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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第四章
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第64話 ピリエとの再会

 ヴァロがナナリアと相談を繰り広げていたころ、ナハトはロザロナとアスカレト騎士団の面々と平民街へ降りてきていた。誘拐犯の捕縛を行うために、長くそこに捕らわれながらもナハトらと一緒に逃げてきたピリエに話を聞くためだ。

 先導するのはアスカレトの衛士で、その後ろに今回の責任者であるリヴィエラ・コークス、ナハトとロザロナとアスカレト騎士団の騎士2名だ。リヴィエラは騎士団の小隊長的な立場の人間らしく、後ろについてきている2名は彼女の隊員だ。2人とも小柄かもしくは女性であるが、それは子供であるピリエを気にしての配慮である。


「レオ殿、鎧の重さは大丈夫ですか?」


 そうして徒歩でピリエの自宅へ向かっていたところ、アスカレトの騎士に聞かれないよう声を潜めてロザロナが聞いてきた。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 ナハトはそう答えたが、聞いたロザロナは気遣うような視線を向けてくる。本来なら過剰ともいえる気遣いだが、ロザロナがそんな事をナハトに聞いてきたことには訳があった。それはナハトが現在、アスカレト騎士団の見習い騎士の鎧を身に着けているからだ。

 ナハトの指名手配は解除されたが、それは主に貴族間での情報共有に限った事で、冒険者に依頼しているそれそのものはまだ撤回をしていない。今撤回をすると、犯人たちに知れてしまう可能性があったためだ。コルビアスやアスカレト公爵の言葉で、アスカレト騎士団の者達はナハトの立場を理解したが、今回のように町へ降りるとなると話は変わってくる。周囲の平民達の目に触れるため、ナハトには顔を隠す必要があったのだ。

 とはいえ、普段コルビアスの護衛騎士として着ている服や仮面では、万が一誘拐犯の仲間がいた場合気づかれる可能性がある。ならば顔を出すことも考えたが、それも手配書に顔が出ている以上、万が一を考えて却下された。そうなると残るのは別の方法で顔を隠す事であったが―――騎士団で用意された鎧はナハトには重すぎたのだ。

 それもそのはずでナハトは劣等種である。劣等種の女性としては背が高い方であるが、優等種としてはかなり小柄な部類に入る。サイズの大きな鎧しかなかった事もあり、なんともみっともない姿を晒すことになってしまった。

 その結果少々無理やり感はあるが、アスカレト騎士団の見習い騎士の鎧を借りる事になったのである。見習い騎士の鎧は騎士団のそれよりも軽く、金属が使用されている面積が少ない。兜も顔の半分は隠れるので、それでなんとかという話になったのだ。ナハトにとってはこれでも重いが、幸いなことに動けないほどではなかった。しかし一度ぼろぼろになったナハトを見た事があるロザロナは、ナハトに対して庇護欲が沸いてしまったらしい。全く不本意ではあるが。


「何かあれば言ってください。その状態では戦えませんから」

「わかりました」


 必要以上に気を遣われながらピリエの家へ向かうと、家の前には2名の衛士とピリエの父親が待っていた。どうやらピリエの両親はナハトの助言通り衛士に護衛を頼んだらしい。


「おまえたちは私たちが出てくるまで周囲の警戒を頼む」

「承知しました」


 ピリエの自宅前で、リヴィエラは衛士にそう告げた。それに案内をしていた衛士は頷いて、他の衛士と共に一時その場を離れて行った。一人残されたピリエの父は、物々しい様子の騎士たちに怯みながらも膝をつく。


「…お待ちしてました、騎士様。狭いですが、中へご案内します」

「うむ」


 そうリヴィエラは返事をしたが、一般的な平民の家は貴族の家とは比べようもないほど小さい。小柄とはいえ鎧を付けた者を5人も家の中に入れては、万が一の際に身動きが取れない可能性がある。

 リヴィエラは最後尾にいた2名を振り返ると、口を開いた。


「フロイルとエイダはここを守れ。私と彼らで向かう」

「かしこまりました」


 リヴィエラは2名の騎士に衛士の代わりに入り口を守るよう命じると、父親に案内されるままナハトとロザロナを連れて家の中へ入った。

 玄関の扉をくぐると少しの空間の向こうに2階へ進む階段があり、左に扉があってそこがリビングになっているようだった。その扉の陰からピリエによく似た2歳にも満たない女の子が恐々こちらを伺っていて、父親に「向こうへ行っていなさい」と言われるが、興味の方が強いのか大きな瞳をいっぱいに開いてきょろきょろと視線が揺れている。


「も、申し訳ありません。上の娘は2階の部屋に妻といますので…」

「わかった。失礼する」


 こちらへ寄ってきてしまった娘を慌てて抱えて、父親はリビングへ消えて行った。

 遠慮なく少し軋む階段を上がると、右の部屋から2つの気配がする。おそらくここがピリエの部屋なのだろう。ノックのために上げたリヴィエラの手を、ナハトは声をかけて止めた。


「なんだ?」

「コークス様、ここは私に任せていただけないでしょうか?」

「何故だ?」

「話してもらえない可能性があるからです」


 そもそもピリエは旅の最中も大人の、特に男性に対して脅えていた。それは暴力を振るわれた経験が彼女をそう変えてしまったからだが、いくらリヴィエラが女性で騎士の中では小柄であっても、幼いピリエからは鎧の分大きく見えるだろう。喋り方もきついため、このままリヴィエラに任せてはピリエは脅えて何も喋れないかもしれないと思ったのだ。

 直接的ではなく遠回しにそう言うと、一応リヴィエラは分かってくれたようだ。今回ここへ直接訪ねてきたのもピリエが部屋から出れないという話であったため、それも納得する一因になったのかもしれない。


「いいでしょう。ですが、扉は閉めないようにしてください。すべて会話がこちらにもわかるように」

「わかりました」


 ナハトは兜を外すと、少しだけ髪を整えて扉をノックした。部屋の中の気配が揺れ、きしんだ音を立てて扉が開く。


「お、お待ちしてました。騎士様…」


 その部屋は寝室らしく、母親の後ろに大きなベッドが並んでいるのが見えた。それほど大きくない寝室の内開きの扉の陰で、母親は跪いて呟く。

 そんな彼女の視線に合わせるようにナハトは膝をつくと、少しだけ微笑んで口を開いた。


「お久しぶりです。ピリエはお元気ですか?」

「え…」


 戸惑った様子の母親は少し考えて「あっ」と呟く。そうしてすぐに慌てたように口に手を当てた。


「あなたは…!」

「覚えていてくださったようでよかった」

「も、もちろんです!どうぞ、奥のベッドにいますので…」


 母親はそう言ってナハトらを中に入れてくれた。ベッドの一番奥がこんもりと盛り上がっていて、その中にピリエがいる事が分かる。急に近づくのも良くないので、ナハトはまず声をかけた。


「ピリエ、会いに来たのですが…顔を見せてはくれませんか?」


 するともぞもぞと塊が動いて、布団の隙間からピリエが瞳をのぞかせた。その瞳は一瞬疑うような色を見せたが、ナハトとわかったのか、耳が揺れて布団が捲れる。


「…おにい、ちゃん…?」

「ええ。また会いに来ると言ったでしょう?」

「…っ」


 ピリエは布団の隙間から顔を出すと、抱き上げてくれと言わんばかりにナハトに両手を伸ばしてきた。やはりピリエの傷は相当に深い。家族の元へ戻ってきても不安でしょうがないのだろう。

 ナハトはそっとピリエを抱き上げると、そのままベッドに腰かけた。ロザロナやリヴィエラがピリエから見えないよう、ピリエの背をそちらに向けて頭を撫でる。まずはいつもと違うこの状況下で、ピリエの緊張を取る事が大事だ。出来るだけ柔らかい声を意識して、ナハトは口を開いた。


「ピリエは帰ってきてからどう過ごしていたのですか?」


 いきなり話を切り出すのはあまりに野暮である。ただでさえ彼女は空いた扉の向こうからこちらを窺うリヴィエラとロザロナを気にしているのだ。

 微笑んだナハトの顔に安心したのか、ピリエも少しだけ微笑んで話し出す。


「あのね、レーシャがおっきくなってたの。まだ赤ちゃんだったはずなのに歩いてたんだよ?」

「レーシャは妹さんのお名前ですか?先ほど見ましたよ。大きな目の、ピリエによく似た可愛らしい子でしたね」

「えへへ、そうでしょ?レーシャはピリエのこと覚えてなかったみたいだけど、このまえいっしょに絵本をよんだの。ピリエ、おねえちゃんだからよんであげたんだよ」

「そうでしたか。それは偉いですね」


 少しずつ時間をかけて話をしていく。家族の事を楽しそうに話す彼女に、心の傷を心配していたナハトは少しだけ安心した。時間はかかるだろうが、家族仲がこれだけ良いのであれば、以前と同じように元気になれるだろう。

 ある程度話したところで、リヴィエラが開いたままの扉をノックした。早く話を進めろとの合図なのだろうが―――そのノックに驚いたピリエがびくりと震えた。しがみつく手を覆いながら心内でため息をつく。


(「まったくせっかちな…」)


 そこまで早く話を進めたいならばと、ナハトはそちらに少し待つよう手を上げてピリエに微笑みかけた。


「ピリエ、実はあなたに紹介したい人がいるのです。会ってもらえますか?」

「コルお兄ちゃん?」

「いいえ、女性の方です。あそこにいる方たちですが…私のお友達です」

「なっ!?」

「会っていただけませんか?」


 聞こえた声を無視してそう声をかけると、ピリエはナハトにしがみつきながら後ろを振り返った。

 そしてひゅっと息を呑んでナハトの胸元に顔面を押し付けた。どうやら怖かったらしい。


「…お二人とも、兜を取ってこちらへ来てください」

「貴様…!」

「大きな声はやめてください、コークス様。あなたもこの子を脅かしたいわけではないでしょう?」

「それは…」


 アスカレトでは衛士と騎士、貴族と平民といった具合に仕事がきっちり分かれている。そのため、リヴィエラはこの仕事にも正直それほど乗り気ではなかった。報告書に目を通して、優等種の子供を劣等種が攫っていたぶっていたというのを見ても、平民の子供はなんて弱いのだと思ったくらいだ。この国では戦争もなく、長く平和であったから。

 だが、ピリエが震えながらナハトに手を伸ばしたのを見て、誘拐した劣等種たちに強い怒りが沸いた。どこか遠くの出来事のように感じていたそれが、現実なのだと突き付けられたのだ。だからこそ急いたのだが―――その結果脅かすことになっては元も子もない。

 リヴィエラは先に兜を脱いでいたロザロナに倣って兜を取った。そうして近づくが、ピリエは頑なに目を閉じてこちらを向こうとしない。


「しゃがんでください。視線が高いと怖く見えるのです」

「…わかった」


 今度は素直にリヴィエラはしゃがんだ。そしてピリエの背中越しにそっと声をかける。


「私はリヴィエラ・コークス。このアスカレトを守る騎士だ」

「私はロザロナ・バラギモントです。よろしくお願いします」

「……きし、さま?」


 どうやら興味を引くことは出来たようだ。少しだけ顔を向けたピリエに、リヴィエラは続ける。


「ピリエ、君を拐かした者達を捕らえるために協力してほしい」

「かど…?」

「コークス様。言葉が難しすぎます。もう少し分かり易くお願いします」

「あ、ああ…」


 リヴィエラは子供と関わったことがそもそも少ないのか、言葉遣いが硬いままだ。ナハトの注意に、彼女は少し考えてまた口を開く。


「ピリエ、私は君を…虐めていたやつらを捕まえたい。だから、私の質問に答えてくれないだろうか?」

「…っ」


 今度は分かったらしい。だが、記憶を辿るのがそもそも嫌なのだろう。縋るようにナハトを見上げて首を振る。

 まだ無理かと、ナハトがピリエの頭を撫でたその時―――ピリエが小さな声で「いいよ」と呟いた。勇気を振り絞って言ってくれた言葉に、リヴィエラが大きく頷く。


「ありがとう」




 ピリエのたどたどしい説明を辛抱強く聞きながら、ロザロナとリヴィエラは床に広げた紙に書き込んでいった。

 何人くらいの子供がいたのかから始まって、どのような環境であったのか、どのような人がいて、どんな場所だったのかと。無理をさせないようにとナハトは気を付けていたのだが、ピリエは淡々とその場所について語った。


「お部屋の中にはたくさんいたよ。大人もいたし、小さい子もいた。たまにふえるけど、たまにいなくなるの。言う事聞かないと叩かれるし、ごはんも…あんまりないよ」

「そうか…。大人もいたんだな?」

「うん。おとなはお兄ちゃんみたいな首のやつついてた。それから、足とか手に鎖がついてて、あんまり動けなくされてた」


 視線を向けられて説明する。”首のやつ”というのは、恐らく魔力を吸収する首輪だ。大人が何人いたのかはわからないが、ピリエ曰く捕まっていた大人の全員の首に着いていたというのだから相当数があったのだろう。


「あのね、お部屋の中はくらいけど、ちょっとあかるいの。土のにおいがすごくて、階段を何回もおりて、お部屋がいくつもあるの。大人はそこでなにか作ってた」


 ピリエの話ではおそらくその場所は地下だ。優等種は劣等種に比べて鼻がいい。子供でも分かるほど土の臭いが強かったならば十中八九地下だろう。大人がそこでなにか作っていたという事は、もしかしたら魔道具を作らせていた可能性もある。劣等種は魔力がないため、魔道具を作れないからだ。


「他に何か覚えている事はないか?」


 リヴィエラの言葉に、ピリエは少しだけ考えて口を開く。


「来たらね、最初に魔力を調べるの」

「魔力を?」

「うん…。大きな道具に指をちょっとやって、魔力を調べたら、お部屋をうつされたり…」


 問題なくしゃべっていたピリエがそこで止まった。見る見るうちに涙が盛り上がったのを見てリヴィエラたちが戸惑う。

 だが、ナハトはピリエがどうしてこうなったかが何となくわかった。背中を撫でると、ピリエがしゃくりあげながら口を開く。


「いっぱい…死んじゃったの…。ピリエも、いろんなところに連れてかれて…!一緒にいた子、動かなく…なっちゃって…!」

「……」

「叩か、れて…!いっぱい…!きしさまは…みんなを、助けてくれるの?あのひとたち…やっつけて、くれるの…?」


 ピリエは一人逃げ出せたことが辛かったのだ。家族の元に戻ってこれて嬉しかったのに、落ち着いてから、あの場所に捕らわれていた者たちの事を思い出してしまった。囚われたままで、酷い環境で、食べる物も満足に与えられず酷使されて死んでいく。あそこにいる者たちの一日一日が怖くて―――怯えていたのだ。


「…大丈夫です。騎士様たちはとても強いのですよ?みんなを助けてくださいます」


 「ですよね?」と口には出さずに視線を向けると、リヴィエラは強く頷いて立ち上がった。そして泣きじゃくるピリエの前に膝をつくと、右手で胸を叩いて口を開いた。


「…もちろん。全員助けると誓う」


 はっきりと言い切ったリヴィエラの言葉に、ピリエはまた声を上げて泣いた。












リヴィエラの心境は大きく変わりました。

彼女にとって平民も守るべき民という意識が向いたのは、ピリエとかかわったからです。

ロザロナはマシェルの騎士ですし、マシェルは平民と騎士の関わりも他と比べて多いので、アスカレトの騎士の冷たさに少々驚いていたくらいでした。


因みにピリエの妹のレーシャがよちよち歩いて行ったのはリヴィエラの元でした。

なので父親は大いに焦りました。

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