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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第一章
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第2話 魔力の放出と契約

 翌日、昨日と同じ場所まで来ると、掴んだイメージを早々に実践に移した。細く細く、魔力を操作していく。


(「…まだダメか…ならもっと、もっと細く…」)


 そうして昼を過ぎた頃、何かに引っかかった感覚の後、突然魔力がすり抜ける感じがした。指先に感じていた抵抗がなくなり、魔力がするすると流れて行く。


「…通った…?」

「ギュー!」

「やった!通ったよ、ドラコ!」

「ギギュー!」


 びっしょりとかいていた汗にも気づかず、ナハトは喜びのあまり飛び上がった。そしてしばらく跳ねた後、あまりにはしたなかったと一人反省した。


「とはいえ、やっと出来た。反対の手で魔力が感じられればこの課題はクリアに…」


 左手で流れ出た魔力を感じようとして、止まった。魔力が細過ぎて全く感じない。いや、全くではないが、空気中に霧散する寸前というか、霧散した直後くらいの魔力しか感じなかった。これではクリアとは言えないだろう。


「…この魔力量では、魔術の発動も出来ないじゃないか…」

「グギュー…」


 せっかく出来たと言うのにまた新たな難題が出来てしまった。どうにか出来ないかと考えてみるが、全く検討もつかない。出す魔力量を変えれば量は増えるが、これ以上の太さは魔孔を通せないのだ。


(「何か方法があるはずだ。太さがダメなら…速度を変えるのはどうだろうか」)


 ナハトは早速、指先に細くした魔力を集め、練った小麦粉を押し出して作るパスタのようなイメージで放出してみた。

 結果は悲惨なものだった。


「いたたただぁ!?」


 昨日ぶりの痛みに悶えて蹲った。魔孔に負担をかけるのはダメらしい。すごく痛い。


「ギュー…」

「ううっ、ありがとうドラコ」


 ドラコに頬を舐められて少し元気が出た。負担をかけてより使えるようになればいいが、魔孔の元がこの細さではやはり危ない橋は渡れない。

 他に方法を考えねばと頭を捻り、ナハトは一つの考えに行き着いた。



「師父。いらっしゃいますでしょうか?」


 帰宅して早々、ナハトはカルストの執務室へ向かった。ノックして声をかけると、どうぞと中から声が返ってきた。

 それを確認して開けると、カルストは外出時に着用しているコートを壁にかけているところだった。


「どこかに行かれていたのですか?」

「ああ、近くに魔獣が出たからその退治にね。それよりどうしたんだい?何かあったのではないのかい?」

「はい。少し見ていただきたいのですが、お時間よろしいでしょうか?」


 師父に成果を見せるのはこれで2度目。1度目は体内で魔力を感じることができたかの確認の時だ。それから1年経っている。

 ナハトの言葉に師父は嬉しそうに微笑んだ。


「勿論だとも!さぁ、やって見せなさい」

「はい、ありがとうございます」


 ナハトは深く息を吸うと、ゆっくり吐き出しながら右手の指先に意識を集中した。

 そのまま数分経ち、師父が訝しんだように首を傾げるのが視界に入った。だが、今集中を切らすわけにはいかない。失礼にはなるがと、左手の指を立てて口に持っていくと、師父は察してくれたようだ。

 そこからさらに数分経ち、汗が頬を流れるほどの集中を終え、ナハトは師父に右手を差し出した。


「…お待たせしました。どうぞ、ご覧ください」

「これは…」


 ナハトの指先には、ほんの小さな球が出来ていた。と言っても、見えるものではないが、感じ取るには十分な、魔力を丸めて作った玉だ。魔力が霧散してしまう前に丸めて作ったこれならば、魔力を使う事も、魔術を使う事も出来るはずである。


「師父、如何でしょうか?」

「ああ、確かに。魔力の放出を確認した。合格だ!」

「っ!」


 今度は飛び跳ねなかった。代わりに拳を握って、深くカルストに頭を下げた。


「ふふ、飛び跳ねてもいいんだよ?」

「いえ、流石にはしたな過ぎますので…」

「とにかく、おめでとう!ナハト。そうしたら、君も契約の準備をしないといけないね」

「…はい?」


 思ってもみなかった言葉に思わず声が出た。契約とはなんのことだろうか。

 ナハトの間抜け面に、師父は笑いながら木札を一枚棚から取り出した。


「その木札の下段を読んでご覧?」


 渡されたそれには、魔術師となるために精霊と契約するその手順と、資格について書かれていた。言われた通り、下段の資格について目を通すと、そこには魔力の形状変化までの過程を終了したものと書かれていた。


「これが何か?」

「分からないかい?君は魔力を細い糸のように変化させて放出し、それを糸を丸めるように操作して、魔力の玉を作った。つまり、最終課題までクリアしているんだよ」


 ナハトは今度こそ堪えられなかった。カタンと木札を落としてしまった手を握って、カルストは微笑みながら言った。


「おめでとう。来月の契約の儀は、カインとナハトの2人だよ」

「あ、ありがとう、ございます…!」


 精一杯そう言った。頑張ってきてよかったと、本当にそう思うことが出来た。

 そんなナハトに師父は優しい顔で微笑んだが、すぐに真剣な顔になった。新たな課題を言われる気配を感じて、ナハトは顔を上げる。


「ただ、まだ課題はある。儀まではあと10日ほどあるが、その間に祝詞と、先程の魔力の玉、もう少し大きく出来るようにならないといけない。速度も速くする必要がある。出来そうかい?」

「勿論です。やらせて下さい」


 強く拳を握って、間髪入れずそう答えた。いきなり目の前が開かれた高揚感で、今ならなんでも出来そうな気がした。


「期待しているよ」




 夕食の後、ナハトとカインが来月の契約の儀を受けることが話された。カインもツィーも反発したが、カルストの決定は覆せない。

 ナハトは高揚した気分で眠りについたが、その日の夜、突然水をかけられて思い出した。


(「…そうだった。兄弟子らはこう言う奴らだった」)


 ナハトが儀式を受けることがよほど気に触るのだろう。カインもツィーも、カルストに隠れてたくさんの嫌がらせをしてきた。隙あらば水をかけられ、食事には虫を入れられ、寝床に蛇を潜ませられたりもした。だが黙っているナハトではない。水をかけられたらかけ返すし、殴られそうになれば逃げた。こちらからは決して手は出さないが。

 最初の水かけは、油断していたからドラコにも盛大に水がかかってしまった。底意地の悪い彼らにドラコが見つかることはなかったが、風邪でも引いたらどうしてくれる。その怒りを込めて、水かけは1回多めにお返ししておいた。


「…だけど少し面倒だな」


 ここ数日、魔力の訓練に加えて深夜の嫌がらせで、若干気が立っている。向こうは2人だから、交代で嫌がらせをしてくるのだがこちらは一人だ。圧倒的に分が悪い。

 対抗策として仕方なく毎日寝場所を変えているが、水をかけられない代わりに今度は体が休まらない。


「どうしたものか…」


 考えて、孤児院の馬小屋を借りることにした。シトレ―には呆れられるし、服が寝藁臭くなるのはいただけないが、受かったらカインはともかくツィーは正式にナハトより下になるのだ。堂々とカルストに叱ってもらうことができるから、それまでの辛抱である。



 そんなこんなで10日を過ごし、祝詞もなんとか覚え、儀式の日を迎えた。

 儀式は月が満月になる日の夜に行われる。邸宅の地下に作られた部屋に集まり、祝詞を唱えながら、召喚のための魔法陣に己の魔力を流すのだ。


「さて、時間だ。カインから始めよう」

「はい」


 チラリとカインがこちらをみる。その隣にいるツィーと共に、なかなかの睨みだ。

 ナハトはそれを無視して、自分の両手の指先に意識を向けた。何度も練習し、やっと両手でそれぞれ魔力の玉を作れるようになったが、時間だけはあまり短縮できなかった。魔力を一度に出せる量が決まっているのだからしょうがない。


「…はじめます」


 そう言ってカインが魔法陣の前両手を置き、祝詞を唱え出すのと同時に、ナハトも魔力を溜め出した。




「…ナハト、準備はいいかい?」


 カルストに声をかけられて気が付いた。いつの間にか、カインの儀式は終わってしまったようだ。儀式の様子を見れなかった事を残念に思いながらも、己の両手に意識を向ける。魔力は無事に溜められたようだが、少し集中しすぎたようだ。


「はい、いけます」


 そう言って魔法陣の前に移動する。先程声をかけられたので魔力が霧散しなかったのはよかった。集中力が鍛えられている証拠だ。

 ナハトは両手の魔力を魔法陣に乗せるように降ろした。


「はじめます」


 深い深呼吸の後に、祝詞を口にした。


「精霊界にすまいし精霊よ 我が名はナハト 我が魔力を奉納する」


 魔力が両手から魔法陣に吸い込まれていくのがわかる。魔法陣が魔力に満たされ、光る。


「開け 開け 開け。精霊門を通り、我の盾、我の剣となる力を持つ者と、魔力の縁を結びたまえ」


 祝詞の終わりと共に魔法陣が強く輝く。

 カインの時もこうなったのに気づかなかったと考えながらも、ナハトは緊張のあまりコクリと唾を飲んだ。

 光は白、黄色、赤と色を変え、緑になった時、魔法陣から蔦が伸び上がってきた。それは魔法陣の上についたナハトの手に絡みつき、一瞬部屋の中がいっぱいの光で満たされると―――消えた。

 魔法陣についた両手の爪は、薄い緑から鮮やかな緑に変わっている。


「おめでとう、ナハト」

「ありがとう…ございます。…師父」


 ものすごい疲労感で、ナハトはよろよろと立ち上がった。長時間集中し続けた事もあって、身体中汗だくである。よく見ればカインも青い顔をしている事から、この疲労感は契約によるものだろうと予想がついた。


「2人ともお疲れ様。カインもナハトも無事契約ができたね」


 カインの手をチラリとみると、両手の爪が炎のように真っ赤に輝いている。

 視線に気づいたのか、カインとツィーがこちらを見る。右手の爪を見せつけるようにすると、2人の顔が物凄い事になった。ついでに微笑んでVサインを出したら、射殺さんばかりの目で見られた。ちょっとはしたなかったかもしれない。



 その後はお祝いだと村の食事処に食べに行き、いつの間にか整えられた1人部屋に、ナハトとカインはそれぞれ案内された。

 まだ一人前の魔術師とはいえないが、契約が第一歩である。差し詰め今は魔術師の卵で、契約前は候補生といったところだ。


「ギギュー」

「ふふ、ドラコも祝ってくれるのかい?ありがとう」


 1人部屋になったからドラコ出しても何も言われない。ベッドと小さな机、それと椅子が一脚の、2畳程の部屋だが問題ない。窓も月の光が入る場所にあるし、蝋燭立てもある。1人部屋としては十分なものだ。

 真新しいベッドに腰掛けると、肩から下ろしたドラコを膝に乗せ、その頭を撫でながらナハトは微笑んだ。


「今日は特別に鳥のササミだよ。契約祝いに師父からお金をいただいたんだ。おいしいかい?」

「ギュー♪」

「それは良かった」


 ササミを美味しそうにちぎり食べる。ゆっくりのびのび食べることができて、ドラコもご機嫌だ。

 それに、1人部屋になったのだから、魔力の訓練もできる。勿論危ないことはしないが、少しの事ならそれほど問題にはならないだろう。


「さて、今日の復習でもしようか」


 ナハトは目を閉じて、魔力を放出しだした。



「…ギュー!」

「…えっ…いたっ!」


 ドラコの声と、頬に走った痛みにナハトが目を覚ますと、ドラコが心配そうに顔を覗き込んでいた。ペシペシと断続的に頬に走る痛みに手を伸ばすと、ドラコの尻尾が指に絡みついて来る。


「あれ?私…寝てた?」

「ギュー!」

「ああ、ドラコごめんね」


 縋り付くドラコを撫でながら体を起こすと、何か液体が頬を流れてくるのがわかった。驚いて頭を触ると、髪がぐっしょり濡れている。よくよく見れば、髪だけではなく体中、服の中までびっしょりだ。また水をかけられたかと慌てて扉を確認するが、扉はしっかり施錠されていて、開けられた様子もない。 


「…あれ?」


 突然かくんと力が抜けて、ばふりとベットに頭から倒れ込んだ。頭がクラクラして、視界が点滅している。


(「…脱水か。なら、これは汗…?」)


「ギュー、ギュー!」

「ああ、ごめんごめん。また驚かせてしまったね」


 またすがりついて来たドラコを撫でながら、ナハトはゆっくりと起き上がった。ドラコを肩に乗せながら立ち上がると、テーブルの上にある水差しから水を注ぎ飲み干した。


「…ちょっと集中し過ぎてしまったようだねぇ」


 地下での儀式でも集中し過ぎた。一瞬師父の声にも気づかなかったほどだ。集中力が長く続くのは良い事だが、ドラコを心配させるのは良くない。

 気をつけなければと思いながら、ナハトはベッド下のカゴから着替えを取り出した。


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