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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第二章
33/189

第16話 後始末

ヴァロに3人を任せている間、ナハトはアンバスと魔獣に飲み込まれた女性、ファランの怪我の様子を確認していた。幸いな事に魔力切れを起こしていた魔術師はもう立って動けるほどに回復していて、ナハトを手伝ってファランの治療を行っている。とはいっても、彼女の持っていた回復薬と魔力回復薬を飲ませ、全身の擦り傷の手当てと、魔獣のぬめりを取ることくらいしか出来ないのだが。ファランは取り込まれた際に魔力を吸収されて、魔力が枯渇していたために意識がなかったようだ。性能が低いとはいえ、魔力回復薬を口にしてからは呼吸も安定してきているし、口布をしていたこともあって麻痺も起こしていないようだった。

 問題はアンバスだった。何故か口布が取れてしまっていたせいで、麻痺の花粉を大量に吸ってしまっていた。どれほどの時間あそこに捕らわれていたのかわからないが、魔力の枯渇も深刻で、麻痺は体の機能に加えて臓器にも影響が出ているようだ。ファランの持っていた魔力回復薬を飲ませようとしたが、喉も麻痺して飲みこめず、更に持っていた解痺薬では麻痺を回復させるに至らず手の施しようがない。体は冷たく、辛うじて呼吸だけはしているような状態だ。このままでは遠からず死んでしまうだろう。


(「…試してみるか」)


 ドラコに頼んで目を引いてもらい、その間にこっそり神秘の花を咲かせて手早くその蜜をアンバスに飲ませた。正直なところこれで状態が良くなるかはわからないが、何もしないよりはマシなはずである。ナハトの知る神秘の花の効果は、あくまで人や動物に試したものだ。獣人、ここでは優等種だが、彼らが飲んだという話は聞いた事がない。大きな問題が起こるとは思っていないが、ナハトと同じ人に効くものが彼らにも同じ効果を同じだけもたらすかはわからないのだ。とはいえ、エルゼルが飲んだ時に傷が回復したのは確認している。ならば、花粉で傷ついた内臓にも多少は効果があるかもしれない。

 緊張しながら様子を観察していると、徐々にアンバスの呼吸が安定してきた。魔力は相変わらず心もとないが、触れた指先にも体温が戻ってきていて、見た目には多少なりとも回復したように見える。

 ほっと息を吐いたところで、ヴァロが3人を縄でぐるぐる巻きにして連れて来た。両手で抱えられて、まるで米俵のようだ。


「おかえり」

「ただいま。すごい暴れるから、縛っちゃったんだけど…」

「構わないだろう。随分と後ろ暗いことがあるようだからね」


 にこりと笑うと、彼らの顔が引きつった。さて何から聞こうかと思案していると、ニシアと名乗った唯一の紫等級の冒険者が、厳しい顔で前に出て来た。仲間の魔術師に手を引かれるも、振り切ってこちらへ来る。


「この人たちが騙したんです!」

「どういう意味ですか?」


 騙したとは物騒な話だ。問うと、ニシアは怒りに震えながら答えた。


「私たちはクロルフェルを倒しに来たんです。クロルフェルの討伐依頼だって…そう言われてたんです」

「…なんですって」


 クロルフェルは案山子のような木の魔獣だ。動きが遅く、複数体が根で繋がっていて、繋がったそれら全てが本体という特徴がある。ここではよく見られる魔獣だが、根が繋がっているうえ動きが遅いので、等級が低い冒険者向けの魔獣だ。緑の3人は置いておいて、紫等級のニシアとそのパーティメンバーのノイエ、それとファランの3人であれば、丁度いい依頼だろう。


「詳しく説明してください」


 ナハトがそう言うと、ニシアは頷いて話しだした。その話によると、アンバスは今ニシアたちの指導者をやっているらしい。ナハトもヴァロも大変驚いたが、ニシアの様子からするとなかなかうまくやっているようだ。

 ニシアはノイエと2人でパーティを組んでいて、今回同行した同じ紫等級の魔術師のファラン、それとヴァロに簀巻きにされた冒険者3人とは初対面との事だった。ファランとノイエはギルド預かりの魔術師だが、ニシアはパーティになることを許されているらしい。よくよく聞くと冒険者登録をしたのは最近の事らしく、今はパーティを組むことには問題が無くなっているとの事だった。

 そもそも、クロルフェルの討伐依頼はアンバスとニシア達が相談して決めたものらだったそうだ。受付で手続きする際にアンバスが呼ばれ、戻ってきた時には、ファランと緑の3人を連れて来た。詳しい経緯は分からないが、何故かアンバスが全員をまとめて面倒を見ることになり、とはいえ既に受ける依頼を決めていたことから、そのままクロルフェルの討伐受注したらしい。その際に、最終手続きをしたのが緑の冒険者3人で、ニシアに言わせると、その時に依頼をすり替えたのではないかという事だった。


「だって、確かに最初はクロルフェルの依頼だったんです。でも、地図にある生息地に来たら、いたのはサンザランドで…」


 アンバスはすぐさま無理との判断を下し、引き付けている間に逃げるよう指示を出した。しかし緑の冒険者たちが言うことを聞かず、その結果、1人でサンザランドを引きつけて、ここから離れることを選んだ。だがアンバスが離れた事で、緑の冒険者たちが主導権を持ってしまった。戻って戦うよう脅され、抵抗したところをノイエが人質に取られ、仕方なく全員で戻り戦った。とはいえ実力も魔力も足りない状態では本体と戦う前に総崩れになり、緑の冒険者たちも無理だと悟った時には敵の数が多すぎて逃げることもできず、あの状態になったらしい。


「酷い…」

「…それでも、アンバスさんが口布について教えてくれたから、痺れて動けなくなる事はなかったんです。でもその代わりに…」


 サンザランドは赤に値する魔獣だ。本体だけでなく分身体の注意まで引き続けるには、相当な無理をしたに違いない。だが、それでも疑問が残る。


(「…アンバスさんが、依頼のすり替えに気づかなかった…?」)


 色々迷惑をこうむったが、それでもアンバスは銅の冒険者だ。シェラドラの時だって、森に入る前から成体だと気づいていたようだったし、単独依頼を多くこなしていただけに観察眼は相当なものであった。そんな彼が、受けようとした以来のすり替えに気づかなかったなどあり得るだろうか。


「俺たちは悪くねえ!」


 その声に振り向くと、緑の冒険者の一人が吐き捨てるように叫んだ。


「そいつが銅の冒険者なんて嘘ついたから悪いんだ!」

「…それはどういう意味ですか?」


 ナハトが問うと、彼は一瞬怯んだ後にまた叫んだ。


「だ、だってそうだろう!?こいつは黄だけど、一人で戦ってたじゃねーか!銅なら一人でだって倒せたはずだ!」

「ああ、そういう事ですか」


 倒せるまではいかなくとも、何もできずに麻痺らされ捕らわれていたというのはナハトにとっても疑問であった。だが、彼にはそんな事を言う資格はない。騙す方が悪いのだし、そもそもが違う。

 なんて馬鹿なんだろうと息を吐きながら近づくと、叫んだ奴の肩がびくりと揺れた。怯えるならば生意気な口を利かなければいいのにと思いながら、その肩に手を置いて微笑みかける。


「どうも頭が大変お悪いようですから、あなた達にもわかるように説明しましょう。まず、前提条件が違うのですよ。アンバスさんはお一人で6人もの冒険者と魔術師を守りながら、敵を引き離さなければならなかった。その為には、サンザランドにかなり近づいての攻撃が必要でしたでしょう。愚にも戻ってきて戦況を掻きまわされるとも思わなかった事でしょう。ですが、ヴァロくんは攻撃を引き付けるだけでよかったのです。彼が強いのは確かですが、私もいるので敵の注意を惹き、攻撃を引き付けることにだけ集中できるわけです。あなた方がもう少し役に立てたのでしたら、アンバスさんもやりようはあったと思いますが…己の力量も図れないばかりか、状況判断も出来ない頭の悪い3人を連れてでは、相当な苦戦を強いられたでしょうね。ご愁傷様です」

「こ…のっ!」

「おっと」


 簀巻きにされているから腕が使えないため、代わりに足が伸びてきた。それを避けると、彼らの後ろにいたヴァロがナハトを蹴ろうとした彼を持ち上げて、無理やり視線を合わせた。ヴァロの方が上背がある為、足が完全に浮いている。


「なっ…」

「暴力は良くないよ?やめようね」

「は…はひ」


 こくこくと頷く緑冒険者たちは怯えているが、ヴァロに悪意はない。持ち上げて足が浮いたのはそこまで気が利かないだけだし、単純に暴力は良くないと言いたいだけなのだろう。しかしヴァロは上背があり体格が良い。冒険者たちは圧倒的な実力差でヴァロに捕まり簀巻きにされた事もあって、言い聞かせるような言い方は余計に意味恐怖をあおる。

 それを無意識にやっているのは笑ってしまうが、とりあえず大人しくなったからそれでいいと、ナハトは口を開いた。


「とりあえず、状況はわかりました。帰って、彼らには相応の罰を受けていただきましょう。それでいいですね?」

「はい」

「アンバスさんは、ヴァロくんが背負ってくれ。ファランさんは…」

「あっ、私が背負います」

「では、よろしくお願いします」


 手を挙げたニシアにファランを任せ、緑冒険者を先頭に、ノイエと、ファランを背負ったニシア、最後尾をヴァロとナハトで森の出口を目指した。

 途中拘束を解いたのを見計らって緑冒険者の3人が走り出したが、腰に追尾用の蔦を巻き付けていた事もあって、逃げたはいいがつながれた動物のような状態で盛大にこけた。泥だらけになった彼らだが、蔦の先を持つのがヴァロだとみると、すぐに大人しくなった。

 なんとか無事に森を抜けると、しばらく前からナハトたちに付いて来ていた人物が姿を現した。きっちりと分けた髪に黒縁の眼鏡、ギルドの制服も皺一つなく、耳や尻尾の毛の先まで整った、いかにも融通の利かなそうな職員だ。腰に蔦を巻き付けられた緑冒険者の3人を見て、ニシアが背負ったファランを見て、ヴァロが背負ったアンバスを見て、眉を寄せる。そして、名乗りもせずにナハトに問いかけてきた。


「これはどういう事ですか?」

「その前に、あなたはどちら様でしょうか?」


 ナハトとヴァロは自分たちを追ってきた職員だと予測がついたが、それ以外の人間は突然現れた職員に警戒の色を示した。それが分かったのか、職員は身分証を提示しながら口を開く。


「わたしはギルド長の部下のリカッツだ。そこの2人の素行調査をしていた」

「素行調査?」


 思わぬ発言に反応すると、リカッツと名乗った職員は頷いた。堂々と言うあたりその通りなのだろうが、何日も付け回して素行を調べられるようなことをしているつもりはない。

 素行調査という言葉に驚いたのだろう、こちらを見るニシアとノイエの表情に困惑の色が見えた。安心させるように微笑むと、2人はほっとしたように息を吐いた。初対面でなんと面倒な事を言うのだと怒りがわいたが、今はファランやアンバスをきちんとした医者に見せること、この騒動を起こした冒険者をギルドに引き渡す方が優先だ。特にアンバスの容態は、神秘の花の蜜を飲ませたとはいえ、どうなのかわからないのだ。

 疑問を飲み込んで、ナハトは手短に説明をした。


「事情は分かりました。町の入り口まで職員を迎えに寄こしますので、その職員にお二人を引き渡してください。そちらの3人については、申し訳ないがギルドまで連れてきてください」

「…わかりました」


 そう言うと、リカッツはポケットから何か四角い箱のようなものを取り出し、それに向かってぼそぼそと呟く。初めて見るそれに、ナハトは視線でヴァロに訪ねるが、ヴァロも見た事がないらしく首を傾げた。

 その後、リカッツはナハトとヴァロの後ろを一定の距離を保ってついてきた。町が見えてくると、ここ最近見慣れた長い列の先に、複数のギルド職員の姿が見える。


「話は通してありますので、そのまま向かってください」

「えっ、いいの?」

「かまいません」


 いいからさっさと行けとでもいうように手を振られ、疑問に思いながらも並んでいる列を追い越して入口へ向かう。こちらを見る視線に居心地の悪さを感じるが、今は全て飲み込む。

 町の入り口にいた職員にアンバスとファランを預け、ナハトたちはリカッツと共に冒険者ギルドへと向かった。

 ギルドへ着くとまた別の職員が待ち構えていた。緑等級の3人を引き渡し、簡単にあらましを説明すると、3人は職員に連れられてギルドの奥へ消えて行った。ニシア達もそれぞれ別の職員に案内され、奥の部屋へ消えて行く。

 報告は済んだからと帰ろうとすると、ナハトとヴァロは何故か留め置かれ、壁際でリカッツを待つはめになった。手持無沙汰で行きかう人を眺めていると、ヴァロがぽつりとつぶやいた。


「…なんか、変な感じだね。こんなだったっけ?ギルドって…」

「いや…」


 職員たちの態度はそうおかしなところはないが、なんというか、雰囲気がおかしい気がする。朝はもう少し以前のギルドの雰囲気が残っていたのだが、今は全体的にどんよりとしていて、職員の顔にもどこか不安そうな色が見える。事実、下位冒険者が何組も町を出ていて、衛士の横暴は日に日に酷くなっているし、先日のグリーズ達のように、命に係わる嫌がらせをされた者たちも徐々に数を増している。それらの苦情は全てギルドに寄せられている為、雰囲気がおかしく、職員も疲れているのだと思う。


「…イーリーさんが戻ってきたとしても、これは簡単には解決しないかもしれないな」


 ナハトの呟きに、ヴァロが眉を顰めた。これだけ町の雰囲気が悪くなり、衛士が力をつけ、ギルドから人が減っている状態では、イーリーが戻ってきたらなどという簡単なもので以前のような活気が戻るとは思えない。


「そもそも、この状態をギルド長はどう考えているのだろうね」

「確かにそうだよね。こんなに苦情も出てるし、冒険者も減ってるし…。冒険者が減ったら、ギルドも困るよね?」

「ああ。そのはずなんだが…何かギルドの方で対応してる感じもない。それとも、私たちが知らないだけで、何か対策が成されているのか?」

「…どうなんだろう。そういうの聞かないけど…」


 ちらりとナハトが視線を向けると、2階にいた職員と目が合い、逸らされた。ヴァロも気づいていたようで、「見られてるよね」と呟く。


「あれも、素行調査なのだろうかね…」

「俺たち、何も変なことしてないのに…」


 よくイーリーに言われて出入りしていたナハトたちの素行など分かりきっているはずだ。そもそもナハトたちは彼女に教えを乞うている。知りたいなら、イーリーに聞くなりリータに聞くなりすればいいし、聞けずとも何かしらの情報として残っているはずだ。

 それを、イーリーがいないうちにナハトたちに人をつけ、こうして呼び出すと言うことは、彼女がいないうちに何か知りたいことがあると言うことなのだろうか。


「うーん、視線が気持ち悪い…」


 首のあたりを触るヴァロに苦笑いをしていると、奥からリカッツが戻ってきた。案内された先はいつもイーリーに通される部屋の更に奥。事のあらましはリカッツに直接説明したし、問題の冒険者も引き渡した。怪我人の2人も預けた今、ナハトたちが呼ばれる理由などないのだが、状況がそれを許さない。とりあえずついていくが、廊下を進む分、何か嫌なものに向かっているような感じがする。


「…きな臭いな」


 ナハトがぽつりと呟いた声は、ヴァロの耳にのみ届いた。感じた不安を、ヴァロは拳を握りこんで押し込めた。


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