第6話 魔獣の真実
町へ着くころには幾分手足も回復したが、まだ覚束ない為、ナハトはヴァロの手を借りながらギルドの門をくぐった。
達成用の受付にシェラドラから出た赤い石を提出すると、依頼内容を確認した職員がぎょっとして、受付の奥へ走って行ってしまった。それに妙な既視感を覚え、嫌な予感と共にヴァロと待っていると、また奥からイーリーが出てきた。ナハトたちを見て、あからさまにげんなりとした顔になる。そんな顔をしないで欲しい。好きで問題を起こしているわけではない。
「…まーた、お前らか…」
「それは私たちも思っているところです」
「はあ…。とりあえず奥へ来い」
案内されたのは、前回と同じ応接室だった。まだこの町に来てそれほど経っていないはずだが、この部屋に入るのは何度目だろうか。
相変わらずふかふかしたソファに腰かけると、今日はお茶が出てきた。イーリーが一口飲んで勧めてくる。喉が渇いていた事もあってありがたくいただいた。
「で、何があった?」
「それなんですが…実はまた、私たちにはよくわかりませんでして…」
イーリーは深くため息をつくと、ナハトたちが受付に提出した赤い石を机に転がした。こぶし大のでこぼこした石は透明な赤色で、混じりけもなく透き通っている。
その石を指さしながら、イーリーは口を開いた。
「この石は…というか、この石は魔獣を倒すと出てくるものなんだがな。問題なのはこの大きさと透明度だ。これだけ透き通った赤というのは、魔獣の中でもかなり強いものにしかできない物だ」
「強い魔獣…」
「そうだ。おまえらが行った依頼の魔獣なら、本来ならこれぐらいの石が取れたはずだ」
赤い石の隣に転がされたのは、赤茶がかった石だ。透明とは言い難い煉瓦のような石は、ナハトたちが持ち帰ったそれと並べて見ると歴然だった。大きさも透明度も全く違う。
「なるほど…。それですと、最初からお話した方がよろしいようですね」
ナハトは森に到着したところから話し出した。ナハト、ヴァロ、アンバスの3人で依頼に向かい、到着した時にはすでに森の様子がおかしかった事。森の外からでも感じる魔力がおかしかったことから、成体なのではないかと何度もアンバスに確認をしたこと。アンバスが気付いた後も確認したが、続行になったこと。対象は成体であったこと。
「シェラドラは、どれくらいの大きさだった?」
「高さはおよそ4mくらいですが、横幅はかなりありました。具体的にはわかりませんが、正面から見て彼の両手を伸ばした距離5つ分というところでしょうか」
そう言ってヴァロを見ると、彼が両手を広げて見せる。こう見るとやはりあれはかなり大きかったのだと実感する。
「それはまたでかいな…。それを見ても、アンバスは退却しようとしなかったのか?」
そう聞かれて、ナハトとヴァロは頷いた。ギリギリまで確認したが、退却などという発言は一度もなかった。
その様子を見て、イーリーは頭を抱えた。
「…お前ら、本当に無事でよかったな…」
「…やはり、あれはそういう魔獣だったのですね」
「ああ。石と大まかな大きさを聞いての判断だが、最低でも20越えの魔力量の魔術師を4人は用意して討伐に向かうものだ。こいつは四方八方から襲ってくる根が厄介でな。魔術師を守りながら戦うから、魔術師1人につき護衛が1人から複数人つく。依頼の等級なら橙か赤の代物だ。おまえ一人でどうにかなったのは、正直なところ信じられん」
そう言われて、ナハトとヴァロは息を呑んだ。ナハトの魔力量は24。20越えの魔術師を3人は用意するのが普通だという敵に、それを知らされずぶつけられたかと思うと、血の気が引く。
事実、魔力は枯渇寸前までいったし、戦闘中も地面から飛び出した根に襲われたのだ。ヴァロが気付いて庇ってくれなければ、あのまま串刺しだっただろう。
「…運が、良かったと言う事なのでしょうか?」
「さあな。おまえの魔力量は、本当に24なんだな?」
疑うような口ぶりに、ナハトは頷く。
「ええ、間違いありません。リビエル村のギルドで測りましたから」
「そうか…。なら、本当に、奇跡的に運が良かったんだろうな。おまえも…ヴァロだったか?よく、守りきれたな」
イーリーの言葉に、ヴァロがギュッとこぶしを握り締める。
それを視界に入れながら、ナハトは言葉を続けた。
「大丈夫だと思ったと、終わったあとにアンバスさんから聞かされました。それについて問い詰めたところ、面倒くさいと帰られてしまいましたが」
「…それについても、すまなかった」
頭を横に振る。演習場のことがあったのだから、アンバスがやりそうなことは多少予想がついたはずだ。ナハトが思っていたよりも乱暴で適当であったが、全くわからなかったわけではない。
「アンバスさんは、ご自分が思う楽しい事だけをしていたい方なのですね。戦いなど血なまぐさい事は楽しく、言葉を尽くすなどのきめ細やかな事は嫌い。だから、言葉が必要な場面でそれから逃げ、結果こうなると」
「その通りだ。だからずっと一人で行動してるんだ。おまえらの事は気に入ってたようだから、これを機にマシになればと思ったんだが…」
「そんな事、押し付けないでください」
突然ヴァロがそう言って、ナハトもイーリーもそちらを向いた。眉を寄せて、悔しそうな顔でイーリーを見る。
「ナハトは優しいんです。弱いし、力もないのに強い人に向かっていくけど、それは理不尽な時だけで。体格が全然違うのに、俺の事すら守ろうとするんです」
「ヴァロくん、それは私の事を買いかぶりすぎだよ」
そう笑いかけたが、ヴァロは首を振ってナハトの腕を掴んだ。驚いて固まっていると、そのままナハトの包帯をほどいて、その掌をイーリーに向けた。
掌を切り裂いた傷を見て、イーリーが眉を寄せる。
「ナハトは血で魔術を使うんです。アンバスさんが…アンバスが、ナハトの話をきちんと聞いてくれたら、ナハトは両手ともこんな風にする必要なかったんだ。あいつが必要な事を言わなかったり、まあ大丈夫だろうなんて考えで進まなければ、魔力の枯渇で苦しい思いをする必要もなかった」
「ヴァロくん、これは…」
「ナハトは黙ってて」
いつもとは反対にヴァロに言われて、ナハトは黙った。アンバスに対する怒り以上に、ナハトに対する怒りを感じたからだ。気遣うように、ドラコが擦り寄ってくる。
「俺たちにはもう指導してくれる冒険者はいりません。必要な事は、その都度聞くから教えてください」
ヴァロがそう言うと、イーリーは一度深く椅子に座りなおした。大きく息を吐くと、口を開いた。
「おまえの言いたいことは分かった。だが、指導する冒険者をなくすことは出来ない」
「でも…!」
「話は最後まで聞け。アンバスのバカは外す。今回の事でおまえらの等級はまた上がるだろうが、それでもおまえらはまだ駆け出しの冒険者だ。好き勝手依頼を受けるには、経験が浅すぎる。別の奴をつけるから、そこは納得してくれ」
「…わかった」
「おまえもそれでいいか?」
「はい」
ナハトとヴァロが返事をすると、イーリーは手近な紙にペンを走らせ、ベルで人を呼んだ。やってきた職員にそれを渡すと、続きを話し出す。
「それとだな…。おまえに頼まれていた魔術師だがな…。予定していた魔術師がいたが、気が変わった」
「…と、いうと?」
「血を媒介にしてるなら、同じタイプの魔術師がいいだろう?生憎あたしが紹介できる奴は一人だけだし、植物の魔術師じゃないが…その代わり腕が立つ。魔術も、あたしが知る中じゃ一番詳しい。性格もまあ悪くない。そいつを紹介したいんだが、ただ一つ問題がある」
「それはいったい…」
「そいつは、北のダンジョン都市ノジェスに常駐している魔術師なんだ。本人が気に入ってるから、ノジェスから出て来ることは滅多にない。おまえらが等級を上げて行くしかないんだ」
イーリーがそこまで言うのだから、余程強い能力を持った魔術師なのだろう。中途半端な者を紹介されるなら、その人を紹介してもらったほうがいい。なにより、ナハトたちはいずれダンジョンに行くつもりだ。すぐに教えを乞うことができないのは残念だが、そこは図書館などで情報を集めて自力で過ごせばいい。
「なるほど、わかりました。もともと私たちは黄等級に上がり次第、ダンジョンに行く予定です。ですから、イーリーさんがお勧めするその方を紹介していただけますか?」
「わかった」
後日紹介状をもらうということで、ナハトたちはギルドを後にした。帰り際に等級を緑にあげた事を聞かされ、破格の上がり具合だなとしみじみ思う。
事実、ギルド内でも遠目から嫌な目線を感じることが増えた。それでも絡まれていないのは、アンバスやイーリーと一緒にいるところを見られている事が大きいのだろう。今のところは特に問題ない。
ギルド前の通りを歩きながら、ナハトはヴァロを見上げた。ヴァロはいつも自信なさげにおどおどしている事が多いが、今はナハトが見た事がない顔をしている。
「…ヴァロくんは、私の何に怒っているんだい?」
ドラコを撫でながら問いかけると、ヴァロは少し驚いた顔になった。口に手を当て、首を傾げた。
その様子を不思議に思い、ナハトはさらに問いかける。
「違うのかい?先程、イーリーさんにアンバスさんのことを言っていた時、私の事も怒っているように感じたのだけれど…」
「…ナハトには怒ってないよ、多分…。というか、俺にもよくわからないんだ」
少しもじもじしながら、ヴァロが頭を掻く。急かさずに待っていると、しばらくしてヴァロが少しずつ喋り出した。
「多分…悔しかったんだと思う」
「…悔しい?」
「うん…。ナハトはさ、よく、大丈夫だって言うでしょ?怪我した時も、危ない時も。それってさ、俺のこと信じてもらえてないなって…」
言われてハッとする。確かにそうかもしれない。ヴァロは怖がりながらも、何かあった時はナハトの前に出てくれていた。それを、ナハトは大丈夫と制し、彼の前に出ていた。
それは、ナハトの壁にでも何にでもなるからついていきたいと言ったヴァロにとっては、辛い言葉だったに違いない。頑張ろうとした気持ちを、いらないと言われているようなものだ。
「すまない…」
「謝らないでよ!というか、ナハトが信じられないのはしょうがないよ!」
顔を上げると、情けない顔と目が合う。
「俺はすぐビビるし、魔獣も怖いし…ナハトみたいに、全然冷静になれない。だから、ナハトが俺に任せられないって思うのはわかる」
言葉にはしないが頷く。実際のところ、いつも彼はかなり及び腰だ。だがそれでも、確かに頑張っていると思う。
ナハトの頷きに苦笑いしながらも、ヴァロは言葉を続ける。
「急にじゃなくてもいいから、今日みたいに具合が悪い時くらいは、大丈夫って言わないで頼ってよ。まだ、戦闘も任せろとは言えないけど、俺だってそのくらいは出来るよ」
「そうか…そう、だね。わかったよ、ヴァロくん」
ナハトが微笑むと、ヴァロも笑った。
まだ歩き続けるのはきつかったので、遠慮なくヴァロを頼って宿へと戻った。風呂を先に使い、その間にヴァロに夕食を買いに出てもらう。
湯を張った浴槽に沈むと、ドラコが浴槽の蓋から飛び込んで泳いできた。それを抱き上げようとして、ずきりと裂いた掌が痛む。
「ギュー?」
「…大丈夫だよ。少し深く切り過ぎてしまったけれど、いい傷薬があるからね」
ちらりと衝立の向こうに視線をむける。そこには着替えと共に、薄い桃色の瓶が置かれている。ギルドからの帰り際にイーリーからもらった傷薬だ。血を媒介にする魔術師は生傷が絶えない。指先を少し切るくらいならそうでもないが、今回の掌ほどの傷は、優等種でも治すのにそれなりの時間がかかるらしい。お詫びだと渡されたそれを、遠慮なく受け取った。
掌を庇いながら頭や体を洗い、風呂から上がる。着替えて瓶を開けると、ふわりと甘い花の香りが立ち上った。それを少し取って傷に塗りつけていくと、みるみる痛みが引いていく。
「驚いたな。本当によく効く…」
「ギュー?」
「ん?神秘の花を使わないのかって?そうだね…死ぬほどの怪我ではないのに、あまり使うのは良くないんだよ」
見上げてくるドラコの頭を指先で撫でて浴室を出た。ヴァロはまだ帰ってきていないようだ。
ベッド座り壁に寄りかかると、ゆるゆると眠気が襲ってくる。微睡みながらも、眠らないようにドラコに説明する。
「魔術で治せば簡単だけれど、神秘の花のような物にはデメリットもあるんだよ」
神秘の花は、怪我に対してはかなりの万能薬と言われていた。切り落とした手足すら、時間が経っていなければ繋げられると言われるほどの効果を持つ。だがそれだけに、それほどでもない怪我に頻繁に使うと効きすぎてしまうのだ。話に聞いただけだが、使いすぎて体が腐り落ちた人もいたらしい。
ナハトはヨルンとの戦いの時に神秘の花を使った。あれからまだ2、3週間かそこらしか経っていない。この程度の怪我で使うのはあり得ないだろう。もっと使い勝手のいい植物があれば良かったが、大抵は薬にして効果を発するものだ。そして残念ながら、ナハトは調合まではよく知らない。
ここの植物に神秘の花のような癒すものがあれば良かったが、図鑑を見る限り、ありそうにはなかった。神秘の花の記述もなかったが、ナハト自身も神秘の花は、カルストの友人の魔術師から聞いた話と、彼の描いた絵で知っているだけだった。ここでも咲かせることができたのだからあるはずの花だが、文献として残っていないのには何か理由があるのかもしれないと思う。
「ギュー」
ドラコがナハトのお腹のあたりに降りてきて、くんくんと掌の匂いを嗅ぎだす。あの薄桃色の薬は、塗り込んだ後も少し甘い匂いがする。
指先でドラコを撫でながら、ナハトはサイドテーブルに置いておいた図鑑の写しを手に取った。
ここの植物は、ナハトの知るものと似ているが違うものが多い。花が似ていたり、葉だけ似ていたり、名前が似ていたり、同じに見えるのに効能が違ったり。ナハトの頭が、村で勉強していた時の知識と照らし合わせて、数ヶ月前までの村のことを思い出させてくる。
「…ドラコは、村に帰りたいかい?」
ベッドに転がると、ドラコが首元に寄ってきた。ナハトの言葉に首を傾げ、「ギュッ」と小さく鳴くと、ぐいと頭を押し付けてきた。そのまま丸くなる。
「そうか…。ありがとう」
ドラコの少し低い体温を感じながら瞳を閉じると、そのまま眠ってしまった。
物音に目を覚ますと、ヴァロが部屋に入ってきたところだった。ほんの少し横になったつもりが、いつの間にか眠ってしまったようだ。
「あっ、ナハト!具合は大丈夫?」
「ああ。すまない、いつの間にか眠ってしまったようだ」
起き上がると、ヴァロの肩にいたドラコがベッドに跳んできた。登って来たドラコを撫でながら、ヴァロに声をかける。
「買いに行かせておいて眠るなんて…失礼な事をしたね」
「それはいいんだけど…ナハト、気付いてないみたいだから言うけど、もう次の日だからね?」
「えっ?」
窓の外を見ると、空は真っ暗だ。時計は10時を指している。ギルドから帰って来たのは夕方だったはずだ。ヴァロの言う方が本当なら、丸一日以上寝ていたことになる。
「疲れて寝たのかと思ってたんだけど、朝になっても起きないし…声をかけても反応がないから、イーリーさんに聞きに行ったんだ。そしたら、魔力を回復するために寝てるだけだって言ってた」
「魔力を…」
村にいた時も、訓練のしすぎで気を失った時があった。あの時はすぐ目を覚ましたし、次の日も時間通りに起きることができたが、何か違うことがあるのだろうか。考えていると、空腹を訴えるようにお腹がなった。
あまりのはしたなさに、ナハトの頬に朱が差す。
「ぷっ…お腹すいたの?」
「…君の話が本当なら、私は丸一日以上何も食べていないことになるからね」
ジト目で見つめると、ヴァロが苦笑いで頭をかいた。笑われてもしょうがないが、お腹が鳴るのもしょうがない。
「ごめんごめん、すぐに買ってくるよ。あっ、あとイーリーさんが言ってたけど、魔力使うとお腹空くらしいよ」
「…その前情報があったというのに、何の用意もなく笑うとは…。なかなか素敵な趣味をお持ちじゃないか」
「い、行ってきます!」
ナハトがにっこり笑いかけると、ヴァロが慌てて買いに行った。
それを確認して、ナハトはベッドから降りた。夜遅いためもう出かけることはないだろうが、顔も洗わずに食事をいただくのはみっともない。
洗面所へ行って顔を洗い、髪を整えていると、俄に外が騒がしくなった。気のせいでなければヴァロの声が聞こえる。
「…まさか」
慌てて耳を付け、尻尾をつけたズボンに着替えると、ドラコを連れて部屋を出た。
宿の階段を降りていくと、どんどん声が大きく聞こえてくる。人だかりに声をかけながら進んでいくと、予想した通りの人物がそこにいた。
「だから!まだナハトは具合が悪いって言ってるだろ!?」
「そんな訳ねーだろう!?怪我も何もしてなかったじゃねーか!」
ヴァロとアンバスが宿の入り口で怒鳴りあっている。大男2人のそれは、はたから見るとかなり怖い。さらにアンバスは銅の冒険者だ。周囲の冒険者も止められず、店主も困り果てている。
ナハトはため息をつくと、2人に近づいた。
「2人とも、そこまでにしてください」
「ナハト!?」
声に反応した2人がこちらを向く。何で来たんだとヴァロの表情が語っているが、これだけ騒ぎになってこないわけには行かないだろう。
「んだよ、やっぱり嘘じゃねーか!」
「嘘じゃ…!」
ヴァロの腕を叩いて止めると、ナハトは前に出た。先日頼れと言われたが、これはナハトでなければどうしようもないだろう。
アンバスの前に来ると、そのまま彼に背を向けて、人垣に向かって頭を下げた。
「皆さん、夜分遅くにお騒がせして申し訳ありません。喧嘩などではありませんので、どうぞお部屋へお戻りください」
「おい!おまえ…」
「黙りなさい。こんな時間に押しかけてきて、迷惑を考えなかったんですか?」
後ろからかかった声に睨みつけながらそう言うと、周囲がざわりと騒がしくなる。銅のバッジに緑が文句を言ったのだから当然だ。
言われたアンバスも顔を顰めてナハトを睨むが、口を開く前に畳み掛ける。
「話なら聞きます。常識がないそちらに合わせるのですから、銅の冒険者らしく大人しくしていてください」
「テメェ…」
「店主さん、お騒がせしました。この通りもう大丈夫ですので、皆様にお部屋へ戻るようにお伝えください」
「いや…でも…」
「大丈夫です。もし備品等を壊してしまった場合は、きちんと弁償もさせていただきます。私たちの身元は、冒険者ギルドのギルド長補佐、イーリーさんにお尋ねくだされば分かります。ですから、この場はそれで納めていただけませんか?」
イーリーの名前も出してそう言うと、店主は納得してくれたようだ。野次馬たちは声をかけられ、1人2人と部屋へ帰っていった。
人がいなくなったのを確認して、ナハトはアンバスを部屋へ通した。
椅子を挟んで対面に座るが、ヴァロはナハトの傍に立ち、不機嫌そうに顔を歪めている。アンバスもかなり苛立っているようで、椅子を壊す勢いで座ると、イライラと足を揺らしながらこちらを見る。それを受け流しながら、ナハトは問いかけた。
「それで、何の御用でいらっしゃったんですか?」
「何の御用じゃねえよ!具合悪りぃなんて嘘までつきやがって…何で俺のことを切った!」
切ったというのはよく分からないが、文脈から察するに、アンバスを指導冒険から外したことを言っているのだろう。現場で必要なことはヴァロか言っていた筈だが、彼には聞こえてなかったのだろうか。
「嘘ではありませんよ。私はほんの数十分前に起きたばかりです。魔力不足で丸一日寝てましたから」
「…あっ、えっ?本当に?」
「そんなことで嘘をついてどんな意味があるんですか。それと、あなたを切った理由ですが、それも既にお伝えした筈ですよ。あなたが必要な情報を伝えなかったせいで、私たちは死ぬかもしれなかったと」
「だから、死んでねーし、うまくいったんだからいいだろう!?」
「それについても言った筈です。うまくいったから言えることだと」
「だから…!」
森での会話を繰り返すあたり、アンバスにはことの重大さがよく分からないようだ。ナハトは小さく息をつくと、髪をかき上げた。まだ起きたばかりで体はだるいし、お腹も空いている。早く終わらせて食事にしたい。
「…あなたは、私たちを危険に晒した。本来指導者は、駆け出しの冒険者へノウハウを教えたり、危険な依頼についての指導や対処について、説明や対応をする人でしょう?失敗したら死ぬような依頼を、こちらへの情報を遮断して強行するなど、あり得ないです。だから、あなたを切りました」
「だからそれは言ったじゃねーか!ダメだったら抱えて逃げるつもりだったって!」
そもそもそれも本当に出来たかどうか分からない。アンバスもあの戦いで多少の怪我をしていた中で、1人で攻撃を捌きながら、本当にヴァロとナハトを抱えて逃げられたのだろうか。
終わってしまった今となってはわからないが、こちらとしてはもうこの人を指導者にしたくない。というか、何故抵抗するのか。
「大体、あなたは面倒なことが嫌いなのでしょう?なら、これからは好きにしたらいいじゃないですか。私たちはあなたに教わる気はもうない。あなたは面倒ごとを避けられる。それでいいでしょう?」
「そりゃ…あっ?そうだな…。そういや、何でだ…?」
本当に不思議そうにそう言われて、ナハトは首を傾げた。ヴァロも意味がわからないと、眉を顰めている。
「まさか、訳も分からず怒ってらしたんですか?」
恐る恐る問うと、アンバスは決まり悪そうに顔を背けた。意味がわからない。いい大人が何を言っているのか。
ナハトはため息をつくと、扉を指さして言った。
「出て行ってください。自分の怒りの理由もわからず怒鳴り込んでくる人と、これ以上お話しすることはありません」
「待て待て待て!俺は…」
「先程もお伝えしましたが、私はまだ目覚めたばかりです。これ以上お付き合いする義理はありません」
「ガー!」
威嚇するドラコを宥めて冷たく言い放つと、アンバスはまだ何か言おうと立ち上がる。その腕をヴァロが掴んで引くと、少しの抵抗を示したが、ナハトの目を見て押し黙った。
「…また来る」
「いえ、もう来ないでください。お話しすることはありませんから」
立ち上がり、視線だけそちらに向けて言う。お腹が空いて気が立っている自覚があるが、いい歳してこんなアホなことを言っている人とこれ以上関わりたくはなかった。なにより、ナハトが起きなかったせいで奔走したヴァロとドラコを、いい加減こんなことに付き合わせたくはない。
これで話は終わりと背を向けると、アンバスは一度こちらに視線を向けて出て行った。
「ナハト、大丈夫?」
「ああ…。こんなに面倒な人だとは思わなかったな」
どさりと椅子に体を預けると、ドラコが頬に擦り付いて労ってくれる。撫でていると、目の前にスープの入った器が置かれた。たまにナハトが食べる、たっぷりの野菜をよく煮込んだスープだ。少し酸味のあるスープの香りが鼻をくすぐる。
「アンバスに絡まれちゃったから、これしか買えなかったんだけど…」
「ありがとう。いただくよ」
差し出されたスプーンを受け取り、スープを口にする。ぬるくなっていたが美味しく、空腹を訴えていたお腹にじんわりと沁みていくようだった。
「また来るかな?」
「…さてね。とりあえず今日の事は、イーリーさんには伝えておこう」
「ヴァロくんもドラコも、お疲れ様」そう言ってほほ笑むと、ヴァロが笑い、ドラコがナハトの指をなめた。
食事をしながら、今日ナハトが寝ている間に何をしていたかなどを聞いて、その日は終わった。
ヴァロは一人でイーリーにナハトの様子を聞きに行って受付でどもりまくりました。
一人では女性と話すのは怖いし照れるし緊張するのに頑張りました。
読みたい方がいらっしゃるようでしたらその話もそのうち書きます。




