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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第二章
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第18話 ゆさぶり

 ギルド長に勧誘されてから数日、ナハトとヴァロは生息域が広く、数が多い採取や魔獣の依頼を選んでいた。魔獣や植物を探しながら注意深く探す事で、監視者を見つかるかもしれないと思ったからだ。

 だが、結果は徒労に終わった。何も見つけられなかったのだ。本当にいるのかと疑いたくなるくらい監視者は静かで、それらしきものをナハトもヴァロも、かけらも感じ取ることができなかった。

 衛士の冒険者への当たりもまた酷くなった。それはナハトたちは黄等級も例に漏れず、謂れ無い言葉の暴力や執拗な手荷物検査、回復薬の押収も行われた。重要なものは直接懐に隠し持つ事で避けることができたが、それでも町から出るのが億劫になるくらい、宿の外に出ることすら面倒になるくらい、衛士の横暴は執拗だった。

 それでも、ギルド長が何か対策を立てた様子は見られなかった。我慢できなくなった冒険者が何人も衛士に連行されて行き、暴力を受けてギルドに担ぎ込まれても、何の対策も注意も、ギルド長が衛士に対して行うことはなかった。


「…どうにか出来ないかなぁ」


 ヴァロの呟きに、ナハトは地面に視線を落とした。監視者を見つけることができないせいで結局町から出る決意がわかず、今は八方塞がりの状態だ。


「…いい加減どうにかしないとな」


 本当はアンバスからも話を聞きたかった。やはりどう考えてもアンバスの行動におかしな点がある為、本当は会いたくなかったが、一度話は聞いてみたかった。しかし、アンバスとファランが目を覚ましたと言う連絡はまだない。ニシアにも、ギルドの職員にも、目が覚めたら教えてくれるよう伝えてあったが、まだどちらも意識が戻らないらしい。魔力を限界近くまで抜かれた者、魔獣に取り込まれた者にどのような症状が出るのか分からない為、やきもきしながらも回復を待っている状態だ。

 ナハトは懐から1通の手紙を出した。それはギルド長からの呼び出しの手紙で、3日後に話を聞かせてほしいと書いてある。前回考えさせて欲しいと言ってから1週間。まあ、引き伸ばした方だと思うが、これ以上は無理だろう。


「うーん…」


 腕を組んで考えながら、ヴァロがごろんと転がった。周囲を確認できない宿などと違い、今は森の開けた場所にいる。姿が隠せる場所がない以上、余程大声で話さなければあちらに伝わることはないだろうと、宿以外での相談はここを利用するようにしている。


「待ち伏せ…とか出来ないかな?」

「あちらが、こちらの思惑にのってきてくれるなら可能だろう。だが、のってこなかった場合が厄介だ。その場合、こちらの思惑は相手にバレるし、バレていることがギルド長に伝わる」

「そしたら、何が起こるか分からない…って事だよね。それは分かるんだけど…俺、ナハトは少し慎重すぎるんじゃないかって思うんだ」

「…私が?」


 転がった状態でヴァロが言う。言われて、ナハトは眉を潜めた。慎重なことは悪くない。命に関わるかもしれないことを、慎重に考えても過ぎる事はないだろう。

 不満に思ったのが伝わったのか、ヴァロは体を起こすと少し考えてから口を開いた。


「だってさ、今はっきりわかってる事ってギルド長が俺たちを雇いたいって事と、監視がついてたって事だけでしょ?」

「監視がついてたって…今まだついてるだろう?」

「ううん。俺が言ってるのは、リカッツさんの事だよ。今監視がついてるかどうかは分からないでしょ?」


 言葉に詰まった。確かに、気配を感じ取れない以上いるかどうかは分からない。そもそも、ナハトがギルド長の言動から予測しただけなのだ。


「お菓子に何か入れられてたって言うのも、もしかしたら気のせいかもしれない。ナハトが言ってることが全部本当だったとして、ギルド長の誘いを断って町を出ても、何もないかもしれない」

「そ、それは流石に楽天的すぎだろう?」

「でもさ、今ナハトは考えすぎて動けなくなっちゃってるでしょ?このまま動けないくらいだったら、結局何もしないのと一緒だよ。だったら少し楽に考えて動いてみてもいいんじゃないかな?」


 確かに八方塞がりだと思っていた。何もいい案が浮かばず、少々途方に暮れていたのも確かだ。だが、本当にそれでいいのだろうか。

 答えあぐねていると、ヴァロが困ったように笑いながら言う。


「とりあえず町を出てみようよ。意外と大丈夫かも知れないよ?」


 そんな簡単な事ではないだろうと思う。だけれどヴァロの言う通り、こちらから動かなければ何も状況が変わらないのも確かだ。


(「ただ…臆病なだけかも知れないな…」)


 ふうと息を吐くと、ナハトはドラコを膝の上に乗せた。されるがままで気持ちよさそうに撫でられるドラコに微笑むと、ナハトは口を開いた。


「…そうだな」

「じゃあ…!」

「ただ、町を出るのではなく、ギルド長にしっかり断りをいれてみよう」

「えっ、なんで?」

「その方がいいからだ。分かりやすく話すと、何もせずに町を出た場合…。監視者がいてもいなかったとしても、私たちはただ不義理を働いた者ということになる。しかもギルド長直々の誘いに対してだ。更に言うと、相手を怪しんでいるということが伝わってしまうし、不義理を働いた私たちがダンジョン都市で動く上で面倒なことが起こらないとも限らない。ダンジョン都市での冒険者の管理も、その場所のギルド長が行うわけだからね。悪い事しかない」

「あっ…そっか」

「ああ。その点、ギルド長に断りを入れるというのは、はたから見れば何も問題はない。断るに足る理由はあるからね。ただ、この場合、あちらが取る行動の予測はつかない。私たちを専属にしたいと言っていたが、何故そうしたいのか、本当にそれが目的なのか分からない。あちらの思惑がわからない以上、かなり臨機応変な対応になる可能性がある」

「なるほど…」

「…だから、とりあえず断って、相手の出方を見てみる。何もしてこないなら、ヴァロくんの言っていた通り私の気のせいであるし、何かしてくるなら…」

「気のせいじゃないって事だね…」


 こくりと頷くと、ヴァロは笑う。「さすがナハト」と言われ、ナハトも釣られて笑った。


「さすがなものか。結局行き当たりばったりだよ」




「何日もお待たせしてすみませんでした。熟考した結果、大変ありがたいお誘いですが、今回はお断りさせていただきます」


 もらった手紙に書かれた時間に予定通りギルド長を訪ね、挨拶もそこそこにそう切り出した。ギルド長はピクリと一瞬反応したが、すぐに大きく息を吐いて口を開く。


「そうですか…」

「お力になれず、もう仕分けありません」

「…参考までに、理由を聞かせてもらえますかな?」


 ナハトはヴァロと軽く視線を合わせると、「はい」と言ってから話し出した。


「私たちはもともとダンジョン都市に行くという目的があり、その為にこの町で等級を上げていました。黄等級になった今、もうこの町に長居する理由がないのです」

「そうでしたか…。ですが、その割には等級が上がっても依頼を受けてましたよね?何故ですか?」


 調べはついているだろうにと、そう思いながらも、ナハトは少し困った顔をして答えた。


「ご存じかと思いますが、私たちは指導者に恵まれないまま等級を上げてしまいました。その為、基本的な事をイーリーさんに教えていただいていたのです。ですが、イーリーさんはああいう方でしょう?」


「ええ」と、ギルド長は頷く。それを見てまた少し大げさに話す。


「物言いはキツイですし横暴なところも多かったのですが、こちらは教えを乞う立場ですから、嫌々受けていたのです。そんな折に彼女がしばらく町をあける、という事をお聞きしました」

「なるほど」

「ですが、初めは数日とおっしゃっていたにもかかわらず、もう1ヶ月ほどたちます。嫌な事もありましたが、教えていただいたのは確かです。義理立てして、戻ってこられるのをお待ちしてましたが、彼女からは何も連絡はない」

「ああ、それで…」

「はい。彼とも話して、それならばもう目的であるダンジョンへ行こうという話になったのです」


 ヴァロが頷いたのを見て、ギルド長は「そうでしたか」と言うと腕を組んで黙ったしまった。

 ほんの少し緊張しながら様子をうかがっていると、また大きく息を吐いて口を開いた。


「それならば、仕方がありませんね」


 その声は、思っていたよりもあっけらかんとしていた。相変わらず眉毛で目は見えないが、声は、残念な気持ちが滲み出ているだけで軽い。

 隣でヴァロが、ほっと力を抜いたのが分かった。しかし反対に、ドラコが肩に爪を立てる。


「せっかくの機会をふいにしてしまって申し訳ありません。3日後にはこちらを出る予定ですが、それまでは宜しくお願い致します」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 表面上は和やかな雰囲気で部屋を出た。「よかったね」と言うヴァロに「そうだな」と返事をしながら歩く。

 まだ陽も高かったので、本当はこの後採取のために町の外へ出る予定だった。だがそれを急遽変更して、一度宿へ戻る。不思議そうな顔をするヴァロを促して座らせると、お茶を入れてからナハトはまた盗聴防止の魔道具を起動した。


「採取行くんじゃなかったの?」

「それなんだがな…ヴァロくんは、ギルド長の反応をどう思った?」

「えっ…。思ってたよりもスムーズに断れてよかったなって。あと、怒ったりしてなかったなって思ったよ」

「…私もそう思った。だけれどね、ドラコはそうじゃなかったみたいなんだ」


「ドラコが?」と、首を傾げたヴァロに頷く。ドラコはナハトの肩から降りると、ヴァロの指を尻尾で叩いた。疑われたことが不服なようだ。


「ドラコはたまに、私が気付かないような機微に気付いたりするんだ。ギルド長が”仕方ない”と言った時、ドラコは私の肩に爪を立てた。何かを感じ取ったのは確かなんだ」


 どうだと言わんばかりにのけ反ったドラコを指で撫でる。それとは反対に、ヴァロの顔は強張った。ナハト自身も、背中に冷たいものを感じている。ナハトもヴァロと同じように、ギルド長の変化がわからなかったのだ。ただの、小さなおじいさんにしか見えなかった。


「宿に戻ってきたのは、念のために荷物をまとめてから出ようと思ったからだ。ドラコが何かを感じた以上、私はもうギルド長を警戒している。まだ何もされてはいないが、何かある可能性は高いと思っている。だから、本当に3日後に出れるよう、場合によっては前倒しで動けるよう、荷物をまとめておこう」

「わ、わかった」


 ごくりとつばを飲み込んで、ヴァロは顔を引き締めた。


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