめ、歩き出した。

 記憶をたどりながら大きな木があった場所へ足を進めると、ものすごい存在感を放っていたそれは、ただの枯れ技になってしまっていた。葉もなく、幹も途中から折れ、地面に枝が散乱している。


「…えっ…?」


 気を失う前と今とのギャップが埋められず、脳が混乱しているのがわかった。あれほどの大きさの木が枯れていて、しかも、数日がそこらで枯れた様子ではないことが、余計にナハトを混乱させた。


「…ちょっと待て…本当に、一体何が…」


 状況に頭が追いつかず、嫌な汗がただひたすらに背中を流れて行く。分からなくて、怖くて、叫び出したい衝動に駆られた。


「…ギュー?」

「ど、ドラコ…」


 ドラコが精一杯体を伸ばしてナハトを覗き込んできた。心配してくれているのが見て取れるその黒い瞳に、自然と落ち着きを取り戻して行く。


「…格好悪いところを見せたね」

「ギュー?」

「ああ、もう大丈夫だ。君がものすごく成長していることや、私の髪がこれだけ伸びていることからして、私はかなりの間気を失っていたようだね。寂しい思いをさせてごめんね」


 抱えて頭を撫でると、ドラコは甘えて指を舐めて来た。

 ドラコが成長していることからしても、ナハトは年単位で気を失っていたことになる。鏡はないし、服に違和感もない事から、髪以外は特に成長していないと思われた。とはいえ、ナハトはもう17だ。ほとんど体は成長しきっている為、姿を確認できない以上、実際のところはわからない。

 今事実としてわかっている事は、それなりの期間気を失っていたこと。その間、ドラコが待っていてくれたという事だ。


(「…この子はこの大きさになるまで私を待っていてくれていたんだ。しっかりしないと…」)


 片手でドラコを抱えたまま、ナハトは出口を探し出した。分からないことはとりあえず全て棚に上げ、脱出を優先するとこにした。

 ナハトたちが落ちて来た穴は、残念ながら埋まってしまっていた。他の出口を探すと、案外早くそれは見つかった。崩れかけで岩だらけだが、通路の先に空が見える。


「ここからなら出られそうだね」

「ギュー」

「落ちないようにしっかり捕まってるんだよ」

「ギギュー」


 ぎゅっとドラコが捕まるのを確認してナハトは駆け出した。地上へ向かって、岩を蹴り、登って行く。かなりの距離はあったが、無事に地上までたどり着くことができた。


「……」


 警戒しながら洞窟から忍び出る。キョロキョロとあたりを見回して、すぐに気がついた。


(「なんだ…?何かおかしい…」)


 森のこんな奥まで来たことはなかったが、それでもナハトには見知った森だ。そもそも襲撃者を撒いたら、師父を待って村に帰るつもりだったのだ。逃げてはいたが、帰り道はしっかり覚えていた。埋まってしまった落下場所も大まかにはわかっている。地下の木があった場所と落下した穴の関係から、大体の位置は把握できている。

 だが、森は記憶のそれらと全く様変わりしていた。暗く、そこかしこから、禍々しい気配がする。


「…ドラコ。少しの間、声を出さないでおくれね」


 返事の代わりに、ドラコは自分の口を押さえるような動きをした。可愛らしい動きに和むが、今は急いでここから移動したほうがいい。

 視線と気配を巡らせる。この禍々しい気配は魔獣のものだ。魔獣が相手では、ナハトでは逆立ちしたって勝てそうにない。ましてや獲物は錆て壊れかけのナイフ一本だ。


(「幸いまだ陽は高い。高いうちに村へ辿り着かないと…」


 ナハトは太陽の位置と落ちた穴の位置、それと先程出て来た洞窟の位置から、村の方向へあたりをつけた。

 村まで行ければ師父がいる。師父がいれば万事解決するはずだ。

 ナハトは慎重に走り出した。出来るだけ気配を探りながら、少しずつ足を進めて行く。


(「…草木の背が高くて、目が役に立たないな…」)


 森を歩き慣れたナハトでさえ疲弊するほど、この森は鬱蒼としていた。自然荒くなる息を抑え、必死に足を進めて行く。予想ではもうそろそろ村が見えて来ても良さそうな位置まで来ていたが、喧騒も何も聞こえず、耳に届くのは木々の擦れる音だけだ。


(「おかしい…もう、着くはずなのに…」)


 どんどん焦燥感が増して行く。心臓が早鐘のようになると、ドラコが落ち着けというように擦り付いて来て息を吐く。そんなことを何度も繰り返しながら、足を進めると、突然視界がひらけた。


「うわっ!」


 慌てて足を止めると、カラカラ音を立てて石が落ちていった。あと一歩でも出ていたら真っ逆さまだった。ギリギリで回避した安堵感に深く息をつきながら、ナハトは崖の先を見てーーー止まった。

 それは晴れた日にはいつも見ていた景色だった。邸宅の裏口から見える空と、森。見間違えようがない。ナハトの大好きな景色だ。


「…えっ…」


 振り向いて、背の高い草で何も見えないことを見て取ると、ナハトは手近な木のてっぺんまで登った。

 目を見開いてあたり一面くまなく見渡すが、先程の景色以外、見知ったものは何もない。


「…っ!」


 振り向いてまた景色を見る。木の高さ、葉の色、記憶の景色と違う部分もある。

 だが、東にある小高い山と、森と、空。晴れた日には毎日見たそれらが、ここが村があった場所だと言っているようにナハトには思えた。


「…はっ、はっ」


 呼吸が浅くなる。胸が苦しい。怖い。木の上で、ナハトは胸を抑えて丸くなった。耐え難い恐怖に、体がバラバラになりそうだった。


(「何があったんだ…私が気を失っていた間に何が!村がなくなるなんてそんな事が…?師父は、みんなは一体どこに…!?」)


 頭がおかしくなりそうだった。目が覚めたら大きくなったドラコに伸びた髪、枯れた大木、様子がおかしい森、そして無くなった村ーーー。

 いくら考えてもわかりそうにない事が立て続けに起こって気持ち悪い。

 バランスを崩して木から落ちる。反射的に受け身を取るが、込み上げた気持ち悪さに、そのまま吐いた。何も食べていないから胃液しか出ないが、それでも吐き気は治らない。


「ギュー!ギュー!」


 蹲るナハトの頬を、ドラコが必死に舐めてくれる。

 ああ、そうだ。ドラコがいてくれたと、手を伸ばせば、その手に縋り付いてくる。抱きしめると、抱きしめ返すように尻尾が体に巻きついた。


「…何度も心配かけてすまない、ドラコ。大丈夫、私にはドラコがいるから…」


 大丈夫…。ドラコを撫でながら、ドラコの声を聞きながら、少しずつナハトは落ち着きを取り戻した。



 その日は木の上で眠り、朝日が登ると同時に、ナハトは動き出した。顔を洗うための水もないが、服を払って皺を伸ばし、髪を整える。

 そうして立ち上がると、自然と気持ちも上向きになった。


「…さて、いつまでもぐちぐちしているのは私らしくないからね。そろそろいつも通りの私に戻ろう」

「ギュー?」

「なんだい?まだ元気がなさそうに見えるって?」

「ギュー」

「それはお腹が空いているからだよ。ドラコ、君も空いているだろう?」

「ギュー!」

「まずは川を探そう。昨日は魔獣の気配ばかりだったが、水辺なら小動物や木の実もとれるだろう」


 頭を擦り付けて甘えてくるドラコを撫でながら、ナハトは木の上から目を凝らした。

 昨日とは打って変わってただの森に見える。よくよく気配を探れば動物の気配も感じる。どうやら昨日は混乱のあまり目も濁ってしまっていたようだ。

 葉の隙間から水特有の反射を見つけた。

 ナハトはドラコに声をかけると、崖の緩やかな場所から一気に滑り降りた。あたりに警戒しつつも走り出すと、目的の川は思ったよりも近くにあった。川にはいろんな生き物がくるため警戒して気配を探るが、今のところ問題なさそうだ。


(「さて、まずはドラコのご飯を探さないと…」)


 ここに来るまでにも小動物の気配を探っていたが、森の存在感というかなんというか、森自体の気配が強く、ある程度の大きさがないと感じ取る事ができなかった。


(「罠でも仕掛けてみるか…」)


 そう思ったナハトがかがみ込むと、ドラコがするりと肩から降りて来た。そしてそのままこちらを振り返り、ちろりと舌を出す。


「…?」


 どうしたのかと見ていると、ドラコは素早い動きで草むらに飛び込んだ。


「えっ!?ドラコ!?」


 ナハトが慌てて近づくと、ネズミを咥えたドラコが草むらからゴソゴソと出て来た。どこか得意げに反り返っている。


「じ、自分で取ったのかい?」

「ングー」

「凄いじゃないか!いつの間にできるようになったんだい?」

「ンー♪」

「どれどれ、そのネズミをよこしてごらん。食べにくいだろう?毛を取ってあげるよ」

「ングー♪」


 血抜きをして丁寧に水に晒し、皮を剥ぐ。綺麗な肉の塊になったそれを切って差し出すと、ドラコは嬉しそうに肉にかぶりついた。

 ドラコは本当に小さな時からナハトと一緒にいたから狩なんて出来なかったはずだ。それなのにしっかり自分で自分の食い扶持を取って来られるようになっている。


「…本当に頑張ったんだねぇ」

「ンー?」

「なんでもないよ。さて、私も木の実でも探そうかね」


 上を見回すと、流石水辺というか、見た事がないがたくさんの木の実がなっていた。実の右が赤、左が黄色と綺麗に半分に分かれたもの、見た事がないほど真っ白な実に、小さい黒い丸状の実が連なったもの、さらには光っているように見える橙色の実まである。いや、あれはやはり光っているな。


(「見たところ半々実の赤色の部分と光る実には鳥が啄んだような跡がある…。後のものはそのまま下に落ちてつぶれているな。食べるならこの2択か。実の大きさなら光っている方だが…」)


 光る木に近寄り、光る水に近寄り、石に覆われたことを思い出し、ナハトは半々色の実に手を伸ばした。とりあえず1つ取り、よく拭いて、恐る恐る齧ってみた。


「…甘い」


 それは大変瑞々しく、村でよく食べたイアの実のような味であった。万が一毒があるとまずいので、しばらく舌の上に乗せたまま様子を見る。


「…問題なさそうだな」


 幾つかもいで、ドラコの隣に腰掛けると、安心して次の実を口に入れた。

 ふと、黄色の部分はどんな味なのか気になった。これから森を出るために動こうと思うが、出られるまでにどれほどかかるかわからない。出来れば木の実を持っていきたいが、半分しか食べられないならば嵩張るだけだ。

 ほんの少し試してみようと、端の方をかじって…すぐに吐き出した。ものすごい酸味が舌を貫く。


「…すっ…ぱい…。うっ、吐き出すなんて、なんてはしたないことを…」


 舌への衝撃と、吐き出してしまったショックで蹲ると、食事を終えたドラコがまた慰めてくれた。


「ギュー」

「ありがとう、ドラコ」


 川の水で口を濯ぎ、顔を洗い、頭と体も軽く拭いた。さっぱりすると気分も俄然上を向く。

 そして余計に汚れた服にそでを通すのが嫌な気分になった。仕方がないと服を摘んでため息をつきながら、ナハトは荷物の中から水を入れられそうなものを探す。すぐ移動できるための軽装だったのが仇になり、水を入れられそうなものは特に見つからなかった。仕方ないと早々に諦めて、代わりに実を3個ほど包んで縛った。嵩張るが半分に切っては実がダメになりやすくなるからしょうがない。


「さて、出発しようか」

「ギュー!」


 ドラコをまた肩に乗せ、ナハトは手始めに近場で一番背の高い木に駆け上った。限界まで登ると、ぐるりとあたりを見回した。

 すると、この木から東に森の切れ目を見つけた。その先は霞んでよく見えないが、町らしきものも見える。

 とりあえずあの町を目指すことにしようと、ナハトは見知らぬ町を目標に定めた。


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