表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここで私は生きて行く  作者: 白野
第二章
37/189

第19話 衛士の悪意

 荷物をまとめてから採取の依頼を報告した次の日、何事もなければ明後日には町を出る為、商店で足りない物資を買い足していた。目的地は北のダンジョン都市ノジェスだが、乗り合いの馬車を使ってもノジェスまでは移動に数か月をようする。その間には道沿いの町にも滞在するが、最短距離で行くなら、どうしても野宿を余儀なくされるのだ。今までも依頼で数日の野営はしたことがあるので最低限のものはあるが、本当に最低限しかない為、細かい物から大物までそろえて行く。

 イーリーやリータから聞いた事を元にヴァロと相談しながらあれこれ買い足していると、見覚えのある顔が走っているのが目に入った。


「あれは…」


 いつだったか、ギルドの地下で手合わせという名の指導をしたマゴットだった。周囲にあの時のメンバーは見えないが、焦りを浮かべた顔で周囲を見渡しながら、何かを探しているようにも見える。


「どうしたんだろう?」

「…声をかけてみよう」


 買い物を切り上げ速足でマゴットへ近づくとあちらも気づいたようだ。ナハトたちを視界に入れた途端、くしゃっと顔をゆがめて涙を浮かべ座り込んでしまった。その様子にただ事ではないと慌てて駆け寄る。


「だ、大丈夫?」

「どうしたんですか?何か、あったんですか?」


 助け起こしながら道の端へ移動する。マゴットはしゃくりあげながらも、ぐいっとナハトの腕を引いた。どこかへ連れて行きたいようだが、泣いてしまっていて足元も覚束ない。その手を包み込むようにして、ゆっくり声をかけた。


「大丈夫ですよ、落ち着いて。話せますか?」


 ハンカチで涙を拭きながらそう声をかけると、頷いて少しずつ話してくれた。泣きながらなので細かいところはわからないが、カトカたちに何かあったらしい。


「あ、あっちの…ぐすっ、路地の…奥に…っ!」


 指した先は建物があるが、町の東の方だ。そちらの道で何かあったことだけはわかる。


「俺、先に行くよ」

「ああ。私もすぐ行くが、気を付けて」

「わかった!」


 すぐさま走り出したヴァロを見送って、ナハトは周囲を見渡した。遠巻きにこちらをうかがう衛士の姿を見つけて目を細める。


「どうしたんだい?」


集まってきた人の中によく夕食を買いに行く露店の店主を見つけた。口は悪いが大変気のいい女性だ。彼女なら大丈夫だろう。


「おかみさん。すみませんが、彼女をお願いします」

「そりゃあかまわないけど…あっ、ちょっと!」


 マゴットを預けると、すぐさまナハトも走り出した。走りながらドラコに触れれば、すぐにわかったとばかりに肩にしがみつく。それを確認して、積まれた箱や窓を伝って屋根まで駆け上がった。そこから一帯を見渡すと、少し離れたところをヴァロが走っているのが見えた。更にその少し先の路地に衛士が集まっているのが見える。


「ヴァロくん、あそこだ!」

「わかった!」


 ナハトも屋根を伝ってそこへ向かう。たどり着くまではまだ距離があるが険悪な雰囲気だという事は分かる。よくない事が起きているのをひしひし感じ、更に速度を速めると―――衛士が剣を振り上げるのが見えた。まさかと思い、慌てて指を切って屋根に叩きつける。木を伝って地面に魔力を流し込み、遠隔で衛士との間に蔦の壁を作ると、驚いた衛士からどよめきが上がる。

 そこにカトカたちがいるのか距離があったので分からなかったが、どうやら当たりだったようだ。やっとたどり着いたそこを見下ろすと、呻くカトカとニン、ロナーの姿が見えた。


「なんだこれは!おい、早く壊せ!」

「やめろ!」


 ヴァロが叫んで壁の上に降り立った。安易に姿を見せたヴァロに内心舌打ちをしながらも、ナハトもすぐに隣に立つ。上からカトカたちの傷を見たヴァロが、ぐっと眉を顰めたのが見えた。

 衛士は突然現れたナハトたちに敵意を向けた。全員が武器を抜き、唾をまき散らしながら怒鳴る。


「なんだてめえらは!」

「黄等級の冒険者です。何があったかわかりませんが、もうよろしいでしょう?」

「わかんねーなら引っ込んでろ!」

「そうはいきません。彼らは…」

「友達だ!」


 そう叫んだヴァロの声にカトカたちが気付いたようだ。聞こえたうめき声に、思案する振りをしながら後方を覗き込むと、困惑した顔のカトカと目が合った。その顔がすぐに悔しそうに歪む。

 だが、何とか動くだけの余裕はあるようだ。まだニンとロナーは倒れたままだが、リーダーのカトカが起きていればなんとかなるだろう。後ろ手で回復薬を人数分落とし、衛士を見る。


「こんなに傷つけるなんて…!彼らがなにしたって言うんだ!」


 ヴァロは怒りに震えていた。落ち着けという代わりに背中を叩くと、少しだけヴァロが力を抜いた。だが、返ってきた言葉に、また力がこもる。


「俺たちの前を横切ったんだよ。藍等級なんて雑魚のくせに」


 にやにやしながらそう言う彼らは、明らかにこちらを挑発している。有事の際衛士は冒険者を拘束できるが、冒険者が衛士を拘束することは出来ない。衛士が不義を働いたら、取り締まることが出来るのは同じ衛士か、貴族エリアにいる騎士だけだ。

 だから、暗に攻撃してこいと言っているのだろう。


「そんな、事で…!」


 聞く耳を持つなと、ナハトはまたヴァロの背中に手を当てた。今度は離さずに、子供にするように軽くたたく。


「そうでしたか。ですがもうよろしいでしょう?これだけ痛めつけたのですから、満足されたのではないですか?」

「いいや、まだだな」

「これ以上、何をお望みですか?」

「そんなもん一つしかねえだろう?罰金だよ、罰金」


 つまり金をよこせという事か。冷めた目で見降ろしながら、ナハトは口を開く。


「なるほど。いかほどをお望みですか?」

「散々迷惑をかけられたからなあ、まあ、一人頭中銀貨1枚ってとこだな」

「…随分と、高額な罰金ですね」


 中銀貨なんて、藍等級の冒険者が何枚も払えるものではない。ただでさえ今は等級の低い冒険者たちは、衛士に回復薬を取り上げられないようにしている為、高額な依頼が受けられなくなっているのだ。カトカたちには払えない金額だろう。そして、いくら友人とは言え、ほいほい貸すには大きすぎる金額だ。それをわかって言っているのだ。にやにやと笑う彼らの顔には悪意しかない。


「この…!」

「なるほど、わかりました。ならば中銀貨3枚、払いましょう」

「ナハト!?」

「…なに?」


 困惑した顔のヴァロを見て、視線を下に下げる。さらに軽く首をひねると、すぐに顔を引き締めて頷いた。ドラコに触れれば、ドラコも心得たとばかりに爪を立ててしがみつく。

 払おうと言ったのに困惑の色を浮かべる衛士にナハトは笑いかけた。財布から中銀貨を3枚と複数枚の銅貨を取り出すと、彼らに見えるように広げた。

 銀貨の輝きに、衛士が色めき立つ。


「早い者勝ちだ。受け取れ!」


 全力で路地の入口、大通りの方へ投げると、見ていたのか他の場所からも衛士たちが駆けだした。銀貨が落ちてキンと高い音を立て、複数の衛士がそれに群がる。

 その隙にヴァロが3人を抱えて上がって来た。騒ぎと反対方向へ屋根伝いに走り、ある程度離れたところで降りる。少し遠回りしながら、ヴァロには先に宿へ戻るよう伝え、ナハトはマゴットを預けた場所まで戻った。

 店主に慰められていたマゴットだったが、ナハトを視界に入れるとまた泣き出してしまった。


「あーあー…せっかく泣き止んだとこだったのに…」

「見てくださってありがとうございます。お礼は、また後ほど伺わせていただきます」

「いらないよ、そんなの。よく分からないけど、お嬢ちゃん元気お出しよ」

「あ、ありがと…ぐす、ございます…」


 マゴットに少し涙を堪えるよう伝え、ナハトも足早に宿へと戻った。

 また宿の店主に大目に金銭を渡し、マゴットを連れて部屋へ入ると、回復薬で多少体力が回復した3人がへたり込んでいた。ヴァロたちも今戻ってきたばかりのようだ。


「おかえり、ナハト」

「兄さん!みんなぁああ!」

「マゴット…」


 抱き着いたマゴットを、ニンが呻きながらも抱き留めた。カトカとロナーもほっとした顔でマゴットを囲んでいる。危険な状態ではあったが、幸いな事に誰も命に別状はなさそうだ。

 だが、別条はないとはいえ傷はある。血と泥にまみれた状態では治療できないため、ナハトは3人に呼び掛けた。


「一旦その辺で。とりあえず皆さんにはその汚れを落としてきていただきましょう。怪我の手当てはその後です」

「あの、ナハトさん、ヴァロさん…」

「ありがとうございます。それと…その…」

「話は手当てが終わった後です。先に、汚れを落としてきてください。ね?」

「…はい」


 ヴァロに案内され、3人はバスルームへ消えて行った。出てきたら傷の手当てをしているよう、マゴットに頼み、ナハトとヴァロはいったん廊下へ出る。今はまだ陽も高い。宿は閑散としていて、内緒話には最適だ。

 盗聴防止の魔道具を起動させると、部屋から少し離れたところでナハトは口を開いた。


「…つけられたかい?」

「大丈夫…だと思う。多分だけど、なかったと思うよ」

「私もだ。…あの男は見かけたかい?」


 ナハトの問いに、ヴァロは首を横に振った。あの男とはナハトを斬りつけた男だ。

 少し前、ナハトは町中であの男と目があった。あれから、町を歩いていて視線を感じると、あの男が見ていることが増えた。リカッツのようにつけて来ているというわけではない。町で買い物をしている時など、ふとした時に視線を感じるとあの男がいたのだ。

 だが、ここ数日その視線がなく、男自体を見かけていない。それがなんとも怪しく、ナハトとヴァロは外に出る度に、それとなく探していた。フラッドを追い詰めていた時といい、彼は騒ぎの中心にいるイメージだったのだが、これだけの騒ぎがあったというのにあの男は現場にも、周辺にもいなかった。


「…怪しいよね?」

「ああ。だが、たまたまかもしれない。とりあえず、予定通り明後日には発てるよう準備は進めよう」

「カトカさんたちはどうする?」

「彼らにも伝える。…悪手だったから」

「…どういう事?」


 眉を顰めて問うヴァロに外を見るよう視線で促すと、一瞬怪訝な顔をしたものの窓の影から外を見た。そこにはこちらを窺う複数人の衛士の姿が見える。


「衛士が…」

「ああ、こちらを見ている。無暗に入ってくることはないだろうが…ね」

「でも、なんで?」

「金で解決したからだ」


 ナハトはため息をついた。あれで衛士らは、ナハトたちが金を持っていると思っただろう。カトカたちを助けたから、彼らを囮にすればまた巻き上げられると考えたのかもしれない。

 しかし、あの場では他に方法がなかった。ヴァロが姿を見せなければ、何とか煙に巻いて逃げることは出来ただろう。カトカたちは姿を見られていても、ナハトたちが見られていなければ、関係があるとは思われなかったのだから。


「ナハト…?」

「…ヴァロくん。君のその善意は、とても好ましいところだよ。だけれどね、今回はもう少し考えてほしかった」

「えっ…」


 不安そうな顔をする彼に、少しだけ真剣な顔をしてナハトは口を開く。


「とはいえ、私が先に説明しなかったのが悪いんだが…。本当は、衛士に目くらましを当てて、その間に彼らを助け出そうと思っていたんだよ。姿を見せてしまったら、私たちと彼らに関係があると知らせてしまうから」

「あっ…」


 さっと、ヴァロの顔から血の気が引いた。


「姿を見せてしまった以上、私たちは関係者だ。出しゃばってしまったのだから、あの場を解決しなければいけない。そしてそれは金以外ではありえなかった」

「それは…」

「戦えば、私と君なら余裕で勝てただろう。だけれど君は、君より弱い相手に、本当に拳を振るえたかい?もしそれが出来たとしても、振るえば罪に問われる。衛士には冒険者を拘束する権利が与えられているからね。だがそれを拒んだら、今度は騎士が出て来るだろう」


 ヴァロが震える拳を抑えるように胸に抱え込んだ。その手に自分の手を重ねて、ナハトは続ける。


「君は鼻がいいから、あの距離でも彼らの血の匂いを感じ取ったんだろう。だから、頭に血がのぼってしまった。それは、決して悪い事ではない。だけれど、今回はよくなかった」

「うん…。ごめん…」

「いいんだ。先ほども言った通り、最初に伝えなかった私も悪い。なのにこんな事を言ってごめんよ」


 ヴァロは首を横に振った。ヴァロは、自分は考えることが向いていないと感じていた。だからいつも何か行動を起こす前にはナハトに聞いていた。それが今回は頭に血がのぼって、助けなければ、気を引かなければと思って、聞かずに前に飛び出してしまった。考えることをナハトに任せ、怠けていたからだ。


「そんな顔をしないでくれ。カトカさんたちには正直に話して、一緒に町を出てくれるよう言おう。私も今後気を付けるようにするから、君も気を付ける。それだけだよ」

「ギュー!」

「ほら、ドラコもそう言っている」

「…うん」


 ナハトが微笑むと、ヴァロは悔しそうに頷いた。頬をパンと叩いて、もう一度頷く。そして今度はしっかりと前を向いて、ナハトと視線を合わせる。


「ごめん、次は気をつけるよ」

「ああ」


 ヴァロの胸に拳を当ててナハトが笑うと、それを見てヴァロもやっと笑った。




 部屋へ戻ると、シャワーで血と汚れを落としてこざっぱりした3人が、ぐったりと床に座っていた。マゴットの手当ても終わったようで、部屋に入って来たナハトたちを見て慌てて立ち上がる。


「お二人とも!あの…」

「まあまあ、落ち着いてください。お茶を入れて来ましたから、皆さんもどうぞ」


 駆け寄って来たカトカを宥めて、4人を椅子に促す。ナハトとヴァロはベッドに腰掛け、ドラコを膝に乗せると、こくりとお茶を飲んだ。勧めると、戸惑っていたが、恐る恐るお茶を口にした。そしてほっと息を吐く。


「落ち着きましたか?」

「はい…。あの、助けていただいて、ありがとうございました」

「いえいえ。実は、きちんとお助けできなかった事を、謝ろうと思っていたのですよ」

「…えっ?」


 困惑した顔の面々に、申し訳ないと、ナハトとヴァロは誤った。困惑の上にさらに困惑を浮かべた4人に、ナハトは言葉を続ける。


「私たちのミスのせいで、あの場をお金で解決してしまいました。そのせいで、少し困ったことになってしまいまして…」

「というと…?」

「実は、衛士が宿の周りを見張ってるんだ」

「えっ!?」


 確認しに行きそうだったニンを押しとどめて、ナハトは説明した。

 金銭で解決してしまった事で、彼らはカトカたちを脅せば、またナハトたちがお金を払うと思ってしまっている事。その為に、狙われてしまっているようだという事。だから、明後日にナハトたちが町を出るのと一緒に、町を出た方がいいという事を、それぞれ順序だてて話しをした。

 黙って聞いていたカトカたちだったが、ナハトが話終わると、ゆっくり首を振った。そして口を開く。


「それでも、助けていただいたことに変わりないです。助けていただけていなかったら、死んでいたかもしれませんから」

「そん…な」


 マゴットが青い顔で口元を覆った。そういえば衛士の一人が、カトカたちが前を横切ったからだと言っていた。聞き流したが、どういう事なのだろうか。


「衛士は、あなた方が前を横切ったからだとおっしゃっていましたが、本当にそれが原因ですか?」

「…はい。商店の物を見ていたら突然蹴られて…。マゴットだけは少し離れたところにいたので、すぐ逃げるように言えたんですが、僕たちはそのまま追い立てられるように路地の方へ…」

「…念のために聞くけれど、衛士の前を横切ってはいけないというルールはあるのかい?」


 ヴァロに訪ねると、彼はとんでもないと首を振った。カトカもだ。


「なら、目上の人の前を…となると、どうだい?」

「それは…いや、でも…」


 言い淀む当たり、形骸化したルールなのかもしれないが、あるのだろう。衛士たちも馬鹿ではない。咎められた時に言い訳できるよう何か考えているとは思ったが、やはりそうであった。なるほどと頷くと、ナハトは軽く首を振った。


「すみません、話を逸らしてしまって。話を戻すと、私たちは明後日にこの町を出る事を予定しています。カトカさんたちも一緒に町を出た方がいいと思うのですが、可能ですか?」

「それは、はい…。荷物もそれほどないですし、可能です。ただ、装備が…」

「ああ。それでしたら、幾らかお貸ししますよ」


 ナハトがそう言うと、カトカがぎょっとしてこちらを見た。どうしたのかとヴァロを見ると、彼も驚いたようにこちらを見ている。どうしたかと問う前に、ニンがバンと机を叩いた。それにヴァロが慌てた様子で立ち上がる。


「落ち着いて!ナハトは…」

「バカにしてんのか!?」

「待て、ニン!」


 慌ててカトカが止めようとするが、ニンはそれを押しのけて続ける。


「堂々と金の話出して来やがって…!中銀貨で俺たちを買ったつもりか!?払えないからってバカにしてんじゃねーよ!」

「やめて兄さん!」

「うるせー!」


 カトカとロナーに止められたが、ニンはナハトとを睨みつけてくる。

 流石に何か地雷を踏んでしまったと言うことはナハトにも分かった。だが、踏んだ地雷のカバーの仕方がわからない。だから、ナハトは素直に頭を下げた。「何のつもりだ!」と言うニンに、正直に告げる。


「怒らせたようで申し訳ない。実は、私は記憶喪失なんです。だから、どうして怒ったのか教えていただけますか?」

「…はっ?」

「ほ、本当だよ!ナハトは忘れちゃってることが沢山あるんだ。だから、今のも忘れてるだけで悪気はないんだ」

「そんなの信じられるわけ…!…えっ、本当に…?」

「はい」


 すみませんと再び謝ると、少しして、ニンがやっと肩の力を抜いた。カトカとロナーもほっと息を吐いて離れ、マゴットはばしばしとニンを叩いている。

 ヴァロに腕を引かれて耳を寄せると、こっそりとどう言うことか教えてくれた。それによると、金を貸すと言ったことが、1番の原因のようだ。ここでは金の貸し借りはあまり一般的ではなく、これだけの対価を払うからこれだけの金額をくれと、貰う側が頼むものらしい。渡す側は、その金銭に見合う対価を貰えると納得できたら、初めて金を渡す。そうして、金がなくとも対等であると示すのだそうだ。

 今回のように金があるナハトたちが、金が必要なカトカたちに一方的に貸すという行為は、お前たちは下であり、対価を払うこともできないのだろうと、安易に示してしまっているとの事だ。つまり、「お前たちは対価に見合う物も用意できず、必要な働きもできないやつだ。だが、私は優しいから、必要な分の金を貸してやろう。ありがたく思えよ」という感じにとられたらしい。さらに今回は、カトカたちの身柄を金銭で買ったと取れるような状態だったため、より、その意味合いが強くなってしまったそうだ。

 知らなかったとはいえ、大変失礼なことをしてしまったと、ナハトは頭に手を当てた。


「…わかったかよ」


 ぶっきらぼうにそう言われて、ナハトはこくりと頷いた。


「ええ…。知らなかったとはいえ、不快な思いをさせてしまいました。本当に申し訳ない」

「全くだ。気をつけ…ってぇ!?」

「もう兄さん黙って!」


 マゴットに殴られて、ニンが強制的に黙らされた。その隙にカトカが前に出て来て頭を下げる。


「すみません!本当に…」

「やめてください。礼儀がなってなかったのはこちらなのですから。改めて、これからのお話をしましょう。ただ、私はものを知らないので、またご不快な思いをさせてしまうかもしれませんが…」

「それは…事情は分かりましたので、大丈夫です」

「助かります」


 ナハトがそう言って微笑むと、カトカも微笑んだ。




 結局、対価については後にして、まずはカトカたちの荷物を取りに彼らの宿へ行った。衛士がこちらを窺っていた以上、町を出ることには皆賛成だった為、たった数日だが、彼らもナハトたちの宿に拠点を移すことにしたのだ。

 カトカたちは最近前払いで2カ月分の宿賃を払ってしまっていたが、町の状況を知ってか、店主は宿泊していた分の宿賃以外は返してくれた。お陰で、それで最低限の装備は整えられそうだったが、買いに行くには時間が足らず、疲れていることもあって、全て明日に回して早々に宿に戻ることにした。

 夕食を終えた後、カトカたちが取った部屋に集まり、この後についてと、中銀貨についての話をした。マゴットは中銀貨の事について知らなかったので、そこから話を再開した。

 話を聞いていろいろ思うところはあるはずだが、進めるためにぐっと堪えて続きを促す。まだ幼いながらも落ち着いたその態度をありがたく思う。


「中銀貨の対価についてなのですが…」

「その前に、一つよろしいですか?」

「えっ、あっ…どうぞ」

「ありがとうございます。中銀貨なんですが、今回はお伝えした通り、こちらにも非があります。寧ろ、このようにしてしまった分、私たちの方に非があると言っても過言ではないと思っています」

「それは違います!助けていただけなければ、僕たちは死んでいたかもしれない。過言なんかではありません!」

「うん、だからね、中銀貨1枚分の対価をお願いしようと思って」


 ヴァロの言葉に、カトカたちは顔を見合わせた。結局1枚分の対価は必要であるが、それでも3枚よりは考えようがあるのだろう。ただ、施しと受け取られては困る為、言葉を尽くす。


「皆さんにそう言っていただけてありがたいのですが、それでも、私たちはミスを犯してしまった。その責任は取らせてください」

「それは…はい…。分かりました。では、1枚の対価について、再度メンバーと相談してもいいですか?」

「はい。ですが、良ければその対価を提案させていただいてもよろしいですか?」


 欲しいものがある場合、それを対価として要求するのはありかと、事前にヴァロには聞いておいた。今回のように対価について話す場合は問題ないとお墨付きをもらったのでそう言うと、カトカたちは困惑した顔になった。予想と違う反応に戸惑うと、ヴァロがまた耳打ちしてくる。


「先に言っちゃだめだよ…!向こうに言われてから提案するの」

「…そういうのは先に教えてくれ。…すみません、カトカさん」

「い、いえ…。それで、提案とは何でしょうか?」


 どうやら許してもらえたようだ。続きを促されて、ナハトはマゴットに問いかけた。


「マゴットさんは、ひょっとしてご自分で回復薬を調合されていませんか?」

「は、はい!」

「やはり…」


 カトカたちの荷物を取りに行った時、マゴットの持ち物がとても多い事に気がついた。女性という一言で済ますには無理がある、すり鉢や植物の汁が染み付いたナイフなどもあり、ひょっとしたらと思っていたのだ。図書館で調べたが、回復薬の作り方などが書かれた本がなかった為に回復薬は購入して済ませていたのだが、本当なら自作したかった。知っているなら、レシピを教えて欲しいと思っていたのだ。


「相場が分からないので安すぎるようでしたら、こちらから追加でお支払いもさせていただきます。なので、良ければ私に回復薬の作り方を教えていただけませんか?」

「えっ!?か、回復薬ですか?で、でも…」


 言いにくそうに、ごにょごにょとマゴットが小さくなる。やはり安すぎるだろうかと思っていると、ニンがため息混じりに口を開く。


「安いんじゃねーよ。回復薬のレシピなんて、等級の低い奴らならみんな知ってる。効能も、店のやつほど高くねえ。だから、中銀貨の代わりにするには、かなり安すぎる対価なんだよ」

「なるほど…。ですが、私は知りませんでした。対価として安すぎるとおっしゃいますが、みんながみんな、同じレシピで作られているわけではないでしょう?」

「それは…はい」

「なら、マゴットさんが知っているレシピは、マゴットさんのオリジナルという事になります。決して安くはないはずです。何より、私にはそれだけの価値があると思っています。知らないことを学べるというのは、それだけで価値がある事です」


 これは決して施しではない。ナハトは純粋に知識に対して敬意を表しているだけだ。「いかがでしょうか?」と問いかけると、困った様子のマゴットはカトカに視線を投げかけた。

 カトカは少し考えて、頷いた。「いいんじゃないか」とマゴットに言う。


「確かに相場としては安すぎる対価だけど、知識についてといわれると、断るのはマゴットを貶めるようでいい気はしないしね」

「ありがとうございます」

「こ、こちらこそ…!」

「よろしくお願いします、マゴット先生」


 ナハトがそう微笑みかけると、マゴットは顔を真っ赤にして頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ