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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第四章
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第75話 リステアードの目的

「反逆者を捕えよ!」


 そう叫んだリステアードの命により、近衛騎士たちはコルビアスを拘束した。腕を取られ、床に膝をつかされたコルビアスは、自身を捕えよと命令したリステアードを睨みつける。


「何故…!何故こんなことを!」

「こんな事とは…おかしなことを言うのだな、コルビアスよ。ニフィリムと国王陛下を弑したのはおまえだろう」

「なっ…!?」


 意味が分からずコルビアスは目を見開いた。

 するとリステアードは笑いながらウィラードを机に縫い付けた剣を指さす。それで理解した。ウィラードの腹部を貫いている剣は、コルビアスが王から貰った王家の印の入った短剣であったからだ。

 思わず自身の腰を探るが、そこにあったはずの剣がない。まさか先ほど背後から聞こえた近衛騎士の悲鳴は、これを取ろうとしたものだろうか。床に囚われながらも視線を巡らせば、1人の近衛騎士が蔦にからめとられて転がっている。それはどこからどうみてもナハトの魔術だ。おそらくあの騎士がコルビアスから剣を奪おうと近づき、魔術に拘束されたのだろう。


(「結局剣はとられてしまったが…有難い」)


 あの魔術が発動したという事は、少なくとも外で待機しているナハトたちには何かあったと知れたと同意になる。

 すぐに入ってこないのは、外でも戦闘が起きているからだろうか。ならばと、コルビアスはリステアードを睨みつけ、口を開いた。


「リステアード様!第一王子ともあろう方が、何故このような事を考えるのですか!?陛下とニフィリム様を弑したのが本当に私だと、そう言って周囲が信じるとお思いですか!?」


 少しでも情報を引き出し、時間を稼ぐつもりの質問であった。

 しかし問われたリステアードは低く笑うと、床に膝をつく頃ビアスの前まで来てゆっくりと口を開いた。


「信じる信じないの話ではないのだ。もうこの城内に私の言葉を聞かぬ者はいない。私が口にしたことがすべて真実になるのだ」


 リステアードの顔には深い憎しみが見える。コルビアスとよく似ている少し薄い金色の目は、暗い色を落とし、およそ感情の色が見て取れない。なのに―――。


(「僕を…憎んでおられる…?」)


 理由は分からないがなぜかそう思った。しかしそれは到底コルビアスに理解る感情ではない。

 コルビアスは息を呑むと、静かに、低く問いかけた。


「あなたは…何を憎んでおられるのですか…!?私の何を…!」

「それこそ、おまえには必要のない情報だ」


 帰ってきた言葉は無機質で冷たい。腹の底から冷たくなっていくのを感じて、コルビアスは小さく震えた。


「…連れていけ。それと、これもな…」


 そう言って、リステアードは机の上に倒れこんだままのウィラードから剣を抜く。瞬間、ウィラードが呻く声が聞こえた。致命傷ではないのか、まだ彼が生きている事が分かってコルビアスは心内でほっと息を吐く。

 だが、彼が死にかけであることには変わりない。腹から血を流し意識のないウィラードを、どこからか現れた近衛騎士らが連れて行く。残されたリステアードと近衛騎士は、先ほどまでニフィリムを拘束していた魔道具を手にコルビアスに近づいてくる。


(「まずい…!ここで捕まっては…!」)


 コルビアスの剣もあちらに取られている以上、ここで捕まればコルビアスは全ての犯人にされてしまうだろう。同時にそれは、コルビアスと関わりのあった貴族たち、近衛騎士らの命にも直接つながってしまう。ここで王殺しなどの大胆な行動をするような者が、コルビアスと関わりがあった者に慈悲など見せるわけがない。


(「やるしかない…!」)


 コルビアスは目を閉じて両手に魔力を集中させた。学院に通えない時も繰り返し練習した魔術を使うため、両手に魔力を練り上げる。


「何をするつもりか知らんが、おまえの魔術など…」


 コルビアスの魔力特性は水だ。まだ幼いコルビアスの魔術では大したことが出来るわけではないと、そう護衛騎士もリステアードも油断した。事実コルビアスはそれほど大した事が出来るわけでもなく、ナハトのように自由に魔力を操ることが出来るわけでもない。しかし―――舐めすぎだ。


「ぐあっ!?」


 コルビアスは一気に魔力を水に変えて放出した。両手から放たれた魔術は、コルビアスを押さえつけていた護衛騎士を弾き飛ばすだけの勢いを持って吹き出す。

 その瞬間を狙ってコルビアスは壁際まで逃げた。コルビアスを押さえていた近衛騎士が落とした剣を握り、構える。


「…腰が引けているぞコルビアス。大人しく拘束されろ。そうすればおまえの護衛騎士についても少しは考えてやらんでもない」

「いきなり陛下と弟を殺すよう指示するような方がそのような事を…ご冗談でしょう…」


 コルビアスには騎士の剣は大きすぎて体がふらつく。それでも武器を持ったからか、それとも先ほどの魔術の影響か。護衛騎士たちは一気に囲むのではなくじりじりと少しずつ距離を詰めてくる。

 この間に早く助けに来てくれと、コルビアスがそう願ったその時―――扉が弾け飛んでヴァロとナハトが飛び込んできた。


「コルビアス様!」

「アロ!レオ!」


 ヴァロとナハトはすぐにコルビアスを挟む形で左右に構えた。

 吹っ飛ばされたドアの向こうではたくさんの護衛騎士たちが倒れている。よく見ればヴァロもナハトも傷だらけだ。


「怪我はないですか!?」

「僕はない!それよりニフィリム様が殺され、陛下も刺されて意識がない」


 ヴァロの問いにコルビアスは端的に言葉を返す。その間にナハトは視線を巡らせて状況を把握していた。

 意識のないウィラードを移動させようとする近衛騎士が2人に、リステアードの前に構える近衛騎士が2人。それとその前に倒れたまま動かないニフィリム。部屋の外にいた5名の近衛騎士たちの意識はすべて奪ったが、騒ぎを駆けつけたのだろう、複数の鎧の音が廊下に響いて聞こえてくる。


「私が一瞬拘束します!アロはコルビアス様を…!」

「待て!陛下をお助けしろ!」


 ナハトがまず脱出をと叫ぶが、コルビアスはそれに抵抗した。コルビアスにはウィラードがなぜあの状態で生かされているのかわかっている。今ここで脱出を優先すれば、その役目を果たすために彼は連れていかれる。そうしたら確実にウィラードは殺され、王位も自動的にリステアードの物になってしまう。それだけは避けなければいけなかった。

 コルビアスの命令に、彼を抱えようとしたヴァロの反応が鈍る。その瞬間を逃さないとでも言うように、近衛騎士らが襲い掛かってきた。


「…っ!下がって!」


 ナハトは出血した指先を叩きつけ、左から斬りかかってきた者の足をからめとった。だが右から来た者はそれを避け、壁を蹴ってこちらに斬りかかってくる。それに気づいたヴァロが、ナハトに屈むよう叫ぶとすぐさまその騎士を蹴り飛ばした。

 しかし―――そこでナハトらが稼いだ時間は切れてしまった。ヴァロが構えなおした時には、部屋を取り囲むように多くの近衛騎士たちが駆け付けてしまっていた。


(「くそっ…!敵の数が多すぎる!」)


 毒づくももう遅い。

 一気に優勢に立ったリステアードは、ウィラードを運び出すよう指示を出す。その間に、近衛騎士たちは武器と魔力をナハトらに向けて、リステアードを守るように半円状に距離を詰めて来た。


「…この状況でも、国王陛下の救出が優先ですか?」


 嫌味のつもりでナハトはそう言ったが、帰ってきたコルビアスの声は真剣そのものだった。


「そうだ。このまま陛下とリステアード様を逃がせば、確実に陛下は死に、リステアード様が王になってしまう。そうなっては困るんだ」


 この状態でもそういうのであれば、もうナハトにはどうしようもない。何よりこの状態でリステアードが王になってしまってはナハトもヴァロも大いに困る。

 諦めて、ナハトは口を開いた。


「アロ。外へ出れば、この人数の中でも追える自信がありますか?」

「…出来る、と思う…!ううん、出来る!」


 ヴァロは少し言い淀んだが、すぐさま頷いた。力強いその横顔に、ナハトも覚悟を決める。


「わかりました。コルビアス様はアロの背に乗ってください。いつぞやの舞踏会での戦法です。よろしいですね?」


 これには否定を言わせないと、そう感じられる強さでナハトは呟いた。それにコルビアスは素直に頷き、屈んだヴァロの背に乗る。

 また少し近衛騎士らが近づいてきた。間合いに入れば一斉に斬りかかってくるだろう。その前に行動を移すため、ナハトは後ろ手にコルビアスとヴァロを蔦で固定した。

 その流れで腰の鞄から魔力の回復薬を取り出し、小さく呟く。


「隙が出来たと思ったら迷わず走れ」

「わかった…!」


 視線を近衛騎士らに向けたまま、ナハトは両手を切り裂き一気に魔力を叩き込んだ。

 ドゴンっ!!と派手に地面が揺れてひびが入り、部屋を埋め尽くす勢いで蔦が伸びる。何かしてくるだろうと構えていた近衛騎士らは悲鳴もなく蔦に飲み込まれ、押しのけられ―――僅かにできた隙間から、ヴァロとナハトは外へ飛び出した。


「伏せて!」


 瞬間、飛んで来た声に思わず体をかがめる。するとナハトの頭上を剣が横切った。

 どうやら外で構えていた近衛騎士による攻撃だったようで、ナハトはすぐさま反応し、その騎士を魔術で縛り上げる。

 部屋の外も近衛騎士や宮廷魔術師でいっぱいだった。距離を取って火球を放ってくる者、土の魔術で地面を操る者、その隙を狙って切り込んでくる近衛騎士に、ヴァロは魔術で身体能力を上げて応戦していく。


「アロ、東だ!陛下の執務室へ!」


 コルビアスの声に反応し、ヴァロが高く地面を蹴る。屋根伝いに走って距離を稼ぐつもりだとわかり、ナハトも魔術で足場を作ってすぐさま追う。

 すると近衛騎士や魔術師らは屋根にいるナハトらを落とそうと飛び道具を使い始めた。飛んでくる矢を器用に叩き落としながらヴァロは進み、それ以外の攻撃をナハトが蔦の壁で受ける。

 屋根伝いといってもナハトらが走っているのは廊下の屋根だ。東の執務室に行くには一度降りて走り抜ける必要があるが―――。


(「これでは難しいか…!」)


 近衛騎士と魔術師らは城を壊すことに躊躇せず魔術をぶつけてくる。それを避け続けられているのはヴァロの反射神経と高さの利があるからだ。地面に降りてしまえば今のようにはいかなくなるだろう。どうするかと悩んでいる間も状況は変化していく。

 それに最初に動いたのはヴァロだった。


「レオ!俺の肩に乗って!」


 飛んできた火球をはじきながらヴァロがそう叫んだのだ。乗れと言われても乗ってどうするつもりなのか。


(「考えても仕方ないか…!」)


 ナハトはヴァロの右肩に飛び乗った。何故か嫌な予感がして反射的に蔓でヴァロに自身を固定する。

 すると何を思ったのか、ヴァロは屈むと思い切り屋根を蹴って空中に飛び出した。


「は…?っ…!!!!」

「うわぁあああああっ!?」


 何の前触れもなく行われたそれにナハトは慌てて口を閉じ、コルビアスは悲鳴を上げる。強化した手足で屋根を破壊しながら空中に飛び出したヴァロは、大きく円を描きながら、驚くべきことに城を囲む壁へと飛び移ったのだ。

 これにはさすがに近衛騎士らも対応できなかった。床を削りながら城壁に着地した先にも騎士はいたが、それにはなんとか反応したナハトが魔術で縛り上げる事で事なきを得ることが出来た。

 だが―――。


「この…っ!バカか君は!逃げるにしたって先に言う事があるだろう!?」

「ご、ごめん!でも急だったし…!」

「急だからこそ言う必要があると言ってるんだ!」


 コルビアスはすっかり腰が抜けてしまったのか茫然としているし、ナハトも膝が笑っている。

 まだまだ言いたいことはあるが、それでも距離をとれたことはよかった。ナハトは頭を切り替えて、城壁を走り出した。


「とりあえず距離は取れた。コルビアス様!執務室はどこですか?」

「あ、ああ…。東の中庭の方へ向かってくれ!」


 中庭と言われて思い出す。

 東には大きな中庭があって、そこを囲むようにいくつかの部屋がある。その一つが目的の執務室という事なのだろう。それならばナハトは何度か通ったことがある場所だ。ヴァロはおそらく覚えていない。ならばここからはナハトが先に行った方がいい。

 ナハトはヴァロの前に飛び出すと、向かってきた騎士の足を絡め、その足にダガーを突き刺した。すぐさま次の騎士が斬りかかってくるもそれを盾で防ぎ、麻痺の花粉を浴びせる。応援に向かっていたのだろう、城の上の騎士は少ない。今の内に出来るだけ距離を稼いだ方がいい。


「私が先行する!それとアロ!東側でもう一度飛べ!」

「わかった!」

「も、もう一度やるのか!?あれを!」

「やりますから今度はお気を付けを!」


 あちらから飛んできたのだから、もちろんもう一度飛ぶ必要がある。このまま城壁を下りて走ることももちろん可能だが、ただ下りて走るのと飛ぶのでは明らかに時間のかかり方が変わる。時間がないのならば尚更だ。

 追いついてきた近衛騎士らの攻撃が次から次に飛んでくる中、残念ながらコルビアスの様子まで考慮している暇がない。ナハトとヴァロは攻撃の合間を縫って示し合わせると、またナハトが肩に飛び乗った瞬間、ヴァロは両脚に魔力と力を集中させた。


「口閉じててください!」


 少なくとも今回はそういうだけの余裕があった。壁を抉って飛び出し、着地の代わりに東棟へ突っ込む。崩れた瓦礫で周囲が混乱している間にナハトとヴァロは中庭へ向かって駆けだした。


「それにしても、どうして執務室なんかに向かうんですか?」


 今更ながら、ヴァロがそうコルビアスに問いかけた。

 ナハトらが大暴れした結果か、それとも近衛騎士らが破壊を気にせず攻撃をした結果かはわからないが、あちこち破壊された城内にメイドやら執事やらがパニックに陥っている。その騒ぎを隠れ蓑に近衛騎士らの視線を避けて進みながら、ヴァロとナハトはコルビアスに説明を求めた。

 するとコルビアスはウィラードの様子を思い出したのか、俯きながら口を開く。


「…陛下の御璽を継承するためだ」

「御璽…?」

「そうだ。御璽は代々魔力によって継承される。その時代の王と次代の王が同時に魔力を込めることによって、その御璽は継承されるんだ」


 それは王にしか使えない、王であると証明できる唯一の物。だからこそコルビアスはウィラードを瀕死の状態で生かし、魔力を使わせて自分が王になろうという腹積もりだというのだ。


「御璽は王がいなくとも継承することは出来る。だけどそれには、全てのダンジョン都市を治める公爵全員の同意と魔力が必要なんだ。なのにアスカレト公爵は僕の側につき、マシェル公爵もクローベルグ侯爵に説得されている。だから、今ここで御璽を手に入れるしか、リステアード様には王になる方法がないんだ」

「なるほど…。それで、これだけのことをしようと考えたというわけですか」


 他にも理由はあるだろうが、執務室へ向かへと言われた理由は分かった。

 ナハトとヴァロは走りながら、リステアードを近衛騎士の姿を探す。ニフィリムを殺しこれだけの事をしたリステアードを、これ以上野放しにすることは出来ない。絶対に阻止しなければと、東の中庭へ踏み込んだ時―――。


「いました…!」


 今まさに執務室へ入ろうとするリステアードとウィラード、それと近衛騎士の姿を見つけた。













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