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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第二章
21/189

第4話 ヴァロの思い

 また午前中に素材納品の依頼を終わらせ、昼一でギルドの地下演習場へ向かった。受付の端にある階段を2階分降りると、そこにはだだっ広い空間が広がっていた。地面は土で平ら、高さもかなりあり、横の広さはギルドの広さを丸々地下にも作ったというようだった。ここならかなり派手に動けるだろう。

 この演習場は武器の試し振りや、新人冒険者と指導員の練習や体力作りに使われることが多いらしく、昼一という微妙な時間の割に既に複数名の冒険者がいた。


「広い…」

「ああ。こんなものが地下にあるとはね」

「おお、来たか」


 階段下で呆けていると、後ろからアンバスが階段を下りてきた。早速という事で、演習場の端へ移動する。


「それで、ここで何をするんですか?」

「そうだなぁ…まずは、確認だな。ナハト、おまえは何が出来るんだ?」


 そう聞かれて、ナハトはヴァロにドラコを預けると、ダガーを取り出した。それをくるくる回して、構える。


「得物はこのダガーです。両手でもいけますが、力がないので、1本を両手で使ったりもします。体術も少しはいけます。あとはご存じの通り魔術ですね」

「魔術ねぇ…俺は魔術の事はさっぱりだからな。よし、とりあえずそれでかかってこい」

「…わかりました。ですが、先に言っておきますけれど、私は弱いですし力もありません。アンバスさんの剣を受け止めたりはできませんよ?」

「お前ら相手に武器なんか使うかよ。いいからこい」


 なめくさった顔で言われて少しだけ腹が立つ。ナハトはダガーを左右で構えると、走り出した。大きく踏み込んでわき腹を狙い、右手のダガーを振る。それは当たり前のように空を切り、その勢いのまま体を回転させ、ジャンプして左手のダガーも振る。ナハトの最初の攻撃をジャンプして避けたアンバスを狙っての空中攻撃であったが、アンバスは器用に空中で回転し避けた。先に着地すると同時に地面を蹴って、今度は着地を狙って低くダガーを振った。

 1、2,3と連続で切りつけるが、全て余裕で避けられる。しかもアンバスはその場から動いていない。

 すると、アンバスも手や足を出し始めた。組手のように寸止めではないが、ナハトの実力を計って避けられるギリギリを狙ってくる。


(「流石は銅の冒険者。私の攻撃など、その程度だと…」)


 わかってはいたが腹は立つ。息も上がってきた。一泡吹かせたいと、ナハトは一番最初の攻撃を再度繰り返した。右で切り、回転して左、着地と同時に右のダガーを投げると、それをアンバスが避けた瞬間、懐に低くもぐりこんだ。そのまま顔面に向かって足を振り上げた。


「あまいなぁ…」

「…まぁ、そうですよね」


 軽々と、ナハトの足は止められた。止まった瞬間一気に汗が噴き出る。

 ため息をついて汗を拭うと、アンバスが呟く。


「なるほどな。そこらの魔術師よりは動けるじゃねぇか」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」

「動きも悪かねぇが…おまえ、本当に力ねぇのな。子供だってもう少し力あるぞ」


 そう言われてもどうしようもない。ナハトは優等種ではないのだから。劣等種の中でも細いだろうが、それでも力はそこそこある方だと思う。あくまで予測ではあるが。


「こればかりは、努力でも改善できそうにありません。下手に筋肉をつけると、スピードが下がりますしね」

「まぁ…だろうな。俺としては魔術も見たいんだが…」

「ここは魔術を使用してもよいのですか?」

「……俺がイーリーに殺される」

「ならば、少しお見せしますね」

「待て待て待て!本気で殺される」

「…冗談ですよ」

「…………」


 そんな怖い顔しないでほしいなぁと、ナハトはにっこり微笑んで見せた。ため息を返されたが気にしない。少しだけ憂さ晴らしである。

 さて、次はヴァロの番だと振り向くと、少し離れたところでヴァロが青い顔をしていた。


「…ヴァロくん、大丈夫かい?」

「……だ、大丈夫。あれは…組手、だよね?」

「ああ、そうだよ。ただ、相手がアンバスさんだからね。私や君が本気でかかったところで何も問題はないよ。アンバスさんも返してくるけれど、それはこちらの実力を計ってくれているから、避けられる範囲のはずだ。君の攻撃が、相手に当たることはない」

「絶対…?」

「ああ、絶対だ」


 ドラコを受け取り背中を叩くと、ヴァロはゆっくりと歩きだした。

 アンバスがナハトの時とは違う、少し厳しい顔でこちらを見ている。その視線を受けて、心臓の鼓動が耳に痛いとヴァロは思った。


「よ、よろしくお願いします」

「おう。早速だが坊主、おまえの得物は何だ?」

「俺は…武器は、ありません」

「ああ?んじゃあ、格闘家か?」

「あっ、いえ…俺は…」

「あーまあいい。とりあえず見てやるから、かかってこい」


 はっきりしないヴァロに面倒くさくなったのだろう。アンバスが構える。ナハトよりもいくらか真剣そうに見えるのは、恐らくヴァロの体格のせいだろう。背中が丸まっていなければ、そこらの冒険者よりはよっぽどいい体格をしている。

 再度「こい」と言われ、ヴァロは拳を握ると走り出した。

 右、左と出した拳は空を切り、その後の攻撃も軒並み避けられる。全く当たる気配がないことに少し安心しながらも、がら空きになっているアンバスの頬に右ストレートを打ち込んだ瞬間。予想だにしないことが起きた。

 ばきっ!と鈍い音が響いた。ヴァロの拳がアンバスの頬に当たったのだ。


「うっ、わぁああああ!」


 絶対に当たらないって言っていたのに当たってしまった。拳に残る鈍い感触に怯え、ヴァロは尻餅をついて後ろに下がった。ガタガタ震え、耳と尻尾が垂れ下がる。


「ヴァロくん!」


 ナハトが駆け寄ると、ヴァロはヨルンを殴った時と同じように青くなって震えていた。ナハトの軽い攻撃すら手で受けていたため、まさか顔面で受けに行くとは思ってなかった。


「…テメェ、なめてんのか?」


 低い声に気づいてそちらを向くと、アンバスが顔をしかめてヴァロを見ていた。鈍い音はしたがダメージはほぼないのだろう。頬は腫れてもおらず、赤みもない。

 アンバスは大股で近づいてくると、ヴァロの胸ぐらを掴んで無理やり立ち上がらせる。


「おい、どういうつもりかって聞いてんだよ。殺気も力も何もねぇ拳で、俺をなめてんのか!?」

「待ってください、アンバスさん!ヴァロくんは人を殴ることが出来ないんです」


 ナハトがそう言うと、アンバスは意味が分からないと頭を振った。投げるようにして掴んでいた手を離すと、こちらに向き直った。


「そりゃあどういうことだ?」

「言葉のままです。彼は拳で人を殴ることが出来ません」

「それでどうやって戦うってんだよ」

「そもそも私たちには目的がありますから、魔獣などの依頼を受けるつもりはありません。ですが万が一がありますから、彼には相手を無力化するための、捕縛や締め技、投げ技などを覚えてもらう予定でした」

「…で、その万が一では、おまえがとどめを刺すって?」


 頷くと、鼻で笑われた。無茶苦茶な事を言っていると思われているのだろう。ナハトには力がないのだから、ダガーで敵を絶命させる事は出来ないと。

 だが、魔術を使えばできないことはない。いつか無理な時は来るだろうが、今はそれでいいのだ。


「なるほどな。だがな、こいつが戦えりゃあもっと話しは簡単だろう?」

「ですから、それは出来ないと…」

「ありえねえな」


 そう言い切られて、ナハトは眉を寄せた。ありえないという事はない。事実、ヴァロは怯えているのだ。ありえないならば、とっくに克服できているはずだ。


「おい、坊主。テメェそのなりで、喧嘩したことがねえなんてこたぁないよな?…誰を殺しかけた?」

「…!?」


 アンバスはヴァロを見下ろした。「殺しかけた?」という言葉でヴァロの肩が大きく震えたのを見逃さなかった。


「なぜ、あなたがそれを…?」

「大体予想がつくぞ。おまえもわかるだろうがな、俺たちは半分獣が混ざってんだ。強者相手に怖えって感じることはあってもだな、殴ることが怖いなんてのはありえねえ。おおかた今は、相手殺しかけてビビってるだけだ。慣れりゃ何とでもなる」


 まさか、本当にそうなのだろうか。

 ナハトにはわからないが、もしそうならば、ヨルンの様に暴力に慣れたくなくて避けていたという事だろうか。ヴァロを見ると、頭を横に振っている。

 今日は、これ以上はもう無理だろう。2人の間に入ると、ナハトはアンバスに訴えた。


「アンバスさん、今日はもうお終いにしましょう。続きは明日に…」

「ああ!?馬鹿言ってんじゃねえよ。おい、早く立て」


 ヴァロは胸ぐらを掴まれて無理やり立たせられるが、青い顔で震えていて、やはりこれ以上は動けそうにない。


「アンバスさん!」

「うるせえ、黙ってろ!こいつが戦えねえと、死ぬのはおまえだろう!」

「私は大丈夫です!無理強いは…」

「おい。こんな風に言われて、テメェは悔しくねえのか?」


 ヴァロが顔を上げる。鋭いアンバスの視線とぶつかってうつむくと、ヴァロとアンバスの間に立つナハトの頭が見えた。自分よりずっと低い位置にある頭、その小さな背中にヴァロは隠れている。


「おーおー、情けねえな。テメェはそうやってナハトの背中で震えてるわけだ。じゃあ、こいつがやばくなってもそうやって震えてんだな」

「えっ…ぐっ!?」


 一瞬のうちにナハトはアンバスに引き寄せられ、その腕を捻りあげられてしまった。みしりと音を立てて骨がきしむ。


「ナハト!」

「おい、テメェはこういう時にどうすんだよ。かばってくれる奴はいねえ。助けられるのはテメェだけ。それでも震えてんのか?」

「…かはっ」

「ガー!」

「おーおー。このチビの方が見どころがあるな」


 背中に乗った膝に体重がかかり、息が詰まる。空いた腕も体が邪魔でダガーまで手が届かない。ドラコが精一杯威嚇している声が聞こえるが、顔を動かすことも出来ない。

 息が苦しい。それにそれ以上腕を捻られると、折れる。


「あ、アン…バスさん…!」

「さあ、どうすんだ?」

「…っああ!」


 みしりと骨がさらに軋み、反射的に声が出た。

 次の瞬間、ものすごい速度で何かが通りすぎ、拘束が解かれた。続いて響く轟音。急に入ってきた空気にせき込む暇もなく、助け起こされる。


「ナハト、大丈夫!?」

「けほっ…はあっ、ヴぁ、ヴァロくん…?」

「ギュー!」

「ドラコ…」


 登ってきたドラコを抱えながら咳き込む。その背中を、ヴァロが撫でてくれるが、痣にでもなっているのだろう。ひどく痛んだ。


「…やるじゃねーか、坊主」


 顔を上げると、土煙の向こうからアンバスが歩いてきた。視線を下げると、地面に足で堪えたような線の跡が出来ている。何が起きたのかわからないが、おそらくヴァロがアンバスに攻撃を加え、ナハトを解放してくれたのだろう。

 ヴァロはナハトを庇うように立つと、アンバスに向かって叫んだ。


「何でナハトにこんなことするんだ!」

「テメェがいつまでもうだうだしてるからだろう」

「だからって…!ナハトを巻き込むことないだろう!?あんたのせいで傷だらけだ!」

「そうかそうか。だがな、それもおまえのせいだぞ!」

「くっ!」


 ナハトに向かって跳んできたアンバスを、ヴァロが受け止めた。そのまま蹴り飛ばすと、アンバスに向かって走る。そのまま殴る蹴るの乱戦だ。ヴァロらしからぬ暴力的な振る舞いに、ナハトは呆気に取られた。これでは本当にアンバスの言う通りだ。

 それにしても、これはどういう事だろうか。


「…なぁ、彼はあんたと同じ藍等級…だよな?」


 呆けるナハトに声をかけてきたのは、演習場にいた冒険者だ。バッジの石は同じ藍等級。後ろにいる3名も同じ色だから、パーティなのだろう。


「…ええ。私も、驚いています」


 ぱっと見た感じでは、アンバスとヴァロは互角に殴り合っているように見える。いや、アンバスは笑っているから、全く本気ではないのだろう。それにしても、ヴァロはよくやり合っている。殴り、蹴り、避けて、投げ飛ばしてと様々だ。全力でやりあっているように見える。

 その様子を見て、ナハトはふと思った。ひょっとして、ヴァロは弱者に対する暴力を無意識に恐怖していたのではないのだろうか。ナハトをうっかり傷つけた時の慌てようや、ヨルンを殴ってしまった時の様子。そして、散々やられていたにもかかわらず、虐めをやめるだけでいいと言った時も、心のどこかで、やり返したら相手が死んでしまうかもしれないと思っていたのではないのだろうか。

 だから、強者とやりあっている今は、平気なのではないか。今考えると、アンバスを殴って震えていた彼は、呆然としているようだった。もしそうなら、これはかなり荒治療ではあるが、ある意味効果的と言えるだろう。


「…なぁ、あんた。あれ、止めなくていいのか?」


 そう声をかけられて、ナハトは思考をやめて顔を上げた。

 アンバスはすっかり楽しんでいて止めそうになく、ヴァロはどうしたら良いのかわからないのだろう。顔が辛そうだ。何より、2人が演習場の真ん中で暴れ回るから、周りの冒険者が戦々恐々としている。


「そうですね…。ご迷惑になっていますし、そろそろ止めましょうか」

「止められるのか?」

「大丈夫です。少し下がっていてください」


 冒険者たちが少し下がったのを確認して、ナハトはダガーで指を切った。ここでは魔術は禁止らしいが、やめる気配がないのだからしょうがない。

 地面に手をつくと、一気に魔力を流した。

 ドン!と地面が揺れて、2人に向かって蔦が伸びる。あっという間に伸びたそれは2人を絡めとり、捕獲した。


「な、なんだぁ!?」

「うわぁっ!?」

「2人とも、その辺にしてください。迷惑ですよ」


 ナハトがそう言いながら近づくと、ヴァロはしょんぼりと項垂れ、アンバスはゲラゲラ笑う。捕獲されたのがそんなに面白いのだろうか。


「おまえ、すげーな!逃げる隙もなかったわ」

「いい加減にしてください、アンバスさん。やり過ぎです」

「まあまあ、いいじゃねーか。こいつが戦えるってわかったんだからよ」


 反省した様子のないアンバスをそのままに、ヴァロの蔦を解いて下ろしてやる。耳も尻尾も下がったままで、あちこち傷だらけだ。それでも胴等級を相手にしたとは思えない軽傷だ。


「全く、君がこんな無茶をするとは思わなかったよ」

「ナハト…ごめん」

「謝らないでくれ、私のために頑張ってくれたんだろう?ありがとう。ただ、少々やり過ぎだね。周囲を巻き込むのは良くない」

「…うん」


 ぽんと背中を叩くと、ドラコがヴァロの肩に跳び乗った。そのまま頭をぐいっと頬に擦り付ける。


「わっ、ドラコ?どうしたの?」

「ふふ、親愛の印だよ」

「ギュー!」

「あ、ありがとう」


 ドラコを恐る恐る撫でて、ヴァロは笑った。

 あたりにいた冒険者たちが集まってきた。伸びた蔦を物珍しそうに眺めている。早く戻らないとイーリーが来て怒られそうだ。ナハトはアンバスの足元まで行くと、ぐるぐる巻きにされたままの彼を見上げた。


「おーい、俺もおろしてくれ!」

「お断りします。イーリーさんがいらっしゃるまで、そこで反省していてください」

「はあっ!?」

「それでは皆さん、お騒がせしました。あっ、そこの蔦以外は消していきますので、どうぞ続けてください」


 ナハトはそう言うと、アンバスを絡めている蔦だけを残し、他の蔦を枯れさせて消し去った。ざわりと騒がしくなる周囲に首を傾げ、ヴァロとドラコを伴って演習場を出た。後ろから聞こえるアンバスの叫びをすべて無視し、階段を上っていく。


「…いいの?」

「いいんだ。見たまえこの傷を。君が怒ってくれたからと言って、私が許す道理は無いよ」


 背中の痣は痛いし、地面に押し付けられたせいで擦り傷も負った。ひねあげれた腕だって筋を痛めたようにずきずきしている。ヴァロが戦えると分かったことはいいが、それとこれとは話が別だ。

 残されたアンバスはイーリーにこっぴどく叱られ、蔦の処理をさせられた。ナハトとヴァロは、一部始終を見ていた冒険者たちの発言により、今回は魔術を使った注意だけで済んだ。


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