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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第二章
30/189

第13話 やりたい事

 イーリーとリータとの依頼は、信じられないほど順調だった。どちらも丁寧に魔獣について指導してくれ、他にも気をつけたほうがいい事、冒険者同士の暗黙の了解に至るまで、しっかりと教えてくれた。

 運がいいのか悪いのか、ナハトたちは受ける予定のなかった魔獣の捕獲や討伐、ユニコーンに出くわしてしまうなど、その等級に比べてはるかに高いレベルの依頼をクリアしてしまっていた。また、珍しい事例も多くあったため、ナハトたちの知識は、かなり偏りのあるものであることがわかった。

 そもそもの持ち物から問題であった。植物の魔獣でも、花を咲かせるタイプの場合、その花粉を吸い込まないよう口布は必須であったし、根を張るタイプであれば、念のためのオイルと火の魔石は必須であった。それぞれ理由は割愛するが、聞けば納得できるものばかりで、あらためて知識の大切さを実感する。師父の教えも魔獣を倒すようになってから教えてもらうはずだった為、本当に何も知らなかったと思い知った。

 他にも冒険者が必須で持ち歩くものとして薬が挙げられた。解毒薬や解痺薬は持ち歩いていたが、体力を回復する薬も必須のようだった。ナナリアからもらうまで回復薬のことはまったく知らなかったし、考えた事もなかった。そもそもナハトの知識にそんなものは存在しなかったからだ。ナナリアからもらった薬は効果も金額も高いが、それよりもはるかに安い薬を、冒険者はいくつか持ち歩いて備えているそうだ。

 また、一時的に魔力を回復させる薬もそろえる必要があった。効果が高いものはとんでもない金額だったが、効果が低いものでも回復薬に比べればかなり高かった。金額で言うなら、高いものは1本につき大銀貨が必要で、安いものは大銅貨だ。1本でそれだけの金額を払うのはかなり勿体ない気もするが、魔力の枯渇で死ぬこともあると考えれば、確実に必要な物である。魔術師ならばさらに空の魔石も用意する。魔力が溜まりすぎるということはそうない事らしいが、こちらも命に関わるのだ。持っておくに越したことはない。

 そうすると今度は鞄の新調が必要であった。薬や魔石を入れるのに特化した鞄を教えてもらい、そうして持ち物から整え直すと、本当にアンバスの酷さが分かった。

 あれから彼は姿を見せていない。迷惑をかけられたし嫌な思いはしたが、ほんの少しお世話になったのは確かだ。ナハトのダガーだって、彼からもらった金で買ったものである。幾度目かの依頼の最中、野営の準備も夕食も終えて、ナハトはイーリーに問いかけた。


「イーリーさん。…アンバスさんは、今どうしていますか?」

「ああ…まぁ、気になるか」


 焚き火に細かい枝を放り込みながら、イーリーは呟いた。昼に散々しごかれて疲れ果てていたヴァロも、微睡から顔を上げる。その目に不安な色を見て、ナハトは肩をすくめた。


「少し昔話をしていいか?」

「ええ」

「…あいつとあたしは昔馴染みでな。あいつが冒険者になりたての頃から知ってる」


 そう言って、イーリーは話し出した。

 アンバスは孤児だった。国の西の方の村の孤児院で育ち、腕っ節が強く体も大きかったため、早いうちから冒険者として活動していた。孤児院出身者のパーティがあった為そこに所属していたが、そのパーティは年嵩の者が多かったこともあり、散々甘やかされながらも実績を積んでいった。そこから独り立ちするも、運の良さと勘の良さで己の力量が届かないものを避け、なまじ強さだけはあったために、好き勝手のまま等級だけ上がっていった。等級は上がったが、好き嫌いで依頼を選び、やりたい放題なアンバスを、すすんでパーティに入れるものはいなかった。


「1人での依頼には限度がある。そんな中、つまらないと感じていた奴の前に現れたのがお前らだ」

「何とも勝手ですね」

「まあな。だが、あいつの興味が決定的になったのはおまえのせいだぞ」


 そう言われてナハトは瞬いた。そんなことを言われるような事をした覚えがなかったからだ。それはヴァロも同じだったのだろう。怪訝そうな顔で問いかけた。


「ナハトが、何をしたって言うんですか?」

「そう気色ばむな。馬鹿みたいな理由なんだがな…演習場で、お前…あいつの事魔術で拘束したろ?」

「ええ…。まさか、アレでですか?」

「ああ」


 まさかの事に開いた口が塞がらなかった。イーリーは苦笑いながら続ける。


「お前らには悪いが、簡単に言うと遅れてきた思春期だな。ナハト、お前はぱっと見細いし小さいし、ぶっちゃけすごく弱そうだ。そんなお前に一瞬で拘束されて、圧倒的な力を見せられて、ころっといっちまったらしい」

「…はあ…」

「だが、あん時はまだお前のこと男だと思ってたからな。強い物言いも、五月蝿いとは思ってたみたいだがな。それも物珍しくて興味を惹いちまったらしい。んで、確かめようとついてった先で…」

「なるほど。分かりました」


 ナハトは右手を額に当てた。これはナハトが悪いのだろうか。特定の誰か相手に態度を変えたことはないし、何なら、ツィーの一件から、面倒だからと放置せずにきちんと対応していたはずだ。全てとは言わないが。

 その結果がこれとは、何だか無駄なことをした気がしてならない。


「…ギュー」

「ナハト、元気出して」

「…ああ、ありがとう」

「とにかくだ。あいつは初めての失恋で、今はしょげちらかしてる。これで多少あいつの勝手な性格も収まるだろうし、もうお前らのところに行く事もないだろう。放置で大丈夫だ」

「…そうですか」

「今回のことはあたしらが適当にギルドの運営をしていた事も関係してる。お前らには本当に迷惑をかけた。悪かったな」


 そう言って、イーリーは頭を下げた。

 最初は強引な勧誘と尊大な態度に腹を立てたが、分かってしまえばイーリーは本当によく世話を焼いてくれた。面倒だと言いながらも、ナハトたちが困れば都度対応してくれ、今回だってわざわざ時間を割いて同行してくれている。

 代わりの冒険者を紹介できなかったからということはあるが、それでも多忙なイーリーがわざわざついてくれているのだ。本当に感謝している。ヴァロと共にそう伝えると、イーリーは微笑んだ。


「…一つ、あたしからも質問があるんだが、いいか?」

「…どうぞ」


 少々不穏な雰囲気を感じたが、断る理由もなかった為頷いた。イーリーは少し言いにくそうに、以前ナハトたちにした質問を再度口にした。


「お前たちは何者だ?」


 その質問には以前答えていた。ただの冒険者と魔術師だと。事実、ナハト達に他に答えを持っていなかった。

 しかし、イーリーは問いかけてきた。という事は、何かしらその判断を下すに至ることがあったという事。予測がつかないが、あちらはこちらが何かを隠していると思っている。隠そうとしている訳でも、ふざけている訳でもない事を伝えるつもりで、ナハトは質問を返した。


「イーリーさんがそう思うに至った理由を、お聞かせ願えませんか?」

「やはりお前ら…」

「誤解しないでいただきたいのですが…」


 そう言ってナハトはヴァロを見た。ヴァロも困惑した顔でイーリーを見ている。それを確認させたうえで、ナハトは続きを口にした。


「私たちには、イーリーさんの質問に対する明確な答えを持っていません。私たちは自分たちを、一冒険者と一魔術師だと思っているのです。ですが、イーリーさんは何かをお疑いなのでしょう?」


 意図が伝わったのだろう。イーリーは一瞬眉を顰めて、俯いた。それからほんの少し何かを考えて、笑い出した。押し殺した笑い声が、森に響く。


「はははっ…そうだな。お前らは、本当に知らない事だらけだもんな」

「残念なことに」


 笑いかけると、イーリーの表情が柔らかくなった。


「お前らはこの国のことを、王族の事をどれだけ知ってる?」

「…王族、ですか?」


 突然わいた大きな話に、言い淀む。ヴァロがナハトを見るが、ナハトは首を傾けた。ナハトは当然、ほとんどこの国のことを知らない。ヴァロから聞いた本当に大まかな知識と、本で読んだ歴史を中心とした知識、後は毎日欠かさず読んでいる風聞くらいだが、風聞に王族のことなんてまず出てこない。それでも記憶を辿ってみる。


「俺が知ってるのは、今の王様の名前がウィラードで、息子が2人…いるんだっけ?そのくらいしか知らないです」

「正確には…ウィラード・ザロモ・ビスティア。息子は…確か、最近3人目の王子のお披露目があったというのを拝見しました。上からリステアード・アクラ・ビスティア、ニフィリム・クロフェ・ビスティア、コルビアス・ノアネ・ビスティア…でしたでしょうか。上2人の仲が悪く、貴族を二分し始めていると風聞には書いてありました。更にお披露目のあった第3王子の出来が大変よく、王位継承についてどうなるかと、面白おかしく書いてあった事を覚えています」

「よ、よく知ってるね?」

「風聞は毎日読んでいるからね。だが、その程度しか知らないよ。それがどうかしたのですか?」

「…そこまで知ってるなら、ある程度予想がつくだろう?王位争いが勃発してるんだ。それぞれの王子達が味方の貴族と戦力を集めていて、貴族はもう第1王子派と第2王子派、第3王子派と中立派で別れている。各ダンジョン都市までどの王子派かと名乗りを上げるような事態にもなっていて、国内で戦争でもするのかという話まで出てきているんだ」

「そんな事が…」


 そんな話は聞いたことがなかったが、イーリーが言うのだから本当なのだろう。もしそんなことになれば、各都市の騎士や衛士が戦いの場に多く出る事になる。

 まさかと思い、ナハトはそれを口にした。


「まさか、それで冒険者を雇いに来ているのですか?」

「…その通りだ。それぞれの王子についた貴族達が、こぞって冒険者を取り込もうとしてきている。幸いカントゥラは中立を保っているが、ダンジョン都市なんかはかなり酷いらしい。貴族に引き抜かれて冒険者の数が足りなくなってきていると言う話だ。で、その引き抜きを担当してるのが、冒険者に偽装した騎士と宮廷魔術師だ。総じてそいつらは等級が低いのに手だれが多い。お前ら、最初から派手にやってくれたろう?フルブルに走って追いつくだ、魔術で捉えるだなんてな」

「そ、そうなんですか?」


 呆れたように言われて、ナハトとヴァロは戸惑った。他に比べる対象がいなかったから分からなかったからだ。ナハトはヴァロの身体能力の高さをわかっていたので、ある程度彼はできる方だとは思っていた。だが、そんな疑いをかけられるほどだったとは思っても見なかった。

 あまりにポカンとしていたのだろう、イーリーが吹き出した。


「はははっ!その様子じゃ違うんだな。まあ、そう言う事だよ。お前らがあまりに強いから、引き抜きに来たやつじゃないかと勘ぐったんだ」

「それは何というか…混乱させたようで申し訳ありません」

「いや、いいんだ。これもはなっから疑ってかかってたこちらの責任だ。お前らが気にする事はない」


 知らずにそんな疑いをかけられているとは思わなかった。気にするなとイーリーはいうが、気にしておいた方がいい事もある。今後あまり悪目立ちしないためにも、どう他と違うかはもう少し知っておいた方がいいだろう。


「イーリーさん。すみませんが、他とどう違うかをもう少し詳しく教えていただけますか?」

「そうだな…今ここで適当な花を咲かせられるか?」


 頷いて、ほんの少し指先を切り、その指を地面についた。魔力を流すと、一瞬で目が出て茎が伸び、花が咲く。

 ナハトとヴァロにとってはいつも通りのそれだったが、イーリーは少し厳しい目でそれを見つめた。そういえば戦闘中も、ナハトが魔術を使うとまじまじと見つめていた。イーリーは指導者であるため実力を観察されているのかと思っていたが、そうではなかったらしい。


「この、植物の成長速度なんだがな。おまえ、何の苦労もなく当たり前のようにこれやってるだろう?」

「え、ええ…はい」

「同じ事は植物の魔術師なら出来る。だけどそれは普通、魔力を一気に流し込む事で行うものだ。かなり魔力を使うし疲れるから、こんな…少し花を咲かせる程度では使わない。だが、おまえは別にそうしている訳じゃないんだろう?」


 ナハトは瞬き、頷いた。知らなかった、そんな違いがあったとは。ナハトが魔力を一気に流し込んだのはまだ数回。それを行う時は速さが勝負の時だけだ。アンバス、ヴァロと戦った植物の魔獣のように、一気に殲滅しなければならない状況に陥った時や、速度が命に関わる時だけ。今は普通に魔力を流しただけだ。


「ヴァロくん、知ってたかい?」

「知らなかった。ていうか、俺…魔術師が魔術使うの見たの、ナハトが初めてだったし…」

「そのようだな。フルブルが出た時、事後処理にリータが行ったんだが、あいつも驚いていた。あたしもあいつも、魔術師じゃないが多少魔術は使える。だから、あんな事を行なった後でピンピンしてたのは、正直なところマジかと思ったぞ」


 そんなにも違いがあったとは驚きだ。今後は迂闊に人前で魔術を使わない方がいいかもしれない。

 その後は3人と1匹で歓談し、交代で火の番をすることになった。ヴァロ、ナハト、イーリーの順だ。先に番をする方が、睡眠が細切れになるため辛いが、これも一つの訓練であり、知らなければならない経験である。


「じゃあよろしくな」

「ヴァロくん、先に失礼するよ」

「ギュー」

「うん、おやすみー」


 そう言って、ならした地面の上に横になった。火から背を向け丸くなると、ドラコが顔の前で丸くなった。その頭にキスをして、ナハトも目を閉じた。




 目を開けると、規則正しく眠るドラコのお腹が目に入った。起こさないように起き上がり振り向くと、火を突いているヴァロと目があった。そろそろ交代の時間のはずだ。ポケットの時計を確認すると、おおよそ時間はあっていた。伸びをして立ち上がる。

 ヴァロにかけていた毛布を渡すと、代わりに火を突いていた棒を渡された。交換するように受け取り、元いた場所に戻る。


「…寝ないのかい?」

「うーん…なんか、目が冴えちゃってさ」

「そうか」


 ひそめた声が、火のはぜる音に混ざって消える。イーリーはよく眠っているようで、規則正しく胸が上下している。

 眠気覚ましにコーヒーを入れていると、ぽつりとヴァロが問いかけてきた。


「ナハトがいたところってさ…どんなところだったの?」

「…どうしたんだい、急に…」

「ずっと気にはなってたんだけどさ…。前、先生がいるみたいなこと、言ってたよね。その人の魔術をナハトは見てたんだから、ナハトの周りじゃそれが普通だったってことでしょ?なら、ナハトのいたとこは、すごい魔術師だらけだったのかなぁって」

「ふふっ、なるほどね」

「…あと、単純に気になるなぁと」


 そういえば、ヴァロにはどこからきたという話はしたが、そこがどんな所だったかというのは話した事がなかった。

 ふと脳裏に思い出されていく顔に、懐かしさが込み上げて微笑んだ。カップ2つにコーヒーを注ぎ、ヴァロに1つ渡すとナハトは話し出した。


「私のいた村は、ゲルブという名前の村でね。特産もなく、それほど大きくもない村だったよ。私はその村の孤児院で育ったんだ」

「えっ、じゃあナハトは…」

「ああ、孤児だよ。親のことはよくわからないが、幸い魔力があったからね。師父の弟子になることが出来たんだ。師父は光の魔術師で、師父の他には2人の兄弟子、村にいた魔術師はそれだけだ」

「えっ…それだけ?」


 頷くと、ヴァロは本当に驚いたようだった。なのでさらに驚かせる事を口にする。


「最初に私が君の爪を見て驚いた事を覚えているかい?」

「う、うん」

「私がいたところではね、多くの人の爪に色はついていなかったんだよ。私や君のように、ここでは皆爪に色がついているが、それは魔術師だけだったんだ」

「えっ…色がないって、どういう事?」

「…透明だよ」


 「全員ね」と言うと、ヴァロは本当に驚いたようだった。ここでは皆爪に色がついている。ということは、多かれ少なかれ皆一様に魔力持ちと言うことだ。事実、魔力を使わないヴァロからも、ナハトは魔力を感じている。普段は意識しないとわからないが、一対一ならこうしているだけでも感じ取れるのだ。


「師父と兄弟子2人、それと私だけは爪に色があって、後はみんな透明なんだ」

「へー…。なんか不思議だなあ。師匠やナハト以外の弟子の人は何の魔術師だったの?」

「師父は光で、1番弟子のカインは火。2番弟子のツィーは、確か水だったな。私は自分以外では、師父の魔術しか見たことがなかったけれど、師父の魔術はそれは凄かったんだ。魔術の発動までがとても早くてね、フルブルのような魔獣を、一撃で寸断してしまったりしたよ」

「アレを一撃で!?はぁ…凄いね」

「ああ。魔獣に核があるのはこちらと同じだが、師父は感知に優れていてね。敵の核を一瞬で感知し、瞬きした時にはもう敵は真っ二つだった。師父自身は大変穏やかな人だったが、戦い方は容赦なかったな」


 見た事のあるフルブルを例えにしたのが良かったのか、ヴァロはキラキラとした目で凄いと呟いた。尊敬する師父をそう言ってもらえて、ナハトまで嬉しくなる。

 そして改めて考えてみても、やはり師父は強かった。魔獣の討伐に同行したことは数えるほどしかないが、どんな敵でも一撃だった。見学のために控えていたナハトやカイン、ツィーを庇いながらも、いつも余裕を感じる立ち姿で戦っていた。なれるなら、あんなかっこいい魔術師になりたい。

 ふと、ナハトは、ずっと疑問に思っていた事を聞いてみることにした。


「ヴァロくんは、やりたい事はないのかい?」

「やりたい事?」

「ああ。君の、私の役に立ちたいという好意に甘えて冒険者になってもらったが、本来、君には何かやりたい事、なりたいものはなかったのかい?」


 ずっと気になっていたのだ。寂しいとか、役に立ちたいとか、そういう理由でヴァロはナハトについてきた。その好意に甘えてきたが、ナハトの目的はいつ達成されるのかわからない。

 この国の地図も見た、歴史も見た、フラッドにも師父の名前に心当たりがないと言われた。何よりここは、ナハトが知る場所と似ているだけで、様々なものが大きく違う。今はダンジョンに行くという目的があるが、ダンジョンに行ったからといってナハトの疑問が解決するとは限らない。結局のところ、何もわからないから何か納得したいだけなのだと、ナハトは感じていた。そしてそれは、いつになるかわからない。そんな行先のない船に、ヴァロを乗せ続けるわけにはいかない。だからせめて、ヴァロのやりたい事、なりたいものを叶えられるようにしたい。


「やりたい事…」


 問われたヴァロは、腕を組んで考え出してしまった。そんなに難しい質問をしたつもりはなかったナハトであったが、何も言わずに黙って待っていた。ヴァロはしばらくそうして考えていたが、突然はーっと長く息を吐くと、眉を下げて困ったように笑いながら言った。


「なんも思いつかないや」

「…そんな事ないだろう?もし私と出会ってなかったら、あれをやってみたかったとか、こうなりたかったとか…」

「んー…恥ずかしいし、あんまり負担に思ってほしくないんだけどね…」


 ヴァロはそう言って話を一度区切ると、持っていたコーヒーをこくりと飲んだ。砂糖が入っていても少し苦いそれが、はっきりしない気持ちをほんの少し明確にしてくれるような気がする。


「俺、ナハトを助けた日…死のうとしてたんだ」

「…はっ?」

「あっ、本気じゃなかったよ?あっいや、途中までは本気だったかな…。俺、両親が死んじゃってから、ずっとあの家で一人で暮らしてきて…エルゼルとか、村の人たちは良くしてくれたけど、みんな自分の家族があるから…それが羨ましくて寂しくて…。ほんと言うと、ヨルンの暴力だって、構ってもらえてると思って安心してた時があったんだ。でもやっぱり殴られるのは辛くて、あの日は、追いかけられて思わず村の外まで逃げたんだ。暗い道を歩いてたら、魔獣や凶暴な獣なんかが跳び出してきそうだなって思って…そしたら、それでもいいかなって思ったんだ。だけど、噛まれたりすると思ったら怖くなって…それでも村には帰りたくなくて歩いてたんだ。そしたら、ナハトが倒れてたんだよ」

「…そうだったのか」


 こくりと、ナハトもコーヒーを口にした。ヴァロがそこまで思い詰めていたことがあったとは知らなかった。今さらだが、助けを求められるまで放置していたのは少々やりすぎだった気がしてきた。

 ヴァロがさらに続ける。


「ナハトは本当に酷い怪我だったから、何度も死んじゃうかもって思った。すごく最低なんだけど、俺その時、今俺が死んじゃったら、この子も死んじゃうって思ったんだ。そしたらなんか死にたいとか、悲しいとか、寂しいとか…全然思わなくなったんだ」

「そうか…」

「うん。ナハトと会ってなかったら、そもそも俺、村から出てなかったと思う。もしあの時ナハトと一緒に行こうって決めてなかったら、あの家で一人、また死にたくなってたかもしれない。何をしても楽しくなくて、また、ヨルンみたいな奴にやられてたかもしれない。だけど、今はすごく楽しいんだ!冒険者になって、人の役に立てて、知らないことがたくさんあって…嫌な事もあったけど、でも、本当に毎日楽しい。明日が楽しみなんだ。だから、やりたいことを強いてあげるなら、もっと人の役にたって、いろんなことを知りたい。だけど、それはナハトと一緒にいたら出来るから、俺が一番やりたいことは、ナハトについてくことだね」


 そう言ってヴァロは笑った。なんともくすぐったくなる思いだった。ヴァロには手伝ってもらってばかりで何も返せていないと思っていたが、そんな事はなかったらしい。新しい環境を、彼は楽しいと受け入れていたようだ。


「…ありがとう」

「えっ…ど、どういたしまして?」

「何故そこで疑問形になるんだ、君は」


 ナハトが笑うとヴァロも笑った。結局イーリーが起きてくるまで2人は話し続け、翌日はそろって眠い目を擦りながらの行動となった。


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