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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第四章
173/189

第67話 作戦開始

※死体の表現とか出てきます

それほど血なまぐさくはありませんが一応警告を入れておきます

「皆、揃っているな」


 コルビアスの言葉に、待機していた面々は静かに頷いた。コルビアスの横で同じように立つナハトも、でこぼこした地面の上で器用に膝をつくリヴィエラらに視線を向けた。集まった者たちは皆薄汚れていて、妙にきれいな騎士団の鎧が夜の闇に浮いて見える。


(「…よく全員集まったものだ」)


 騎士団が動くとどうしても大掛かりになるし鎧も目立つため、どうやって団員を待機場所まで移動させるかがこの作戦の最初の問題であった。

 誘拐された者たちがいる猟師小屋を襲撃する別働隊の方はコルビアスらが連れてこられた魔法陣が近くにあったため、それを解析し、利用する事で魔力以外の憂いは無くなった。何人もの人員を送り続けるために魔術師たちには無理をかけるが、それでも素早い移動ができるのは良かった。

 しかし、本隊の方はそうもいかなかった。一番近い村には騎士どころか衛士もおらず、冒険者ギルドすらなかったのだ。ギルドがなければ転移の魔法陣を使用しての移動も叶わず、だからといって集団で移動する事もできない。そもそも騎士団は余程のことがない限り都市部から移動することがないのだからしょうがないが、馬車もスーリオでの移動も人数が多ければ目立ってしまうため却下された。騎士団に残された手段は、数人ずつの徒歩での移動だけであったのだ。


(「レザンドリーからとはいえ距離はそこそこある。騎士団も貴族である以上文句が出るかと思ったが…」)


 実際は文句は出ず、全員真っ直ぐコルビアスを見ていた。先ほど合流したばかりの者もいたはずだが、疲れた顔などせずに敬礼をしている。

 任務に対する彼らの思いが見えた気がして、ナハトは薄く微笑んだ。


「魔法陣を超えたらそこからは時間との勝負だ。……行こう」


 コルビアスの小さな呟きと共に、集団は動き出した。




 本隊の騎士の半分を任せていたヨハネスからの連絡を待って、ナハトは魔法陣を超えて走り出した。ヨハネスらには森の反対側―――挟み撃ちが出来るよう、コルビアス率いる本隊の反対側へ向かうようあらかじめ指示が出ていた。その連絡を待っていたのだ。

 ナハトの後を追うように、リューディガーとヴァロ、そしてリヴィエラが率いるもう半分の騎士たちがついてくる。道案内はナハトの仕事だが、騎士らを率いているのはリヴィエラとリューディガーだ。


「罠の気配は感じません。ですが、十分気をつけてください」


 走りながら指示を出し、ナハトは森を駆け抜ける。月は出ているが背の高い木で周囲は暗く、本来であれば劣等種のナハトは夜目が聞かずに走るのは難しかった。それを可能にしたのは、偏に冒険者として活動していた時間があったからだと言える。僅かに見える月明りと一度通った森の記憶を頼りにナハトは全力で森を駆け抜け、その速度を保ったまま前回下った山を駆けのぼった。

 ついてくる騎士たちはさすがは騎士といったところか、ナハトの速度などものともせずむしろ若干の余裕を感じるくらいである。


(「これは心強い」)


 ナハトがそう思っていると、耳に付けた魔道具からコルビアスの声が聞こえた。ヨハネスらは想定通り、魔方陣の反対側の森から進軍を開始したらしい。まだ戦闘はないが、前方から多くの人の気配がするとのことだ。もしかしたら劣等種らのアジトは魔方陣内で大きく片側の森によっているのかもしれない。


「かしこまりました。少し急ぎます」


 ナハトが魔道具に魔力を流しながらそう呟くと、魔道具からは了承との返事が返ってきた。すぐ近くから声が聞こえるため錯覚するが、指示を出すコルビアスはナハトらの遥か後ろ。魔方陣を超えてすぐのところにいる。

 コルビアスはこの作戦の責任者だ。本来ならば前に出たほうがいいのだが、速度が必要な今作戦では子供のコルビアスでは足手まといである。それならば情報を集めて指示に徹した方がいいと、コルビアス自身がそう決めて残ったのだ。悔しい気持ちもあるだろうがロザロナらマシェルの騎士とシトレンと共に、コルビアスは己の仕事に徹している。

 ならば、ナハトも自身の役割をこなさなくてはならない。


「速度を上げます」


 そう後ろに呟いて、ナハトは速度を上げた。

 その時―――。


「伏せろ!!!」

「…っ!」


 その声と共にリューディガーに頭ごと押さえつけられた。地面に伏せると同時に何かが爆ぜる音と衝撃。さらに僅かに魔獣の気配と複数の人の気配がこちらへ向かってくるのが分かった。

 すぐさま起き上がり武器を抜く。


「戦闘態勢を取れ!襲撃だ!」

「魔道具に注意しろ!」


 狩猟大会で使用された爆発する魔道具を使われると厄介だ。リューディガーとリヴィエラが叫ぶとすぐに騎士たちは迎撃態勢を取った。

 劣等種は魔力を持たないため、主に飛んでくるのは矢や投擲だ。それに交じって複数引きのオルブル。やはり劣等種は何かしらの方法で魔獣を操っているらしい。それを剣で応戦しながら飛んできたものは魔術で叩き落し、魔道具に気を付けながら、騎士たちはそれを投げた劣等種に向かって複数人で斬りかかって行く。

 あっという間に血生臭い戦場が出来上がってしまった。


「魔獣も1匹は捕らえろ。無理なら殺していい」

「わかりました」


 リューディガーの言葉に、オルブルと応戦していた騎士がうまくその頭を殴打した。気を失ったオルブルを縄で手足をぐるぐる巻きにして袋に放り込む。もし劣等種が魔獣を操るすべを持つならば、魔獣を調べることでその方法が分かるかもしれないからだ。

  その間にもナハトらの魔道具にはコルビアスの声が聞こえていた。どうやらヨハネスたちも襲われたらしい。あちらも迎撃しながら進んでいるそうだ。


「こちらも会敵しました」


 報告だけしてナハトも戦闘に参加した。

 狩猟大会で主に戦っていたのは見習いに毛が生えたような新任の騎士たちであったが、それに比べてここにいる騎士たちは皆手練れだ。力でも技術でも劣る劣等種は相手にならず、どんどん捕獲されていった。爆発する魔道具も事前に共有があったこともあって起爆させないよう魔力を抑えて弾き飛ばし、回収していく。

 ある程度捕らえると、数人の騎士を見張りにおいてナハトらは山道を一気に進んだ。獣道を突き抜けると少しだけ視界が晴れ、松明に照らされた箱型の家や洞窟をくりぬいて作った住居が見えた。

 ナハトらが逃げ出したことでこの隠れ家自体の放棄も考えていたが、武器を持って走り回る戦闘員らしき者の数を見る限りそれはなさそうだ。ナハトらが上ってきた山の反対側の森からも戦闘音と多く気配、魔力の動きを感じる。ヨハネスたちも特に手間取っている様子はない。このまま進めばうまく挟み込めるだろう。

 そのタイミングでコルビアスからの指示が入る。


「ヨハネスらもそちらへ向かっている。魔道具に注意し、一人残らず捕らえよ!」


 返事の代わりに全員一斉に山を下った。リヴィエラとリューディガーが中心に騎士たちを指示し、左右に展開して挟み込んでいく。アスカレトの騎士たちは統率された動きで無用な殺しはせず、戦闘員も非戦闘員もどんどん捕らえられていった。劣等種らも必死の形相で応戦するが、奇襲を受けた狩猟大会とは違い今回こちらの準備は万全である。そもそも地力が違い過ぎるのだ。


「出来る限り殺すな。こいつらには聞かねばならない事が山ほどある」

「はっ!」


 リヴィエラの声に騎士たちは頷いて応戦していく。ヨハネスらも合流し、あっという間に広場には捕らえられた者たちが集められた。

 そうして戦う者達の合間を縫って、ナハトはある部屋を目指して走り出した。目的はリュースの部屋か、幹部の部屋にあるであろうあの”本と日誌”だ。コルビアスからもそれらは回収せよと命令を受けているせいもあるが、何よりナハト自身もカルストの日誌が欲しかった。

 あれを読んでナハトは己がやってしまった事、後悔してもどうしようもない事を多く知った。この国の成り立ちを都合よく解釈していた優等種にはいらない物であるし、ナハトにとって辛い事ばかりが書かれた日誌だ。だがそれでも、ナハトがいなくなってからの大切な者達の事が書かれた唯一の物なのだ。

 どうするかは後々相談だが、今ここで失う事も他の者の手に渡ることも、どうしてもナハトは避けたかった。


「な…レオ!」


 だが、ナハトの単独行動に気づいたヴァロがすぐさま後を追ってきた。僅かに振り向きながらナハトも叫ぶ。


「ついて来るな!君はここにいろ!」

「まっ、待って!!」


 ナハトは斬りかかってきた劣等種をヴァロへ向かって蹴り飛ばし、その間にヴァロの視界から消えるように走り去った。

 しかしヴァロはヴァロでナハトを見失うわけにはいかなかった。ナハトが劣等種らの目的であったことをコルビアスから聞いていたからだ。万が一にでもまたナハトが捕らえられれば、劣等種は今度こそ言う事を聞かせるまでナハトを解放しようとしないだろう。それは、コルビアスももちろんヴァロも、望むことではない。さらに言えばナハトをよく思っていない騎士もまだいる。だからヴァロはナハトから離れずに護衛するようコルビアスから言付かっていたのだ。

 ヴァロはすぐに追いかけねばと、蹴り飛ばされた勢いでこちらへ向かってくる男を昏倒させるために拳を振り上げて―――ふと気づく。相手が”劣等種”だという事に。


「くっ!」


 慌てて拳の軌道を逸らし、代わりに足払いをして地面に転がした。何が起こったかわかっていない相手の両手足に魔道具をはめ込み、急いでナハトを追いかけた。




 ナハトは次々と襲い掛かってくる敵を排除し、リュースや幹部らの部屋を訪ねては洞窟の中を走り回った。幸いなことにこの狭い空間はナハトら劣等種には都合がいい。斬りかかってきた者達を体術でいなし、魔術で拘束して聞いてみるが―――。


「…っ、くたばれ!!」


 やはりというかなんというか、彼らは簡単には教えてくれなかった。口には出せないような暴言を聞き流して、仕方なくナハトは彼らを魔術で縛り上げてその場を離れる。

 可能であれば拷問でも何でもして部屋を突き止めたかったのだが、洞窟内はそこら中に隠し通路があるのか、その場に長時間留まると次から次へ敵が出てくるというありさまだった。しかもナハトの情報はしっかりと共有されていたようで、仮面をつけた状態のナハトを皆躊躇なく攻撃してくる。あの爆発する魔道具や、魔力を吸収する魔道具まで使われるため、ナハトは仕方なく虱潰しに怪しい部屋をあたっては戦うを繰り返していた。


(「ドラコは置いてきて正解だったな」)


 この作戦にもドラコはついてきたがったが、ナハトは”戦う”とわかっている場所にドラコを連れていくことはどうしても気が引けてしまった。事実爆発する魔道具はそこら中で使われ、幸いなことに今のところすべて避けられているが、いつ食らってもおかしくない状態だった。万が一のことを考えるならばおいてきて正解であったと思う。

 その時、また背後から人の気配がした。振り向きざまに魔力で壁を作ると、案の定爆発する魔道具であったらしく壁の向こうで爆ぜた音と地響きがした。

 劣等種は魔力がないため、事前に気配でしか察知が出来ないのが厄介である。


「…くそっ」


 洞窟内でこれを躊躇わず使う根性は凄いが、魔術を解除すると大抵それを投げた当人が無残な姿で倒れているのはやめてほしかった。そもそもそんな命の賭け方をする事もナハトは理解が出来ない。

 鼻をつく嫌な臭いに顔を顰めて一応脈を取ってみるが、これも予想通り撫ぜた当人は絶命してしまっていた。せめて生きていれば回復させることも出来るのだが―――いくらナハトの魔術発動までの速度が速くとも、突然現れる気配と魔道具の位置を感じ取って壁を張ることは不可能であった。


「…?」


 ふと感じた気配にナハトは顔を上げた。興味本位でそちらへ進むと、生きているのか死んでいるのかわからない傷だらけの男が壁にもたれていた。警戒しつつ脈をとってみるが、もう事切れてしまっている。まだ亡くなったばかりのようだ。

 その彼が寄りかかる壁の横を見て、ナハトは目がおかしくなったのかと思った。壁が重なって見えたからだ。思いついて視線をずらすとその壁が動いて見える。手を伸ばしてみれば、届くところにあるように見えた壁が、思っていたよりもずっと奥にある事に気が付いた。

 これは―――。


「…だまし絵のようだな」


 光の加減と岩の削れ具合で、ここに通路がある事がすぐには分からないようになっているようだった。洞窟の中で薄暗いせいもあるかもしれない。どちらにせよ、この距離で見ても僅かな違和感でしかわからないほど、よく出来た隠し通路だった。

 おそらくこの死体の彼はここに逃げ込もうとして力尽きてしまったのだろう。逃げ込めていてもこの傷ではそう長くは生きられなかっただろうが。


「……」


 ほんの数秒目を閉じて、ナハトはその通路に足を踏み入れた。

 通路の中は外よりもずっと暗くて黴臭く、すれ違うにはなかなか難しいくらいの幅しかなかった。優等種はおよそ通れないであろう通路の幅である。最初から襲われることを想定して作ったのか、通路の隠し方といいよく考えられているとナハトは思った。

 この通路は部屋の間を蜘蛛の巣のように張り巡らされているのか、天井からも地面からも左右の壁からもそこら中から人の気配がした。魔力の気配も多くすることから、大体は騎士団の者たちなのだろうが、この通路の中で敵に出くわすのは危険であるため、ナハトは人の気配を避けて進む。

 そうして進んでいくと、つるりとした壁に行きついた。行き止まりかとも思ったが、その壁の足元付近に周囲の岩と質の違う抱えられる大きさの岩があるのが分かった。ここへきての岩はあまりに不審である。怪しんで押したり引いたりしてみると、それがころんと横に転がって人が一人屈んで通れるくらいの穴が現れた。

 気配に気を付けつつも這い出ると―――明らかに造りが変わった一角へ出た。


(「なんだここは…?」)


 篝火は焚かれているが他の通路と比べて薄暗さが際立っていた。それで気づいた。この通路には窓がないのだ。

 ナハトは出てきた通路の左右に伸びた廊下を左に進む。するとここに到達するまで一度も見なかった厚みのある扉がいくつも並んでいた。どの部屋の中も人の気配はしないため念のため廊下の反対側も確認すると、そちらには木ではなく鉄の扉がついていた。どうやらここが正式な扉で、ナハトが通ってきた通路は裏口のようなもののようだ。

 そしてこれだけ厳重に隠された場所にあるのだから、ここがおそらく幹部の部屋なのだろう。宝物庫の線もなくはないが、彼らにそれだけの財力があるとは思えない。

 ナハトはその中の一つの扉を警戒しつつ開けた。罠が仕掛けられている可能性もあったが、部屋の中を見てその可能性はないと判断した。


「…逃げた後か」


 部屋の中は必要なものを集めるだけ集めて逃げたといった感じで随分荒れていた。金目の物が入っていたであろう箱の中は僅かな貴金属を残して何もなく、書物に関しては一冊も残っていなかった。それはどの部屋も同じで、念のため隠し通路などないかも探ったが、それも見つけることは出来なかった。


「くそっ…!」


 残るはリュースの部屋だけだが―――今から探して見つかるだろうか。すでに誰かの手に渡ってしまった可能性も考えて、ナハトは急ぎ来た道を戻る。

 すると、暗い通路の中で思いがけない人物と出くわした。


「おまっ…!」

「しー…」


 ナハトが戻っていた通路の先を横切ったのはフラッドであった。叫ぼうとした彼の口を塞ぎ、瞬時に馬乗りになってダガーを首筋に当て、静かにするよう告げる。薄汚れて少々の傷を負った彼は、脅えた目でナハトを見て頷いた。


「丁度よかった。リュースの部屋を探しているのですが、案内していただけませんか?」

「だれが……!」

「静かにしてください。答えないのでしたら、外で転がっていた死体と同じにするだけです」


 もちろんそんな事をするつもりはない。精々指の骨を折るとかその程度しか考えてはいなかった。

 だが、ナハト自身も焦っていた。突入から時間が経ってしまっているため、すでにあらかた捕らえられて内部の捜索に入っている可能性があるからだ。もし他の者に見つかって中身を確認されては、見つけたものによっては処分されてしまう可能性もある。それだけはどうしても避けたかった。


「答えなさい」


 細められたナハトの視線に本気だとわかったのか、フラッドが青い顔をして頷いた。叫ばれないよう猿轡をさせて、両手は後ろで魔道具で拘束する。

 そのままナハトはフラッドの案内の元、洞窟内を進んで行った。












アスカレトの騎士団はマシェルと比べて人数が少ないです。

マシェルとカトカは平民も騎士に徴用している事で有名です。

ナハトがヴァロを振り切った理由は次話に出てきます。

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