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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第二章
35/189

勝てないもの

こちらは番外編です。同日更新された本編はひとつ前です。

「そういえばヴァロくん。君、女性に耐性出来たのかい?」

「えっ?」


 部屋でお茶をしている最中にそう聞かれて、ヴァロは何のことだと首をかしげた。本当にわからなそうな彼に、ナハトは笑いながら問いかける。


「ファランさんだよ。サンザランドから彼女を助けた時、抱え上げてこちらに来ただろう?君の事だから照れて出来ないことも想定していたんだが…」

「えっ、あっ、あのね…。助けなきゃって時にそんな事考えてないよ」

「ふふ、そういうものなのかい?」

「そういうものなの!」


 顔を真っ赤にしながらも必死に訴えるヴァロがおかしく、ナハトはまた笑う。

 実際のところ、今の今言われるまで忘れていたのだ。言われなければ思い出さなかったのに、言われてしまったから思い出してしまった。

 ブワッと顔に熱が上がって、ヴァロは顔を覆う。


「酷いよ。忘れてたのに…」

「すまない。ファランさんは君好みの女性だったから、克服できたなら良かったと思ったんだ。悪気はない」

「…うん」


 謝って貰えて、もういいやと頷こうとして―――止まった。何故ファランがヴァロの好みだとナハトが知っているのだろう。思い返してみても、事実好みであるだけに、嫌な汗が背中を伝う。


「な、ナハト?」

「何だい?」

「な、何で俺の好み知って…」


 不吉な予感がして、頬が引き攣りながらも問いかけると、ナハトはキョトンとした顔で事もなげに言った。


「何故って…君の家でそういう本を見たからだが…」

「うわあああっ!?」

「絵もあったな」

「びゃあああっ!?」


 変な悲鳴をあげて、ヴァロはベッドへ飛び込んだ。頭から布団を被り、全力で顔を隠す。見えている肌の部分は羞恥でピンク色になり、暑くもないのに大量の汗をかく。

 ナハトがヴァロの家で見た本や絵は、所謂男性の1人遊び用の物であった。官能的な文に絵、それと写真。あまりに精巧すぎる風景の絵に驚いて、それが写真という物だと教えてくれたのはヴァロだった。だから後日見つけたそれは、すぐに写真だと分かった。そこにまるでいるかのような女性の写真に本当に驚いたものだ。大変あれなポーズではあったが。


「な、なんななななななんっ…」

「何でって…君の家を掃除していたのは私だよ?知らないわけないだろう?」


 そうだったと、もぞもぞ丸くなる。ナハトが掃除していたのだから、きちんと隠すなりなんなりしておかなければ見つかるのは当然だ。だが、だからと言ってこの恥ずかしさが許容できる物ではない。受け流せない感情にバタバタしていると、何処か楽しそうにナハトは口を開く。


「写っていた女性は皆健康的な体型で、髪は緩いウェーブがかかった小柄な女性。幼さが残る顔立ちの子が多かったな。それと胸がふくよかだった。だから好みじゃないかと思ったんだよ」

「わかったわかったから!もう言わないでぇえええっ!」

「悪かったから、落ち着いてくれ。ほら」


 そう言って新しくお茶を入れたカップと、ヴァロの夜食用に買ってきたクッキーを取り出すと、甘い匂いにほんの少し顔を出すが警戒して出てこない。まるで手なずける前の猛獣のような姿に笑いがこみあげる。

 そもそも、ナハトはその手の物は見慣れていた。なぜなら村では兄弟子たちと同室であったし、大変不服だが自分は女である。豊かさは全然足りないが。

 だから、理解というか、男性はそういうものを必要とするという知識はあった。精巧なそれに驚きはしたが、むしろ、あれだけ恥ずかしがっているのにこういう物を持っていたという方に驚いたものだ。そういう訳で、ナハトは思っていることをそのまま口にした。


「君はそんなに照れているのに、よくあれらを買おうと思ったね」

「…はっ?」

「あっ、いや…。絵や写真を持っていたのだから、女性の裸体を見た事がないわけじゃないんだろう?」

「な、ななななななん、何ををっ!?」


 駄目だ面白い。笑いそうになるのを堪えて、代わりにナハトは一口お茶を飲む。真っ赤な顔でわたわたするヴァロには申し訳ないが、その姿が可愛らしく面白いと思ってしまった。


(「…ん?可愛い?」)


 涙目の大男に妙な感情を抱いたと思っていると、やりすぎだというようにドラコが頬をぺしりと叩いた。もじもじしくしくする布団の塊を差し、ナハトの頬をまたぺしりと叩く。

 確かに少しやりすぎたかもしれないなと、ナハトは塊に近づいた。ベッドサイドに腰かけてぽんと塊に手を乗せると、びくりとそれが揺れる。


「ヴァロくん、ごめんよ。もう言わないから出ておいで?クッキーを食べようじゃないか」

「……やだ」

「そう言わずに。ほら、バターのいい香りがするよ?」


 一枚取って布団の隙間から揺らすが、いらないとそっぽを向かれてしまった。これは本格的に機嫌を損ねてしまったようだ。どうしようかと考えていると、布団からはみ出る足が見えた。消えかけていた悪戯心がわいて、その足をくすぐった。


「うひゃあっ!」


 また変な声を上げてヴァロがベッドから飛び上がった。そのまま呆然とした顔でこちらを向くので、にっこり笑って足に手を伸ばす。と、その手をドラコに噛みつかれた。


「ドラコ?」

「ングー…」

「えっ、怒ってる?」

「ングー!」


 ガジガジと、痛くはないが手を噛まれまくられ蹴られる。やりすぎだと怒るドラコに、ナハトはクッキーを差し出して謝った。


「ごめんドラコ。もうやらないから」

「ングー!」

「いたたっ、尻尾で叩くのはやめて」


 謝るのは僕じゃないでしょと言わんばかりに、肩まで登ってきては頬を尻尾で叩く。地味に痛いが押さえつけるわけにもいかず、行き場のない手が空を切る。


「ちょっ、待ってくれドラコ。ちゃんと謝るから」

「ギュー!」

「ぷっ…あ、あははははっ!」


 笑い声に顔を上げると、布団にくるまったままのヴァロがこちらを向いて笑っていた。先ほどまでのもじもじはどうしたのか、爆笑する彼に、ドラコがぴょんと肩から下りて駆け寄る。


「グー?」

「あははっ、もういいよ。ドラコ、ありがとうね」

「ギュー!」


 気遣うように見上げるドラコに礼を言ってヴァロは笑った。

 大変仲が良さそうなその様子に何とも言えない気持ちがこみあげていると、早く謝れとでも言うようにドラコが鳴いた。何故だか謝りたくない気持ちになったが仕方なく謝る。


「わかったよ。…ヴァロくんごめん、言い過ぎた。許してくれるかい?」

「いいよ」


 少々投げ槍に謝るが、ヴァロはそれでも許してくれた。もう機嫌を直したようで、ドラコを抱えて席に着く。ドラコがナハト以外の人に懐くのは問題ないはずだが、何故か妙に気に障る。

 特に悪い事を考えていたわけではなかったが、視線を感じてそちらを向くと、ドラコが疑いの目でこちらを見ていた。


「もう何もしない。だからそんな目で見ないでくれ」


 はあとため息をつくと、またヴァロが笑う。


「ナハトもドラコには勝てないんだね」

「…ああそうだよ。ドラコが一番だ」

「ギュー!」


 胸を張るドラコの頭を撫でると、ナハトも笑って席へ戻った。

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