第11話 魔力と報酬
「イーリーさんを呼んでください」
ギルドへ着くなり、ヴァロは受付でそう言った。担当した職員は何度か見たことがあったので、それで分かったのだろう。エルゼルと、彼女に抱えられたナハトを訝しみながらも、イーリーを呼びに行ってくれた。
町についてもナハトの具合は良くならなかった。体は熱く、熱は高いままで意識がない。それでもアンバスが近づくと嫌がるため、アンバスは少し離れたところにいる。
「待たせたな。…そんでまたどうした?」
ヴァロを見て、エルゼルを見て、エルゼルに抱えられるナハトを見て、そしてアンバスを見てため息をついた。何か察したらしい。
「来い。…横になれる場所があった方がいいか?」
「お願いします」
そう言って、イーリーはいつもよりも少し大きい応接室へ案内してくれた。ソファの数が多いため、その一つにナハトを横たわらせる。その顔色を見て、イーリーは眉を顰めた。
「何だこの顔色は。変な菌でももらったのか?」
「それが…よく分からなくて」
「また分からないのか。…なにか思い当たることはないのか?」
「あの…」
イーリーの言葉に、エルゼルがおずおずと手を挙げた。
「ナハトさんは、魔力を出したいって言ってました」
「…ああ、なるほどな」
イーリーがベルを鳴らすと、すぐに職員がやってきた。何やら耳打ちをして、またすぐに出ていく。
「恐らくだが、魔力の溜まりすぎだな。えっと、あんたは…」
「あっ、私はエルゼルです」
「エルゼルか、助かったよ。そんで、コイツだがな…。魔力ってのはほっとくと溜まるが、ある一定まで溜まると勝手に放出されるんだ。それが、何らかの影響で発散出来なくなると、体の中に溜まって熱になる。コイツは今そういう状態だ。ああ、ありがとう」
職員から透明な魔石を受け取ると、イーリーはそれをナハトに持たせた。しかし何も変化せず、眉を寄せる。
「ああ、こいつ血液か」
指先をナイフでスパッと切ると、とろりと血が溢れて石を濡らす。途端に石は緑に染まった。それに驚いて、次から次へと魔石を持たせていく。その数およそ15個。
「何をどうしたらこんなに溜め込めるんだ?死んでもおかしくないぞ」
「ええっ!?」
「もう大丈夫だ。まったくお前らは…今日はただの採取だったはずだろう?何があったんだ」
ナハトの顔から赤みが引き、息も整ってきたのを見て、イーリーはヴァロに説明を促した。
ナハトの近くに行きたいのだろう、ドラコがソワソワしているのを見て、ヴァロはナハトの横たわるソファにドラコを置いた。彼はすぐさま駆け寄って、その頬に縋り付く。それを確認して、ヴァロは話し出した。
最初はただ頷いて聞いていたイーリーだったが、アンバスが来てついて行きたいとゴネたというところで、ドア付近に立ったままのアンバスを睨みつけた。さらに採取後にユニコーンに出くわしてしまったことを話すと、がっくりと頭をうなだれてしまった。大きなため息をついて、口を開く。
「まったくお前らは…運がいいんだか悪いんだか分かったもんじゃないな」
「あの…運がいいんですか?」
「ああ。ユニコーンと出会したなら、なんか落とさなかったから?立髪とか」
そう言われて、エルゼルは鞄から立髪を数本と丸い石をいくつか取り出した。それはエルゼルとナハトの指に絡んでいた立髪と落ちていた石で、アンバスに拾っておけと言われたので取っておいたものだ。
机に並べると、イーリーが唾を飲む。
「こりゃすごいな…。おまえら、これがいくらで取引されるか知ってるか?」
「いえ…高価だとは聞きましたが」
「この立髪一本で中金貨1枚」
「えっ!?」
「この石はユニコーンの涙って言われてるが、これ一個で大金貨3枚」
「なっ…」
「こんだけありゃ、遊んで暮らせるぞ」
とんでもない金額に目が回りそうだと思った。座ったまま腰を抜かしそうになっていると、さらにイーリーが続ける。
「それにこれだ」
そう言って指さしたのは、ナハトの魔力に染められた魔石。ただの透明なガラス玉のようだったそれは、今はナハトの魔力で綺麗な緑になっている。
「…これが、どうかしたんですか?」
「これは魔石だが、おまえらの知っている魔石とはわけが違う。あたしらが生活の中で使う魔石は、くず魔石がほとんどだ。あれは不純物が多いうえに空気中の魔力に勝手に反応する。だがこれは違う。こいつの魔力100%の魔石だ。純粋に1属性のみの魔力が込められた魔石ってのはな、魔術師はもちろん、魔術師じゃなくても、魔力操作ができりゃぁ誰でも使えるものなんだ」
「それって…」
「ああ。例えばうちの職員、魔力操作ができるならエルゼル、あんたや、ヴァロ。お前にだって使えるんだ。知っての通り、ここは植物の魔獣が多いエリアだ。これだけの魔石があれば、かなりの依頼を達成できるだろう」
魔力のこもった魔石はかなり有用性が高い。ギルドの依頼の他にも、魔道具を作る職人や、高価な武器や防具を作る職人、高価な薬を作るのにも使われる。本人の属性関係なく使えるからだ。植物の魔石ならば、上手く使えば農作物を短期間で育てることもできる。
それだけに、依頼を受けられない魔術師や、魔力がある一般人が作って売ったりもする。魔石はその大きさで魔力を貯め込む量が変わるが、多くは一度で込めきれず、複数回に分けて魔力を込める。そうすると、魔石には術者本人の魔力以外に、大気中の魔力や、その他にもチリのような余計な魔力が入り込み、そうして不純物が多くなるとくず魔石と呼ばれる物になっていく。
不純物が少なければそれなりの金額でやり取りされるが、ナハトの魔力で作ったこの魔石は、無理をして作ったわけでもなく、何度も回数を分けて魔力を込めたものでもない。純然たる植物の魔力だけが込められたものだ。これはそれだけでかなりの価値があり、有用性も恐ろしく高い。
「こいつが起きてからだが…この魔石も買い取らせて欲しい。15個なら中金貨1枚と小金貨5枚というところだろう」
次から次に出てくる高額なお金の話に、ヴァロもエルゼルもクラクラした。その時、小さな呻き声が聞こえた。気がついたのか、ナハトが目を開ける。
隣に座っていたイーリーが、その顔を覗き込んで手を振った。
「よう」
「イーリーさん…?ああ、またご迷惑をおかけしたようで、すみません。ああ、ドラコもごめんね」
「ギュー…」
「ああ。まぁ、いいさ。今回はユニコーンだってな。お前が女だったとは驚いたぞ」
そう言われて、ナハトは止まった。何故知られているのかと思って、はっきりしてきた頭に女だと言ったことが思い出されて顔を覆う。ああそういえば言ってしまったなと、何とも後ろめたく恥ずかしい気持ちでナハトは起き上がった。そしてまたバランスを崩す。
「おっと、無理するな。魔力の溜め過ぎは死にかねんぞ。空の魔石くらい持っておけ」
「…そうします」
だんだん記憶がはっきりしてきた。森でアホみたいな告白をされてパニックになり、エルゼルに運ばれたんだった。そうして今に至ると。
ちらりとエルゼルを見て、ヴァロを見て、そしてアンバスを見て、息をついた。無理矢理笑顔を作って顔を上げる。
「お恥ずかしい姿をお見せしました。皆さん、ご迷惑をおかけしてすみません」
「いいのよ、ナハトさん。もう、大丈夫?」
「動けないことはない…という感じです。2、3日休めば元通り動けるようになると思います」
良かったと言ってエルゼルは笑った。ヴァロは少しよそよそしく、アンバスは熱っぽい視線でこちらを見ている。ああ夢だったら良かったのにと、そう思うが、どうやら現実らしい。それらを見なかった事にして、ナハトはイーリーに問いかけた。
「それで、今どのようなお話を?」
「ああ。…おまえもう平気なのか?」
「話せないことはないですよ。それで、どのようなお話をされていたのですか?」
イーリーは再びユニコーンについて話してくれた。素材の値段についても教えてくれ、魔石についても教えてもらう。それぞれのあまりの値段にナハトも驚愕した。
「んでだ。魔石はいいとして…ユニコーンの素材もうちで買い取れるが、どうする?おまえらで商人のとこに持ち込んでもいいと思うが…」
「そうですね…」
ナハトが視線を向けると、ヴァロとアンバスは自分たちが得たものではないからと言い、エルゼルはナハトに任せるという。ならば現金に変えて、均等に4分割するのが1番問題が少ないだろう。
「ギルドでの買取でお願いします。報酬は均等に4分割で頂けますと嬉しいです」
「…欲がないねえ。わかった」
「…俺の分はおまえにやる」
振り向くと、アンバスがこちらを見ていた。ナハトが嫌な視線で、真っ直ぐこちらを見ている。
「いりません。後々面倒なことになりたくないので、4分割は絶対です。受け取ってください」
「そう言わないでくれ。俺は…」
「…お願いですから、そんな目で見ないでください」
あの視線はどうしても耐えられない。意思とは無関係に震える肩を落ち着けようと拳を握る。
それに気づいたのだろう、イーリーがアンバスに部屋を出るように言った。アンバスは納得いかないようだったが、項垂れて部屋を出て行った。
「…大丈夫か?」
「……ええ。はぁ、バレないと思っていたのですが、まさかこんなことでバレてしまうとは…運が悪いですねえ」
勤めて明るくそう言うと、イーリーが少し悲しそうな顔をして肩を叩いてきた。
大丈夫。今は少し疲れて気分が落ち込んでいるだけだ。休めばいつも通りになれる。
「…あいつにはあたしからも言っておく。しつこい様だったらぶっ飛ばしても逃げてもかまわん」
「それは難しい様な気もしますが…」
「とにかく、そのぐらいのつもりでいていいって事だ。わかったな?」
「ふふ、分かりました」
頷くと、イーリーは笑った。
その後は、より詳しくユニコーンについての話をした。目撃情報が少ないうえ、アンバスも言っていたが、ナハトの症状は少々特殊だった。
ナハトが感じた魔力の膜、その中に入って感じたこと、ユニコーンが来て感じた事、去った後の体の状態などを話すと、イーリーはそれらを全てメモに残した。
「なるほどな…その、魔力の膜っていうのは、おまえ以外感じなかったんだな?」
「はい」
「ええ」
エルゼルとヴァロが頷く。
「今考えると、その膜に入ってからずっと、魔力が流れ込んできていた気がします」
「そういえば…確かにナハトさん、ユニコーンに会う前から少し様子がおかしかったものね」
「ほお、どんな風に?」
「えっと…」
エルゼルが頬を染めてナハトをチラリと見た。そんな反応をされる様なことを何かしただろうかと思うが、思い当たるものがない。
「何というか…酔っ払ってるみたいな感じ…かな?何だかいつもより子供っぽくて、楽しそうでした」
「ほーう?」
「……」
隣に座るイーリーの視線が痛い。なんだ、子供っぽくて楽しそうとは。そんな態度をした覚えがないことが何より厄介だ。いったい自分は何をしたというのだろうかと、ナハトは頭を抱えた。
「それは面白そうだ。おい、今度飲みに行こう」
「…遠慮します。私はこう見えてまだ17なので」
「はっ?」
「えっ…」
その反応にももう慣れたものである。にこりと笑うと、ナハトは話を切り上げた。
「お話しは、以上でしょうか?でしたら、エルゼルさんの帰りもありますし、そろそろお暇したいのですが…」
「ああ、そうだな。金はすぐには用意できないから1週間後に取りにきてくれ。これを受付で渡せばもらえる様にしておく」
渡されたカードを受け取って、礼を言う。
「それと、ユニコーンの素材は珍しいから、購入者の等級と氏名が商人に流れる事になる。ギルドから出すが、隠し切るのは難しくてな…どうしても流れちまうんだ。で、おまえらの等級が緑だと買い叩かれる可能性がある。等級が低い、だから偽物だってな」
「なるほど」
「だからおまえらの等級を黄色まであげる」
「…それは…」
流石にやりすぎだろう。そう言おうとしたが、まあ待てと制される。
何か考えがある様だ。
「上げるが、こちらから出す依頼を10件受けて欲しい。で、それにはあたしが同行する」
「えっ、イーリーさんが直々にですか?」
「ああ。おまえら目立ちすぎて、もう誰も指導者受けちゃくれねえんだよ。それに、話で聞いた限りだが、おまえらの実力はかなりのものだ。ならもう、あたしがついて見た方が早い」
それはとても有難いが、イーリーはギルド長補佐だ。そんな時間があるのだろうか。その疑問はイーリーにも伝わったようで、ああと呟いてベルを3度鳴らす。すると、すぐに扉をノックする音が響いた。イーリーの返事を待って、扉が開く。
「紹介しよう、リータだ。職員の制服を着ているが、あたしの右腕だ。戦えるし、魔術についての知見もそこそこある」
「リータです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。私はナハト、こちらはドラコと申します」
「ヴァロです」
差し出された手を握って挨拶した。リータと呼ばれた女性は、浅黒い肌に灰色の短い髪、大きな長い耳に、丸い尻尾の小柄な女性だった。それでもナハトよりは大きい。可愛らしい見た目に反して無表情な彼女の顔を見てナハトは微笑んだ。
「あたしが無理な時はこいつをつける。おまえらはそのうちダンジョンに行くんだろ?必要な知識はあたしとこいつでつけてやるから、10件の依頼は確実に達成してから行け。死にたくないならな」
「過分のご配慮ありがとうございます。勉強させていただきます」
そう言って、ナハトたちはギルドを後にした。
魔石の使い方ですが、今回のように1つの属性の魔力が込められた魔石は、魔力を使える物なら誰でもその属性の魔術を使うことが出来ます。
植物の魔石の場合、植物に干渉する魔力なので、魔石を使って魔力を流すと作物が急激に育ったりもします。ナハトみたいに蔦を伸ばすことも出来ますが、あくまで魔石の中の魔力だけなので、全く同じには使うことは出来ません。単純な事ならそこそこ使えますが、戦闘で使っても一回きり、効果も短いです。変化させずにただ魔力を流すだけなら、魔獣相手にもそれなりに使えるので討伐には使えます。
なので、通常は魔道具に使われます。もしくは貴族の台所とか水回りとか。くず魔石と違って火加減はなかなかよろしいらしい。
平民が使う家具に使われるのはクズ魔石です。壊れやすく、空気中などの外からの魔力に干渉しやすいのが特徴です。




