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ここで私は生きて行く  作者: 白野
第二章
17/189

第1話 パーティ登録

 ヴァロを走らせること少し、あっという間に2人と1匹は町へと到達した。町へ入るための審査の列に並び、身分証を提示して町へと入る。

 数か月ぶりに入ったカントゥラは、初めて見た時と同じでとても煌びやかに見えた。

 ただあの時とは違い、今日は隠れることもなく、堂々と正面から大通りを歩いていく。荷車の影からしか見えなかった店の数々、行きかう人々、街並み、それら全てが改めて新鮮で面白い。


「ナハトでもそんな顔するんだね」

「…それはどういう意味かな?」

「いや、あの…子供みたいな顔?」


 柄にもなくはしゃぎすぎたようだと襟元をただす。興奮してきょろきょろしていたドラコが落ちないよう抱えなおすと、ナハトはヴァロに問いかけた。


「さて、ヴァロくん。早速だが、今日泊まるところを探さなければならない。君のオススメはあるかね?ここにはそれなりに長期にわたって滞在する予定だから、出来れば安価で、尚且つ清潔な宿がいいのだけれど」

「オススメ…この町は村から近いから泊ったことないんだよね」


 早速躓いた。誰だ町に詳しいと言ったやつは。

 そんな気持ちが伝わったのか、慌ててヴァロは思案を巡らす。


「ええと、あの…そ、そうだ!冒険者ギルド!冒険者ギルドに行こう!」

「冒険者ギルド?…確かに君の冒険者登録も必要だから行こうとは思っていたが…今はそれよりも宿ではないのかい?」

「冒険者ギルドの人は店に詳しいんだ。宿や武器、薬なんかは冒険者の人が一番必要でしょう?だから、冒険者ギルドの人に聞けば教えてくれるんだよ」

「なるほど。実に的確だね」


 今度は大丈夫だと、案内されるまま大通りを進み、左へ曲がる。

 進みながら得意げに説明するヴァロの言葉を聞くと、どうやらこの町はカントゥラ伯爵という人物が治めているらしい。詳しい仕組みはわからないが、この町を治める貴族は、必ずカントゥラの名を拝命するそうだ。現カントゥラ伯爵は別の土地からきた貴族らしいが、それ以上のことはヴァロのような一般人にはわからないらしい。

 町は中心に大きな通りが十字にあり、そこに商店などが集中しているという作りになっているようだった。道を一本入ると住宅が多く、壁際の、特に入ってきた入り口の東側は貧しい人が多く住むエリアで、北に行くほど富裕層の大きな家が集中している。一番北側は、貴族専用の街だ。入り口は北と南にあり、南がナハトたちが来た入り口で、北は貴族や、許された富裕層が使う馬車専門の入り口だそうだ。

 見えてきたよという声で視線を前に向けると、ヴァロが一軒の建物を指していた。それは確かに1軒であったが、見たこともないほど横にも縦にも長い建物だった。


「ここが冒険者ギルド!基本的には村と一緒で、木工や鍛冶ギルドなんかと一緒になってるけど、これだけ大きい街だと商業ギルドは規模が大きいから、別の建物にあるんだ」


 そう言ってヴァロが指したのは冒険者ギルドの正面。通りを挟んだ反対側だった。同じ規模の建物からひっきりなしに人が出入りしているのを見て納得する。確かに建物を分けないと中は人でいっぱいになるだろう。

 開け放された扉をくぐると、中は様々な格好と得物を持った人でごった返していた。ヴァロ曰く、依頼を完遂した人がこの時間に集中するとのことだった。ここで依頼達成の手続きをし、それから飲みに出るというのが良くある流れらしい。


「…ものすごい人だな。ああ、ヴァロくん。あそこに用紙があるようだよ」


 人の間から見えたそれは、壁際に備え付けられた机の上に書いてあった。『新規冒険者登録用紙はこちら』と、でかでか書かれているのは少々間抜けではあるが、村と違って新規登録の分母も大きいのだろう。受付では全て対応しきれないに違いない。

「書いてくる」と言うヴァロに手を振り、ナハトは壁際へ移動した。壁に背を預けてドラコの喉元を撫でる。


(「…嫌な視線だな」)


 不躾な視線がそこら中からするのは、ひとえにナハトの大きさのせいだろうか。アンバスもそうだったが、どうも彼らは体の大きさでこちらの実力を計ろうとするところがある。力のあるなしで言えばその通りではあるのだが、そんな様で足元をすくわれる事はないのだろうか。


「ナハト!」


 呼ばれてそちらを向くと、ヴァロが受付で手を上げていた。何かあったかと近づくと、高いカウンターから受付の眼鏡の男性がナハトを見て、ナハトの腰のバッジに目を止めて、眉を寄せた。それにまた嫌なものを感じて、小さくため息をつきつつ微笑む。


「なにか?」

「…いえ。こちらの方があなたとパーティを組むとおっしゃっていますが、間違いないですか?」

「はい。カードの提示が必要ですか?」

「…お願いします」


 差し出されたトレイにカードを乗せると、男はナハトとヴァロを見てカウンターの奥へ行ってしまった。


「…何事だろうね」

「わからない。俺、登録するの初めてだし…」

「ギュー」


 若干の不安とともに待っていると、戻ってくるなり男は言い放った。


「登録は完了しました。ですが、パーティは認められません。そちらの魔術師はギルド管理となりましたので、明日からこちらへ来るように」

「…はっ?」

「ええっ!?ちょ、ちょっと、どういう事ですか!?」


 思わず声が出た。隣でヴァロが焦った声を出すが、相手は聞く耳を持たない。もう終わりとばかりにヴァロにカードを押し付け、ナハトのカードは戻ってこない。

 それどころか現れた2人の職員に、ナハトは左右を挟まれてしまった。


「…どういうつもりですか?」

「手続きは以上です。あなたはお帰りください」

「ちょっ、ちょっと待って!ナハトは…!」

「彼はこちら預かりです」


 ナハトはドラコを肩に乗せると、武器に手をかけた。ざわりとあたりが騒がしくなるが、知ったことではない。

 このままでは、何をされるかわかったものではない。


「な、ナハト!落ち着いて…」

「私は落ち着いているとも」

「落ち着いてないよ!喧嘩はまずいよ…!」

「喧嘩になるかはあちら次第だ。これはどういうつもりだ。今すぐ、責任者を出しなさい」

「手続きは終わりです。…連れていけ」


 話が全く通じない。近づいてくる職員をダガーを抜いて警戒する。彼らがどれほどの実力かはわからないが、肉弾戦でナハトが勝てる相手ではないだろう。


「やめてください!何でこんなことするんですか!?」


 ヴァロがナハトの前に立つ。だが相手はじりじりと距離を詰めてくる。他の職員もおろおろしていて頼りにならないし、責任者が出てくる気配はない。口で丸め込もうかとも思うが、来たばかりで交渉材料も足りない今では、大したことも言えない。強行突破も考えるが、ここには人が多すぎるし、そんな事をすれば捕まる可能性もある。

 これは一度連れていかれるしかないかとも思うが、それで自体が好転するかは分からない。

 イライラと睨み合っていると、視界の端に見覚えのある人影が見えた。彼を巻き込むのが1番勝率が高そうだと判断して、ナハトはそちらに声をかけた。


「…次は助けてくれるんじゃなかったんですか?」

「…バレたか」


 そこにいたのは、村で知り合った冒険者のアンバスだった。その顔はニヤニヤと笑っていて、また見ていたんだなとため息をついた。


「おまえ、冒険者は興味じゃなかったのか?」

「色々ありまして、魔術師として冒険者登録しました。彼はパーティメンバーのヴァロくんです」

「えっ、今!?よ、よよよろしくお願い、します…!」

「おう」


 アンバスは銅の素材のバッジを持つ冒険者だ。今彼に会えたのは運がいい。

 アンバスが出てきた途端、ナハトの左右にいた男たちは後ずさり、受付の男も冷や汗をかきだした。その反応を見る限り、選択は正解だと言える。


「まぁ、約束だからな。しゃーないから助けてやるよ。で、どうした?」

「ヴァロくんの冒険者登録に来たところ、私のカードの提示を求められたので提示したら、カードを奪われました。さらに私をこのギルドの管理下においたと一方的に言われ、パーティも却下され、明日からこちらへ来いと、横柄極まりない事を言われました」

「おーおー怒ってんなぁ。だが…なるほどなぁ」


 アンバスは笑いながらナハトの肩を叩く。任せろというように少し押され、ナハトがいた場所に立つと、カウンター向こうの男に向かって言った。


「なぁ、こいつのカード返してやってくれや。それとギルド預かりっていうのもなしでな」

「な、何ですかあなたは!?関係ない人は来ないで頂きたい!」


 強面アンバスの顔にも怯まないとはなかなかであるが、そもそも何故そこまでナハト自身をギルドに拘束したがるのか分からない。もしや植物を操る魔術師であることが関係するのかとも考えるが、村では何も言われなかった。


(「だと言うのに、ここではこれ程までに無理矢理拘束される何かがあるのだろうか…」)


 アンバスに任せて少し冷静になった頭で考えるが、情報が少なすぎる。

 そうしている間に、アンバスが焦れ出したのがわかった。あっという間に飽きて頭を掻くと、隣のカウンターにいた女性に言い放った。


「面倒だ。おい、嬢ちゃん。イーリーを連れてこい」

「イ、イーリー様ですか!?」

「他に誰っつったよ。こいつじゃ埒があかねえから。早くしろ」

「待て!勝手なこと…」

「テメェは黙ってろ!」


 凄まれて、男性は椅子から転げ落ちた。女性は悲鳴をあげて奥へ走り、ヴァロはすくみ上がり、ドラコはナハトの首に巻きつき、ナハトはドラコを撫でながら、興味深そうにその様子を見る。

 するとすぐに状況は変化した。奥から一人の女性が気だるそうに歩いてきた。肩より少し長い金髪をかき上げながら、胸元の大きく開いた服を着た随分と大柄な人だった。豹柄の耳と細長い尻尾が似合う端正な顔立ちの美人だが、その胸には体を横断したような古い傷跡がある。

 女性はアンバスを視界に入れると、驚くほどその顔を歪ませて口を開いた。


「…まぁたテメェか。何のようだアンバス」

「何だはねぇだろよイーリー」


 イーリーと呼ばれた女性は心の底から面倒臭いと言う態度を崩さず、顎でカウンターの奥を差した。それで全て分かったかのようにアンバスは頷き、続いてナハトとヴァロの背中を押した。


「ほれ、いけいけ」

「ヴァロくん、行きますよ」

「えっ…えっ!?」


 戸惑う彼を促して、アンバスと共にカウンターの奥へと向かった。

 廊下の先には階段があり、そこを登ると、少し様子が変わった。絨毯がひかれ、灯りにも装飾がある。

 イーリーはいくつかある扉の一つを開けると、誰を促すでもなく先に入って行った。ナハトもヴァロと顔を見合わせ、その後を追い、さらにその後ろからアンバスが入った。扉が閉まると、中にあるソファにどかりと腰掛け、荒っぽい仕草でタバコをふかし出す。


「で、そいつらがどうしたって?」


 あくまでそのスタンスなのか、礼儀やマナーとはかけ離れた様子で問いかけられ、ナハトは呆れてため息をついた。ヴァロにドラコを預け、笑顔を作る。


「初めましてミズイーリー。私の名前はナハトと申します。こちらは私の愛トカゲのドラコ、パーティメンバーのヴァロくんです。以後お見知り置きを」


 左手を胸に、右手を腰に回して、殊更丁寧に言って頭を下げた。

 途端にイーリーは目を見開いてタバコを落とし、後ろではアンバスが爆笑する。そのまま微笑みを崩さずにいると、大きく息をついて、イーリーが少しだけ態度を正した。


「…どうぞ」

「ありがとうございます」


 すすめられたソファに座ると思いのほかふかふかして驚くが、ナハトはそんな事はおくびにも出さずにイーリーを見た。値踏みするような鋭い視線とぶつかる。


「それで?何があったんだ?」

「申し訳ないですが、最初からお話しさせてください。私たちは何故このようになったのかわからないのです」


 そう言って経緯を話し出した。ナハトはヴァロは冒険者の登録の際に、パーティメンバーだからと言うことでカードの提示を求められたこと。カードを渡すと、ナハトはギルド所属として登録したと言われたこと。ヴァロとのパーティは却下されたこと。カードを返してもらえなかったこと。さらに、明日からギルドに来るよう言われたことを、順序立てて話した。

 話すにつれて、イーリーは眉を顰める。


「どう言うつもりかと聞いても、カードを返して欲しいと言っても、全く聞き耳を持ってもらえませんでした。そこで、アンバスさんにご助力いただいたのです」

「…なるほど?」


 イーリーは呟いて、机の上にあったベルを鳴らした。すぐに一人の職員が入ってくるが、その者に何事か伝えると、伝えられた職員は慌てて部屋を出て行った。

 程なくして戻ってきた職員の手には、ナハトのカードがある。それを受け取ると、ナハトの前に差し出した。


「…これがあんたのカードだな」

「はい。ありがとうございます」


 受け取って懐にしまう。それを待って、イーリーが口を開いた。


「これで終いだな。お疲れさん、出口はあっちだ」


 扉を指さされ、ナハトの額に青筋が浮かぶ。それがわかったのだろう、ヴァロが横で落ち着けとジェスチャーしている。わかっているとも。こんなところで怒り散らすのはあまりにはしたない。

 ナハトは一度背筋をただすと、左右の指を絡ませて、組んだ膝の上に置いた。そちらがそういう態度で来るならば、こちらにも考えがある。


「これで終いとは…どうやらこちらの職員の方々は、情報を正しく理解する事も出来ないのですね。同情します」

「……なんだって…?」

「それとも理解したうえでの、その態度でしょうか?だとしたら、あまりに失礼極まりない。私たちは被害者で、そちらは加害者です」

「被害者も加害者もないだろう。カードは返した。それで終いだ」

「それしか言えないのですか?あなたは伝書鳩か何かですか?」

「ああっ!?」


 イーリーが怒鳴って机に拳を叩きつけた。壊れこそしなかったが、鈍い音が響いて、横でヴァロが息をのんだのがわかる。

 そんなヴァロの腕に軽く触れて、ナハトは口を開く。


「無暗に当たり散らすのはやめてください。私は先ほどもお伝えしたはずです。こちらのギルド所属という事に勝手にされた、パーティを組むことを却下されたと。カードについてはご理解していただけたようですが、残り2つは何の説明もされていません」

「………」

「脅して帰そうとしても無駄です。あなたの殺気は、アンバスさんには到底及びませんから」


 そう言うと、イーリーは奥歯を噛んで、ソファに深く座った。後ろで得意げにのけ反るアンバスが視界に入り、案外ノリがいいなと思う。

 すると、アンバスが前に出て、イラついた様子のイーリーに声をかけた。


「おい、イーリー。無駄なこたぁやめて正直に話せや。こいつ絶対引き下がらねぇから」

「……なんでこんな面倒な奴を連れてきやがるんだ」

「それに関しては俺のせいじゃねぇ。見かけたのはたまたまだが、こうなった原因はお前らギルドのせいだ。諦めろ」

「そうですね。諦めてください」

「ギュー」


 もう大丈夫だと判断したのか、ドラコがナハトの肩に飛び乗ってきた。抱えなおして顎を撫でていると、イーリーが悔しそうに頭に手を置いた。

 ひときわ大きく息を吸い込むと、また大きく吐き出して叫んだ。


「あーあー!わかったわかった!こっちが悪かったから、勘弁してくれ!」


 そう言うと、イーリーはきちんと椅子に座りなおし、タバコも消して、改めてこちらを向いた。


「あたしは冒険者ギルド長補佐のイーリーだ。…乱暴なことをして悪かった」


 先ほどとは打って変わっての真摯な対応だ。隣でアンバスが爆笑しているが、それは置いておいてナハトは言葉を返す。


「補佐の方とは知らず、こちらこそ大変失礼をしました。カードも返していただけたことですし、この度の事を詳しくお話しいただけるのでしたら、私は許します」

「…お、俺も…俺も、詳しく話がきけたらそれでいいです」


 視線を向けると、ヴァロもモジモジとそう答えた。やっと話の本題に入れる。


「さて、カードは返していただきましたが、私がそちらの預かりになったという点はまだ何も解決しておりません。お聞かせ願えますか?」


 イーリーはちらりとアンバスを見ると、嫌そうにため息をついて話し始めた。


「今この町の状況を知ってるか?」

「いいえ、何も。ヴァロくんは何か知っているかい?」

「俺も、よく知らない」

「わかった、最初からだな」


 そう言ってイーリーはソファの間にある机の天板を裏返した。そこにはこの町周辺の地図が張ってあった。この町カントゥラを中心に、リビエル村と、リビエル村の真反対、3倍ほどの距離がある場所に位置する町アーマンドと、魔獣の森が描かれている。

 それを見てナハトは思い至った。


「なるほど。この町は植物使いの魔術師が不足しているのですね」

「えっそうなの?」

「おそらく、だけれどね。君を待っている時に依頼書を見ていたのだけれど、植物の暴走や魔獣化の依頼が多く掲示されていた。ヴァロくんも言っていただろう?魔獣の森は危険だと。という事は、魔獣の森に近いこの町は、常にその危険にさらされているという事だ」

「…いや、まぁその通りなんだが……察しが良すぎて気持ち悪いな」

「今のは誉め言葉と受け取っておきます」


 笑いかけると、またため息をつかれてしまった。


「はぁ…まぁ、本当にそういう事なんだよ。植物の暴走や魔獣化は、火の使い手がいればやれなくもない。他の魔術師や冒険者でも、相当な実力者なら可能だ。だがな、火は燃え広がる危険が大きいし、万が一森が燃えれば、住処を追われた魔獣が大量に町に来るかもしれない。わざわざ面倒な依頼を受ける高位冒険者も魔術師もいない。そうなると、森での調査や討伐は、どうしても二の足を踏みがちになる」

「だから植物使いの魔術師が欲しいと…。とはいえ、なぜ無理やり確保するような真似を行ったのですか?」

「それは…ここのギルド長の方針というやつだな。ここはこの辺ではかなり大きな町だ。魔獣の森が近いから危険も多いが、その代わり様々な素材が取れる。もちろん食べ物も然りだ。だから物珍しさからくる貴族なんかも多くてな…危険は出来るだけ少なくしたい。だが、魔術師には限りがある。だからギルドに来た若い魔術師をギルド預かりにして、処理させようって話しになったんだ」

「なるほど。そこに、我々が来たという事ですね」


 腰のバッジに触れながらそう言うと、イーリーはその通りだと頷いた。


「白等級は本当に駆け出しの冒険者だ。なり立て冒険者で、特に魔術師は、ギルドの仕組みや依頼全体の流れなんてものとは無縁で知らない。戦い慣れもしていないから押さえつけるのも簡単だ。だから取り込んじまえば、ある程度の間は融通が付きやすい」

「…何も知らない者をそんな風に扱われるのですか?随分と荒っぽいことをなさるのですね」

「勿論、そのまま放り出すなんてことはしない。あたしはこれでも冒険者の育成も担当してんだ。手練れの冒険者を護衛なりなんなりつけて送り出すさ。ある程度働いてもらったら開放するつもりだ。給金だって払うし、休みだってある。ただ…無理やりにでも確保しないと、依頼が回らないんだ。それくらい切羽詰まっているという事は理解してくれ。この町にはもともと植物使いは多いが、それでも手が回らずに、依頼は溜まる一方だ。植物の魔獣化による森の浸食も激しい。魔力量のある白等級なんざ、扱いやすいから喉から手が出るほど欲しいんだ。が…今回は相手が悪かったな」

「…誰が相手でも、こんなやり方はやめていただきたいものですね。それで結局のところ、私のギルド預かりというのは取り消していただけるのでしょうか?」

「それは………わかった。取り消そう」


 長い沈黙の後、イーリーはそう言ってくれた。ほっとしたように笑うヴァロとドラコに微笑んで、ナハトも息を吐いた。これでヴァロともパーティが組めるだろう。許可されなかったとしたら、さらに反発していただろうが。


「だが…どうか、植物使いが必要な依頼は受けてはもらえないだろうか?白等級では荷が重いものも多いが、この魔力量なら大抵の物はこなせるはずだ。とにかく魔術師が必要なんだ」

「ええ。ではその話を致しましょう。勿論、私たちはこの町に滞在する間、出来るだけ植物使いが必要な依頼をこなします。ですがそれに関して、幾つかお願いを聞いていただけないでしょうか?」

「……内容によるが…なんだ?」


 訝しむイーリーに、微笑んで話し出す。


「ありがとうございます。まず1つは、先ほどイーリーさんがおっしゃられた通り、私たちには実力が足りません。なので、どなたか冒険者を紹介してください」

「なるほど、それは当然だな。ここでは元々、新規の冒険者には1ヶ月から2か月程指導者がつくんだ。お前達にもそれなりの奴を選出してつけてやるよ。他は?」

「私たちはこの町には少々調べる事があって立ち寄っただけで、長期滞在するつもりはありませんでした」

「えっ!?ナハ…むぐっ」


 パチンと指を鳴らすと、ドラコが心得たようにヴァロの顔に張り付いた。

 それでいい。君は黙っていなさい。


「彼の冒険者登録が済み次第宿を取る予定でしたが、このような事態になってしまいました。今から宿を探そうにも、この時間ではいい宿は望めないでしょう。ですからそちらからの紹介で、安価で清潔な宿か、可能なら住宅を貸していただきたい」

「……ま、まぁ、いいだろう。職員寮があるから、今日はそこを提供しよう。明日はきちんと条件に合った宿を紹介する」

「ありがとうございます」

「他には?」

「私に植物の魔術師をご紹介願いたい」

「…ほう」


 意外そうな顔をされた。

 だが一番問題だったのはそこなのだ。ナハトは魔術師を名乗っているが、魔術師としての経験はないに等しい。魔術師と名乗るようになってから、心得などはカルストに教えてもらうはずだったし、それ以前の知識は、ここでは差異がありすぎていまいち役に立たない。同じ植物を扱う魔術の師が、どうしても必要だった。

 本当であれば冒険者として働きながら、良さそうな人を探すつもりであったが、アンバスに会い、イーリーとも面識を持てたのだから、ここで紹介してもらうのが一番いいだろう。


「…生意気なだけかと思ったが、そうじゃないようだな。いいとも、それも紹介してやるよ」

「ありがとうございます」


 最後に握手して綺麗に話は終わった。

 始終楽しそうだったアンバスに礼を言い、ギルド裏にある職員寮の一室を紹介してもらった。部屋は2人部屋で、風呂、トイレ付きである。

 職員寮より先に夕食を食べたかったが、時間はすっかり夜中に近くなり、酒場くらいしか空いていなかった。どうしても小柄なナハトと、大柄のヴァロは目立つ為、酒場での夕食は諦め、朝早くに食事に行こうということで落ち着いた。

 後にシャワーを浴びたナハトが部屋へ戻ると、ヴァロはベッドにうつ伏せて転がっていた。


「はぁ…疲れた…」

「お疲れ様ヴァロくん。初日から随分ハードな1日だったね。流石に私も疲れたよ。…おや、ドラコもかい?」

「ギュー」

「…ナハトはまだ余裕そうだけど…」


 ベッドに腰掛けてドラコの水滴を綺麗に拭いていると、ヴァロが咎めるような視線を向けてきた。

 そんな目をされても、今日のナハトの行動には何も問題はないはずだ。あのまま受付で連れて行かれたら、パーティを組むことも、宿の紹介も、冒険者や魔術師の紹介もしてもらえなかったはずだ。


「ナハトって結構短気だよね」

「そんなつもりはないがね。面倒臭いと放置していても碌なことがないと、昔の経験で学んだだけのことだよ」

「…ふーん」

「まぁ、いい繋がりができたし、明日から精力的に動こうじゃないか」

「うん、そうだね」


 そうして、2人と1匹は早々に眠りについた。


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