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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第四章
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第78話 強襲

 目を覚ましたナハトは、どこか見覚えのあるベッドで体を起こして瞬いた。どのくらい寝ていたのかわからないが少々体が痛い。


「ギュー」

「ドラコ…」


 枕元にいたのか、ドラコが鳴いてナハトの肩に上ってくる。その冷たい鱗を撫でていると、ノックの音がしてナナリアのメイドであるジェーンが部屋に入ってきた。

 ナハトが起きているのを見て驚いたように目を見開き、すぐに頭を下げる。


「…失礼しました。目を覚まされたと気づかず、開けてしまいました」

「あ、いえ…。気にしないでください」


 そう言いながら、ナハトは少しずつここにいる理由を思い出した。

 ウィラード王が目を覚ました事により、あの場は王の命令のもとすぐに収拾される運びとなった。とはいえ王は大怪我の状態から戻ったばかり。もともと体調が悪かったこともあってすぐに意識を失い、結局その場で元近衛騎士団長のガイゼン・ウェルシオラがコルビアスの宣言のもと、その場で近衛騎士団長へと復帰した。ニグル・クローベルグ侯爵と、アスカレト騎士団団長のセオドア・サザーランドと共に、城の復旧と反逆者の処分に追われることとなった。

 ナハトとヴァロはコルビアスを庇って負った怪我が重く、だからと言って城は半壊状態でメイドや執事も見直しが必要。そういう訳でマシェルのクローベルグ侯爵家へ療養の名目で送られ―――。


「…ご気分はいかがでございますか?」

「すみません。もう大丈夫です」


 そうだ。ここはクローベルグ侯爵家の客室だと、ナハトはやっと思い出した。肩にいるドラコを撫でながら、ジェーンの入れてくれた白湯を口に含む。喉を滑り落ちたそれはじんわりと腹に広がり、ナハトはほっと息を吐きだした。


「私は、どのくらい眠っていたのでしょうか?」

「丸二日といったところでございます。一度も目を覚まされませんでしたから、お嬢様が心配しておられました」

「それは…また申し訳ないことをしてしまいましたね」


 度重なる魔力回復薬の服用は、思っていたよりもナハトの体にダメージを残していた。肩に受けた矢傷に何も塗られていなかったことはよかったが、それ以外の疲労やだるけ、頭痛は本当に重かったのだ。


「体調はいかがでしょうか?コルビアス様からは、目を覚まされて動けるようでしたら、王城へ来てほしいと言伝をいただいております」


 ジェーンにそう言われ、ナハトは自身の体を調べた。寝ている間に回復薬を飲まされたのか、肩の傷もすっかりよくなっている。少々寝過ぎで体が痛いが、それだけだ。動くのには何も問題はない。


「わかりました。目覚めたので向かうと、先にお伝えください」

「かしこまりました」

「ヴァロくんはどうしていますか?」

「ヴァロ様は先に王城へ向かわれております。あの方は昨日にはすっかり良くなられておりましたので…」


 回復薬を飲んだとはいえ、あれほどの矢傷を受けてそれだけで動けるとは―――少々呆れ顔のジェーンにナハトも笑うしかない。

 ナハトはジェーンに着替えも頼み、準備を整えると、すぐに王城へと移動した。



 転移の魔方陣を使用して出ると、そこでナハトを迎えたのはアスカレトの騎士のエイダであった。


「お待ちしておりました。コルビアス様の元へご案内いたします」

「お願いします」


 エイダは移動しながらナハトが眠っていた2日間について簡単に説明してくれた。

 それによると今王城につめている騎士は、アスカレトの騎士とマシェルの騎士半々という事らしい。もともといた近衛騎士団、それと王都の騎士団は一時解体され、現在はガイゼン・ウェルシオラ騎士団長が直々に一人ひとり尋問しているそうだ。関わりがあった者たちは勿論、関わりのない者まで。


「数が多いのですが…。ウェルシオラ近衛騎士団長は、今回の事はご自分のせいもあると、ご自分を責めておられるようです」


 それは無理もないのかもしれない。ウェルシオラ騎士団長が駆け付けるまで、ナハトも彼はリステアード側の人間だと思っていた。あまりに行動が怪しく、マシェルでのふるまいも褒められたものではなかったから―――。

 だが蓋を開けてみれば彼はウィラード国王陛下に忠誠を誓う者で、その彼がマシェルへ移動させられたことによって今回の事が起こしやすかった可能性は大いにある。もし騎士団長だけでも王城にいれば、彼の命令で動かない近衛騎士は多少なりともいたはずである。


「国王陛下のご容態や、コルビアス様のお加減はいかがですか?」

「陛下のご容態に関しては私には何とも…。コルビアス様はおひとりで執務をこなされております。シトレン様がお手伝いしておりますが、ディミトリ宰相閣下の聴取も行われているので…。かなりお忙しいようです」


 エイダからはどんどん不審な話が出てくる。

 これは嫌な予感がするなと向かっていると、廊下を曲がったところでヴァロとフィスカがこちらへ向かってくるのが見えた。あちらもナハトに気づいたようで駆けてくるが―――そのヴァロの様子がおかしい。

 随分と焦った様子の彼に、ナハトは無意識にドラコへと手を伸ばす。


「レオ!」

「どうしたんだ。何があった?」


「それが…」と、ヴァロが口を開いた瞬間。ナハトが着けていた指輪が赤い輝きを放った。


「なっ…!?」


 それと同時に流れ込んでくる焦燥。これはフィオーレのものだろうか。追い立てられるような焦燥が体を突き抜けて、ナハトはふらついて壁に寄りかかった。


「どうした!?」

「何が…!」

「だ、大丈夫です。それより…アロ。コルビアス様のところへ行けばいいんだね?」

「そ、そう!走れる?」

「当たり前だ。君と違って私は全快しているからな」


 困惑するエイダとフィスカを置いて、ナハトは走り出したヴァロの後を追う。走り回る騎士らの間を抜けてたどり着いたそこは、コルビアスの居住区として用意された一角だった。

 その一つの部屋の前にリーベフェルトが立っている。


「リーベフェルト、コルビアス様は中にいらっしゃいますか?」

「レオ?おまえ、もう傷はいいのか?」

「お陰様で。それでコルビアス様は?」

「今は少し待ってくれ。アロが呼びに行ったから、今は別の来客の対応中だ」


 そうこうしている間にも、ナハトの指輪は繰り返し光る。

 それに怪訝そうにする周囲を指輪を内側に握りこんで隠し、ナハトは傍らにいるヴァロを呼んだ。


「アロ、君が来たのはこの指輪に関係する事だな?」

「うん。さっきダンジョンが襲撃されたって騎士が飛び込んできて…」


 そうヴァロが説明を始めた時、部屋の扉が内側から開いてリューディガーが顔を出した。ナハトとヴァロを視界に入れてすぐに部屋に入るよう言う。


「入れ。コルビアス様がお呼びだ」


 促されるまま中に入ると、コルビアスは疲れた顔で大きな執務机の前に座っていた。その傍らにはクロウがいてナハトとヴァロを見て軽く頭を下げる。他にはシトレンとニグルもいて、来客者はニグルであったようだと想像できた。


「失礼いたします、コルビアス様。クローベルグ侯爵様。侯爵様、私とヴァロのためにお部屋をお貸しいただき、ありがとうございます」

「ああ、それは気にしなくていい。それよりも来なさい」


 頭を下げて礼を口にすると、ニグルはそう言ってコルビアスの前を開けた。遠慮なく近づいて机の上に置かれたそれを見る。


「レオ、アロ。先ほどクローベルグ侯爵からダンジョン襲撃について報告があった。ノジェスのダンジョンギルドが襲撃されたらしい」

「ノジェス…ですか?それでどうして侯爵様が…」

「ノジェスのダンジョンギルド長は、私の元部下なんだ」


 現ノジェスダンジョンギルド長リブリックは、元はマシェル騎士団の平民騎士だったらしい。彼は元々ノジェスの生まれで、騎士団をやめてノジェスへ帰った。そうして冒険者を経て、今はノジェスのダンジョンギルドのギルド長をやっているのだそうだ。

 そのリブリックから救援要請が来たらしい。


「事が起こったのは2日前だ」

「2日前…?まさか…!」

「そうだ。リステアードの反乱とほぼ同時に襲撃があった。状況は侯爵の情報からしかわからないが…ノジェス公爵はリステアードの最大の後ろ盾だった。そのために私の要請を無視して城にこもっている。そのせいでノジェスのダンジョンギルドの要請が却下されたらしく、侯爵に助けを求めたという事らしい」

「状況は分かりましたが…襲撃とはどういうことですか?」

「…劣等種だ」


 コルビアスの低い呟きに、ナハトは何となくすべてを悟った。

 劣等種がダンジョンギルドを襲う。それは、ナハトとコルビアスが攫われた際に、ナハトが持ち掛けられたあの話そのものであったから。

 ナハトの反応に周囲が怪訝そうにこちらを見る。しかし、それならば尚更ナハトはダンジョンに行かなければならない。精霊からの呼び出しも変わらず続いている。あちらの状況は分からないが、続いているところを見ると相当良くない事になっているに違いなかった。


「…コルビアス様、私たちは…」

「待ってくれ。そのために私はアロにレオを呼んでくるように伝えたんだ」


 ナハトの言葉を遮ってコルビアスが言う。

 そうして彼は椅子から降りると、ナハトとヴァロの前に立って頭を下げた。慌てるシトレンを言葉で制し、続ける。


「二人には本当に世話になった。ここには君たちの事を知るものしかいない。だから…ここで言わせてもらう。ありがとう。お別れだ」

「コルビアス様…」

「その様子だと、レオは何かしら察しているんだろう?…早く行け。ディネロを外に待たせてあるから、聞きたいことは彼に聞くといい」


 そう言って、コルビアスは扉の方を差した。

 まさかこんな風に自由を言い渡されるとは思ってもみなかった。肩に乗っていた重荷のようなものが流れるように落ちて、ナハトはコルビアスを見る。本当にこのまま去っていいのかという思いが少しだけよぎった。

 反乱による多くの問題は何も片付いておらず、残されたコルビアスだけでは対処が難しい事もあるだろう。ニグルやアスカレト公爵が手を貸したとしても、今まで碌に執務をとってこなかったコルビアスには難しいはずだ。ウィラードもいつ目覚めるかわからないのだから。

 しかし―――。


(「…悩んでいる時間はないか」)


 腹のあたりに重く感じるものはフィオーレの感じる焦燥のせいか。一刻も早くという思いがナハトの胸に去来する。

 ナハトは一度目を閉じると、ヴァロと共に膝をついて口を開いた。


「ありがとうございます、コルビアス様。…お言葉の通り、失礼させていただきます」

「ああ、気を付けて」


 ナハトとヴァロはもう一度頭を下げると、すぐさま部屋を飛び出した。




「ノジェス城への魔法陣は使用できないので、コルビアス様の屋敷から移動してください」

「わかりました」


 ディネロに先導され、ナハトらは馬車に乗り込む。

 すぐ馬車はコルビアスの邸宅へと向かい、その中でディネロはナハトらに必要そうなことを説明してくれた。ノジェスの状況を含め、誘拐組織の捕縛の際にも使った通信機も渡される。

 必要があればそれでコルビアスと連絡が取れるということだ。


「ノジェスのダンジョンギルドは今、劣等種に制圧されている。冒険者や衛士がなんとかしようとつめているが…先走った冒険者たちが捕まり、人質に取られてしまっていて膠着状態だ」

「優等種が、劣等種にですか?どうして…」

「何故か彼らは魔道具をたくさん持っているようでな…」


 ディネロの話では劣等種は多くの魔道具を持ち、その魔道具で優等種を捕まえて従わせているらしい。優等種が劣等種に比べて頑丈とはいえ、武器を使えば傷もつく。捕らえられた優等種は傷つけられ、そのせいで冒険者が逆上するも、また魔道具で捕らえられてを繰り返してしまったそうなのだ。


「そうして捕らえた優等種に、奴らは何かをやらせようとしている。それが分からず、こちらとしても手が出せない状態だ。それに…」

「ノジェスは他の町に比べて冒険者が少ないですからね」

「そうだ」


 ノジェスは極寒の地であるからして、他の都市に比べて冒険者の数が少ない。その為、対応にあたる事の出来る冒険者にも限りがあるのだ。

 とはいえナハトの記憶ではノジェスにも常駐の銅等級冒険者はいる。ナッツェやフェルグス達がそうだが―――彼らがいくら強くとも、人質を取られればそうも言ってられないだろう。


「ノジェスへ移動したら、まずフレスカの店へ行け。何かしら情報を得ているはずだ」

「わかりました。一つ…お聞きしたいのですが…」


 そう言って、ナハトは一度手元へ目を落とした。

「なんだ」とディネロが返すのを待って、ぽつりと呟く。


「今回の劣等種の襲撃と、リステアード様の反乱は何か関係があるのでしょうか?」


 ナハトの問いに、ディネロは眉を潜めて俯く。コルビアスがディネロをナハトらにつけたという事は、彼はあらかたコルビアスとは話を付けているはずだ。ディネロはしばらく渋い顔をしていたが、ふぅと息を吐くと答えた。


「…俺の探った限りじゃ関係がある。そもそも俺は、コルビアス様の命令で長くリステアード様の周囲を探っていたからな」


 ディネロの話では、コルビアスが城へ戻ってからリステアードの周囲では度々ある男が目撃されていたらしい。その男は薄い黄色の髪の優男で、貴族ではなく、今までリステアードの周囲では一度も見かけた事がない男だったそうだ。

 髪色しか共通点はないが―――ナハトにはその男がリュースであるという確信に近いものがあった。


(「なるほど。リュースはリステアード様と繋がっていたから、あれほどの魔道具を用意できたという訳か…」)


 作らせてもいたが、どう考えてもそれだけでは説明できない量の魔道具を彼らは有していた。だから協力者がいるとは思っていたが、まさかリステアードだったとは思わなかった。


(「しかし…そうなってくると、どうしてリステアード様が彼らに協力していたのかわからない」)


 リュースらがしていたのは優等種を攫い魔道具を作らせるという、優等種にとってマイナスに働くことだ。さらに彼らの目的は世界樹の破壊である。それをされては、王になりたがっていたリステアードにとっては、自身の基盤を失うのと同意のはずである。


「リステアード様は…どうして劣等種と協力をしたんですか?」


 ヴァロの呟きに、ディネロは「コルビアス様も予測だと仰っていたが…」と言葉を続ける。


「国を大きくするためだと」

「国を…?どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味だ。ビスティア王家は長く結界の中を統治してきた。だが…それだけだ。ここは結界に囲まれた世界で、外を知るすべはない。領地を広げる事も、逆にとられることもない。それが、嫌だったのだろうと…」


 それはほんの少しナハトにも覚えがあった感情だった。

 目を覚まして、この世界の事を学んで、そうして図書館でここが結界に囲まれた場所だと知って―――それを恐ろしく感じた。ナハトにとって外はどこまでも遠くまで広がっているものだったから。村と森の外へ出る事はほとんどなかったが、それでもはるか遠くの土地に思いをはせた事は何度もある。

 もしかしたらリステアードも同じ気持ちだったのだろうか。だとしても、許されることではないが。


「…着くぞ。着替えは部屋に用意してある。転移の魔法陣用の魔石はいるか?」

「ください。魔力は温存しておきたいですから」


 ナハトはディネロから魔石を受け取った。大きな魔石だ。急であっただろうに気遣いが有難い。

 それと同時に馬車は止まる。ナハトとヴァロは扉を開けると、屋敷の中へと急いだ。











またまた場面転換です。

ここからは精霊たちのターン。

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