第62話 アスカレト公爵との面会
数日後、コルビアスはナハトとヴァロを含めた複数の護衛騎士と、シトレンとケニーを連れて王城の転移の魔方陣へ向かった。
アスカレトに行くだけならコルビアスの屋敷の魔方陣で足りる。アスカレトにも小さい邸宅があり、そこと繋がる魔方陣があるのでそれでも十分ではあるのだが、アスカレト公爵が会おうとしないため、真正面から向かっては追い返される可能性がある。そのため今回は城の魔方陣を使用して、アスカレト城内に出る必要があるのだ。
先導する近衛騎士の案内で廊下を進んでいくと、今最も会いたくない人物が廊下の先で待ち構えていた。ご丁寧に護衛騎士をいつもより多く連れたニフィリムが、廊下をふさぐようにして立っている。
案内をしていた近衛騎士は、ニフィリムの妨害にどうしたらよいかと言った顔でコルビアスを振り返った。
「私が話そう」
「…かしこまりました」
ある程度進んだところで、近衛騎士が横へずれた。コルビアスが前に出て、そのコルビアスを守るようにリューディガーとリーベフェルトが前に出る。ヴァロとナハトも、リューディガーらとコルビアスを挟むようにして立つ。
「お久しぶりです、ニフィリム様。こちらへはどのような御用でいらっしゃったのですか?」
にこりと笑って、礼もせずにコルビアスはそう口にした。本来王子同士であればそこまで丁寧なあいさつは必要ない。それをわざわざ行ってきたのは、偏にコルビアス自身が生まれに対して負い目があったからだ。殺されたくないと遜って避けていたからだ。
だが王になると覚悟を決めた今、それをニフィリムに対してする意味はない。それを態度でコルビアスは示したのだ。
それが分かったのか、ニフィリムはあからさまに眉をひそめた。不快だと言わんばかりに口を開く。
「…しばらく見ない間に随分と偉そうな口を利くようになったな。劣等種如きに誘拐されたと聞いたが…”それ”と娼館にでも匿われていたのか?」
それとはナハトの事だ。以前と変わらない男性護衛騎士の服と仮面をつけたナハトを、ヴィーゼンら護衛騎士はにやにやしながら見る。だがその目は下卑た視線というよりも小ばかにしたような色が強い。
それはナハトよりも、隣に立つヴァロへの方が効果が高かった。彼は無意識なのか、ナハトの前に出ようとしたのをシトレンが後ろから裾を引いて止めた。それで自身の行動に気がついたのだろう。ヴァロが拳を握る。
自身の後ろでそんな攻防がくり広げられている事など知らないコルビアスは、ニフィリムの嫌味にも薄く笑って口を開いた。
「そのように無用に格をはからずとも、ニフィリム様の格は私より下ですよ」
「…なんだと?」
「詳しいご説明が必要ですか?」
色めき出すニフィリムに、主を侮辱された護衛騎士が武器に手をかける。
だがそれにコルビアスは厳しい視線を向けた。
「私は第三王子、コルビアス・ノネア・ビスティアだ。陛下が次王を決めていない今、私に武器を向けたらどうなるか分かっているのか。護衛騎士たちよ」
暗に、武器を向けたらそれ相応の対応をすると匂わしたコルビアスに、ニフィリムの護衛騎士たちが怯む。
今までのコルビアスとは違う対応にニフィリムは大いに戸惑った。以前のコルビアスなら跪けといえば跪いたのに、見たことがないほど強い目ではっきりと言われて図らずも狼狽えてしまった。
もし今ここでニフィリム側が武器を抜けば、コルビアス側に攻撃の機会を与えることになる。己の護衛騎士が負けるとは思っていないが、それでもどちらの護衛騎士も血を流すことになるだろう。それはニフィリムも望む事ではなかった。
「それで、ニフィリム様はこちらに何の御用でいらっしゃったのですか?」
にっこりと微笑んでコルビアスは再度問いかけた。
分が悪いと判断したのだろう。マシューが囁くと一瞬怒りを滲ませたニフィリムであったが―――。
「…戻るぞ」
「ニフィリム様!?ですが…」
「黙れ、私は忙しいんだ」
ニフィリムはそう言って、護衛騎士も執事も置いて一人廊下を歩いて行く。残された護衛騎士たちは慌ててニフィリムを追いかけて行った。
「…さて。では、案内の続きを頼む」
「は、はい…」
微笑んだコルビアスに、近衛騎士は少々ひきつった顔で応えるのだった。
アスカレト城への転移は、つつがなく行われた。
アスカレト公爵は面会を拒否し続けていたが、転移の魔方陣は貴族も使うため、直接公爵の許可はいらない。その代わり転移には先触れが必要である。他の使用者と被らないための措置であるが、それをコルビアスは事前にニグルの名前で行っていたのだ。
勿論ニグルにはあらかじめ許可を得ており、それをコルビアスがニグルの代わりに使用するという形で直前に変更を申請して使用した。
だからだろう。変更が伝わっていなかったようで、アスカレトの魔方陣から現れたコルビアスらに騎士と魔術師はすぐに臨戦態勢に入った。
「何者だ!この時間はニグル・クローベルグ侯爵様の利用のはずだ」
そう言って武器をちらつかせる騎士はコルビアスの顔を知らないのだろう。周囲にいる魔術師から魔力の流れを感じ取ったナハトヴァロは、やりすぎな気もしたが、先に植物で魔術師を拘束した。縛り上げられた魔術師たちが悲鳴を上げるのを見た騎士が武器を振り上げるも、それもリューディガーやヴァロ、リーベフェルトに叩き落される。
あっという間に制圧された部屋の中に、唯一抵抗しなかった執事らが震えてコルビアスと、その一行を見あげた。
マシェルとノジェス、それとホーセムには、コルビアスは滞在したことがあった。コルビアスが7歳を迎えてからの舞踏会や狩猟大会が行われた都市であるからだ。だからその場所の騎士や執事たちは、いくらコルビアスの外見が王族らしくはないとはいえ事前に調べて認識できるようにしていた。
それを行っていないアスカレトと、おそらくカトカの貴族や騎士は、コルビアスの顔を正確に認識していないのだ。予想していたとはいえ、いきなり拘束されそうになったのは少々堪えるものがある。
王族に対して不敬と取られる言葉と行動を騎士は、跪かされながらも前に出たシトレンに怪訝な表情を向けた。
「…っ!何なんだおまえたちは!ここがアスカレト公爵の城だと知っての狼藉か!?」
「そちらこそ口の利き方に気を付けなさい。この方は第三王子のコルビアス・ノネア・ビスティア様です。先触れを出したはずですが…まさかご確認いただけていないという事ですか?」
シトレンの言葉に執事が慌てて書類を見返す。するとすぐに確認が取れたのか、執事がにあからさまに顔色を変えて膝をついた。
だがそんな執事とは反対に、騎士は疑いの眼差しのまま口を開く。
「…あなた様が本当にコルビアス様なのか、私たちでは判断が付きません。分かる者をお呼びしますので、解放していただけないでしょうか?」
「王族の顔が分からないと、あなたは堂々とそう仰るのですか?」
「…申し訳ありません。ですが規則ですので、お待ちください」
不服そうなシトレンに、重ねて騎士はそう言って頭を下げた。目上の者であるという認識にはなったのだろう。シトレンの物言いに頭から反論しない事からも、彼は単純に職務を全うしたいだけだ。コルビアスがこれで待たされたことを、顔を知らなかったことを”不敬”だと言えば、彼はそれを受け止める気概もあるようだ。ならば大人しく待つのもいいだろうと、コルビアスは頷いた。
「わかった。だが私はアスカレト公爵に面会を求めてここへ来た。待っている間に公爵に逃げられることがないよう、手短に頼む」
「ありがとうございます」
解放された騎士はすぐに礼をして退室していった。
そしてものの数分で、一人の初老の騎士をつれて戻ってきた。濃い色の青い髪を後ろに撫でつけた、少々垂れた耳とふさふさした尻尾の少々大柄な男だ。彼は最初にいた騎士に連れられて扉をくぐると、そこにいたコルビアスと惨状を目にしてすぐに膝をついた。
「コルビアス様!?ここで何をなさっているのですか!?」
「転移の魔方陣を正式な手続きで使用したにもかかわらず、いきなり襲われたのだ。私の護衛騎士は職務を全うしただけで何もしていない」
コルビアスの言葉に、縛り上げられた魔術師と拘束された騎士は俯く。それを見て老騎士は悟ったのだろう。すぐさま頭を下げて口を開いた。
「申し訳ありませんでした。私はアスカレト騎士団長補佐のヨハネス・リーグリーズと申します。彼らには相応の罰を与えますので、どうか解放していただけないでしょうか?」
「…いいだろう」
そう言って、コルビアスはナハトらに開放するよう指示を出した。拘束を解かれた騎士と魔術師は、その場に膝をついて頭を下げる。
「それで…コルビアス様は、アスカレトの観光でこちらへいらっしゃったのでしょうか?」
見当違いの問いに、コルビアスは眉をひそめた。
それに初老の騎士は、ばつが悪そうな顔をして俯く。
「先触れで伝えていたはずだがな。アスカレト公爵へ会いに来たと…その様子では、私の面会依頼が公爵に反故され続けていることを知っている様だな」
「…私はは何も聞かされておりません」
「言い訳はいい。それよりもすぐにアスカレト公爵の元まで案内を頼みたい」
コルビアスはそう言ったが、ヨハネスは頷かない。
やはり予めアスカレト公爵にコルビアスを通さないよう申し付けられていたのだろう。必死に言い訳を考えている様子の彼に、コルビアスはさらに言葉を続ける。
「私は王の許可を経てここへ来ている。その私の言を聞き入れぬことがどういう事か…そなたは分かっているのであろうな?」
「……ご案内、致します」
毅然とした態度のコルビアスに、ヨハネスが折れた。
彼の案内で、コルビアスらはアスカレト公爵がいる執務室へと向かった。
「コルビアス様!?」
アスカレト公爵は突然現れたコルビアスに驚きを隠せないようであった。白いものが混じった金色の長い髪を縛り、木を斜めに切ったような長細い耳に長い尻尾の彼は、目を見開いて荒々しく椅子から立ち上がる。
だがそれも一瞬で、すぐに彼は座っていた椅子にふんぞり返った。
「……」
コルビアスはここまで勢いで来ていたが、実はとても緊張していた。王族らしい尊大な口調を心掛けていたが、ニフィリムに言い返した時も、先ほどヨハネスを呼びつけた時も、本当に緊張していたのだ。怖かったし、うまくいくか不安であった。
だが―――アスカレト公爵が椅子にふんぞり返っているのを見て、ある者を思い出してしまった。気に入りの椅子にいつもふんぞり返って悪態をついていた”団長”のことを。
それはナハトも同じで、2人して思わず口元を隠す。
「…何をしにこんなところまでいらっしゃったのですか?」
コルビアスらの様子に訝しんだ様子を見せながらも、公爵はそうコルビアスに問いかけた。椅子を勧めるわけでも、貴族の礼をするわけでもなく、あくまでこの空間で敬うべきは自分だと言わんばかりだ。
それにシトレンが動こうとするが、押しとどめてコルビアスは彼の正面のソファに腰かけた。
「なに、王族からの面会依頼を袖にし続けるほど忙しいアスカレト公爵を慮って、私が直々に出向いたまでの事。必要な話は全て事前に知らせていたはずだが…よもや目すら通していない訳ではあるまいな?」
「…誘拐犯を捕えたいというお話ですか?それでしたら…」
「そのまえに」
そのまま話し出そうとした公爵を止めて、コルビアスは口を開く。
「まさかこのまま話を進めようというのではあるまいな?」
小さな体を精一杯大きく見せてコルビアスはそう口にした。にこりと笑顔も付けると―――アスカレト公爵は小さくため息をついて、執務室の椅子から立ち上がった。
コルビアスに上座を勧め、自分は下座へ腰を下ろす。
「これでよろしいですか?」
「…まあいいだろう。それで、私が事前に伝えていた手紙の内容について、返答をいただきたい」
コルビアスはナハトとヴァロの話を聞いて、面会依頼と共に手紙を出しなおしていた。それには平民が誘拐されている事、その平民が劣等種に魔力を搾取され虐げられている事、その場所をコルビアスは知っているという事、そしてその誘拐組織の捕縛にアスカレト騎士団を使わせてほしい事を大まかに書いていたのだ。
先ほどの反応からして、公爵が目を通していることは分かっている。もし本当に公爵が誘拐について知らなかったのだとしても、この手紙に目を通しているのであればコルビアスの言葉に頷くはずだ。そう思って、コルビアスは再度問いかけた。
「伝えた通り、アスカレトやレザンドリー、その周辺の町や村では平民の子供の誘拐が横行している。それは私を攫った劣等種の組織が行ったものだ。だからその組織を壊滅させるためにも、アスカレト騎士団の手を借りたい。いかがだろうか?」
「…それに関しましては、お断りいたします」
しかし返ってきたのはまさかの断りであった。驚きに目を見開くも、淡々とコルビアスは口を開く。
「何故だ?貴公にとっても平民の誘拐は問題であろう?」
「いいえ、それほど問題ではありません。それよりも、平民が誘拐されたくらいで貴族が動き、騎士団が動くことの方が問題です」
「何だと…」
アスカレト公爵はまるで子供に言い聞かせるようにコルビアスに語った。騎士団は貴族を守るためにあるのであって、平民を守るためではない。貴族に比べて数が多い平民が多少いなくなったところで何も問題はない。貴族に騎士団がいるように、平民には衛士がいるのだから、衛士に任せればよいと―――。
「…まず劣等種如きに優等種がやられることがおかしいのです。劣等種に好きにされるような優等種など、はなからいないほうが良いのです」
「それが貴公の意見か。アスカレト公爵…」
アスカレト公爵の言葉に、全員強い怒りを抱いていた。
首都でも貴族と平民の溝は深い。それでも現王ウィラードは、平民の生活も考えて法を整備してきた。それにコルビアスが今回の話を持ち掛けた時も、コルビアスに任せると言いつつ、必ずやり遂げるよう口にしていたのだ。それは出来るだけ秘密裏に対処することで劣等種と優等種の諍いを拡げない為、この国の民を慮っての事である。
それを―――。
「つまり…貴公は、王の命に背くという事か」
「なっ…!何を仰るのです。私は…」
「そういう事であろう?貴公はダンジョン都市アスカレトの公爵だ。陛下の行ってきた政策を知らないとは言わせぬぞ」
そうコルビアスは畳み掛けたが、それでもアスカレト公爵は首を縦に振らない。彼にとってはそれほど平民の命は軽いものらしい。
であれば、ここで公爵を説得することはあまり意味がない。コルビアスは方法を変えて、公爵に提案した。
「わかった。貴公は何もしなくて良い。その代わり、私にアスカレトの騎士団を動かす許可を出せ」
「……申し上げ難いのですが、コルビアス様はまだ幼くていらっしゃいます。どうしても騎士団を動かしたいのでしたら、リステアード様やニフィリム様にお願いをしたらいかがでしょうか?」
「…それは侮辱と受け取って相違ないか?」
流石にリューディガーとシトレンもこれは聞き捨てならなかったようだ。あからさまに敵意を露にした2人に、公爵を守る護衛騎士が武器に手を当てる。
それをコルビアスは手で制して、椅子から立ち上がった。
「レゴルド・アスカレト公爵。私の幼さを不安に思う貴公の気持ちもわかる。だが私は次王を目指すものとして、苦しむ民のためには何でもするつもりだ。ここで貴公が頷かないのであれば、私は考えうるすべての手段をもってして貴公を公爵の立場から引きずり下ろすつもりだ」
「わ、私を脅すと…そう仰るのですか!?」
「そうだ。そもそも私は陛下からこの件に対して全権を与えられている。それを貴公の立場を考えて、手順を踏んでここへ来たのだ。これは私の面会を拒否し続けた貴公に対する慈悲と最終通告だ」
ごくりと、アスカレト公爵は唾を飲み込んだ。まだ成人もしていない、王族と認められたばかりの少年に気圧されるなど、彼は思ってもみなかった。アスカレト公爵自身はどちらかと言えばリステアードの派閥よりであるため、ここで頷くことは得策ではない事は分かってたが―――。
「…わかりました。コルビアス様の仰る通りにいたしましょう」
気が付いた時には、アスカレト公爵はそう口にしていた。
俯いた公爵に対して、コルビアスは笑顔で礼を口にする。
「ありがとう!公爵!」
その笑顔は先ほどまでの大人すら気圧されるほどの気迫のあるものではなく、年相応の子供らしい笑顔であった。
やってしまったと思いながらも、アスカレト公爵はコルビアスの前に膝をついた。
アスカレト公爵は”強い者こそ王になるべき”と考えるタイプの人間です。
その彼がリステアードの派閥よりであったのは、単に彼の求める”強さ”というのが、力の強さよりも、派閥や個人の実力による強さであったからです。
とはいえ力の強さを軽視しているわけではないので、あくまで”より”であった形です。




